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ユニット

Unit
短編小説「ユニットストーリー」
039「頂を超える剣 バスティオン・プライム」
ケテルサンクチュアリ
種族 ヒューマン

Illust:えびら


 アルビオン競技場。
 ケテルサンクチュアリ旧都セイクリッド・アルビオン郊外にあるこの場所で、前代未聞の決闘が行われようとしていた。
「己の全てを今ここに!我、天をも斬り裂く剣とならん!」
 聖剣がぴたりと肩に収まる。
 挑む者あればただ渾身の、神速の斬撃を見舞う。これぞ必殺の構えである。
 頂を超える剣バスティオン・プライム。
 古より騎士の国として名高いこのケテルサンクチュアリの地において、地上と天上あまたの剣士の頂点に立つバスティオンが、天帝の称号と騎士の誇りを懸けた一騎打ちに際してのみ見せる最上プライムの姿である。

 その少し前。
 ケテルサンクチュアリ──天空の浮島ケテルギア、中央島セントラル。天上騎士団《クラウドナイツ》本部、円卓の間。
「団長が一騎打ちの決闘などあり得ぬ!止めなければ!何のためにほぼ全軍を出動させたのか!」
 拳が卓に叩きつけられた。
「控えよ、ムーゲン」
 重々しい声。列席の騎士たちに緊張が走った。
 その主はフリエント──ロイヤルパラディン第1騎士団《クラウドナイツ》副団長。数々の武勲と統率力、騎士団とその長に捧げる絶対の忠誠心から“誓約の天刃”と呼ばれる男である。
「団長には団長のお考えがあるのだ。少なくともこうしなければ収まらぬと判断されたのだ」
 もとよりケテルサンクチュアリの首都、天空の浮島ケテルギアから直衛二人で、反乱の危険もある地上に降りたのはバスティオン自身である。
「たしかに騎士としては至高のお方。悪魔などに遅れをとる訳はない。ですが万が一ということもあります!」
 鎧穿の騎士ムーゲン──所属は同じくクラウドナイツだが兵装部門β計画の技術顧問として知られ、美貌と強気で知られる才媛──は、地上のギャロウズボール会場のLIVE映像を指して主張した。
 競技場内に侵入した“絶望”の群衆は騎士団によって遠ざけられ、期待と怒りを込めて悪魔デーモンの勝利と騎士の敗北を願っていた。もともとチケットで入場した観客も……困惑まじりではあるがこの決闘の目撃者となる機会を逃す者はいないようだ。


「そもそも、いま火急の任務は、天輪竜の卵サンライズ・エッグの探査と保護だったはず」
「そうだ」
「天輪竜が人々と接触し、希望の祈りを蓄えて自然と覚醒するまで見守る。故につかず離れず、表だって過保護もしないが妨害も許さない。封焔の一派が何千kmも離れた遠隔地から卵を強奪するとは予想外でしたが……」
「そうだ」
「先日、焔の巫女たちの入国申請を拒んだのもこの理由でしょう。希望の名の下、いたずらに人心を浮き立たせ一部急進的な地上の民の決起までを招くことは避けるべきであり、時期尚早だと」
「そうだ」
「それがどうです?!政府主導のこのような茶番で、制御を失わせ暴動寸前まで至り、そのあげく悪魔デーモンに民の総意を背負わせて団長の身を危険にさらすなど……ゲイド!民の動きを探るべき諜報部隊は何をしていたのだ!?闇の騎士の名折れであろう!」
 女騎士ムーゲンが名指ししたのは、シャドウパラディン第5騎士団副団長として諜報活動の要職にある厳罰の騎士ゲイドである。
「それは違う」フリエントはここで初めて否定した。
「ギャロウズボール興業は当初、娯楽として政府の思惑通りに一定の成果をあげていた。それが狙った方向とは違うものとなって噴出したのは計算外。“絶望”とはまるで目に見えぬ伝染病のようだ。それに冒された人の心の動きは予測しきれるものではなく諜報でも限界がある」
「……」
「ゲイドには別件を任せ、既に出立させた。お前も深く関わる案件だな」
「承知しております」
「お前が言うことは正しい。だが正しい事のほとんどが耳には快くないものだ。あえて身内に敵を作らずともよかろう。主君と仕事を愛するように仲間も愛せ。またはそう努力せよ。才気ではなく慈愛こそがお前を大きくする」
「……はい」
 ムーゲンは少し赤面してうつむいた。彼女は賢い。ただその賢さを制御するにはまだ若すぎるのだ。
「諸君もムーゲンと同じ疑問を抱いてはいよう。だが今は、事態を注視し対策にあたるのが先決。政府との連絡は私が行う」
 フリエントは体前に構えた剣に手を重ねた。
 それはあまりにも幅広い刃をもつ武器だった。重厚にして剛直、利する者を選び、しかし盤石の安定と絶対の忠勤で応える。フリエントという人物そのもののような剣である。
 解散!
 本部の留守を預かる騎士たちが奮い立って部署に戻ってゆく気配を、フリエントはじっと目を閉じて聞いていた。

 地上、アルビオン競技場。
 いま、戦場フィールドには二人の男の姿しかない。
 天上騎士団《クラウドナイツ》団長、頂を超える剣バスティオン・プライム。
 vs
 チーム・ディアブロスリーダー、ディアブロス“絶勝(アライヴァルド)”ブルース。
 降り注ぐ歓声の中、対決はもう始まっている。
 なお歓声とはダークステイツの悪魔デーモンブルースに向けられたものであり、罵声と怒号、すなわち地上の民の不満と敵意は同国人であるケテルサンクチュアリの騎士バスティオンに降り注いでいる。

 ここで本来行われるはずだった「ギャロウズボール」がチーム・ディアブロスらが率いるスパイクブラザーズのエキジビションマッチだとすると、今は「剣闘ソードファイト」の形式を借りた1対1のセメント喧嘩マッチだ。
「ルールを決めるか」とバスティオン。
ボールはそこにあるぜ。ギャロウズボール風にするなら俺を倒して持っていけばいい。もっとも俺は“ブッ倒すまで”、やめないがな」
 確かに今、ボールは対峙する二人の傍らに置き直されていた。
「では」
「始めるか」
 アルビオン競技場はギャロウズボール専用ではない。
 だが二人の闘士にとって、ここが砂漠だろうが宮殿の騎士の間であろうが同じこと。
 倒すべき相手が目の前にいるだけだ。
 聖剣がきらめいた。手首の返しだけでバスティオンがたった今、本気で「斬る」と決意したのが伝わった。
「そうこなくちゃな」
 ブルースの防具の光のブレードが輝いた。
 いま二人が立っているのは、先ほどブルースが“本気”を発動し群衆を弾き飛ばした敵陣のゴールライン際、クレーターの底だ。客席やフィールドから見ると一種、古代の剣闘場の趣もなくはない。

 ブルースが低く構えた。ギャロウズボールでいうタックルの姿勢だ。
「いざ尋常に勝負」
 バスティオンは突きに備えて構えを変えた。
 歓声が止まった。観客も次に始まることがわかっているのだ。
「ブン殴る!」ブルースは言い放ち。
「天空の法の下に!」バスティオンは宣言した。
 二人は反時計回りに円を描き、次第に距離を縮めてゆく。そして呼吸と彼我の間合いが整った時──
 ──!
 交差は一瞬!!
 バスティオンは中段、ブルースは下からかち上げるように激突し、すれ違って、両者とも膝を突いた。
 はらり、とマントに切れ込みが入り、バスティオンは痺れて一時感覚を失った左手を眼前に持ち上げ握りしめた。拳とブレードがかすめただけでこの・・破壊力である。
 ガク、とブルースが左に崩れかかった。その左腿がざっくりと斬られ、悪魔の血にあたる液体が噴き出す。
 悲鳴が上がった。もとより観客はほぼブルースの味方なのだ。
 バン!とブルースの掌のひと叩きで止血は終わった。闘気が燃え立つように湧き上がる。
「これがお前の“本気”か」
 ディアブロス“絶勝アライヴァルド”ブルースの仮面が笑う。悪魔デーモンは窮地で笑うのだ。
「初撃から常に全力だ。胴を薙いだがよく避けた」
 頂を超える剣バスティオン・プライムの仮面は無表情だった。
 剣士十人なら十人すべてを真っ二つにできた一撃。手応えもあった。しかし、突きから払いに変化した必殺の剣技をこの悪魔デーモンが辛うじて避けたのも事実だった。
「暴動は我ら騎士団が抑える。我が国の問題だ」
 そう言いながらバスティオンは上段斜めに構えを変えた。
「そうかもな。だが理屈じゃねぇんだ。何も持っていない苦しみや踏みつけられる悔しさってのはよ。絶望を吹き飛ばすような、キツイ一発を見舞ってやるよ。見てる連中のうさ晴らしにな」
 ブルースはまたタックルの姿勢に戻った。
「いま一度」
おう!」
 二人は再び回り出した。
 バスティオンの左手もブルースの足運びにも狂いはない。彼らは国家を代表する不世出の闘士なのだ。
 ぴたり。
 ──!!
 今度の動き出しはブルースの方が早かった。
 剣と素手ではリーチに大きな差がある。つまり素手は圧倒的に不利なのだ。
 それでも剣に素手で挑むならば、長剣が振るえない至近距離、身動きも容易に取れないほどに肉迫して格闘戦に持ち込むことが唯一の勝機である。
 低空タックル。
 緑の光のブレードがバスティオンの腹をかすめ、すれ違いざまブルースの強靱な手が伸びる。
 その左手はフェイントを兼ねてバスティオンを頭上から狙い、同時に、騎士の視界の外から右手を伸ばし聖剣を持つ手を払い、取り落とさせる。
「もらった!」
 兜を掴み握りつぶそうとしたブルースの左手は次の瞬間、まるでバトンを操るように背後から旋回させたバスティオンの聖剣によって、斬り払われた。
 ぐぉ……!!
 敵を斬りつけてなお、バスティオンの聖剣は神速の突きを地面に・・・見舞うと、体側にぴたりと収まった。攻守一体、微塵も隙がない。俊敏かつ優美なほどの力と技の融合。最上プライムの名にふさわしい剣技だった。
 そしてその剣先が……ギャロウズボールのボールを貫通していた。銃弾が直撃しても爆発に巻き込まれても傷つかない超硬球を、悪魔はあやうく握りつぶしかけ、騎士は剣で貫いた。
 騎士が兜からもぎ取って投げ捨てた腕をブルースはつかみ、血が噴き出す傷口に即座に接合する。
 戦いはまだ終わっていない。……はずだった。
「止めよ。ケテルサンクチュアリ政府からの厳命である」
 その声は重々しく天空から響いた。誓約の天刃フリエントが二人の頭上に現れていた。
「ここまでです」
 この言葉はバスティオンに向けられたものだ。
「法の命とあらば是非もない。終わりだ」
 バスティオンは法の人である。ブルースにひとつ頷いて見せると天使に護衛され、空へと飛びたった。
「逃げるんじゃねぇッ!この悪党・・!」
 天上騎士団副団長の重鎮フリエントは、なお力での解決を望むブルースと地上の民に向かって手を突き出した。それは制止と拒絶の仕草だ。
「団長に責任がおありになるように我らもまた務めがある、悪魔デーモン。ここまで私闘が許されたのがそもそも異例なのだ」
「これも没収試合か!この国らしいな……」ブルースは吐き捨てた。
「案ずるな。この勝負、我がケテルサンクチュアリと天上騎士団が預かった」
 会場内外の観衆が低い不満の声と、諦めの嘆息をついた。
 空を覆う天上の騎士たちは、ケテルサンクチュアリの地上の民にとって依然、天上の政府の圧倒的な権威の象徴であり続けるのだ。

「決着をつければ良かったのだ。余計なことを」バスティオンはフリエントにしか聞こえないように呟いた。
「ご叱責は幾重にも受けましょう。ですが決着ですと?このお怪我で強がりも甚だしい」
 フリエントは、警護の天使に変わってあるじ、バスティオンを天空都市へと一人導きながら言った。
 バスティオンの左脇腹からは、人間の血が噴き出している。
「大事ない」
 バスティオンはフリエントの目線に応えた。その声はこみあげる血泡を堪えているようでもある。
 小事どころか、重傷だ。神速をもってなるバスティオン・プライムの姿となっていなければ死んでいたのは彼の方だったであろう。それでも史上最強とも謳われる悪魔デーモンとの真剣勝負の代償がこの程度で済んだと思えば僥倖といえたかもしれない。
「私は“少し勝ち”、ブルースは“少し負け”た」
「それはもし戦いの素人が見れば、ですな。実際には相打ち、勝負はまったくの五分ごぶ」とフリエント。
「やはりお前の目はごまかせないか。だが彼奴は怒れる民に代わって私を殴り、我らはその民を抑え騎士団の威も示せた。こちらもまた五分。概ね良い結果だろう。ブルースはさぞ怒っていようが」
「あの悪魔デーモンめ、これでは収まらんでしょうな」フリエントは苦笑した。
「民衆もな。私もそこまで楽観はしていない。だが勝負を預かると約束したのだ。挑戦はいつでも受けるさ。次は観客なしの二人きりがよいが」
 仮面の下、バスティオンの言葉にはかすかな笑いの気配があった。これもフリエントにだけ見せる素顔なのかもしれない。フリエントはやれやれと首を振った。
「また一介の武芸者のような事を……あなたは頂の天帝、お一人の身体ではないのです。自重なさりませ」
「我が国のていが第一。法は国の礎、治安の維持は何よりの大事だ。他は些末事に過ぎないさ。いかに憎まれようとも……ご苦労。応急処置で良い」
 救護の天使──インジェクション・エンジェルが空を滑るように近づいてきたのを見て、バスティオンはいつもの天上騎士団団長としての口調に改めた。

Illust:瞑丸イヌチヨ


「フリエント、お前が主導であたれ。地上の事後処理はゴールドパラディンと連携、総力をあげて鎮静に努めよ。また民衆に非はあらず。過度な処罰が及ばないよう政府と調整する。他の地方も警戒を怠るな。それと“卵”と巫女の近況も」
「は。直ちにご報告いたします」
 天空の浮島ケテルギアが近づいた。
 バスティオンが止血と鎧の修復を済ませると、フリエントと近習は彼から離れ、居並ぶ騎士に混じって空の花道を開ける。
 頂を超える剣バスティオン・プライムは、史上最強の“悪魔デーモン”の腕を撃ち落とした英雄の凱旋としてただ一人、都市ケテルギアのいと高き楼門を威風堂々くぐり抜けた。

 ──夜。漆黒の闇。
 惑星クレイの空を彩る2つの月も、星の光も今夜は弱まっているようだった。
『西に内乱の気は晴れず。天空と地上の確執はこの後も長くケテルサンクチュアリの火種であり続けるだろう』
 ここ、アルビオン競技場と天空の浮島ケテルギアより東、星を1/3以上周回するほどに遠く離れた地で、騎士と悪魔の姿を、その死闘を目撃してなおくすぶり続ける民衆の“絶望”を、心の眼でずっと見ていた者がいる。
「そろそろ時間だ、バヴサーガラ様」
 トリクムーンが肩で囁いた。その腕に、眠る天輪竜の卵サンライズ・エッグを抱えている。
 背後にはようやく追いついた封焔竜たちが巫女の指示を待っていた。
「また何か見えた・・・・・のかな」
「うむ。永きにわたる格差や差別、困窮が果てしなく“絶望”を産むこの流れは止められぬと見た。やはりこの世界を今のままにはしておけない」
「君が望むようにするといい、リノリリ」
「その名はもう意味が無いぞ」
「リノたちはたどり着くかな、ここに」トリクムーンは話題を逸らした。
「来るとも。必ず来る。世界の選択のために」
 封焔の巫女バヴサーガラは碧い瞳を暗闇に見開いた。
「なぜならそれこそが運命だからだ」



※註.単位などは地球のものを参考、または変換した※

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《今回の一口用語メモ》

頂を超える剣 バスティオン・プライム
 天上騎士団《クラウドナイツ》団長として、ケテルサンクチュアリの地上、天上を問わず最高の剣士である頂の天帝 バスティオンが称号と騎士の誇りを懸けた一騎打ちに際してのみ見せる最上プライムの姿である。
 仮面、甲冑、武器のいずれもがさらに「翼」(これは天上の騎士の象徴である)を強調したものに変わっているが、ブルースの本気、“絶勝(アライヴァルド)”モードの過激度に比べると、むしろ軽快さと俊敏性、バスティオンが聖剣を自在に振るうために、実戦での動きやすさを重視した姿になっている。
 また聖剣の意匠も普段とは別物に変わっている。翼と星が象られた優雅かつ鋭利な形状であり華奢にも見えるが、“頂を超える剣”の名にふさわしく、バスティオンの剣技と力を至高のレベルにまで引き上げる力を持っているのは、今回の『剣闘ソードファイト』の結果を見ても間違いない。

→なお、浮島の天空都市ケテルギアのいと高き楼門については、ユニットストーリー015「天翔竜 プライドフル・ドラゴン」を参照のこと。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡