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ユニット

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短編小説「ユニットストーリー」
026「砂塵の榴砲 ダスティン」
ドラゴンエンパイア
種族 ヒューマン
カード情報

 砂漠の空が白んでいく。夜明けだ。
Dデルタ、まさか寝ちゃいないだろうな。状況を報告せよ』
 通信が入った。ヘッドフォンから聞こえる声はごく低くまるで囁き声のようだ。
 私──ことダスティンは寄りかかっていた体勢から軽く身を起こした。
 もし今の動作を外から見ていた者がいても、岩陰にある砂地が風で揺れたようにしか見えなかったはずだ。
「こちらDデルタ。ずっと目は覚ましていますよ、Uユニフォーム
 私は喉マイク──首輪状の通信機器──を押しながら答えた。これは喉の振動を拾ってくれるし、いざという時ハンズフリーで戦えるのでいつも重宝している。
「しっかし、私らの仕事ってどうしてこう砂ネズミみたいなんでしょうねぇ。お天道様を避けて砂に潜る毎日」
 Uは笑ったようだった。
『ぼやくな。今回、おまえに一番槍くれてやったんだぞ』
「それはどうも。それで陣貝はいつ鳴らされるので?」
 と私。いにしえのドラゴンエンパイアでは戦の合図に巻き貝を楽器として鳴らしたという。
『そっちのタイミングで始めろ』
「それでは……」
 私は愛用の回転式榴弾発射機リボルバー・グレネードランチャーをマントの下から跳ね上げ、引き金を絞った。

 左から正面そして右の順で3発。
 ドン!ドン!ドン!
 ややあってそれぞれ狙ったポイントに着弾と爆発が起きる。
 爆炎に照らされたのは2棟の建物。これが今回の私たちの襲撃目標だ。砂漠のはずれに建てられた、ちょっとした規模の砦と呼べるものだった。
 悲鳴と怒号が湧き起こる中、散発的な反撃が開始された。すぐ頭上にも弾丸が飛び去る音がする。
 まだ乱射の域を出ないが、何ごとにもまぐれ・・・というものはある。
 そもそもこうした戦場において射程が短い私たち擲弾兵──いわば小さな砲兵──は狙われがちなのだ。近接戦闘火力の支援がない今回のような単独行動では特に。
「……ハィッ!!」
 私は今まで寄りかかっていたそれ・・に飛び乗ると、手綱がわりにその背中の突起を握った。
 砂塵が噴き上がり、咆哮があがる。それ・・が立ち上がった!
 急行竜 スティルディロフォ。この2足で走る韋駄天の相棒──恐竜ディノドラゴンと、夜明け前の薄闇だけが私の命綱だ。
「さぁ、行きますよ!突っ切って!」
 岩陰から飛び出ると私の急行竜はジグザグに、照準を定められないように建物に向かって疾走を始めた。
 周囲は銃声と弾の飛び交う音が入り交じっていた。
 私は無線を解放し続けながら、駆けている時間すべてを仲間の支援に当てた。
AアルファEエコー!そのまま塁壁まで進んで。MマイクOオスカーSシエラ、散開して左に迂回!!」
 グレネードランチャーを右に2発。左に1発。──そして着弾、砂漠に紅蓮の華が咲く。
 ここで弾切れ。
 こればかりは片手ではできない。両脚だけで揺れる恐竜ディノドラゴンの胴を挟み込みつつ、バカでかい回転式弾倉をむき出しにする。
 廃莢。榴弾を6発、無駄なく素早くしかし慎重に詰め込んでいく。まったくの無防備になるこの瞬間の緊張と恐怖に、私はいつまでも慣れることはない。
 1,2,3,4,5,…6、再装填リロード
 弾倉を引き起こして銃身に固定。射撃準備完了。
 ──だがこのとき、砦の銃眼から突き出た銃口が見えた。
 まっすぐに私の眉間を狙っている、と何故か判った。終わりの瞬間とはこういうものか。
 銃弾は私を貫き、相棒の恐竜ディノドラゴンの背から乾いた細かい砂の大地へと叩き落とすだろう。
 私は観念して目を閉じた。

 いま陽は中天に上がっている。
恐竜ディノドラゴンは初めてですか。揺れるでしょう」
 私の問いに、鞍に立てた天幕の影で女の子が嬉しそうに頷いた。年の頃は6,7歳くらいだろうか。屈託のない笑顔だった。
「ありがとう、助けていただいて」
 兄君はまだ10歳くらいの男の子だが、その言葉も、妹をかばいながらスティルディロフォの背の突起を握る姿も、早くも未来の部族長を予感させるものがあった。
「それが私の仕事ですよ。どうかお気遣いなく」
 私も大人に対するのと同じ態度で答えた。
「皆さんはなぜ離れているの?」と妹君。
「四方を警戒しているのです。円陣防御という隊形です。あなた達をまたさらう・・・ような連中が来ないようにね」
 私の言葉にちょっと不安になったのか、妹は兄君の腕にぎゅっとしがみついた。
 今回、我々に舞い込んだ依頼は身代金目当てでさらわれた兄妹、オアシスの部族長の子供たちの奪還だった。砦に拠点を置くならず者どもの所業に、私は夜襲とはいえ危険すぎる陽動作戦の先陣に名乗り出るほど、腹を立てていた。
「もう恐れることはありません。なにしろ我々は、かの砂塵の重砲──お二人もその異名を聞いたことがあるでしょう、この危険地帯デンジャラスゾーン最強の漢ですよ──が率いる腕利きの砂塵の銃士デザートガンナーですからね」
 自分たちを指して腕利きというのも面映ゆい所はあるが、砂漠のバザールだって時には誇大広告も許されるというもの。アラスター、イーサン、メイナード、オーランド、セドリック。今回ユージンに招集されたメンバー達も悪い気はしないはずだ。
「あなたの名前を聞かせてください。命がけで戦ってくれた事を父上に伝えたいので」と兄君。
 私はちょっとためらった。名前を知られすぎることは銃士にとってあまり良い事ではない。高い知名度は名誉と同時に羨望、さらに嫉妬や旧敵の復讐の的にもなったりするからだ。だから私たちは戦闘中もコードで、信頼してよいか判らない相手に名を聞かれた時には異名を教える。
「"砂塵の榴砲"とお呼びください。いえ……」
 つい用心深くなってしまった。この私に関する限り、幼い子供の願いにわざわざ異名で名を隠す必要があるものか。もう私はこの子たちのために命をかけている。それは私の生まれ・・・を覚えていたユージンが、わざわざ子供たちの直衛につけてくれた信頼にも応える行為のようにも思えたからだ。
「ダスティンです。お家までしっかりお守りしますよ」
 私は顔布フェイスベールを下げて、幼い子供たちに笑ってみせた。
「うん、ありがとう。砂塵の榴砲ダスティン」と兄君。
 どこかで低い笑い声が聞こえたような気がする。それはこの隊列の先頭を行くユージンのものだったろうか。
 オアシスの部族長の子供たちは、今朝の黎明れいめいのように美しい黒い瞳で私を見返していた。
 今になって、ひと仕事終えた充実感がこみ上げてきた。
 私には二人の気持ち、安堵といまだに残る不安感と恐怖、しかし再び他人を信じ、頼りたいと思う心が我が事のようにわかる。
 銃士となる前の私も、この砂漠の西方にある有力部族の息子として育ったから。

 ──薄闇での戦闘。
 銃口がまっすぐに、砦まであと少しの距離まで達していた私の眉間を狙っていた。
 その時。
 私と恐竜ディノドラゴンの両脇をすさまじい衝撃波が通り過ぎた。
 目を見開いた私の目の前で、必殺の弾丸が軌道を曲げて細い銃眼の間に飛び込む。
 爆発が起きた。
 振り向いた視線の先で、私は見た。

Illust:三好載克

 砂塵の重砲ユージンが、魔弾を放つ愛銃ヒエルHFR40GDSを撃ちまくりながら砦に向かって猛進していた。
 黎明に哄笑が響きわたった。この砂漠に住む誰もが、聞き違えようのない伝説の砂塵の銃士デザートガンナーの笑いだった。
 ユージンの“襲穫祭ベストハーヴェスト”。
 配下の我々でさえ、こういう時──当たるを幸い敵皆なぎ倒す砂塵の重砲には畏怖を禁じ得ない。
Dデルタ、棒立ちになるな。人質の救出に向かえ」
 真横から聞こえた声に、私はハッと我に返った。恐竜ディノドラゴンが竿立ちになるのをなだめる。
「命拾いしました。ユージン……すみません」
 私の詫びは支援を受けたこと、名前を言ったこと、二つの意味があったがユージンはどちらも笑い飛ばした。
「気にするな。必中の弾丸がれることもあるし流れ弾でも死ぬときは死ぬ」
 ユージンはそう言うと、取り出した発煙弾のフューズを次々と外した。
 アンブッシュ・キルスモーク。
 視界を奪う死の煙幕。深追いする愚か者に待つのは待ち伏せと速やかな死あるのみ。我ら砂塵の銃士デザートガンナーの必勝パターンだ。
「急げよ。敵もすぐに態勢を取り戻す。忘れるなよ、砂塵の銃士デザートガンナーの心得……」
「「電光石火」」
 私は急行竜 スティルディロフォをせき立てて、砦の中、軟禁され心細い思いに苛まれているであろう兄妹の元へと走り出した。
 力強い、我らが指揮官『砂塵の重砲ユージン』の誇らしげな哄笑を背に受けながら。



※註.アルファベット、単位等は地球のものに変換した※

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《今回の一口用語メモ》

ディノドラゴン
 ドラゴンエンパイアに生息する竜の一種。外見など生物学的な特性は地球でいう「恐竜」に酷似しており、惑星クレイにはドラゴンの一種として古代から棲息している。
 ただしドラゴンエンパイアの戦闘部隊に組み込まれている惑星クレイのディノドラゴンの場合は、被甲※金属製の装甲で覆うこと※していたり、より戦闘に特化して銃器など機械と一体化しているものもある。

 なお、かつてディノドラゴンは陸戦部隊「たちかぜ」の主力かつ専売特許ともいえる種族だった。
 無神紀と呼ばれる時代に、力ある竜の多くが眠りについたが、魔力の喪失に対する耐性があったディノドラゴンは、砂塵の銃士デザートガンナーたちと共に、仲間たちが眠る帝国の大地を守護したと言われている。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡