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ユニット

Unit
短編小説「ユニットストーリー」
066 世界樹篇「ユースベルク“反抗黎騎・疾風”」
ケテルサンクチュアリ
種族 ヒューマン
カード情報

Illust:村上ゆいち


「もう奇策は通じないだろう。相手はプロの軍人。数で見ればもとより戦力として比較にならん」
 黒と赤で装った騎士はそう言うと甲冑に包まれた身体を翻した。いかなる魔法あるいは科学技術によるものなのか、背に負う重々しい武具が彼の動きに軽快に追随する。
「じゃ、どうする?」
 烈破の騎士フリーデはその背に訊いた。その耳が意志の強さと戦士としての勇猛さを反映してピンと反り上がっている。彼女はワービースト。ケテルサンクチュアリの騎士を名乗る種族としては異例である。
「こちらにも奴らにない優位がある。我らは十分に戦える」
「信じるよ。でも無理はしないでね、ユース」
 息が詰まるような沈黙が落ちた。
「その名で俺を呼ぶな……二度と」「どうして」
 低い声だった。二人が潜んでいる場所以外には決して漏れ聞こえないほどに。
「死んだからだ。そいつは世間知らずで意気地無しの」
「真面目な頑張り屋さんだった。そしてとても優しかったよ。アタシの命の恩人はね」
 また沈黙が落ちた。続く言葉の応酬は速く熱いものだった。
まどいがあるなら抜けろ」
「あるもんか。戦うわ、最後まで。アタシを追い出せると思わないで」
 フリーデは獣本来のしなやかな動きで隠れ処からするりと抜け出した。
「打ち合わせ通り行くよ!忘れないで。一番大事なのは捕まらないこと!いい?」
 おぉっ!同志の雄叫びがあがる。
 続くどよめき。黒と赤の騎士がその姿を陽の下に現したのだ。
「我ら破天の騎士。ケテルの天と地に新たな均衡バランスをもたらさん」

Illust:saikoro


「オールデンより司令部コントロールへ。旧都セイクリッド北西部で乗用車炎上、試用ケイパプル2台、交通整理対応中」
司令部コントロール了解。消防と警察には通報済み。ただし出動要請が集中しているため対応は遅れる予想。引き続き地上監視モニターに当たられたし」
「了解。現高度を維持する。以上オーバー
 天上騎士クラウドナイトオールデンは身にまとう《クラウド》をそのままに現場を旋回した。

Illust:つくねね


「オールデン、わたしの出番はありそうですの?」
 騎士団用通信クラウドネットの向こう側からイニュクリエイト・エンジェルの明るい声がする。
「ケガ人はいないようだ。もちろん必要ならばエンジェルフェザーの切れるハサミ・・・・・・の手も借りる」
「いつでも任せて!」とイニュクリエイト。
「ミルヒヴァイス。現場は幹線道路だ。障害物の速やかな撤去を」オールデンは呼びかけた。

Illust:石田バル


 ……。
 低い「了解」のうめき声をあげて石製ゴーレムのミルヒヴァイス・シュッツァーが眼下で動き出す。このゴーレムもオールデン同様、本来は地上ではなく天上の都市ケテルギアの防衛と治安維持を任務とする者だ。
「サウェル。地上の誘導はゴールドパラディンに任せたぞ」
「はいはい。もっともこんなの郷士ゴールドパラディンじゃなくて警察の仕事だと思うんですがね。他ならぬあなたの頼みじゃイヤとはいえない、オールデン」
「よろしく頼む」
 オールデンが呼びかけたのはゴールドパラディンの豪胆の騎士サウェルである。
 この街の同じ地区で生まれ育った二人。片方が天上にあがり支配と法の護り手に、片方は地上に留まり大地とそこに生きる者たちの暮らしを支える存在となった。
「俺たちゴールドパラディンが住民を誘導、ブリッツ・インダストリーの機械ワーカロイドが交通整理、ゴーレムが力仕事、救急にエンジェルフェザーが待機して、現場指揮が天上騎士団のおまえ」
「……」
 サウェルの呼びかけが変わったのは、すでに個人通話モードに切り替えていたからだ。
「これが噂に聞いていたの政府の治安維持テストケースってヤツなのか。いままで地上のことには知らんふりを決め込んでた天上の連中がどうした風の吹き回しかね……いや悪くないとは思う。大助かりさ。(あ!そっちはダメだ、おばちゃん。近づくのは火が消えてからにしな!)あぁ実際楽しいよ、悪くない。ただひょっとして、これ・・はおまえが意図したものなのかとも思ったけどな(よし、みんな。豪快に、行くぜ!ケガ人一人も出させるな!)」
「……サウェル。任務について、オレは何も答えられない立場なんだ」
 オールデンの言い回しもまた地上人だった頃に戻っている。もちろん正式には「我々が負っている任務について自分は……」と仰々しく答えねばならない。
「いいんだ。友達が出世するのは自慢だし。その立場ってのは違っても」とサウェル。
「すまない。オレは組むのを断られると思っていた。おまえ、あいつとは隣家だったし」
「ハントのことは気にするな。他人のものを盗んで法に背いたことに天上も地上もない。アイツが悪い。捕まえて裁きの手に渡したおまえが正しい。俺も同じことをする……いや怪しいな、俺はおまえほど強くはなれない」
「……」
「けどな、オールデン。これ・・がどれくらい効果をあげるか。それは保証できないぜ。もしも本格的に暴動が始まったら抑えられるかどうか」
 オールデンは低く嘆息をついて声にはしなかった。サウェルも返答を期待していない。
 爽やかに晴れた青い夏空とは裏腹に、眼下にはあちらこちらで黒煙をあげる旧都セイクリッド・アルビオンの姿。
 車が燃やされ、延焼した家屋も燃えていた。
 暴徒化した一部の市民によって治安は悪化の一途をたどっている。しかも出動した天上騎士団クラウドナイツの鎮圧隊が待ち伏せを受けてしまうために火の手と同様、一向に収まる気配がない。敵は神出鬼没でするりと追及の手をり抜けてゆく。さらに地上人である市民の非協力的な対応も足を引っ張っている。
 今日も同時に出動した天上騎士クラウドナイトの同僚たちは通信を傍受する限り、対応に苦心しているようだった。
 かつて惑星クレイ世界の危機を何度も救ってきた神聖国家ユナイテッドサンクチュアリ、その後継たるケテルサンクチュアリ国のこれが今の実態だ。
 豪儀の天剣オールデンは太く息を吐いて、気を引き締めた。
「引き続き警戒を続ける。全隊、北西部の治安維持に全力を尽くせ!」

Illust:城戸春一


 地上の異変を真っ先に察知したのはオールデンだった。
 ゴールドパラディンともみ合いになった市民に対して、2体のケイパプル・ヘルパー──ブリッツ・インダストリー社製のワーカロイド──が命令していない動き、つまり内蔵していた捕獲用投網を射出したのである。
司令部コントロール!」オールデンが通信機に怒鳴る。
「問い合わせ中です。向こうのCEOの返答では『緊急事態における防衛機能』なのだとか。他にも……」
 機械の仕事は誘導だろう!いたずらに市民の反感を刺激してどうするのだ!?
 オールデンは《クラウド》を巻いて急降下した。
 だが天上騎士クラウドナイトよりも疾い者がいた。

 旧都の街路“魔術師の道”、その地面すれすれを黒と赤の疾風が掠め翔ぶ。
 次の瞬間、市民の拘束は解け、迎撃態勢をとった一帯のケイパプル・ヘルパーがすべて跡形もなく爆散した。
『ユースベルク“反抗黎騎・疾風レヴォルフォーム・ガスト”』

Illust:萩谷薫


「豪儀の天剣、推参!!」
 オールデンはユースベルクの右上方から斬りかかった。すでに鞘は払われている。
「遅い」
 反抗黎騎・疾風レヴォルフォーム・ガストは翼とつながった槍でオールデンの一の太刀を易々とかわしてみせた。
「──!」
 オールデンは勢いを殺さずに、そのまま二撃三撃とユースベルクを斬りたててゆく。オールデンの速さと剣技は上司らが評するように天上騎士団でも指折りである。それを黒と赤の騎士は余裕をもって刃をかみ合わせているように見えた。
 二人の軌跡はからみ合う螺旋を描いて、聖域“宮殿山きゅうでんのおやま”の中腹へと流れていった。
「見た顔だ」とオールデン。
「地上生まれの天上騎士クラウドナイトに憶えてもらっているとは光栄だ、オールデン。収監された友の悪夢はまだ見るかな」とユースベルク。
「!?」
「そうだ。知っている。おまえが我を調べたように」
 この間も互いに渾身の力で相手を押しやろうと競り合っている。オールデンは相対している相手が、報告で見た姿と違う形態をとっていることに気がついた。
「先の襲撃でもこれ・・でフリエント殿から逃げ切ったか」
 オールデンが言う襲撃とは先日、リノたち焔の巫女を強襲し天上騎士団副団長フリエントの追撃を受けた事件を指す。
反抗励起レヴォルドレス。身に纏うは黒き死の風」
反抗励起レヴォルドレスだと!?」
「ヤツらをくのはさほど苦ではなかった。我には頼れる味方がいる」
 二人の軌跡はすでに聖域を2周しつつある。だが、あまりにも速すぎて天上騎士団側の誰も加勢できない。
 ユースベルクはふと眼下に顔を向けた。あるいはここに焔の巫女リノがいたらその仕草からオールデンに警告できたかもしれない。
「頃や良し。ひとつ解法ヒントをやろう、天上騎士クラウドナイト
「それは貴様を捕らえてから訊く」
 オールデンは距離をとって構えを変えた。
 剣の構えをゆっくりと斜めに移すと、あたりの空気が虹の光彩を帯びて輝く。
 それはオールデンの一族に伝わる豪儀の構え。相手が隙を見せた瞬間に渾身の力で斬り下ろす。ただ一撃に魂を込めて。ユースベルクも槍を真正面に構えた。
 ──。
 廃墟の街の上空。吹き荒れていた風が止まり、両者の動きが止まる。

Illust:三好載克


「我の味方とは“おまえ”だ。おまえのまどいよ。オールデン」「!?」
 普段は決して乱れない豪儀の構えがわずかに揺れた。
「地上に生まれし者。そして旧都セイクリッド・アルビオン。この街そのものが我の力。革命の推進力だ」
「貴様を、斬る」オールデンの顔は内心の葛藤を抑えられず強張っている。
「おまえには斬れない。今はまだ、な。我らは鏡合わせの虚像だ」
 オールデンは裂帛の気合いと共に大剣を振り下ろした。するとユースベルクは微塵の予備動作も見せず、すとんと降下した。破天の騎士とその装具とは真下にも瞬時に最大加速を可能とするものなのか。
 ドーン!
 地上に水柱が上がった時、オールデンは自分の失策を悟った。ユースベルクが狙っていたのはまさにこの時、唯一の逃走路の真上に位置することだったのだ。
「上水道か!」
 旧都セイクリッド・アルビオンはかつてここが首都であった時の水路をそのまま使用している。街路のあちこちには市民の生活を支える大小の水場があるのだ。天に向かって口を開ける上水道も。
司令部コントロール……」オールデンは呟いた。
「見失いました。そこにはチームも配置されていません」
“旧都セイクリッド・アルビオン。この街そのものが我の力。革命の推進力だ”
 ユースベルク、黒と赤の騎士の言葉は唇を噛みしめる天上騎士オールデンの耳にいつまでも木魂していた。



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《今回の一口用語メモ》

旧都セイクリッド・アルビオン
 ケテルサンクチュアリの旧都セイクリッド・アルビオンは旧ユナイテッドサンクチュアリの首都の跡、広大な廃墟の中に建てられた町であり、面積だけはこの国最大規模であるものの、家屋もほとんどが廃材を再利用した粗末なもの。辛うじて水のライフラインだけは古代の優れた上下水設備をそのまま流用できているものの、市民の生活水準は(天上との交易で財を成した一部の富裕層を除けば)一様に低い。
※図の●は街路に備えられた上水路の開口部である※

 中心部にそびえる宮殿山きゅうでんのおやまの内部に埋もれる古い宮殿の遺構は、軍所属の竜の駐屯地およびシャドウパラディンの地上支部となっている。また、外側の山肌も軍用道路が頂上まで造られてはいるが、遺跡保護地域につき、騎士団以外の地上人は立ち入り禁止。違反すると逮捕・厳罰の対象となる。

 またこの山全域に不定期な空間異常が発生しており、当局の警告にも拘わらず、この“穴”に落ちたと思われる行方不明者が毎年報告されている。



旧都セイクリッド・アルビオンと不定期に出現する“穴”については
 →短期集中小説『The Elderly ~伝説との邂逅~』第1話 幻視【ビジョン】を参照のこと。

旧都セイクリッド・アルビオンの聖域内にあるシャドウパラディンの支部および竜の通り道については
 →ユニットストーリー029「厳罰の騎士 ゲイド」を参照のこと。

天上騎士オールデン(と同郷の盗っ人ハント)については
 →ユニットストーリー004「豪儀の天剣 オールデン」および
  ユニットストーリー015「天翔竜 プライドフル・ドラゴン」も参照のこと。

ユースベルクの最初の襲撃、および破天騎士と破天騎士団については
 →ユニットストーリー062世界樹篇「ユースベルク“破天黎騎(スカイフォール・アームズ)”」も参照のこと。

ブリッツ・インダストリーについては
 今後公開される
 →世界観コラム「セルセーラ秘録図書館」ブリッツ・インダストリーも参照のこと。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡