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短編小説「ユニットストーリー」
031「封焔の巫女 バヴサーガラ」
ドラゴンエンパイア
種族 ヒューマン
 天輪聖紀はその前の約2,500年間、惑星クレイを覆っていた暗闇の時代に触れずには語ることができない。
 歴史書には「無神紀」、信仰深き者には「祈り無き時代」、そしてもう一つ、“加護”と“希望”が失われ世界が乱れ荒廃した果てしもなく長い時期を指す言葉がある。すなわち……「明けない夜」と。



 暁光。
 リノリリは薄絹をはためかせて、雪を戴く山頂に独り佇んでいる。
 人界遥けき天空の高嶺。空気も薄く、骨まで凍える烈風に曝される細い身体は微動だにせず、その目に光はない。
 《絶望の峰》。
 ドラゴンエンパイア中西部、新竜骨ネオドラゴボーン山系の最高峰であるこの頂きは、いつの頃からか地上の民にそう呼ばれている。
 かつてこの土地が山脈から山系(広大な地域に渡る山々の連なり)へと変わった理由は遥か昔、東方に内海(ギーゼエンド湾)を生じさせた大爆発にともなう地殻変動のためと言われている。破壊の竜神の消滅は大地の骨を砕き、地表にまるで皺を寄せるがごとく激しく歪ませたのだ。
 バ・バ・バ・バ!!!!
 風を圧するように、リノリリの周囲を羽根音が渦巻き、押し包んだ。4体の竜である。
「我らが巫女。そろそろお召し替えを」封焔竜ハリバドラは理性的な視線で彼女を見つめる。
「シルンガが間もなく目標に達しますので」封焔竜ナモーカールは風から守るように彼女を押し包む。
「(ウーサルラもお傍に)」そう思念で伝えてきた封焔竜ウーサルラはその巨体で一同の背後を守っている。
「──!」封焔竜アーヒンサは吠え声で彼女を讃える。リノリリの姿の時はその背を貸す忠実な従者だ。
「わかりました」
 リノリリは黒い羽根をかたどった冠を頭に乗せた。すると──
 風が止まった。
 山頂が黒き“力”に染められてゆく。
 その中心に……質素な薄着の少女リノリリは、もういなかった。
 代わりに顕れたのは背に四枚の翼が生えた人間・・。その身を包むのは“封焔”の祭司にふさわしい重々しく暗い青の衣。山頂に立っていた少女は今、居並ぶ竜たちの目に山を覆いつくさんばかりに大きく見えている。それはこの巫女の奥底に封じられている昏く青い焔、その圧倒的なエネルギーと存在感のためだ。
「バヴサーガラ様」
 竜たちが山頂の周りの空中、巫女の一段下に揃ってかしずいた。
「ご推察通り。麓の5つの村、1つの街が壊滅しました」とハリバドラ。
「“絶望”に駆られた山賊どもの襲撃により、夏の収獲を迎えるばかりだった田畑は全焼。おそらく誰一人、次の冬は越せないでしょう」とナモーカール。
「(一方の賊どもも略奪後、同士討ちで死に絶え、襲った側も襲われた側も待つのは滅びあるのみ。此の世の“絶望”とはまこと深きもの)」ウーサルラの思念はまるで弔文を読み上げるように暗い調子だった。





「人の業とはいえ悲しむべきこと。そのような苦しみが無い、理想の世界を我らの手で実現していきましょう」
 封焔の巫女バヴサーガラの声は淀みなく落ち着いたものだったが、その奥には聴く者を震えあがらせる氷の冷たさと鋼の剛さ、そして何故か不安をかきたて、他人の心を揺り動かさずにはいられない不穏さ……まるで爆発間近の火山の火口を覗き見るような危険な響きが含まれていた。
「“絶望”とは二通りあります。持たざる者がその苦しみが無間(絶えることなく無限に続く)であると気づくとき。もう一つはひと度何かを得たものが奪われ、二度と取り戻すことができないと悟るとき」
 バヴサーガラは無神紀からの長きに渡り、“絶望”に押しつぶされる竜や人を見つめ続けてきた。
 つまり“絶望”の本質を誰よりも深く理解しているのが、封焔の巫女バヴサーガラなのだ。
 “絶望”とは難治の病に似ている。
 それを前にして脅えない者はいないし、恐怖に打ちひしがれない者はいない。抗して立ち上がる者は稀だ。
 “絶望”に堕ちた者はその目でわかった。大切な人の命を奪われた者は復讐に燃え、穏やかだった農夫が冬の蓄えを失い野盗に変わる。商人もしかり。憎しみと喪失の連鎖だった。こうして町村の壁は高くなり、人心は荒んでゆくのである。
 バヴサーガラは思う。
 天輪聖紀となってさえ、惑星クレイを覆う“絶望”は深く、世界の隅々にまで満ちている。一部の民が信じる希望など、嵐の前の灯火のようにか弱い偽りのものである。
 封焔の巫女とその力を分け与えられた封焔竜の強さとは、深き絶望からこの世界を解放するために揮われるものだ。“絶望”が無くせないものならば、己と封焔竜を崇める人々に恵み、与えられるものは何か。
 究極の救いとは何か。
 世が“絶望”に満ちるほど強くなる我が力を活かす、究極の手段。
 ひとつの答え、ひとつの結論が固まりつつある。
 それは──。
 ……。
 封焔の巫女バヴサーガラだけにしか聞こえない。かすかな呼びかけが遥か西方から聞こえた。
 次の瞬間、右の手に大剣。左の手には大盾が出現した。
 周りの封焔竜たちが反応する間もなく、それは起こった。
「スワヤンブー!」
 バヴサーガラの叫びと共に、封焔の盾スワヤンブーが力強く押し出される。その先にあるべき相手こそ見えないがそれは戦いにおける盾の戦法、すなわち敵を弾き飛ばし体勢を崩させる突き返しの動作だった。
 続いて右の大剣が一軍に号令を下すように振り降ろされた。
「プリティヴィー!」
 空を斬る封焔の剣プリティヴィーの一撃も、やはり竜たちには見えない何者かに向けられたもののようだった。
退きなさい、シルンガ!」
 バヴサーガラが呼びかけると、封焔竜シルンガの姿が虚空から掴みだされるように出現し、山頂の少し下にあるテーブル状の岩場へと、その爪に掴んでいたものと共に投げ出された。



「……お手を煩わせてしまい申し訳ございません。バヴサーガラ様」
 元は名の知られた盗賊だった隻眼の封焔竜シルンガは、ひどく恐縮した様子で臣下の礼をとった。
 シルンガと、バヴサーガラと他の封焔竜の間に、例の荷が横たわっていた。それは……大きな卵だった。
「お役目、ご苦労」
 バヴサーガラは背の羽根の一振りで岩場に降りると、剣と盾をいずこかへと消し、その大きな卵を抱え、亀裂の中にある“顔”を改める。眠っているようだった。
「ついに手に入れた。天輪竜の卵。必ずこの私が孵してみせる、“絶望”から世を救う大いなる力の種子として」
 ここでバヴサーガラはふと思案する様子を見せ、配下の封焔竜たちをかえりみた。
「追っ手がかかるのは早いでしょう。すぐに移動せねば」
「しかしバヴサーガラ様。彼我の距離はまだ幾千里と……」とハリバドラ。
「相手はこれを本尊と仰ぐ焔の巫女たちですよ、どのような手がかりも見逃さず必死に追ってくるでしょう。そしてあの道化者・・・・・も侮れない。すぐに地上に降ります。目指すは南」
「国境を越えます。暗黒地方へ」
 封焔竜は一様に驚きの声をあげた。
「おぉ、いよいよ新竜骨ネオドラゴボーンの南へも我らの版図を広げるのですね」とナモーカール。
「(魔の国もまた、絶望深き地。我らに祈る声も多いことでしょうな)」ウーサルラ。
 確かに、瘴気渦巻くダークステイツとは、世を“絶望”から救わんとする彼ら封焔竜にふさわしい場所である。もっとも封焔の巫女が行くと言えば、竜たちは世界の果てまでも着いていくことだろう。
「封焔の竜よ。我が同胞よ」
 竜たちはまた一斉に頭を垂れた。
「北方の大いなる“偽りの希望”に先手を打つことができました」
「いま西に乱の兆しあり。東に小さき光あり。南極に争いあり。海の彼方では大いなる力が目覚めつつある」
 海の彼方とは、ストイケイアがあるズーガイア大陸のことであろうか。
 どうやらバヴサーガラには、世界のバランスに関わる力の存在の動きが感覚としてわかるらしい。
「いざ立ち上がれ。いよいよ我らの旅が始まる。世界を苦しみから解放する旅が」
 バヴサーガラは卵を暁の昏い太陽に掲げた。それは誰に教えられたわけでもないのに、古代の祭祀のように威厳と周囲を圧する畏怖に満ちた仕草だった。
 続いて、竜たちが山々をどよもす叫びをあげた。山体が震え、万年雪と氷がみるみる雪崩となって流れ落ちてゆく。焼け野原となった田畑を呆然と見つめていた麓の町村の人々は“封焔”のときの声に打ちのめされ、恐怖のあまり倒れ伏した。
「この“夜”が明けることがない。見ているがいい、暁の寺よ。偽りで塗り固められた伝統よ」
 バヴサーガラは北方まっすぐ対面にそびえるドラゴニア大山脈の一所ひとところを見つめた。
 彼女の目だけには本来どのような動物の視力でも及ばない距離、厚い雲やかすみを透して、彼女がもっとも忌み嫌い、憎む場所──暁紅院が見えている。
「天輪の卵はわが手にあり」
 卵──サンライズ・エッグは微動だにせず目を閉じていた。封焔の巫女バヴサーガラ、人間としてはリノリリ・・・・の名を持つ少女の腕の中で。

 今、ようやくドラゴニア大陸に遅く薄昏い朝日が昇り始めた。
 そして《絶望の峰》の空には、巫女と竜たちの様子をさらに上から見下ろす影があった。
 天空に浮かぶその姿は小さく、しかし近く到来する事態を指し示す不吉な黒い雲のようだった。



※註.概念に関する言葉(無間)や単位は地球のものに変換した※

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《今回の一口用語メモ》

「虚無」と世界の危機
 虚無とは惑星クレイ誕生よりもさらに以前から宇宙に存在する、無限のエネルギーと全ての可能性を内包する存在である。
 破壊神ギーゼが虚無の化身として知られているために、惑星クレイに《世界の危機》をもたらすものと見られがち(事実、歴史上では破壊者の側の力となっている)だが、虚無は調和=ただ一つの可能性で安定する力に対して、常に多様な可能性にある状態に戻そうとする力なのであって、虚無自身が「悪」なのではない。
 また、この「虚無」とその眷属の脅威に対し惑星クレイの民もまったく無力というわけではない。
 天輪聖紀を迎え、これまでの歴史を振り返り、これからも見舞われるであろう《世界の危機》に対し、警戒し備えるための国際的な研究ネットワーク構想がストイケイア、ブラントゲート、ケテルサンクチュアリの間でようやく立ち上がろうとしている。
 もしも、世界のバランスに関わる力の存在の動きを感知できるバヴサーガラの力が知られたならば(超自然のものとはいえ、いやそれ故に)各国政府や軍部、研究者にとっては金の卵として争奪戦が起こるに違いない。

→虚無と破壊神ギーゼについては、コラム「解説!惑星クレイ史」を参照のこと。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡