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ユニット

Unit
短編小説「ユニットストーリー」
018「異能摘出」
ダークステイツ
カード情報
 青い空、碧い海、白い砂浜。気温はほど良く。パラソルを揺らす風は穏やかだ。
「こちら、当ビーチからのサービスでこざいます」
 テーブルにフルーツを浮かべたクールなドリンクが置かれた。
 かぐわしい匂いに見上げると、んまぁ水着美女といったらこれだよな、といった感じのナイスバディ超別嬪なお姉ちゃんが笑顔でオレにウィンクしてみせた。
 ふっと微笑み返してオレはグラスを傾ける。程よい配合の程よい飲み物が喉を潤す。
 ドラゴンエンパイア東部。常夏の気候と白砂が売りのこの広大な浜がオレ一人の貸し切りだ。
 テーブルに内蔵された端末はAIがオレの気分をスキャンして、2,000もの配信チャンネル、10,000,000以上あるライブラリーからオレの気分に合わせた曲を次々と選んでくれる。ちなみに今はちょっとムーディーな感じだ。
 オレの肩に水着美女の手がそっと触れた。
 へっへっへ~。いいねいいねぇ。バカンスはこうでなくっちゃ。

 が、これ・・じゃないんだよな。

 瘴気に満ちたダークステイツの空が泣いている。
 異形のモノは、瀟洒な造りの魔法街を瓦礫の山に変えつつあった。
「ダメだ!アレは止められない。魔法でも、科学でも!」
 また悲鳴が上がる。悲嘆の声は破壊の騒音にかき消されていった。
「それ言うの、1分早かったよな!」
 オレは豪雨の中、音速を超えてすっ飛び、急降下して拳を突き出した姿勢のまま異形のモノに突っ込んだ。
 魔法で形成された構成分子を突き抜けると、ヤツのどてっ腹に大穴が開いた。
 ──!
「へっ、痛みは感じられる性質たちらしいな、怪物さんよ」
 ──!!
 すると怪物はオレに向けて黄色い炎を吐き出した。温度は約6,000Kケルビンってとこかね。
 避けるのも面倒だったので、オレは腕を一振り、怪物との間に、左右二つの重力場を作って空間を落とし・・・炎を沈下させた。
 トドメに指さした手を、クッと下に向ける。
 魔法も科学も効かなかった異形のモノは、オレが造った重力の檻に閉じ込められ、無力化した。
 湧き上がる歓声。
 名前を問われたオレは空中でかっこよく振り向きながら答える。
「いや、名乗るほどのもんじゃない。通りかがりの《重力の支配者》さ。フッ!」

 うーん、悪くないんだがな。これ・・でもないよな。英雄ヒーローってガラじゃない。

「おらおら潰れろッ下等生物ども!ヒャーッハハハー!!」
 ヴーン……
 指さした先で空気が唸る。その地点の重力が一気に何十倍にも強まる、その予兆だ。
 グシャ!
 城に棲みついていたゴーレムどもが瞬時に土くれと化した。

 おお、これだよ、これ!オレの武器は重力、重力こそオレの味方ってヤツ。
 オレが思わず指を鳴らした、その時──
「そぉかぁ、こぉれかぁ……」
 粘つくような声がオレの耳元で聞こえ、続いてオレの胸でありえない激痛が爆発した。


Illust:桂福蔵

「ぐうぉぁぁぁぁぁぅぅぅぁぁぁ!!」
 その痛みは……なんと言えばいいか、傭兵同士なら話は早いんだが、まず歯痛ってわかるよな。虫歯とか戦場で奥歯叩き折られた時のどうしようもない痛みだ。それと爪な。うっかり切りすぎたり、塁壁や立木にすばやく登なきゃいけない時に生爪剥がしちまった時のあれさ。これはそれを合わせた、さらに何十倍もの凄さだった。それにまったく呼吸もできないときたもんだ。

 地獄の苦しみは永遠に続くようにも思えたが、実際は数秒も経っていなかったのかも。
 唐突に痛みが消え、ようやく呼吸いきもできるようになってオレは脱力した。全身から汗が滝のように流れ落ちる。
「お前に預けてあったモノ、そろそろ返してもらうぞ」
 うっすら目を開けてみる。
 仰向けにぶっ倒れたオレの胸の上に、紅く光る黒い珠が浮かんでいた。
『これは……何だ?』
 さっきのショックで身体全体、とくに舌が痺れて声にならない。喉だけで喋ってる感じだったが、それでも答えがあった。
「それは“種”だ。重力を自在に操るお前の力の源だ」
 例の気色の悪い声がオレにそう告げた。
 ちなみに実際は「そぉれはぁ“たぁね”だぁ」といった感じで喋ってるんだが、とにかく気持ち悪いのでまともな口調に頭の中で自動変換することにした。
『だ、誰なんだ?姿を見せろよ……』
 今のオレの姿勢ではどこかの廃屋らしい古びた天井、木の梁しか見えなかった。ここはどこなんだ。
「お前は油断できないヤツだからな、バロウ君」
『その呼び方やめろ』
「じゃマグネス君?」
『いやだから省略すんなって』
「生意気だなバロウマグネス、お前は。あの頃とちっとも変わらない」
『言ってることが1mmもわかんねぇんだけどさ、おっさん。どっかで会いましたっけ?』
 マジで記憶に全然ない。それと、おっさん呼びは探りだったが、他の年齢性別でこんな気色の悪い声の主はおっさんか爺さん以外想像しづらいというのもある。
「ほぅ、もう軽口を叩けるようになったか。しぶといな」
『それで?オレをどうするつもりだ』
「どうもしない。この“種”を取り戻し、我はまったき者となるのだ」
『じゃさっさとやれば?』
 ふと沈黙が下りた。
 この隙にオレは必死に記憶を探り出した。思い出せ、オレはなぜここにいる?
 昨日からのことが次々とフラッシュバックした。
 えらく蒸し暑い朝、匿名で届いた仕事の依頼、いつもの酒場、手紙を渡しなから顔を曇らせる奇術師野郎、蛇がのたくったような文字、郊外の廃屋……夜まで待ちぼうけ、それから……オレはまた眠っちまったのか、いや傭兵稼業が身に染みついたこのオレの不意を突くのは睡眠中でも難しい。
 しかし、それじゃあさっきの海と姉ちゃん、魔法街を襲う怪物は文字通りオレの胸を開かせる・・・・・・・・・ために見せた幻術なのか?ずいぶん手の込んだことしやがる。
『どうした?オレはこんなザマだ、抵抗しようったってできない。さっさとやれよ』
「……。この状態の“種”は不安定なものだ。長らく一部だったお前自身以外のものが触ると、暴走し周囲を巻き込んで消滅する。その危険性はある意味、放射性物質とも似ている。と言ってもお前にはわかるまいが」
 ハハッ、それがちょっとわかっちまうんだよなぁ、おっさん。知り合いに、ドラゴンエンパイア生まれのくせに今はダークステイツで科学士をやってるヤツがいてね。そのアリウスがこの前、お師匠さんと寄ってくれた時に話してくれた事があるのさ。殺生石ウラニウムの存在を。
 まぁそれにしても、すげぇヒントをありがとな、おっさん。おかげでどれだけヤバイ状況か飲み込めたぜ。
 それとオレはこのとき、ある事・・・にも気がついていた。
『さぁ、もっていけよ。ほら』
 オレは痺れた身体にむち打って、珠に両手を伸ばした。
「言われなくてもやってやるわ。見ろ、この特殊容器に詰め込んでしまえばお前など用済みなのだ」
 ガチャガチャと大仰な装置を取り出すおっさん。
「今だ!」
 オレは精一杯の大声で喚いた。これで喉まで潰れちまったが背に腹は代えられない。
 ドーン!!

 廃屋の壁が吹き飛んだ。
なぁにぃッ!」とおっさん。
「待たせたな、バロウマグネス!」デフォームド・ハンマーの声が響いた。
 差し込んだ月光、夏の夜空を背景に、9つの人影がそこに立っていた。
 やっぱりな。虫の鳴く声がしなくなったから誰か来てると思ったんだ……って、あっ!ずっりぃぞ、お前ら!その登場の仕方、ムチャクチャ格好いいじゃねぇか。オレもそっちに混ぜろよ!
 ゴォッ!
 クリムゾン・イクスペラーの紅蓮の炎が、おっさんを襲う。もっともオレは動けなかったので実際見たわけではないが。
 キューン!ズバッ!!
 太い廃屋の柱が衝撃波で両断された。おっさんは……避けたか、惜しい。ディープ・ソニッカーは空気を収束させ重ね合わせることで透明かつ巨大な刃に変える、というヤベぇ特技を持っている。
 ゴォォォ!
 緑色の炎が室内を踊った。バカっ!熱っっちいじゃねぇか、気をつけろアンキャニィ!
「へへっ、焼いて欲しいのはどこの誰かな?」
 アンキャニィ・バーニングの挑発に、おっさんの怒りの唸り声が応える。どうやらちょっぴり・・・・・火傷したらしい。
 バリバリバリッ!!
 続いての電撃はオレの悪友エレクトロ・スパルタンのものだ。
 トトト!シュッ!シュバッ!!
 軽快な足音と風切る音はクリーヴ・マドラー。両手両足の鋭利なブレードがおっさんを追い込んで行く。こいつは見なくてもわかる。
「小賢しい。傭兵風情が我に刃向かえると思うてか!」とおっさん。
「じゃ避けてごらん」
 カシーン!
 金属が弾けて落ちる音。オレの珠を捕獲する装置を持っていた手を深く切られたらしく、おっさんの苦鳴が聞こえた。てことはハックル・ハッスルの姉ちゃんまで来てるのか。あの爪は痛いぜぇ、気の毒になぁおっさん。
「くっ、これで厄介払いできたなどと思うなよ、バロウマグネス」
 おっさんの声が急にまともになって、オレはぎょっとした。
「その力は我のものだ。お前が何をしようと刈り取るのはこの我なのだ」
「おじさん、うるさいよ。もういなくなって」さらりと女の怖いひと言がかかった。
 音なき音が迫る。重力異常だ。オレはかっと目を見開いた。
 ──!!
 次の瞬間、廃屋の建家ごと地平線の彼方までおっさんはふっ飛んでいった。
 これほどの重力を操れるヤツを、オレは一人しか知らない。
「はぁいご苦労様、アレクサンドラ。みんなもありがとねー」
 パチパチパチ。拍手とともにうんざりするほど軽い調子の声が聞こえた。
 あぁ、やっぱりコイツか。傭兵の手配師という顔も持つ幻想の奇術師ファンタズマ・マジシャンカーティスの登場に、オレは目だけで天を仰いだ。
「大丈夫かい、バロウマグネス」
『あぁ、なんでもねぇ……よっと!』
 オレは珠をつかむと──そいつは持つとまるで動いてるエンジンみたいに強い振動が伝わってきた、胸に無理矢理押し込んだ。仕上げにドンと叩いてみる。ひどく咳き込んだが、どうやら収まったらしい。
「ちょっと無茶しないで!危ないんでしょ、それ」
 アレクサンドラと呼ばれた黒ずくめの女が、怒った顔でオレを覗き込む。サラサラの銀髪が月光に輝いてえらく綺麗だった。この前ふっと飛ばしたときには顔が見えなかったけど、けっこう若いんだな、オマエ。
『オレだけは触れてもOKらしいぜ』
「なぁに?聞こえない」
 とアレクサンドラ。だからオレは今、舌と喉がやられてるんだっつーの。
「問題ないってさ。それにしても、妙に気になったから来てみて良かったよ」とカーティス。
「救出ミッションは特別料金で請求するからね、バロウマグネス」とハックルの姉ちゃん。
「これ、どうする?」
 とクリーヴ・マドラー。その手にはおっさんが持ってきた装置があった。
「僕が預かる。あの男とこの装置、そしてバロウマグネスの珠。今回の一件にはあまりに謎が多い。いろいろ調べてみたいんだ」
 とカーティス。オレの両脇を悪友エレクトロ、デフォームドと屈強な男二人が支え、担ぎ起こす。
「なぁんだ、物足りない」とアンキャニィ。
「うむ。もう少し歯ごたえのあるヤツかと思ったが口ほどにもない」
 とディープ。クリムゾンも黙ったまま頷く。
 いやいや、お前らが満足いくまで暴れたら、こっちは命がいくつあっても足んねぇから。
「いい医者紹介するよ、バロウマグネス。ひどい目にあったんだ、ゆっくり休むといい」
 あぁ、ゆっくりさせてもらうぜ。オレはあやうい所を救われて散財もしたが、力はたぶん取り戻せた訳だし……取り戻せたんだよな、たぶん。
「大丈夫。時間かければきっと力も元通りになるから」
 とアレクサンドラ。そうだ、コイツ心が読めるんだったっけ。
『チッ、うっせぇよ』
「あー?なんか言ってるか、コイツ」
 悪友エレクトロが耳に手を当てて見せると、他の連中も──新入りのアレクサンドラまでが一斉にバカ笑いし始めやがった。
 ……こ、この傭兵野郎ども!
 いつの間にか、二つの月が照らす夏の夜に虫の鳴き声が戻っていた。



※註.単位、元素の呼び名は地球のものに変換した※

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《今回の一口用語メモ》
ダークステイツの傭兵
 ダークステイツは魔法王国である。と同時に、国家としての成立以前から、各地の領主である魔王同士が戦争に明け暮れてきた土地でもあった。ここで発達したのが傭兵という仕事であり、天輪聖紀の現在でも魔王の力試し・力比べ的に勃発する小競り合いのため、一定の需要がある。奇術師ファンタズマ・マジシャンカーティスのように、魔王や地方自治体、あるいは個人からオーダーを受けて傭兵を手配する者もいる。
 傭兵は当然のことながら兵士としての戦闘技術を持つと同時に、独自に特技を持っている。戦時以外にはこれが生計の助けとしていることが多い。重力使いが副業で土木工事をするなどもそれに当たる。
 なお傭兵同士は、時に敵方になることもあるため本来は接触を避けるものと思われがちであるが、狭い業界でもあり、間に金銭が絡むという条件はあるものの、仲間意識に近い感情もあるようだ。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡