カードファイト!! ヴァンガード overDress 公式読み物サイト

ユニット

Unit
短編小説「ユニットストーリー」
054 世界樹編「混濁の瘴気」
ストイケイア
カード情報
 海が赤く燃えている。
 くれないは空を照り返す暁や黄昏の色ではない。
 水面に広がる死の彩りだ。
 船首にそれ・・が立っていた。
 見慣れた輪郭シルエットに見慣れない縁取り。
 彼の背にゆらゆらと蠢く……あれは骨か触手か、それとも翼なのか。
 いつも賑やかな甲板が今は何も存在していなかった。遮るものは何もない。
 それ・・がゆっくりと振り向く。
 見たくない。
 でも目が離せない。不気味きわまりないそれ・・の魔的な魅惑に釘付けになってしまっているのか。
 白く長い髪が海風になびいた。
 唇が動いている。
 声は少し遅れて届いた。
 わたしの耳元近くに。囁くように。地獄の底に誘うようなひどく邪悪な響きをもって。
「魂の秘奥を暴くに至った私の呪術。君に開帳しよう」
 暗闇を、不吉な紅が染め上げた──。

Illust:増田幹生


「うわ────っ!!」
 わたしは絶叫とともに飛び起きた。
 あ、あれ?と周囲を見回す。
 リグレイン号──今やドラゴニア海のみならず惑星クレイ中で知らぬ者とていない『空飛ぶ幽霊船フライングゴーストシップリグレイン号』──の船尾の一角、いつものわたしの定位置だった。
「……」
 上を見る。太陽は中天。真昼だった。雨雲をまとうこの陰鬱な船で唯一陽の光が降り注ぐ、この場所でしか眺められない空だ。
 はっと気がついて素早く左右と後ろを振り返る。とんでもない夢見だったから、野郎!てっきり幽霊か魔物がとり憑いているんだと思ったけど、黒い暗黒海の水面しか見えなくて拍子抜け。いつもの光景だ。
 正面に向き直る。
 幽霊やら動く死体やらの《死人》たちと魔物、帆柱や船縁ふなべりで羽を休めるドラゴンたち等でいっぱいだ。陸の基準で言うと皆、怪物さん揃いなので叫びをあげた程度でわたしの方を顧みる者もいない。疲れ知らずの骸骨スケルトンの船員が黙々と索具を調整し帆を操ってリグレイン号を万事問題なく運航させていた。
 ……。
 船が風切る音と静かな波音。
 肝心のヤツ・・・・・の姿はどこにもない。おおかた船長室でまた邪悪な実験や悪巧みにふけっているんだろう。
「さてっと」
 昼寝して悪夢にうなされ(て寝ぼけ)るなど、バイオロイドとしては赤面ものの異常事態だ。
 ふー。深呼吸。
 さぁ、思い出してヘンドリーナ!この船にいると見失いがちな、本当の自分を。

Illust:п猫R


 継承の乙女ヘンドリーナ。ストイケイア旧ズー領出身のバイオロイド。
 ネオネクタールの一員としてギルドから拝命し現在、怪雨の降霊術師ゾルガと契約中。勤務内容は“知識提供。戦闘補助および術力増幅、および古代語の通訳(強調しとくけど、この付帯事項についてはあくまでわたしの特別サービスだ)”。報酬のお金や食糧以外の特別雇用条件として半植物のわたしには陽当たり保証付き。また明らかな悪事、違法行為には関与・加担しない。ちなみに1年の契約期限はまもなく満了。当方わたしに更新の意思はなし。これがわたし。以上。
 いょおし!
 わたしが拳をぐっと握りしめると、手や頭の花も元気を取り戻した。
「何が“よぉし”だ」
 わたしはぎょっとして顔をあげた。
 この船の船長、怪雨の降霊術師ゾルガが仏頂面で船尾、わたしの目の前に立っていた。
「暗黒海にも脅威は多い。昼間から油断してもらっては困るぞ、戦闘補助担当。特に居眠りなどは」
 うぅ。痛い所を突かれた。こいつ、本当に顔が良いだけの意地悪なヤツ。だけど正論だ。
「周囲はドラゴンたちが見張っていて万全でしょ。警戒はわたしの契約に入ってないし」とわたし。
「その契約のことなのだが」「その契約のことなんだけど」
 うわ、完璧なタイミングで被っちゃったよ。わたしは頭を抱えた。
「……お先にどうぞ」
 とわたし。嫌なヤツでも船の上では船長は絶対の権威だ。雇い主だしね。
「契約はもう1年更新で決まったからな。それだけ伝えに来た」
 はぁぁ!?
 わたしはさっさと歩き去ろうとするゾルガを振り向かせ胸ぐらを掴もうとして、ひらりと華麗に避けられた。
「ちょっと!次の寄港地でわたしは降りるって言っといたでしょ。契約完了、もうアンタともこんな船ともオサラバよ。それに、そもそもこんな黒い海のど真ん中でギルドとどうやって……」
 連絡つけられるってのよ!と言いかけたわたしの鼻先に、ひと抱えもある水晶球が突き出された。
水晶玉マジックターミナル。三ヵ国共通規格の最新通信装置だ。ストイケイアの発明技術にケテルサンクチュアリの魔法科学工業力、ブラントゲートの高速衛星網が合わさって極長距離の遅延無し通信が可能となる」
 ゾルガは降霊術師のくせにこういう新しい玩具を得意げに披露する。
 いやちょっと待って。今それ、コートのどこかに隠してた?わたしを仰天させてあざ笑うためだけに?まったく……なんて意地の悪い。
「俺のレポートを査定にかけた結果、お前の勤務評価は最高ランクだそうだ。我らがベストエージェントを今後ともご贔屓にだと。昇給も約束してやったぞ。なんと倍額だ。喜べ。そして引き続き俺と船に仕えろ」
 よよよ喜べだぁ!?引き続き仕えろだとぉ!?
 ギルドのお偉いさんも何考えてんのよ!わたしの脳内回路は怒りでショート寸前だった。
「どうした。何か言いたいことがあれば言ってみろ。許可するぞ」
 わたしはぶるぶる震えながら、なんとか口から言葉を紡ぎ出した。
「……色んな場所に行ったわよね、この一年」
「うむ。意義ある旅だった」とゾルガ。
「悪事や違法行為には加担しないって約束……」
「していないだろう、おまえは」
 ゾルガは心外という表情をしていた。してないって言うのは「約束」か「悪事」のことか。
 わたしはその通りに怒鳴ってやった。
 背後で激しい水音がする。
 いつも船底の海に潜んでいるハイドロリックラム・ドラゴン──わたしの古代語の師匠──もとうとう心配になって見に出て来たらしい。
「ええ、ギルドの命令で乗り込んだわよ、この船に。それがどう?アンタは日夜、霊魂だ死人だ偽りの生命だのと怪しげで邪悪な魔法実験ばっかり。乗組員はお化けだらけ(あ、師匠やドラゴンさんたちのことじゃないです。尊敬してます。違いますよ~)だし!」
 ゾルガはなにか笑いをこらえているような感じがした。それがますますわたしの怒りに火を注いだ。
「行く先々ででっかい岩を吹き飛ばして脅かすわ、海賊の根城に殴り込んで略奪品を分捕るわ、小舟すれすれに飛んで嫌がらせするわ(かわいそうにあの賢者のお姉さんとお弟子さん)。あと死人を蘇らせて海の墓場みたいな……なんだっけ?」
「《逆流する冥府》。冥界に通じる南極海の驚異だ」とゾルガ。
「それそれ。その《逆流する冥府》に難破船ごと突っ込ますわ。この前のは何?骸骨竜に薬かけて無理矢理蘇らしたアレ」
「《扇情の蜜》だ。特製の秘薬だぞ。あれでハイドロリックラム・ドラゴンの同朋の手掛かりが掴めた」
 そうね、良かったですね師匠、と背後に笑いかけて、わたしはまた激怒モードで振り返った。
「で結局、悪い事ばかりしてるじゃない!こんな調子でわたしまで性格歪んじゃったらどうしてくれるのよ!!」
「まず、ひとつ訂正してもらおう」
「何よ」
「海賊から分捕ったものは沿岸の町村にバラまいてやった。返してやっただろうが」
「返したってきっちり半分だけでしょ!?知ってるのよ、わたし!あと、それってグロい怪物が夜な夜な漁村にお金いて歩くって気味悪がられて、ドラゴンエンパイアの全国紙の三面を飾る大事件になったじゃないの」※注.ドラゴンエンパイア国の報道媒体は公共テレビと並んで新聞や雑誌が強い力を持っている※
怪事件・・・だ。あぁたっぷり怖がらせてやった。恐怖こそ、この船の力だからな」
 ゾルガはとうとうニヤリと笑った。そのあまりのふてぶてしさに、わたしは少し毒気を抜かれたようになってしまった。いけない、こいつのいつものペースに巻き込まれつつある。
「それともうひとつ」ゾルガは杖をあげた。
 は?わたしはちょっと退いた。ゾルガの目が燐光を放っている。ヤバイ予感がする。
「リグレイン号は無敵の船だ」
「うん。それは認める」
「その行く手を阻むものは何人たりとも許さん」
 わかったから、邪魔しないからもう降ろしてよ!とわたしが言いかけたその時──。
 リグレイン号の鐘が鳴った。これは、警報!?
「それが例え、水平線いっぱいの海賊船団だとしても」
 船を包む雨雲の隙間から、その言葉通り大小さまざまな海賊船が海を埋め尽くしていた。この前の根城を襲撃した復讐戦をしかけてきたのだろう。
 だけど……ケンカ売るには相手が悪すぎない?
 わたしは苦笑いした。それはちょっとだけ怖い笑いだったかもしれない。いま戦闘態勢を整えているドラゴンや魔物たちもこの船の不死の船員も、そこらの海賊程度で敵う相手じゃないよ。あ、もちろんわたしは前線の戦いには不参加だけどね。補助するだけ。
 海賊風情が。リグレイン号の船長は鼻で笑った。
「満たされぬ渇望をまとい、此岸しがんを塗り潰すといい」
 ゾルガは船首に歩き出した。
 気のせいか、その背が夢で見たような黒い異様な気配を漂わせているような気がした。うわ怖っ。
「行くぞ。ついてこい。術力増幅担当」
 このゾルガの言葉は無視した。人を役割でしか評価しないヤツの言うことなんか聞かない。
「手伝え。ヘンドリーナ!」
 はいはい。わたしは諦めて腰をあげた。今回の“行く手を阻むもの”はなかなか手強そうだけど、今のゾルガにかかればどんな怖い目に会うか……身の程知らずの海賊にちょっと同情する。
 わたしが船を降りるのか、それともこの陰鬱な悪者ともう少しだけ旅を続けるのか。
 それは今日を生き延びてから決めればいいことだ。

Illust:士基軽太




※註.概念に関する用語(地獄、冥府)は地球のものに変換した※

----------------------------------------------------------

《今回の一口用語メモ》

海上通信の発達──天輪聖紀の魔法科学ネットワークと端末ターミナル
 惑星クレイの海は広い。大洋の広大さに比べればいかなる巨船であっても砂漠の砂粒程度の存在でしかない。それは遠く異世界にある地球と変わらない。一方で海と船舶は、本来遠く隔てられた陸(海岸)同士の点と点を他ではできない大量の輸送能力でつなぐことができる手段でもある。
 海を旅する者、漁師や商人など一年のほとんどを海上で過ごすものにとって、これまで最も悩まされてきたのが海と陸、海にいるもの同士の「長距離通信」である。これまで惑星クレイの通信事情、特に海上通信は科学ではスターゲート(現・ブラントゲート)とアクアフォース(現・ストイケイア)、魔法的な手段ではグランブルー(現・ストイケイア)やユナイテッドサンクチュアリ(現・ケテルサンクチュアリ)が得意としてきた。また、この時代にも科学と魔法それぞれに得手不得手があった(例えば科学は魔法を使えない者にも情報伝達の手段を与えるのに対して、魔法は海や水中の電波減衰にほとんど影響されない)。
 天輪聖紀となり、国同士の交流が活発化する中で注目されたのが、今までバラバラだった通信の共通規格化である。これには「異世界現象研究所」という組織が大きな役割を果たしている※別紙参照※

 海の通信事情に話を戻そう。
 海上の魔法科学通信が三ヵ国の共通規格で結ばれつつある現在、もっとも恩恵を受けているのが漁船、旅客船の安全確保そして軍艦の軍事通信となる。なお変わった所でいうと「極秘任務にあたる政府や軍関係、あるいは匿名で諜報活動をする個人船舶」もまたこの通信網の恩恵にあずかっており、この新しい規格の水晶玉マジックターミナルさえ積んでいれば、これまでは寄港地ごとに送っていた情報を今は自在に交換できるという。

 異世界現象研究所については
 →ユニットストーリー050世界樹篇「軋む世界のレディヒーラー」と《今回の一口用語メモ》も参照のこと。

 ヘンドリーナがリグレイン号に乗り込む経緯については
 →ユニットストーリー008「継承の乙女 ヘンドリーナ」参照のこと。

 アクアフォースのティアードラゴン、ハイドロリックラム・ドラゴンについては
 →ユニットストーリー009「ハイドロリックラム・ドラゴン」参照のこと。

 惑星クレイ南極海の驚異については
 →ユニットストーリー020「逆流する冥府」参照のこと。

 異世界現象研究所については
 →ユニットストーリー050世界樹篇「軋む世界のレディヒーラー」と《今回の一口用語メモ》も参照のこと。

 ドラゴンエンパイアのメディアと通信事情については
 →ユニットストーリー028「忍竜フシマチマドカ」参照のこと。
 

----------------------------------------------------------

本文:金子良馬
世界観監修:中村聡