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短編小説「ユニットストーリー」
056 世界樹編「封焔竜 アウシュニヤ」
ドラゴンエンパイア
種族 フレイムドラゴン
カード情報

Illust:前河悠一


 世に、ドラゴンが諧謔を解するとは聞かない。

 惑星クレイの竜たちは、とてつもなく強大な体力と魔力を持った存在だ。特に上位のものとなると高い知性と気が遠くなるような長寿でもあり、深く広い知識の持ち主でもある。
 だがそれ故に、時の経過や世の中の変化とは距離を置いて構えることが多く──それは《世界の選択》の際、レティア大渓谷とストイケイアの森全ての生物を保護する姿勢を見せつつ、天輪にも封焔にも終始“不動”を貫いた樹角獣帝マグノリア・エルダーなどが良い例である──ドラゴン以外の生き物からすればあまりにも超然とした様子にも見られる。
 そんな誇り高く、孤高の存在であるドラゴンかしずく人間がいる。
 封焔の巫女バヴサーガラ。
 《世界の選択》時には、絶望の側に立ち惑星クレイの未来を担う立場にあったバヴサーガラは、外見こそ人間──精霊トリクムーンによって造られたリノリリという少女の肉体──ではあるが、その魂は人としては永遠と思えるほどの間、希望が失われていた世界を見つめ続けてきた。
 封焔竜は魔力が失われてほとんどの竜が眠りに落ち、不遇だった時代に彼女が内なる焔を与え、信頼とある種の愛情で結ばれることになったドラゴンである。
 だが実は、心からの忠誠を捧げる封焔竜たちにも明かさない秘密が、バヴサーガラにはあった。
 その秘密を知る者は世界に四人しかいない……今のところは。

 アウシュニヤはその日、同じく封焔竜のイダム、サムサーラ、アーヒンサとあるじ、バヴサーガラに随行していた。
 現在地はダークステイツ南端の上空。
 ここは暗黒海ダークシーとメガ多島海アーキペラゴの交わる海峡である。
 針路は南南西に。行く先は南極大陸、ブラントゲートのウェストドーム。
 初夏のこの時期はまだ雲も少なく、空を渡る風も穏やかだ。



 封焔竜アウシュニヤは先頭に立って飛ぶバヴサーガラが、自分を手招いているのに気がついた。
 編隊の定位置からアーヒンサの背に乗るバヴサーガラにそっと近づく。
 ちなみに今回お供を務める封焔竜はアウシュニヤが直衛の右翼、サムサーラが左翼、後衛にイダムといった編成である。
「アウシュニヤ。お側に」
「気になる事があるようだが」
 とバヴサーガラ。彼女の物言いはいつも率直である。
 いつどこにいてもこの世界の動きを見通せる“目”を持つあるじである。彼女を崇拝する封焔竜の思考の動きくらい感知するのも容易いのだろう。
「恐れ入ります。いつになくご気分が晴れやかなようで」
 アーヒンサの馬腹(いや竜腹と言うべきか)を蹴って急がせる動きまでが、どこか楽しげで少女めいていた事をアウシュニヤだけは見逃さなかったのだ。
「そう見えるか。油断であった」バヴサーガラはかすかに唇をゆがめた。苦笑だろうか。
「焔の巫女とはゆっくりお話しになられましたか」
「警告!それはプライベートだ。バヴサーガラ様の……」
 巫女の肩口からトリクムーンが顔を出し、主人の指のひと押しでむぎゅと押し返された。
 この小柄な精霊も、《世界の選択》の後からは公然とバヴサーガラの側に控えるようになっている。もっともドラゴンたちにとっては王がはべらす陰気な道化師程度の認識でしかないのだが……。
「構わぬ。焔の巫女も暁紅院もすでに敵対者ではない。今後は密に協調して世界の行く末を見守っていく事を皆にも周知しておきたい」
 バヴサーガラは今度ははっきりと微笑した。
「昨夜はあまり時間は取れなかったが元気そうであった。いまはダークステイツとの国境で発見された謎の竜の卵について遺跡発掘隊に助言を求められているらしい。実際、その件でリノ以上のアドバイザーはおるまい」
「遺跡発掘隊『アンティーク』。多国籍チームでしたな。ドラゴンエンパイアとダークステイツが手を組むとは時代も変わったものです」
「そう。世のすべては流転し、変わっていくものです。私たちと同じように……あ、いや我らと同じく、な」
 なぜか同じ内容を言い直したバヴサーガラをアウシュニヤが訝しげに顧みた、その時──
「敵影。1時方向」
 またバヴサーガラの横から顔を出したトリクムーンは、今度は押し戻されなかった。
「プリティヴィー!チャンドラ!」
 バヴサーガラの叫びと共に封焔の剣プリティヴィー、封焔の銃チャンドラが出現する。
 右神装備!左神装備!全隊、戦闘態勢!
 《世界の選択》で希望が選ばれたとは言え、世界にはまだ悪成す存在は無くなっていない。特に世界を見透す“目”と封焔竜一党の軍事力を持つバヴサーガラをつけ狙う者は陸に空に少なくはなかった。
「お待ちを」
 右翼に身を翻しかけたアウシュニヤは、小首を傾げて制止した。優れた視力と魔法の聴覚がはるか先から送られてくる情報に集中する。それはある意思を伝えていた。
「何か」
 バヴサーガラは構えを解かず尋ねた。先ほど一瞬乱れた口調は完全に消え去り、ドラゴンかしずかれる司令官、戦士として揺るがない強さを見せるいつもの封焔の巫女に戻っている。
超銀河警備保障コスモセキュリティですな。警護を申し出ています。どうやらブラントゲート側の出迎えのようで」
 バヴサーガラはふっと息をついて警戒を解いた。
西ウェストドームに立ち寄るだけだぞ。仰々しい」
「バヴサーガラ様はすでにこの世界の重要人物なのです。望むと望まざるとにかかわらず」
「慣れなければならんか。目まぐるしく変動するこの世界でいつまでも雪山に閉じこもってもいられまいし」
「御意。様々な人と接するには我々も“若き竜”のようでもいられませんな。我らは粉骨砕身お仕えいたします、バヴサーガラ様」
 アウシュニヤは今度こそ直衛の右翼に戻るべく一礼をして退いた。
「……」
 先頭に残されたバヴサーガラは一瞬、眉根を寄せて考えを巡らせた。今のひと言は少し気になる。
 若き竜というのは、ドラゴンエンパイアでは「人格の固まりきらぬ」「常識はずれの」「二頭でようやく一人前」など様々な意味を持つ軽妙な言い回しだ。封焔竜たちは、常に羽根の冠を付けるようになった私をバヴサーガラとしてのみ見ており、憑代として肉体を借りたリノリリの自我は消滅したと思っているはず、なのだ。しかし──
「まぁ良いか」
「うん。ブラントゲートの歓待にあずかるとしよう、バヴサーガラ」
 あるじの思考を読んだかのように、またトリクムーンがひょいと顔を出した。
 バヴサーガラは微笑して、アーヒンサの竜腹を蹴った。

 世に、ドラゴンが諧謔を解するとは聞かない。ドラゴンかしずく人間がいるとも、また。
 だが一つ言えるのは封焔竜と巫女の結束は固く、その絆もまた確かなものであるようだ。



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《今回の一口用語メモ》

多国籍遺跡発掘隊アンティーク
 ダークステイツとドラゴンエンパイア、両国の様々な種族から編成される遺跡発掘隊。
 隊員は皆、所属を示す偽造不可能なマークを身につけており、これが隊員証と発掘許可証を兼ねている。
 アンティークは、無神紀にギアクロニクルの英雄がダークステイツを統一した後、彼の指示により、ギアクロニクルの遺跡の研究が行われたことが発端となっている。
 ダークステイツでは、かつてギアクロニクルが惑星クレイに飛来した時、「ギアクロニクルがはるか太古から存在したことを示した遺跡」が「時を遡って出現した」ことが知られている。これを惑星クレイや、今や第2の月となった遊星ブラントにまで対象を拡大して、因果に干渉する意思の存在について解析しようというのが目的である。
 こうした遺跡に、来るべき世界の危機を解決するための、何らかの情報が存在する可能性があるとの予測のもとギアクロニクルの英雄は、かねてより時代の夜明け(天輪聖紀の到来)に向けて協力関係を樹立していたドラゴンエンパイアの竜皇帝と協議し、多国籍遺跡発掘隊「アンティーク」を創設したのである。

封焔の巫女バヴサーガラと封焔
 身の内に激しい絶望の“焔”を宿す女性。
 バヴサーガラの誕生については本人も含め詳しく触れられた事実はないが、その名が惑星クレイの歴史に登場するのは約3,000年前。ギーゼの消滅とメサイアの加護が失われた無神紀、「祈り無き時代」のことである。
 無神紀は魔法力が減退(枯渇に近い状態だったとも言われる)したため、魔法力をエネルギーとする生き物、ドラゴンが力を失い、その多くが眠りについたという。弱体化し絶望に苛まれたドラゴンに内なる焔を与え、バヴサーガラは一党を築いてゆく。
 これが“封焔”であり、バヴサーガラはその頂点に座し崇められる祭司である。
 天輪聖紀の幕開け、《世界の選択》に際しては絶望の巫女としてバヴサーガラは、天輪の巫女リノと対する事になった。もしもこの時、惑星クレイの過半数が“絶望”を選べば世界はバヴサーガラの手で一度滅び、リセットされ新たな生態系をもって生まれ変わるはずだった。
 《世界の選択》後のバヴサーガラはリノたち焔の巫女とも和解し、希望の峰(旧・絶望の峰)を拠点として惑星クレイの均衡を監視する役目を自らに課している。これはバヴサーガラが独自の力、惑星クレイ世界全体の流れを監視する“目”を持っていることに拠る。
 なお現在もバヴサーガラは人間の娘リノリリに宿り(人間として自我を得たリノリリ自身の意識もありながら)、二つの意識で一つの身体を共有している。ちなみにバヴサーガラとリノリリの人格交替は速やか、かつ平和裡に譲り合って成立しているようだ。ちなみに封焔竜たちは主人バヴサーガラを単一無二の人格と考えており、この二つの人格が共存し使い分けられている事は今のところバヴサーガラ/リノリリ、トリクムーン、焔の巫女リノ、トリクスタしか知らない秘密である。

無神紀については
 →公式サイトの「惑星クレイ年表」
https://cf-vanguard.com/chronological_table_of_cray/
を参考のこと。

封焔の巫女バヴサーガラが封焔竜を率いて活動を始めた頃については
 →ユニットストーリー031「封焔の巫女 バヴサーガラ」を参照のこと。

バヴサーガラの世界を監視する“目”については
 →ユニットストーリー039「頂を超える剣 バスティオン・プライム」章末を参照のこと。

★《世界の選択》と封焔の巫女バヴサーガラ、天輪の巫女リノについては今後、「天輪聖竜ニルヴァーナ──焔の巫女リノたちの旅と《世界の選択》(仮題)」として、一覧にまとめられたものが近日公開される予定である。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡