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ユニット

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短編小説「ユニットストーリー」
028「忍竜 フシマチマドカ」
ドラゴンエンパイア
種族 アビスドラゴン
カード情報
 ドラゴンエンパイア東部、黒甍こくもうの都。
 中央を大きな河が貫き、その名の通り市街の屋根のことごとくに黒色の瓦が葺かれている古都である。

 宵の口。今夜も雲も厚く、月の上りは遅い。
 都の空を覆う低い黒雲がそっと押し開かれると、翼ある者が建物の屋根までまっすぐに降下した。
 音もなく羽ばたきながら翼ある者がすい・・と巻物を広げる。
 すると建物の影から腕が伸び、爪を伸ばして巻物にさらさらと何かを書き込んだ。
「……」
 翼ある者はひとつ頷くと、声は発さないままに飛び去った。
 影が、形をとって走り出す。
 夜闇では“影”としか表現できないものは、そのまま瓦屋根を走り続けて、とある人間用の棟(註.ドラゴンエンパイアでは竜用と人間型種族用の建物がサイズ・必要設備から分けられている)にたどり着くとくるりと身体を回して、逆さ吊りになった。身体を支えるのは雨樋あまどいにひっかけた足の爪一つ。
 忍竜フシマチマドカ。
 さきの鳥形──忍竜キザンレイジと同じく、誰にも気取られることなく行動することは忍者である彼らにとって鉄則である。
 いまフシマチマドカの竜の目は細められて、標的がいる窓とはまったく離れた所から内部を覗き込んでいる。
 部屋づきの鏡越しに、机の上の紙に書かれた反転文字を忍竜は易々と読み取っていた。

伯母さま
(註.この部分は消し粉で丁寧に消してあったがフシマチマドカには容易く読み取れた)
ブラーナ様
 連絡遅れてごめんなさい。
 きっと心配してますよね。
 わたしたちは無事です。魔法の勉強もちょっとずつ進めています。
 ほかにも伝えたいこと、いっぱいいっぱいあります。


 宿屋の一等室。
 フィリネは腕組みをして悩んでいた。机の両脇には魔道書が山積みになっている。
 隣の部屋にはアバンとガディがいる。ひと声かければ喜んで何時まででも話し相手になってくれるだろう。
 首都出身の、少し年上の、男の子たち、という事をほとんど意識させないほど、こと・・の始めから付き合いやすく面白い二人だった。何よりも、人里離れた小屋で隠者である魔女に厳しく躾けられた自分にとっては、互いに気遣いしすぎない関係が実に心地よかった。
 だけど、
 ダメダメ!こればかりはわたし一人でやり遂げなければ!
 フィリネは羽根ペンを取り、机に向かい、しばらく構えて……挫折した。
 書きたいことは本当に山ほどあった。
 雪深い長角ロングホーン山脈、死せる修道僧のいおりで起こったこと。
 そのあと、洞窟を抜けてみるとほとんどドラゴンエンパイアの地図東端・・・・まで移動していたこと。
 最初の試練となった不毛の火山帯越え、さらに人里に下りてからの困難。
 それでも西を、故郷を目指そうと誓い合った仲間たち。
 うまく行ったこと行かなかったこと、嬉しかったこと辛かったこと、思いがけない出会いや別離、見るものすべてが新鮮な毎日、魔女の小屋の外の世界を自分は全然知らなかったのだと思い知らされるばかり。
「そう、これを全部書けばいいのよ」
 フィリネが筆を走らせようとしたその時、彼の声が蘇った。
 フィリネ、アバン、ガディが猛反対した、あの時のことだ。あれはもう10日ほど前のことだろうか。


「これより私は姿を消す。お互いのためだ」
 ほかでもない旅の仲間の一人、ドゥーフの言葉。いまいる場所がドラゴンエンパイアのほぼ東端、ドラゴンテール山脈であると判り、初めて人里に下りると決めたその前夜のことだ。当然、三人は一斉に声を上げた。
「まずは聞いて欲しい。君たちと私の違いは何か?」
 このとき、フィリネひとりが、ドゥーフから呼びかける言葉が貴様から君に変わったことに気づいていた。
「子供と大人っすか?」ガディが面倒くさそうに答えた。ガキ扱いはやめてくれよなと言いたいらしい。
「そしてあなたはケテルサンクチュアリの騎士」とフィリネ。
「しかもシャドウパラディンだ」とアバン。
 ドゥーフは満足げに頷いた。賢い子供は嫌いではない。控えめに言っても。
「そうだ。人は表と裏、つまり人間には自分が思う自分と他人から見た自分がある」
「先生。簡単に言ってくださーい」とガディ。幾多の困難をともに乗り越えた仲間への憎まれ口はむろんポーズでしかない。要はちょっと甘えているのだ。
「うむ。率直に言えば、私はここに居てはいけない人間なのだ」ドゥーフはあくまで真面目に答えた。
「あなたの仕事に関わることですね。闇の騎士シャドウパラディンとしての」とアバン。
「これ以上は君たちにも言えない。だが知らない方が良いことも世の中にはある」
「一緒に来てください。わたしたちにはあなたが必要です」
 とフィリネ。心からの言葉だった。
 不寝番は子供たちに絶対に譲らず、獣への警戒、狩りなど食料調達、天候読みから野草の知識まで、アバンに言わせるとドゥーフは“まるで野外サバイバル訓練を受けたエリート兵士のよう”であり、頼れる導き手だった。
 ドゥーフは目を閉じて首を振った。
「大丈夫だ。君たちは大人にも負けないほどの勇気と行動力がある。これから文明世界の旅で私に忠告できることがあるとすれば、注意深く物事を見、危険に備え、時満ちるまでは沈黙を守ることだ」
 ガディはもちろん、フィリネにも納得できることではなかったが、アバンのひと言が皆の決定となった。
「わかりました。思う通りにしてください。ただ、一緒には来られるんでしょう?あなたのことだから」
 その時、フィリネは二人が同じ微笑を浮かべたのが忘れられない。
 言葉にはならないが、きっといまのドゥーフとアバンは互いに肩を叩き合いたいような気持ちなのだろうということだけは何となくわかった。
 そのようなわけで、ドラゴンエンパイア東部を旅することになった一行は、最初の村でおんぼろ馬車を買い上げると(見事な修理は鍛冶屋の息子ガディの面目躍如だった)、昼はロバに曳かれて街道を辿り、夜は可能な限り人のいる町で宿をとった。ちなみにドゥーフからは、実名で予約が必要な高速鉄道や身分証を求められる空港は使わないように言われていた。もっとも伯母のくれた荷物があまりにも多すぎて、そもそも乗組不可能ということもあるが。
 いずれにせよ資金は潤沢だったので、子供だけの旅でもアバンのような信頼の置ける会計係がいればこの点で苦労することもない。旅について、伯母である魔女の心遣いは確かなものだった。また比較的治安の良い街道筋とはいえ特に危ないことに出会わなかったのも、男の子二人がドゥーフの忠告を守り、本物の騎士のように彼女の周囲に用心してくれたからだと、フィリネは感謝していた。

 贈り物、とっても役に立っています。本当にありがとう。


 フィリネは何とか一行だけ書いて、また悩み……

 またお便りします。
     あなたの弟子 フィリネ 愛と感謝を込めて


 これも忠告通り、“沈黙を守った”手紙を書き終えて、ほっと息をついた。
 すでに用意してあった封筒に便箋を収めて封蝋を垂らし、フィリネ/ブラーナが連名になった指輪印を押す。
 しげしげと眺めた。
 美しい意匠と神聖文字。見まごうことなく、必着と不可侵の呪いが秘められた魔女の印章だった。
 饗応の魔女ブラーナは別れに際し、その名に恥じないこんな途轍もない贈り物まで用意してくれていた。
 国の隔てなく色恋沙汰から収穫増まで相談ごとに応じる魔女は、ある意味で政治をも超える民間の権威だ(本人が多少意地が悪いのは仕方のないこと)。フィリネが自分だけは自由に便りが出せることに気づいたのは、衣装の内側にさりげなく縫い付けられていたこの贈り物の意味に、ある日突然思い当たった時からだった。
 しかもこれも封蝋に押した場合の効力でしかない。知る人が見れば身分証明にもなろうし、ブラーナに恩がある人に偶然出会えば弟子のわたしに力を貸してくれるかもしれない。いや、そもそもこれまでわたしだけ何故か無傷であったり、引き寄せられるように目的地に近づけたのにも指輪の力(祝福と呪いとは表裏一体だ)に助けられてきたのでは?とここまで考えて、机に突っ伏した。
 ダメだ。新米魔女には難しすぎるし、荷が重すぎる。
 魔女ブラーナの後見印が持つ可能性は想像が追いつかない。理解し使いこなせるまでは仲間にさえ詳しくは伝えないほうが良いだろう。これもドゥーフの言う、(他人は)知らない方が良いことなのかもしれない。
 それにしても……フィリネは溜め息をついた。
 秘密を守るって思ったよりずっと辛い。
 それが抱えきれないほど重要で大きな力に関わることだと判ってくると、なおさら。

 見るべきものは見た、のだろうか。忍竜はすみやかに移動した。
 背中の羽根を重りのように使って、逆さの体勢のまま真横に、隣室の窓辺に移動する。耳に手を当てると中の声は丸聞こえだった。彼の聴力をもってすればこれも容易いことだ。

「ねぇ君、まさか政治・経済の授業まで寝てたのか」
「突然、異国の東端近くまで飛ばされた時にはどうすればいいか、なんて授業じゃ教えてくれないだろ」
「言い訳だな」
「真面目な話、連絡や移動にオレたちなんでこんなコソコソしなきゃいけないんだよ」
「だから、僕らは異邦人なんだってば!」
「それにしたってやましい所は何にもないだろう。元気だぜー心配すんなっ、くらいは電話で知らせても……」
「用心のためだよ。“帝王の奥方は世間の疑惑を招いてはならない”って聞いたことあるよね」
「なんだそりゃ。浮気スキャンダル?誰が?」
「(嘆息)じゃ、わかんなくてもいいから聞いて。いまこの世界では、局地的な小競り合いは別として国家同士の全面戦争は存在しない。だから道を歩いているだけで敵国の人間として謂れなく捕まったりはしない。原則として」
「めでたいなぁ。平和ってホント最っ高」
「ところで戦争がない時代に栄えるのは何だろう。文化と情報そして商業だと僕は思う。特に後ろの二つは国と国との競争であり、知恵比べ、せめぎ合いの場でもある」
「じゃ一丁、行商か情報屋でも始めますかい。古本屋の息子さん」
「それも考えてるよ。いつまでもフィリネの資金に頼りきりでは心苦しいし」
「ふーん」
「話を戻そう。情報伝達の速さと量について言えばドラゴンエンパイアは、僕らの国には全く及ばない」
「うーん。でも、ここ公衆電話さえ無いってどういうこと?」
「必要ないからだよ。地域内のつながりが密だから遠方へは手紙か、急ぎでも町村の共同電話で充分なんだろう」
「風情があるというか、のんびりしてるというか……」
「ちなみに、僕らが首都で使っていたような高速情報ネットワークはドラゴンエンパイアでは軍専用で、民間には開放されていない。一方で、娯楽としての公共テレビは普及している。さっきもリリカルモナステリオのライブ公演が流れていたね」
「オレ、階下したで思わず宿のみんなと盛り上がっちゃったぜ。あーでも、続きみたい配信ドラマあんだよね。もうちょっとこう通信事情は良くなんないかなぁ……」
「不便だよね。だけど秘匿性と実用性はどうだろう。この国では必要な者だけが必要な時に必要な情報を持っている」
「あー、そろそろ寝ていい?」
「ダメ。大事なところだよ。僕らの都市内ネットなら検索でわかることも、プロフェッショナルの綿密な調査と観察によって、より深く分析・推理されることになる。いまの国際関係に照らしてね。あの異国の子供たちはどこから来てどこへ行くのか。何のためにここにいるのか」
「……それは、オレたちにもわからないってば……」
「いざ説明しろと言われてもできないし、とても信じてもらえないよね。そこが問題。電話も郵便もドラゴンエンパイアでは国営なんだよ。魔女の直行便などは別として、外国とは関わりを持ちたがらないことで知られてる僕らの故郷あてに実名を明かして『よくわからないけど今とある・・・国の東端にいて、同行者は……』なんて国際電話の交換台に繋げてもらおうとしたらどうなる?すぐ消えるネット上の書き込みとは訳が違う。これこそ不条理な情報発信だ。不審者扱いされても仕方ない。国際郵便でも同じことだよ」
「うん。そりゃ怪文書だわ」
「だろう。いまはほんの小さな誤解が大きなトラブルを招きかねない。だから僕らはあくまで穏やかに、目立たず、世間を騒がせることなく、ゆったり目的地を目指すんだ。高名な魔女の弟子と無名の学生のお気楽な卒業旅行さ」
「それ事実そのものだけど、オレたち卒業するにはまだ幾つか試験が残ってたような……。まぁ、なるほどそれで『時満ちるまでは沈黙を守れ』か。いちいち格好いいんだよな。わかった。気をつけるよ」
 ノックの音。
「……どうやらお師匠様への手紙、書き終えたみたいだね」
『ちょっとお話いいですか』
「もちろんだよ、どうぞ!フィリネちゃんならいつでも歓迎ー!」

 フシマチマドカは予備動作なしで半回転すると、再び瓦の屋根に膝をついた。
 少年たちは注意深く肝心の名称を避けていたが、事情は少女の手紙と封印とあわせて察することはできた。
 異国とはケテルサンクチュアリでまず間違いない。“飛ばされた”だけが意味不明だが、子供が3名。1名はあの魔女ブラーナの姪。2名は首都の学生。彼らがスパイだったとしても積極的な活動をするつもりはない模様。
 しかしどうして、なかなか手強い。秘密とは祖国の名前だけか?
 彼らは“見聞きされても構わない事”ばかりしている。それが一見、さほど苦でもない様子なのも恐ろしい。つまり忍びとしては、子供たちはまだ何か大事なことを隠しているのではという疑惑が首をもたげるのだ。
 もっと根源的な、言葉にし難い何か。それは何だ?
 なお、この一行への接近と追跡には交代制ではあるがすでに6日をかけている。
 特命を受けた忍びたちに課せられたのは『動きを見張り、正体と意図を探れ。危害が及びそうな場合は気取らせずに守れ』だった。とくに後者にいたっては異邦人の扱いではなく、貴族の若竜が出奔した時などによく命じられる護衛任務と同じだったが、フシマチマドカたちには一切私情はなかった。逆の命令だったとしても淡々と実行するだろう。3日前、少年少女の馬車を待ち伏せしていた野盗を排除した時のように。なおその時、盗賊どもを殺さず、気絶させるに留めたのは街道警備隊に不必要に怪しまれる面倒を避けただけのことである。
 さて、後は報告をあげるだけ。忍びとはあくまで隠密である。判断や決定はがする仕事だ。
 残るひとつを除けば。
 シュッ!シュッ!シュッ!
 夜闇を白銀の光束が切り裂いた。
 抜く手もみせず放たれた円盤形の手裏剣は3発。
 それはありえない曲線軌道を描いて、宿に隣接する馬駐め・荷車置き場の奥、小さな馬車のに飛び込んだ。
 すべてはほとんど無音のうちに。
 居眠りしかけていた馬番にさえ、気づかせないほど一瞬の出来事。しかし必殺の一撃だった。
 フシマチマドカは数秒待ち、やがて身を翻し、闇へと消えた。
 馬車の下からは音もなく、動きはない。
 忍竜は何を狙ったのだろうか。
 だが……もしもこの馬車の下にも少年少女たちを常日頃より、影から見守り続けている存在がいたとして。
 仮に、その者がいまの攻撃をとっさに寝わらや毛布で逸らし、きわどく直撃を避けていたとして。
 すっかりこの竜の国風に溶け込む容姿となったドゥーフという青年はきっと、苦笑交じりにその3つの無言のメッセージを受け止めていたに違いない。
『気づいているぞ。見逃さぬぞ。怪しむべき者がいま一人いることを』
『そのまま地に潜り続け、関わらねばよし』
『だが、ひと度動けば容赦せぬ』
 と。
 宿の階上からは子供たちの華やかな声、そして今、黒雲は晴れようやく黒甍こくもうの都に臥したる月が上りきっていた。



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《今回の一口用語メモ》

ぬばたま
竜の帝国ドラゴンエンパイアの第4軍。闇に潜み夜を支配する強行偵察部隊であり、忍竜や忍妖が中核となっている。忍びたちは情報戦に長けており、魔法・科学両方に通じる。命令遂行のためには犠牲も顧みないため、敵味方ともに怖れられている。天輪聖紀は、長く続いた無神紀の衰退・疲弊を経て、各国が全面衝突するような「大戦争」は勃発していないが、国によっては内乱の恐れ、異界からの侵略、いまも昔も変わらぬ国境付近の小競り合い、そして今までは見逃されがちだった「小さな出来事が未来において大きな影響を与える」事例が増している。こうした変化の中で諜報・偵察を担う、ぬばたまの果たす役割は以前よりもずっと大きいものとなっている。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡