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　浮島群が“蝕しょく”に入った。
　天空を統べる9つの浮島の真下に今、旧都セイクリッド・アルビオンがある。
　新しい民が古き民の真上に位置する時。空の富める者が地の貧しい者の頭上に居座り影を落とす。この国の支配の縮図。これがケテルサンクチュアリの新旧首都の“蝕しょく”なのだ。
　──ギア1天上港。
　ロイヤルパラディン第１騎士団《クラウドナイツ》近衛隊。
　空を駆ける白銀の騎士たちが詰める隊列の中心、一段高く設しつらえられた天幕に彼らの指揮官2人の姿があった。
「報告は読んだ」
　クラウドナイツ団長バスティオンは丸められた羊皮紙を片手で広げた。
「まとめたのは」頂の天帝バスティオンの問いは軍人らしく簡潔である。
「豪儀の天剣オールデン」クラウドナイツ副団長、誓約の天刃フリエントの答えもまた短かった。
「直截簡明ちょくせつかんめい」
「武に能よく文に能よく。同僚からの信頼も厚く」
「地上の生まれだが私情に溺れず天上に勤める。あれを剛の者と呼ぶ」
「しかし旧都には反抗勢力の不穏な動きいよいよ激しく。特に首謀者の騎士は神出鬼没として探査員の多くが警戒を促しております。シャドウパラディンからのご報告を」
「読んだ。古来、奇襲を完全に避ける方法は無いに等しい。それがあちらの優位だ。一方で相手が初手しょてを曝したその後に立場は逆転する。正規軍としては備えて待つしかあるまいよ」
「いわばそれも陥穽かんせいですからな。犠牲は伴いましょうが致し方なし」
　副団長フリエント、天使コカビエルなど信頼する部下とバスティオンとの会話は、特に人払いなどしなくても聞いた者にはそもそも意味不明である事が多い。
「このユースなる少年」
　バスティオンがかざす羊皮紙には甲冑を来て空を飛ぶ、活発そうな子供の姿が映し出されていた。


「父の名はロング。先々代の反乱鎮圧隊隊長です。5年前に病死」
「良き戦人いくさびとであった」
「悪しき巡り合わせでした」
「果たしてあれは本当にロングのみに帰する失敗であったのか」
「彼は叛徒に与くみした疑いも持たれたのですぞ。責は誰かが負わねば。バスティオン様ではなく」
「これには行方不明とあるが」
　バスティオンは巻物を掲げた。一見、羊皮紙にしか見えないこれ・・は最新の魔法科学技術の結晶であり生体認証が適合する者にしか情報は見られない。
「ユースは同じく5年前、父の死後に騎士見習いから抜けました。オールデンの調査でも足取りは掴めず」
「我慢強い子供だったと聞くが」
「充分に大人が守ってやれたとは言えません。特に父親が被った悪評からは」
　バスティオンの面頬の奥がちらりと光った。目顔で何ごとかフリエントに問うたのだろう。
　この会話の最初からバスティオンはほとんど身動きをしていない。完全鎧に身を包むバスティオンの一挙手一投足は、開かれた天幕の向こうに居並ぶ団員の注目の的である。兵は将の不動に心を強くするもの。指揮官が落ち着かぬ様子では隊は引き締まらない。
　天上港に軍楽隊の演奏が流れ始めた。
「ご到着のようですな」
　2人の視線の先で小型旅客機が一隻、着陸態勢に入っていた。天上騎士たちが隊列を組んでエスコートする。
「式典は手短に。天輪の巫女達と話すべきことは山とある。速やかに会談に移れ」とバスティオン。
「御意に。ですが天輪の一行を丁重に迎えることは政府の望みでもあるわけですから」
　フリエントの言葉に皮肉の気配はない。自らが従うべき務めには極めて真面目な男なのである。
「ではこちらから出向こう。遠来の客人に対して当然の作法マナーだ」
　バスティオンは動きかけた。フリエントが義の人であるようにバスティオンは法の人である。
「いま少しお待ちを。動画班から客人がこの地を踏む記念的瞬間を長回しで記録しておきたいとの連絡あり」
「儀礼や手続きとは私にとって最大の足枷だな」バスティオンの口調には珍しく苛立ちが漂っている。
「誰よりも卒そつなくこなしておられるように見受けられますが」
「フリエント」「は」
「誓約の天刃も随分とお喋りになったものだ」
　騎士団長は振り向くこともなく巻物を副団長に押しつけた。腹心の彼にだけ見せる不満の表明らしい。
「恐れ入ります」
　フリエントは詫びなかった。頭こうべを垂れるその口元に今度こそ微かな笑いが浮かんでいたか、どうか。

　タラップが降りると、まっさきに元気よく飛び出したのはトリクスタだ。
　続いてリノ、レイユ、ローナ、ゾンネが飛行機のタラップから滑走路に降りる。
　この時彼女たちは、ケテルサンクチュアリの首都ケテルギアに降り立った初めての暁紅院の巫女となった。
「うわぁ、いい匂い」とローナがうーんと伸びをする。
「花かな。それとも香水？」とゾンネが鼻を蠢かせた。
　彼女たちが気がついた通り、天上の浮島ケテルギアの民はある種潔癖と言えるほどに、快適な生活空間を追求する民である。ギア1天上港と呼ばれるここも、ほとんどが吹き抜けの滑走路であるにも関わらず、本来高空に吹き荒れているはずの突風も、空気の薄さも身を切るような冷たさも感じることはない。いい匂いのする清らかな空気が流れている。無論、そんなケテルギアも嵐にも遭えば濃霧ガスに巻かれる日もある。それでも魔法と科学の粋を尽くして都市と浮島すべてを住み良い環境に変えようと膨大な努力を重ねているのだ。
「さぁみんな。私たちはこの国にお招きに与あずかっているのだから」
　レイユの言葉にトリクスタまでがしゃん・・・となった。
　天上騎士団が焔の巫女と希望の精霊の前に隊列を整えた。
　団長バスティオンが待つ天幕までの道を歩く一行の姿を複数のカメラが追う。リノたちの到着は一般市民向けの報道には取り上げられていないが、《世界の選択》の真相を知るケテルサンクチュアリ国上層部にとって、件くだんの焔の巫女一行を正式に迎えることは後世の記録として保存しておきたいほどの一大事であるらしい。
「なんてこと。これではまるで国賓こくひんみたい……」
　リノの顔色は冴えない。自分はたまたま護るべき卵が天輪竜だったというだけの、暁紅院の一いち神官（巫女）でしかない。数千年の歴史を見つめてきた叡智と膨大な魔力の焔を身に宿す生ける伝説、封焔の巫女バヴサーガラとは違う。特別扱いにはいまでも違和感が拭えなかった。
　それにしても、そのバヴサーガラはいったいこの国の政府とどんな約定を取り付けたのだろう。心友・・として厚意はまったく疑わないが彼かの封焔の巫女が絡むとどうしても話の規模が大きくなってしまう。
　ストイケイアの古都、尽きせぬ泉の町ヌエバ郊にある空港に、ケテルサンクチュアリ政府専用機の迎えを受けたのがつい2日前のこと。前もってバヴサーガラの便りがなかったらこの機に一行が乗ることはなかっただろう。
　そこからは至れり尽くせりの機内サービスつきで惑星クレイの昼と夜をひとっ飛びして、地上の旧都セイクリッド・アルビオンに一泊。旧都－首都特別便で降り立ったのである。
「ここまで、あっという間だったよね～」
　とトリクスタ。いざとなればヴェルリーナに変化オーバードレスして飛び回る彼も、これほどの長距離を短時間で移動する空の旅は初体験だ。
　なお、何もかも言われるまま入国するに至った焔の巫女とトリクスタら《天輪》の一行が、唯一希望として──旅の疲れを理由に──強く願い出たのがこの地上での一泊だった。リノたちが“国境なき癒やし手”と呼ばれるようになってから今まで、再三入国を申請しても立ち入ることのできなかった国ケテルサンクチュアリ。内乱寸前とまで噂される地上の実情がどうなのか、リノは直に触れたかったのである。
「せっかくの機会だったのに」
　リノの気は晴れなかった。暁紅院を離れて後、旅暮らしをして学んだことは、住む人々の生活に入り込むことで初めて（その国を）知ることができることが多いということだ。通り過ぎるだけでは人々の本当の望みや悩みに迫ることはできない。だが旧都セイクリッド・アルビオンでの滞在も、沿道から宿泊するホテルまでも天上騎士団のロイヤルパラディン達が厳重に警備して市民と触れあう所ではなかった。
「見られたくなかったのよ、おそらくはね」
　とレイユ。レイユは国境近くの灌漑事業などを通じて、事情通の市民とも通じている。ケテルサンクチュアリの地上の荒廃を、隣国ドラゴンエンパイアからの賓客には見せたくないのだろうと察しは付いた。
「まぁ、あたしたち4人を」とゾンネ。
「5人・・だからね」とトリクスタは笑う。
　旅する《天輪》一行は人間ヒューマン4人に精霊1人（そしてかつては卵1つ）。いつもの掛け合いである。
「あたしたち5人を迎えるにしては警備が厳しすぎるよね」
「警戒してる？何を？」
　ローナが周囲を見回しながら尋ねる。見渡す空は青く、遠くに鳥の影。初夏の風は爽やかで肌に心地よい。
　その答えはすぐに出た。

　それは最初は確かに、小さな鳥影のように見えた。
　ギュィィィ──!!
　天を裂く轟音。
　気がついたときには黒い影が、あっという間に天上騎士団の縦列陣を蹴散らしていた。
　リノたちに翼ある黒い影が迫る。
「危ない！」
　トリクスタは──いつものおどけた様子を捨てて──リノに覆い被さるように地面に引き倒した。その背の衣が衝撃波ソニックブームでズタズタに切り裂かれる。
「うッ！」「トリクスタ！」「へ、平気……」
　他の3人は反射的に身を伏せていた。焔の巫女はみな暁紅院の修行僧であり、体術の達人である。リノが避けられなかったのはたまたま悩ましい思いに苛まれていた所に、翼ある黒い影がただリノ一人を目がけ猛烈な勢いで突っ込んできたからに過ぎない。
「《天輪》とはこの程度か」
　くぐもった声が、トリクスタにかばわれて倒れこんだリノの上から降ってきた。
　見上げれば甲冑の足、腰、はためく翼と人型の身体は黒と赤に彩られ、兜の右には十字の傷があった。


「未来は見通せず、持てる力は足らず、くよくよと悩み、襲い来る敵には脆もろい。所詮は仲良しごっこ！ハッ、そんなやり方で再び世界を救おうとは笑わせる」
「ぶつかってきておいて、なんだぁその言い草は！」ぶん殴るぞ！ゾンネが本気の構えで応じる。
「動かないで。すぐに治るから」優れた治癒師であるローナはトリクスタの背に手を当てる。
「私たちをケテルサンクチュアリ国に招かれた客と知っての狼藉ですね。名乗りなさい！」とレイユ。
『ユースベルク“破天黎騎スカイフォール・アームズ”』
　黒と赤の騎士の声は轟く雷鳴のように響き渡った。

『ユースベルク“破天黎騎スカイフォール・アームズ”』
　その声が天上を統べる政府上層部が注目する記録映像に刻みつけられたと知った瞬間、バスティオン、フリエントは彼かの者の狙いとシャドウパラディンからの警告の意味を悟った。
　ドンッ!!
　主従は合図もなく同時に、甲冑に付与された飛翔する力を解放した。
　初速も同じなら加速も同等。2人の剣は既に鞘走っている。
　奇襲に対応しきれていない天上騎士団員のすぐ頭上を、2人の剣士は銀の流星となって駆けた。誰よりも疾はやく。
　到達まであと3秒。

「我は滅びの日を告げる先触れ」
　黒と赤の騎士ユースベルクは背後を振り向いて、わずかに身をかがめた。長く白い髪が風を巻いた。
「やがて地に満ちた怒りが偽りの天を覆す。余所者よそものは首を突っ込むな。暁紅院へ帰れ」
「!?　あなたが世界を救う方法って……」
　騎士は黒い空気の渦を巻いて飛翔し、リノの叫びはかき消された。
　烈風が過ぎ去った時、そこには銀色の騎士2人の姿だけがあった。
「逃のがすな、フリエント！」「御意！」
　天上騎士団クラウドナイツ副団長は一動作で手勢を招集し、すみやかに追撃の先頭に立った。
　追う者と追われる者、双方の姿が天上都市の彼方、みるみる黒い点になって遠ざかってゆく。
「失礼の段、平にお詫びする。我が手を取っていただけるか天輪の巫女殿」
　天上騎士団団長は気を失ったトリクスタを左の手に抱え、リノに右の手を差し伸べた。
「ありがとうございます、騎士殿。わたしは焔の巫女リノです」
「私は頂の天帝バスティオン。この時をどれだけ待ちわびたか。天上の民を代表して方々のご来訪を歓迎する」
　仮面から聞こえるバスティオンの声には様々な感情が溢れ、天上騎士団団長として恐れられる普段の彼を知る者ほど心打たずにはいられない響きがあった。
「さて。こんな状況でお尋ねするのは心苦しいが……私は警備責任者でもあるのだ。手掛かりが欲しい」
　バスティオンはただの一撃で隊列を乱された天上騎士団クラウドナイツ近衛隊を見渡した。確かに油断もあった。だが実のところ、単騎で挑んできたあの破天の騎士には精鋭でも止められない猛烈な勢い──たとえばそれはアルビオン競技場で暴れたダークステイツの悪魔デーモンのような──も感じていた。バスティオンはかのディアブロスの長兄と同じく来きたる激戦の予感に戦慄したのである。
「彼奴きゃつは何か言い残していかなかっただろうか」
　はい、とリノは頷いた。トリクスタを襲った危機に頬を張られたような結果となって、一年の旅の末に開花した強いリノを目覚めさせている。ここにはもう特別扱いを厭いとう控えめな少女の影はない。今のリノはかつて《世界の選択》の一方を担い──そう。背負える者が自分しかいないのならばやるしかないから──、名だたる惑星クレイの英雄とも堂々正対できる天輪の巫女なのだ。
「ひと言だけ」
「何と？」
「世界を救う方法とは何か、と聞きましたら……」
　静寂。次の言葉がケテルサンクチュアリの未来を占うものだと誰もが予感していた。
　リノの唇に皆の視線が集まる。天輪の巫女は言葉を紡いだ。
『革命だ』と。



※註．時間の単位（秒）は地球の単位に換算した。※

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《今回の一口用語メモ》

破天騎士団
　ケテルサンクチュアリの首都、天空の浮遊都市ケテルギアの統治に反旗を翻し、貧困にあえぐ地上の民を天上の軛くびきから解放し、豊かな生活を勝ち取るために戦う抵抗運動レジスタンスのこと。
　破天騎士団は国家や政府によって認められた組織ではない。
　リーダーは正体不明の男性、ユースベルク。
　偶然なのだろうか、ユースベルクが名乗る「破天黎騎スカイフォール・アームズ」は「破天騎士団スカイフォール・アームズ」とも読める。
　同様に、破天騎士団の隊員構成も詳しい情報はない。所属が明らかになれば天上騎士団クラウドナイツに逮捕される危険があるためだが、これは逆に「旧都セイクリッド・アルビオンを含む地上の民のほとんどが、潜在的に破天騎士団か、その協力者になる可能性がある」という天上の為政者や軍人を悩ませる状況にもなっている。
　ゲリラ作戦を旨とする破天騎士団だが、素人も多く含まれる組織と言われながら秩序だった動きを見せており、天上騎士団の先回りをして戦果をあげる事も多く、これがユースベルクないしは他の何者かの軍事的指導力によるものか、天上側の協力者の存在まで疑う声もあがっている。

謎の騎士ユースベルクについては
　今後公開される
　→世界観コラム「セルセーラ秘録図書館」破天も参照のこと。

ケテルサンクチュアリ国の天上と地上の軋轢については、
　→ユニットストーリー038「ディアブロス “絶勝”ブルース」
　→ユニットストーリー039「頂を超える剣 バスティオン・プライム」を参照のこと。

頂の天帝 バスティオン、副団長フリエント、天使コカビエルについては、
　→ユニットストーリー013「真相読解 コカビエル」
　→ユニットストーリー038「ディアブロス “絶勝”ブルース」
　→ユニットストーリー039「頂を超える剣 バスティオン・プライム」を参照のこと。

地上生まれの天上騎士クラウドナイトオールデンについては、
　→ユニットストーリー004「豪儀の天剣 オールデン」
　→ユニットストーリー015「天翔竜 プライドフル・ドラゴン」を参照のこと。

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