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短編小説「ユニットストーリー」
017「樹角獣 ダマイナル」
ストイケイア
種族 ハイビースト
カード情報

《以下は、ストイケイア北部レティア大渓谷で発見された手記から抜粋したものである》

天輪聖紀 惑星クレイ歴5015年
6の月11日夕刻 17:32
 私、C・K・ザカットはグレートネイチャー総合大学に籍を置く動物学者である。
 本日、未開の秘境といわれるレティア大渓谷に到着したことをここに記すとともに、今後の報告もできる限りこの日誌に残していこうと考えている。
 私は、学内で使われる分類でいうと、哺乳綱食肉目イヌ科に属する直立型のストイケイア国民となる。これは今回の調査にはとても大事な要件なのだ。

6の月13日早朝 06:11
 レティア大渓谷到着より2日間。
 歩ける範囲を回ってみたが、この森の豊かな生物相には魅せられるばかりだ。
 何より空気が良い。
 私が祖先から受け継いでいる鋭い嗅覚も芳しい風、水、土を喜んでいる。
 一説には、この森の支配者である樹角獣王じゅかくじゅうおうマグノリアの意に染まない者は、ここに立ち入ることすら叶わないという。私には──学術調査として来ているわけだから──もちろん害意などあるはずもないのだが、少なくともここまでは森の王の怒りを買うようなことはしていないらしい。

6の月14日昼 11:43
 レティア大渓谷には樹角獣と呼ばれる特別な動物が棲息している。
 私はこの3日間というもの、様々な樹角獣たちに出会い、観察してきた。
 彼らのほとんどは穏やかな性格であり、こうした野外のフィールドワークでありがちなトラブルとは今のところ無縁だ。花粉を吹きつけられてむせ返ったくらいだが、あれはからかわれたのだろう。樹角獣はその名の通り、樹木に近い材質の角を持っていることが特徴。中には植物そのものを身体から生やしているものもいる。

6の月15日深夜…だと思う
 故障なのか土地の力なのか、時計が作動しなくなったので正確な時間がわからない。
 樹角獣の観察──人によっては“遊ばれている”とも言うだろうが──は継続している。
 この手記以外にも大量のスケッチ、メモが増えていく。
 今回、カメラ、ライターなど文明の利器は極力持ち込まないようにしており、それがどうやら正解だったようで、樹角獣王じゅかくじゅうおうマグノリアのお目こぼしに与っている一因のようなのだが、それでもさすがに夜の灯りは絶やせない。私の方には敵意はなくとも、美味しそうなお肉として狙ってくるのは自然の掟になんら反するものではないからだ。

6の月21日昼
 ここに到着して10日が経った。健康状態は極めて良好。心配していた食糧も、木の実やキノコを採集し小動物を捕らえて調理すれば、まったく飢える心配はなかった。
 しかし、そろそろ決断すべき時が近づいている。
 今回の調査の真の目的に、まったく近づけていないのだ。
 なによりの問題は、目標に向かって自己を律し厳しい努力を続けるという研究者としての基本が、この森の中では維持しづらいということだ。
 頭脳は研究室に閉じこもっている時よりもむしろ冴えているくらいなのに、気分は穏やかなまま。この森の一員としていつまでも暮らしてみたい誘惑に駆られる。

同日・夜
 今、驚くべき遭遇があったので取り急ぎ書き記しておきたい。
 ついさっき、寝る前に帰り支度の荷物を一か所にまとめ、草地に寝転んで研究メモを見返していた時だった。
 ふと目を上げると、それ・・がいた。
 よく知られている動物でいうならばそれは“キツネ”に似ていた。
 違うのは、ふわふわと柔らかく後背に広がる尻尾があることで、獣角獣である証拠として額に一本の樹木の角があった。なにより目を奪うのが白地に黒、そして青から緑の鮮やかな諧調で彩られた体色と、身体の周囲に漂う紫のオーラだった。研究者としての私は後に、ダマイナルはこの森でも珍しい魔法的な力を持つ生物なのかもしれない、と仮定することになる。
 しかしこの時の私はただ、美しい、とうっとりこの獣に見惚れていた。
 思わず感動に震えたのにはもう一つ理由がある。
 この神秘の森においても、滅多にその姿を見せないといわれる《樹角獣ダマイナル》に出会い、まだ誰にも知られていないその生態を研究する事が、私の真の目的だったのだ。

 私はすぐに我に返った。
 その獣の瞳は怒りに燃え、威嚇の唸り声をあげながら夜営地にゆっくりと踏み込んできたからだ。
 どう猛な肉食動物と伝えられるダマイナルは、この森で畏れられる存在だ。
 そのしなやかな四肢、鋭い牙と爪をもってすればか弱い二足歩行のイヌ科の私など、ひとたまりもないだろう。
 だが私はこの時、なぜか迷わず己の死を認める気持ちになった。
 本来、踏み入れる者を厳しく選ぶこの森に入り、数多くの樹角獣が穏やかに暮らす様子を近くで見ることができ、レティア大渓谷の生態を中からより深く体験することができたのだ。
 ならば、この場で美しきダマイナルの糧となるのもまた自然の摂理というものかもしれない。
 私は迫りくるダマイナルの前で、そっと目を閉じ、空を仰いで喉を露わにするとその時がくるのを待った。
 熱い吐息と柔らかい毛皮がすぐ横を駆け抜けた。
 続いて吠え声、草木が揺れる音、身体が地面を打つ振動。
 私の背後で、何者かの激しい格闘が始まった。
 目を開けて背後を見ると、ダマイナルが3mはあろうかという大蛇と格闘していた。
 私は驚くとともに、ようやく真相を理解した。
 ダマイナルは私を捕食するためではなく、背後から私を襲おうとしていた巨大なヘビを撃退するため姿を現したのだ。

 ダマイナルと大蛇の格闘はあっさり決着がついた。
 最初のひと噛みでヘビの頭部を押さえた後は、苦し紛れにとぐろを巻いて締め付ける抵抗もむなしく、やがて大蛇は完全に動きを止めた。
 ダマイナルはこちらを振り向くと、夜営地の真ん中にヘビの亡骸をどさりと落とした。
「感謝いたします。樹角獣ダマイナルどの」
 私は丁寧にお辞儀をして、その会食の申し出に応えるべく、焚き火を盛大に起こし始めた。

6の月22日早朝
 夜が明けた。
 ダマイナルはまだ私の傍らに、というべきか私を極上の毛皮布団で包むようにして眠っている。私は心地よさと、彼を起こすまいとする努力のため筆を動かす以外の身動きができない。

 さて、この一晩ほんの短い間ではあったが、ダマイナルについて以下のことがわかったので、ここに報告する。
・ダマイナルは肉食であるが、人型の生物は食べない。
・哺乳綱食肉目イヌ科イヌ亜目四足型と分類する。
・極めて高い知能をもち、完璧な知的コミュニケーションが可能。
・実は言葉も喋れるのだが恐ろしく寡黙な性格で、心許した相手にさえ滅多に話しかけることは無い。
・夜行性である。
・騒音を嫌う。
・私の推測通り、魔法的な生物のようである。詳細はこれから時間をかけて研究してみたい。
・加工された金属を極端に嫌うため、武器や機械を持つ者には近づかず、姿を見せることも無い。
・樹角獣王マグノリアに対する忠誠心が高く、授かった力を森の治安のために役立てようとしている。
・友誼に厚く、実は人なつっこい。

 私は決めた。
 当分、大学には戻らない。いや、この類まれなる樹角獣ダマイナルと深い友情で結ばれた以上、私が満足し彼がよいと言う・・まで戻るつもりはない。
 この手記とここまでの研究メモをまとめた荷物は、助手とあらかじめ決めておいたランデブー地点に置いておくつもりだ。

 文明と我が学び舎よ。いざさらば。
 また会う日まで。
 私、C・K・ザカットは本日よりレティア大渓谷の住民となる。



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《今回の一口用語メモ》
惑星クレイの時間と暦法
 惑星クレイは“太陽※註1”と呼ばれる周りを公転する惑星である。
 60秒が1分、60分が1時間、1日が24時間である事については地球の時間感覚とほとんど変わりはない(もちろん惑星クレイの共通語ではそれぞれ違う単位の呼び名がある)が、天輪聖紀における1年は360日。これがひと月30日の12ヵ月に分けられ、暦の調整のためにうるう日が存在する。また惑星クレイには温帯域を中心として四季があり、各地に独特の祭事がある。
 なお、10日を1旬とまとめることもあるが、これは主に農業で使われる区切りであり、たいていは「1の月17日」というように記述する。なお休日はその国や地域によって違う。

※註1
 当然ながら、ここでいう太陽は惑星クレイの住民が呼ぶ言葉であり、「惑星クレイが属する星系の中心にある恒星」のことを指す。ちなみに惑星クレイの太陽も、地球の太陽と同じく金色の矮星【主系列星スペクトルG2V型】である。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡