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短編小説「ユニットストーリー」
055 世界樹編「焔の巫女 アメリア」
ドラゴンエンパイア
種族 ヒューマン
カード情報

Illust:タダ
Illust:黒井ススム


 早朝。
 薄明の鍛練場に二つの炎が渦巻き、激突していた。
 暁紅院──ドラゴンエンパイアの奥地にある惑星クレイ最古といわれる寺院、その前庭にある石畳の広場である。
「食らえ、朱の切っ先!」
 その言葉通り、朱色の帯がついた短剣が舞うように閃いて上下左右、炎の軌跡を曳く斬撃の嵐が殺到する。
 焔の密僧カゲリ。その瞬息の間合いで相手の懐に飛び込み、二刀をもって斃すのが持ち味だ。
「ハッ!」
 黄橙の炎が一閃。襲い来る俊敏軽快な刃をなぎ払い、返す刀で放たれた突きがカゲリを仰け反らせる。
 焔の武僧コウカン。両手剣というスタイルは同じでも、コウカンの斬撃はその一つ一つが重厚でつよい。
「よっと!」
 蜻蛉返りバク宙して避けるカゲリを、続けざまにコウカンの旋風脚が追う。鍛え上げられた体幹から繰り出される蹴り。カゲリは受けずに躱して後退する。朝焼けの空に弧を描くその足先にも炎が取り付いていた。
「次は、コイツを味わってみるか?」
 コウカンは構えを蟷螂の型に変える。対するカゲリは両手の剣を下段に低く構える捨て身の型。双方とも隙がない。天輪竜の卵と暁紅院の守りを担う優れた武闘家同士の、息が詰まるような攻めと守りである。
 停滞は一瞬。足先が石畳を踏みしめ、次の跳躍に備えている。
 ──!
 両者が再び挑みかかろうとした時、その音が聞こえた。
 ドン!ドドン!ドドドンドンドン!
 太鼓の音である。 
 焔の修道僧二人の動きが止まり、緊張が解けた。どうやら朝稽古はここで一休みのようだ。
 目礼と充実した笑みを交わすと、境内のはるか高みにある祭壇を仰ぎ見る。
 火と本尊を祀るその聖なる場所から轟く律動は、暁紅院に朝を告げる音色だった。

Illust:mado*pen


 焔の巫女アメリアは、同僚の巫女たちと輪になって桶胴太鼓を奏でている。
 2歩進み、左右に揺れ、また3歩進んでは身を翻す。
 自ら打ち鳴らす太鼓のリズムに乗った優雅な動きだが、傍目から見るよりもその運動は堪えるものである。
 巫女たちは“覚醒”以来、雨の日も風の日も朝昼晩と欠かすことなくこの踊りを捧げている。
 壇上の聖なる存在、天輪聖竜ニルヴァーナ/天輪真竜マハーニルヴァーナ、二つの名をもつ偉大なる神格の遺灰の前で。
 もともと舞踊の起こりとは人間がより力ある上位の存在、神格に捧げたものであり、そしてこの踊りは特に暁紅院が頂く至高の存在に信仰と祈りと力を伝えるものだ。
 そう。ついに天輪竜は“覚醒”し新たな時代、天輪聖紀が開幕した。
 惑星クレイにあまねく希望をもたらす象徴となった神格「ニルヴァーナ」はこの星に溶け込み、元となったサンライズ・エッグは現在、聖布に包まれたひと山の灰となっている。
 そしてそのニルヴァーナの卵はまた遠くない未来、その灰の中から不死鳥のごとく新たな姿をもって生まれ変わることが、サンライズ・エッグの護り手である焔の巫女リノによって予言されていた。
 故に、暁紅院と焔の巫女たちはより一層の篤い祈りを祭壇に捧げ、言祝ことほぎ、舞い踊り、生命のリズムを刻む太鼓の律動で卵の再誕を促すのである。

「見ておいで、リノ……」
 アメリアはリノの同期。暁紅院では同部屋の一人として仲が良かった。
 そのリノが卵の祭司と癒やしに才能を発揮し、《世界の選択》における天輪の巫女として永遠とも思われた暁紅院の悲願を達成させたように、友であるアメリアもまた心中しんちゅう期するものがあった。
 またアメリアが舞う。
 その力強さにつられて焔の巫女たちの動きがまた良くなった。
「あたしたちの祈り、あんたの卵に送り届けるから」
 武芸が得意で面倒見の良さから仲間からは頼られるものの、神事には言われるまま受け身だったアメリアが、自ら天輪聖竜太鼓の打ち手の頭に立候補したことは、導師たちを驚かせたものである。
 本人と送り手以外は知らぬことだったが、卵の護り手としてサンライズ・エッグの消滅を悲しむ親友リノからの手紙を受け取り、アメリアは胸をしめつけられる思いをしたものだ。
 封焔の巫女バヴサーガラとも絆を結び、本人も望まないままに惑星クレイ世界でも重要な位置におかれてしまったリノの、一人の少女としての苦悩を共有したことでアメリアの中の何かが変わった。目覚めたのだ。
 誰にも見せない本音に触れ、ここで奮い立たねば人として、巫女として女がすたるというもの。
「応えてみせる、友情と信頼に」
 祭事に臨むアメリアの勤め方が見違えるように変わったのには、そんな訳があったのである。

 ドンドン!ドドド!ドンドン!
 焔の修道僧たちが武芸を磨くように、焔の巫女たちの演奏も舞踏もまた勤めであり、修行でもある。
 祈りは生命の内から生じて神格に捧げられる。それは本尊を通じ世界をより善きものとする働きかけだ。
 一方でまた、修行に身を捧げる巫女も修道僧も舞踊や歌唱あるいは武芸の鍛練という形を通して、内なる宇宙に真理を探究し、その奥底を見つめ己の存在に省みる。これが内観である。
 ──再び卵となり、我らを照らしたまえ ニルヴァーナ──
 アメリアは知っている。今も世界を巡り、人々を力づけ励まし続けているリノたちもまた祈りに同調してくれていることを。
 巫女として人間として、どこにいても何をしていても、生物の繁栄と平和を心から願う気持ちに変わりは無いのだと。
 ボッ!
 祭壇の炎が燃え立った。暁紅院において焔は神格の意思と力の象徴である。吉兆だった。
 そうだ。その日はもう近い。
 あんたにも聞こえてるよね、リノ。
 アメリアは笑顔になった。いまこの瞬間も確かな手応えを感じている。
 環を描いて踊る焔の巫女たちもまた。
 ドン!ドドン!ドドドンドンドン!
 焔の巫女たちが踊る。
 聖なる灰の下で、生命の太鼓の音が刻まれる。
 ──蘇れ、蘇れ、蘇れ 天輪聖竜ニルヴァーナ──

「……大丈夫だ!オマエ達なら絶対できる!」
 鍛練場で焔の密僧カゲリが呟いた。
 焔の巫女たちが成し遂げなければいけない任務は勿論、彼も良く知っている。その困難を思えば励ましたくもなると言うものだ。
「始めるか……」
 焔の武僧コウカンも聖所を見上げながら呟いた。
 カゲリが短剣を構え直しながらにやりと笑う。次の一本はオレがもらうぜ、コウカン。その目が言葉より雄弁に語っていた。
 太鼓の音は修行僧たちの心と身体も揺さぶり高ぶらせている。力強く心地よく。

 かくして暁紅院は今日も朝を迎えた。
 やがてきたる、ニルヴァーナの新たな顕現を予感させながら。



※註.不死鳥は地球の伝承で近いものを引用した。楽器の名称は地球の似たものの名前を使用した。※

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《今回の一口用語メモ》

暁紅院
 惑星クレイ世界最古と言われるドラゴンエンパイアの寺院。
 「太陽の力を宿す竜の卵」を守護し祀る神官と僧侶が修行の日々を送っている。
 この特別な竜の卵の発見と、それを守護する暁紅院の設立は弐神紀と伝えられているが、これを信じるならば約35億年前という途方もない太古に設立されたことになる。
 暁紅院の僧侶はその名前の頭に「焔~」が付けられているが、特に各々護るべき卵を任されている女性神官たちは「焔の巫女」という称号を帯びる。
 暁紅院に祀られ保管されている数ある卵の中でも、その覚醒が「惑星クレイの新たな時代を象徴する神格となる」ことが古代から予言されていたのが、最初に発見された卵にして暁紅院の至宝と呼ばれる「サンライズ・エッグ」、焔の巫女リノが護る卵である。

★代々、焔の巫女に受け継がれてきたサンライズ・エッグの覚醒と焔の巫女リノたちの旅については今後、「天輪聖竜ニルヴァーナ──焔の巫女リノたちの旅と《世界の選択》(仮題)」として、一覧にまとめられたものが近日公開される予定。

暁紅院の設立については
 →『世界観コラム ─ 解説!惑星クレイ史』第5章「弐神紀前期 ~神格「創世神メサイア」と魔法科学文明~」
および
 →公式サイトの「惑星クレイ年表」
https://cf-vanguard.com/chronological_table_of_cray/
を参考のこと。

神格ニルヴァーナ(サンライズ・エッグ)の覚醒と灰化、《世界の選択》の行方については、
 →ユニットストーリー042「天輪聖竜ニルヴァーナ(覚醒編)後編 ~サンライズ・エッグ~」を参照のこと。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡