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短編小説「ユニットストーリー」
057 世界樹篇「救命天使 ディグリエル」
ケテルサンクチュアリ
種族 エンジェル
カード情報

Illust:出利


 天使の羽根エンジェルフェザーはいつも傷だらけ。今日もまたひとつ絆創膏が増えた。
 他人ひとを助けるごとに増えてゆくこれ・・は、医療救命組織エンジェルフェザーの最前線を担うわたし達にとって勲章みたいなものだと教わった。“戦場では見た目がすべて真実だとは限らない”とも。それは任務を遂行する上での心得だ。
 わたし、ディグリエルは救命天使。
 傷ついた人を助け命を救うのが仕事。
 それが例え、惑星クレイから遠く離れた異界の真っ只中であっても。

 さぁさぁ、次は誰を治療してあげればいいのかしら!
 わたしはトリガーを絞りながら叫んだ。空転する救護穿孔機の周りに治癒の柔らかいオーラが渦を巻く。
 ケテルサンクチュアリが誇る神聖魔術の発明、負傷を治療し疲労を回復する“魔法のドリル”。決して手放せない“相棒”だ。(このドリルにはまた別な使い方もあるのだけれど)
 困ってるなら救命天使を呼んで!どこでも助けに行くわ!
 わたしの耳が助けを求める声を聞き逃すことなんてないんだから!
 ……って、あれ?
 わたしは足元から湧き上がる光の中に立ち尽くしていた。
 密集し立ち並ぶ高層建築、天空に浮かぶ9つの島。
 そう。惑星クレイ広しと言えども他にこんな景色の場所があるはずはない。ここは、
「ケテルギア……帰ってたんだ、わたし」
 9つの浮島をさらに上空から見た形から“ケテル”との異名も持つ、ケテルサンクチュアリの首都。わたしの故郷だ。



 心に喜びが満ちる。
 疲労も傷の痛みも、異界で戦う不安と緊張も、すべてが洗い流される心地だった。
 長らく離れていた故郷を間近に望んだ時の感動は、天使もエルフも人間もたぶん変わらない。
 ここには家族もいる。友もいる。
 友達……そうだ。クラビエルを誘ってギア5の人気カフェに行こう。戦場では世話になりっぱなしなんだから、今度はわたしの奢りで……戦場?

Illust:紺藤ココン


 ……何かおかしい。
 わたしの中で警報が鳴っていた。
 ここはどこだった?
 ついさっきまでは異界の虚空の中で、負傷者の救いを求める声に耳を澄ましていた、はず。
 もう一度、眼下のケテルギアの街を見下ろす。
 間違いない。
 髪を揺らす高空の強い風も、移動する点のようにしか見えない天上港の人や物資の流れも皆、本物だった。
 ……だとすれば……。
 ギュイィィィン!!
 わたしは救護穿孔機のトリガーを絞って、身体を囲う円を描いた。頭上から足元までを球で包んで防護するイメージ。
 キュルキュルキュル!!
 続いて体前にドリルで複雑な紋様を描いてゆく。
 それは癒やしの白く輝くオーラとはまったく違う、次元干渉の重々しく吸い込まれるような“闇”の火花だ。
 ケテルサンクチュアリの神聖魔術の力で、ブラントゲートから提供された高次元解析法による“図形”を首都ケテルギアの空に刻んでゆく。それは例えば女魔術師(ソーサレス)が指で魔方陣を描くようなイメージだ。
 バリンッ!!
 最後の一筆を描き終わった瞬間、ガラスの割れるような音を発して、わたしを包んでいた空間が弾けた。目の前には異界が広がっている。元の場所に戻ったのだ!
 これが救護穿孔機のもう一つの力、転ばぬ先の“魔法のドリル”よ!
 わたしはビシッと格好良くポーズを決めた。
「なるほど。《因果の泡》だったのね」
 “戦場では見た目がすべて真実だとは限らない”
 本当にその通りだ。油断大敵。
 ブラントゲートの柩機カーディナルが戦っている“狭間”の最前線ほどではないけれど、わたしたちが救援に駆けつける戦場でも、局地的な時空間の乱れと遭遇することがある。
 《因果の泡》とは簡単に言えば、戦場で稀に発生する時空間転移の乱れ、時と場所とを跳躍させる“陥穽”だ。
 中に突入してしまい、これが戦場の中に生じた「もう一つの現実」だと気づかずにいると、わたしのように危うく「そのまま故郷に帰ってしまう」こともある。たまたま飛ばされた先が現在のケテルサンクチュアリなら良いけど、《因果の泡》の法則性は柩機カーディナルや異世界現象研究所でも解析できていない。敵味方関係なく常に用心しておくべき脅威だった。
『ディグリエル?ディグリエル、応答して!』
 あぁ、あの・・エルフの子だ。わたしは故郷の街を見たのと同じくらい心が弾んだ。
『ディグリエル!』
「はーい!わたしは無事よ、インヴィガレイト」
『困るよ、作戦中は常にシグナルを点けておいてもらわないと』
 インヴィガレイト・セージの声には安堵と怒りが入り混じっていた。
「ごめんごめん。ちょっとやらかしちゃって」
『何?何かあったの?』
 とインヴィガレイト。この子の良いところだけど、熱血で世話見が過ぎるので余計な心配はさせたくない。
「なーんでもない。それより少し戦場から外れちゃったみたいなの。位相ベクトルデータを頂戴!」
『わかった、すぐに送ってもらうから。』
「通信以上。ディグリエル、戦線復帰しまーす!」
 わたしは看護帽ナースキャップを直し、再び救護穿孔機を構え直した。
『ディグリエル?』と世話焼きインヴィガレイトの声。個人通話モードだ。
「なによ」とわたし。
『あまり無茶しないで。帰還したら僕が奢るよ』
生意気なーまいき!奢るのはわたしよ。楽しみにしてて」
 わたしは束ねた髪を掻き上げて、今度こそ通信を切って異界の空へ跳んだ。

 さぁさぁ、次は誰を治療してあげればいいのかしら!
 困ってるなら救命天使を呼んで!どこでも助けに行くわ!
 わたしの耳が助けを求める声を聞き逃すことなんてないんだから!



※註.ことわざ(転ばぬ先の杖)、時間の単位については地球のものに変換した※

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《今回の一口用語メモ》

エンジェルフェザー
 ケテルサンクチュアリの医療救命組織。
 その始まりは弐神紀のこと。旧ユナイテッドサンクチュアリが国家として成立する以前からと言われている。当時、弐神戦争などの戦場で陣営に縛られず敵味方の区別なく治療に当たった天使たちと、その協力者によって作られた集団とその活動がエンジェルフェザーの基礎となっている。
 エンジェルフェザーは(ギーゼ消滅とメサイア消失の後の)無神紀に、ケテルサンクチュアリの天空と地上いずれの側にも属さず、国境をも越える医療集団として再編・統合されている。約三千年にも及んだこの活動は惑星クレイの外部すなわち宇宙にも範囲が広げられており、献身的で危険も多いものだったが、天輪聖紀には世界地で実を結びつつあり、後に「パラドクスコロニー」など国家同士の協調を促すきっかけにもなっている。

救命天使
 医療救命組織エンジェルフェザーの中でもその名の通り傷ついた者を癒やし、命を助けることを任務とする天使。仕事柄、人と接することが多いためか、同じケテルサンクチュアリの天使でも騎士団所属よりは他種族にも親しみやすく話しやすい性格の者が多いようだ。

エンジェルフェザーと弐神紀と弐神戦争については
 →『世界観コラム ─ 解説!惑星クレイ史』第6章「弐神紀中期 ~弐神戦争と神格「破壊神ギーゼ」の封印~」を参照のこと。
ケテルサンクチュアリの首都ケテルギアについては
 →世界観コラム ─ セルセーラ秘録図書館003「クラウドナイツ」および
 →ユニットストーリー004「豪儀の天剣 オールデン」を参照のこと。

インヴィガレイト・セージとS01地上支援基地と、パラドクスコロニーについては
 →ユニットストーリー048 世界樹編「インヴィガレイト・セージ」を参照のこと。

異世界現象研究所については
 →ユニットストーリー050 世界樹篇「軋む世界のレディヒーラー」と《今回の一口用語メモ》も参照のこと。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡