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短編小説「ユニットストーリー」
036「天輪真竜 マハーニルヴァーナ」
ドラゴンエンパイア
種族 フレイムドラゴン
 その時──
 ドラゴンエンパイアの暁紅院では1000年以上その音が聴かれなかったという警鐘が打ち鳴らされ、
 ケテルサンクチュアリの首都ケテルギア、天上騎士団《クラウドナイツ》本部では団長が突如、席を立ち、
 ダークステイツの競技場ではチーム・ディアボロスのリーダーが試合中に突然動きを止めて会場をざわつかせ、
 ブラントゲートの超銀河警備保障コスモセキュリティでは検挙率100%を誇るトップエージェントが連絡途絶となり、
 ストイケイアのレティア大峡谷では真の姿を解かぬまま西を見つめていた樹角獣帝が、森を震わせる嘆息をついた。新たな客人の3名・・を前にして。

Illust:ひと和


 晩秋の深夜。
 ニルヴァーナは地上に降りた太陽として、そこ・・に存在していた。
 周囲は盛夏の昼よりも暑く、明るかった。
 ストイケイア西部ゾーア・カルデラ。
 まるで円形の衝撃波が大地を抉ったかのように、周囲と断絶された窪地(カルデラ)は惑星クレイに残る古の大戦──古文書に第二次弐神戦争と呼ばれる──の名残りであり、ただ一頭の竜の攻撃によって作られたものとされている。
 その広大な土地の中心。
 緑まばらな荒寥とした大地の真ん中に、一人の人間、五の竜の姿があった。
 彼女らの目前には一つの卵──サンライズ・エッグだったもの、この周囲と隔絶した窪地を圧するほどの光の塊が浮いていた。

 天輪真竜マハーニルヴァーナ。
 世にあまねく希望をもたらすと言い伝えられる伝説の竜の、さらに究極とされる姿である。
 封焔の巫女バヴサーガラの恐るべき洞察力は、ニルヴァーナをただ天輪聖竜として呼び覚ますことではなく、この形態で、すなわち“ニルヴァーナの核心”そのものを召喚した点にあった。
 古代より、暁紅院に残る言い伝えに曰く。
 この世界にあまねく希望をもたらすとされるサンライズ・エッグが覚醒した姿が「天輪聖竜ニルヴァーナ」。これはかつてト=リズンの町で幻影として降臨している。
 ニルヴァーナは伝承では、惑星クレイと月、そしてこの星系の星々を照らす太陽に例えられている。
 そしてここからは科学の出番となるが、太陽つまり恒星とは自らが燃料であり、融合炉であり、太陽系の中心として星をとりまとめる存在。つまり自らを燃やしつつ光や熱、重力、太陽風などのエネルギーの形で、本来暗く不毛である宇宙に、生命と自然が繁栄するための必須の力を与えるのだ。それが暁紅院と焔の巫女たち、民衆が祈り望む“希望”であれば伝説の通り「希望の太陽」として地上を照らし出す事だろう。
 いわば一瞬ごとに滅びと復活を繰り返しながら、無限力を産み出す“恒星”ニルヴァーナの核心。
 それこそが天輪真竜マハーニルヴァーナなのである。

「おぉ、これがあの天輪聖竜、究極のお姿……。この冷たき世を照らす強き暖かな光」とハリバドラ。
「この世界で最初に目にする栄誉に浴するとは。我が身が震えます」とナモーカール。
「(まともに拝むことすら困難な程とはまさに無限力。……だが、長く絶望の闇を見つめ続けてきた我らの目には……)」とウーサルラ。
「眩しい、眩しすぎるぜ。これで世界は変わる。俺たちが生きる新しい時代が……」とシルンガ。
「……違う。これではない」
 疲労困憊ししわがれた巫女の声が、竜たちの感激と感嘆を凍り付かせた。
「バヴサーガラ様、今なんと……?」
 背後からの竜たちの問いかけに、しかしバヴサーガラはまったく聞こえていないように呟いた。
「これでは真の覚醒とは言えぬ。世界は何も変わっていない。……なぜだ?!なぜ天輪竜は目覚めぬ!」
「──!」その後ろで、巫女の乗馬たる封焔竜アーヒンサも不満そうに吠え声をあげた。
「足りないんだ、まだ。何かが」
 耳元で囁く声にバヴサーガラはきっと振り向いた。
「トリクムーン!貴様、これ・・を知っていたな!?」憤怒のバヴサーガラ。
「まさか。僕は君の望むとおりにしたさ。そうだろう?」トリクムーンの声も顔もあくまで無表情だった。
 そう。封焔竜と合流した後、森の王マグノリアの指し示したゾーア・カルデラ、その中心に立ち、『すべての者が絶望から救われる世界』を現出するはずの、封焔の巫女バヴサーガラが研鑽を重ねてたどり着いた究極の呪文を解放する。トリクムーンが提案し、導いた通りの方法で確かに天輪真竜マハーニルヴァーナは出現した。
 このような超高度な呪文は時間、場所、術者、詠唱、そして呪の主の心の有り様まで完璧に揃わないと実現しない。そして確かにバヴサーガラの望みは叶ったのである。だが──
「足りないものとは何だ。……あぁ!」
「消えてゆく。天輪真竜様が……」
 トリクムーンの姿は(どういう術なのかは不明だが)封焔竜たちには見ることができなかった。主が見えない側近に怒りをぶつけ始めたことに驚く前に、一同の前に顕れていた太陽のような存在、偉大なる天輪真竜マハーニルヴァーナの姿が消え始めたことに封焔竜たちは心を奪われていた。
 ──消え、始めている?
 その時、異変の意味に気がついたのはバヴサーガラ一人だった。
 天輪真竜マハーニルヴァーナは元のサンライズ・エッグに戻っているのではない。
 その背後に生じた空間の歪みに引き寄せられ、マハーニルヴァーナは輝きを失いながら後退・・していたのだ。
“このままでは望みは永遠に失われる!”
 そこからの出来事は、居並ぶ屈強な封焔竜が誰一人何ひとつできないうちに起こった。
 バヴサーガラが天輪真竜に手を差し伸べる。
 だが、その手は弾かれた。拒絶されるかのように。
 バヴサーガラは黒い翼の冠をむしり取るようにして投げ捨てた。
 そこには人間の娘、白衣の少女リノリリが出現する。
 リノリリは天輪真竜が吸い込まれつつある空間の歪みへと駆け出し、ためらうことなく飛び込んだ。今度は謎の力による拒絶はない。
 それを追うように、冠が自然と宙に浮き、同じく穴に飛び込む。
 (これは竜たちには見えない、トリクムーンの仕業だろう)
 そして空間の口が速やかに閉じようとした時──
「ちょっと待ったぁっ!」
 東の空の彼方から、赤い稲妻のようにヴェルリーナが突っ込んできた。

Illust:前河悠一


 この時、竜たちの誰かは気がついただろうか。
 ヴェルリーナの背に伏せるようにしがみつき、決死の表情でサンライズ・エッグの行方に挑むもう一人の少女、焔の巫女リノの姿があったことを。

 空間の歪みが閉じる音と衝撃は、まるで巨大な扉が閉まった時のように響き渡った。
「バヴサーガラ様……」
 竜たちの嘆きは、再び秋の夜の暗さと寒さを取り戻したゾーア・カルデラ、その荒寥とした大地にふさわしく絶望に満ちたものだった。



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《今回の一口用語メモ》

新聖紀の大戦とその名残り
 新聖紀の終わり、神格「ギーゼ」、ゼロスドラゴン、ギーゼの使徒の軍勢と、神格「メサイア」が加護を与えた各国の連合軍が戦った大戦を、第二次弐神戦争と呼ぶ。
 この時、ギーゼ側が残した惑星規模の爪痕が各地に残っている。
 ギーゼ消滅によって内海と湾が生じたドラゴンエンパイア南端の「ギーゼ・クレーター」──これはドラゴニア大陸の形を変えるほどの大災害だった、ゼロスドラゴン ウルティマの攻撃によって作られた裂け目跡がケテルサンクチュアリの「ユクラック湖」、ゼロスドラゴン ドラクマの攻撃によって川が干上がった砂漠地帯がドラゴンエンパイアの「デンジャラス・ゾーン」、ゼロスドラゴン ダストの攻撃によって生まれたのが「ゼロスクレーター湖沼地帯」──これはダストホール群と呼ばれることもある、ゼロスドラゴン スタークの攻撃によって抉られた地形がブラントゲートの「スターク湖」、ゼロスドラゴン メギドの攻撃によって水没した土地がストイケイアの「メギド湾」、そしてゼロスドラゴン ゾーアの攻撃によってできたのが同じくストイケイアの「ゾーア・カルデラ」である。

 →新聖紀と第二次弐神戦争については、今後公開されるコラム「解説!惑星クレイ史」を参照のこと。

天輪真竜 マハーニルヴァーナ
 世にあまねく希望をもたらすと言い伝えられ、サンライズ・エッグの孵化とともに時代の名前にも冠されている伝説のドラゴン天輪聖竜ニルヴァーナの究極の姿である。
 その内包するエネルギーは(計測する術がないので)一部では恒星レベルとも言われており、事実上無限の力をもつと推測されている。地上に顕現したマハーニルヴァーナは、その力のほんの一部でさえもあらゆるモノや生物を活性化させ、新たな希望を湧きたたせ広範囲に渡って生命の力を増す。また世界の在り方に影響するその気配は遠く離れていても飛び抜けた存在や人物にはそれと気がつかれるほどである。
 だが、今回バヴサーガラが強制的に召喚したマハーニルヴァーナは真の覚醒ではなく、無限力によって彼女が望む世界を作り出す、あるいは今の惑星クレイを新たな世界へと変貌させることはできなかった。これはマハーニルヴァーナの覚醒にはまだ何かのキーが必要、という事なのだろうか。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡