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ユニット

Unit
短編小説「ユニットストーリー」
067 世界樹篇「ブリッツCEO ヴェルストラ」
ブラントゲート
種族 ヒューマン

Illust:ダイエクスト(DAI-XT.)


 ヴェルストラは内心狂喜していた。
「灼熱火砲アブハサール。ビームの出力は最大で衛星軌道まで達する。この前、宇宙軍の標的艦に命中させたらついでに観測衛星まで消滅させちまった。キレイさっぱりさ」
 ブリッツ・インダストリーCEOの物騒な解説とともに、空飛ぶバイクホバーバイクは工場棟の屋上に据えられた砲台の上を緩やかに旋回する。
「先を急ぐ。ちょいと飛ばすぜ」
 とヴェルストラ。複座バイクというにはあまりにも大型のこの乗り物は最大5人が乗り込める。
「はい。どうぞ」
 焔の巫女リノは笑顔で答え、焔のような緋色の髪がなびくのを指で押さえた。ドームに差す南極の陽に生気溢れる瞳がキラキラと輝く。
 可愛い。
 顔がにやけるのをもうガマンできなかった。だが……
「さぁ~、ぶっ飛ばして!」
 と、リノの肩のトリクスタがはしゃぎ。
 ふぁさ。
 と、リノの膝で鶏冠とさかみたいな2本の毛をなびかせる巨大な卵サプライズ・エッグが、気持ちよさそうに目を細めるのを見て、思わずヴェルストラは額を押さえた。
 神格ニルヴァーナの化身にして天輪竜の卵とXo-Dressクロスオーバードレスを修得した希望の精霊タリスマン、惑星クレイの有識者や為政者、軍人たちがもっとも注目する2つの存在が、自分とリノの間にでんと居座っていることにこの瞬間、ヴェルストラがどれほど煩わしく感じたのか知る術はない。
 ホバーバイクがぐんと急加速すると焔の巫女とトリクスタの歓声が辺りに響いた。

 惑星クレイ南極大陸。ブラントゲート国セントラル・ドーム。
 四人の焔の巫女とトリクスタ(とプレアドラゴンたち)、そして天輪竜の卵サプライズ・エッグは熱心な招待を受けてこの極寒にして世界最高の科学力を誇る国の客となっている。
 リノは当初、内乱寸前のケテルサンクチュアリを後にまた旅に出ることにはためらいもあったのだが、ヴェルストラCEOとの会見を強く勧める封焔の巫女バヴサーガラの便りと、他ならぬ頂の天帝バスティオンが掛けてくれた言葉「我らの道は別れてまた出会う。我らが王冠ケテルのことはどうか私たちにお任せあれ」に背を押されたのである。※注.王冠ケテルは天上の浮島ケテルギアのことを指す俗称※

「誰のことを考えていたのかな、リノは」
 ヴェルストラの声にリノははっと気を取り戻した。ちなみに呼び捨てにするように頼んだのはリノ自身だ。
「ごめんなさい。せっかく会社を案内してくださっているのに」
「ただの自慢だって。ドラゴンエンパイアからの客人とはいえ大砲や要塞ばかりでは退屈だろう」
「いいえ。連れ出してくれて気が晴れました。最近お会いするのは国の偉い方ばかりで」
 そうか。花泥棒も悪くないな、とヴェルストラはにっと笑う。
 言うまでもなく花とはリノのことで、天輪一行を迎える政府要人のパーティーから警備の目を掠めて半ば強奪する形で、ヴェルストラは空の散歩に連れ出したのである。(盗み出すと国際的な一大事になるという点で、ヴェルストラの中で天輪竜の卵サプライズ・エッグの順位が異様に低いのはひとまず置くとしよう)
 しかしヴェルストラCEOといえば世の噂では社員を人とも思わぬ酷使や暴言、女性と見れば熱心に口説く軟派ぶり、交通法規から条例までを破りまくっては政府や軍、他国にまでケンカを売るというとんでもない暴走ばかりが目立つ人物だが……リノに向ける屈託のない笑顔は好青年である。やんちゃな印象だが美形で筋骨逞しく、何より女性への気づかいが細やかで爽やかだ。
「ああいうのって肩が凝るよな。天地の権益だー政争だー内乱だのとさ。だから風穴を開けるんだよ。ブッ壊してまた作り直して」
 リノは目を見開いてCEOを見つめた。茶化してはいるがヴェルストラが並べた例えは偶然ではなく、リノの悩みと心配を正確に言い当てている。ただの無茶無理無謀で周囲を巻き込んで突貫するだけの暴走経営者ではなさそうだった。
「建築物ってさ、ロマンなんだぜ。リノが気に入ってくれたらうれしいな」
「武器とか要塞はちょっと……でも世界を救うってあのコマーシャルは好きです。なんだか面白くって」とリノ。
「だろ?配信CMは渾身の出来なんだぜ。……って、あ!今、“好き”って言った?言ったよね。ブリッツ代表として光栄だなぁ。も一回っかい言って、“好き”って。ホラホラ!」

Illust:koji


「へぇ、じゃああれもブリッツ・インダストリーのものなの?」
 とトリクスタは意図せず流れをぶち壊しにしたが、それにイヤな顔もせずに乗るヴェルストラは偉かった。
「お、ちゃんとオレの説明を聞いてたな、偉いぞタリスマン。もうすぐ完成する重撃砲砦フライシュッツ。あれがドームに収まる最大サイズだ……おっと!なぜドームの中に要塞が必要かは聞いてくれるなよ」
 オレもわからないんだから、とヴェルストラは笑ってバイクを旋回させた。

Illust:天城望


「そこのバイク!に寄せて止まりなさーい!」
 極光戦姫クランプル・オーキッドはそのホバーバイクを発見すると、通常手順を省いて機関砲を肩付けした。確保要請が出ているのだ。しかも相手は例の厄介者・・・。多少荒っぽいのも大目に見てもらえるだろう。
 バイクが旋回して急加速した。警告をあえて無視した証拠としてライダーの男はご丁寧にこちらにひらひら手を振っている。
「そう……見てなさい。抵抗する気がなくなるまでギタギタにしてやるから!」
 オーキッドは飛行ユニットをホバリングにして機関砲を構えた。機関銃ではない。敵機を撃ち落とすために作られた個人携帯としては異常なほどの大口径砲である。
 ドドドド!
 曳光弾がホバーバイクに放たれた。
 ご心配なく。捕獲用の対メカニック麻痺弾スタナーですから。とりあえずおとなしく降下してね。オーキッドは誰にともなく呟いた。
 パパパパ!
 発光弾フレアが振りまかれた。バイクの排熱を追尾していた麻痺弾スタナーがことごとく誘爆し無効化する。
 ご心配なく。このバイクはうちの開発がたっぷり手をかけた特製でね。空軍の戦闘機とも空中戦ドッグファイトが可能なんだよ。ヴェルストラはまた笑っていただろうか。
 すでにバイクは射程外に逃れていた。
 オーキッドは空中で悔しさのあまり両手を握りしめながら、
「ヴェルストラ。要人誘拐容疑、公道でのスピード違反と停止命令無視。無許可兵装も確認」
 と、超銀河警備保障コスモセキュリティ本部に送信した。
 たぶん今回もお咎めなしになるだろう。あの“生ける迷惑”ブリッツ・インダストリーCEOの力は依然大きい。でも……
 見てなさい。いつか絶対ギャラクトラズに送ってあげる!※注.銀河中央監獄ギャラクトラズは絶対脱獄不可能とされるブラントゲートが管理する刑務所※
 極光戦姫クランプル・オーキッドは暮れなずむセントラル・ドームの空を見上げ、今日も誓うのだった。

Illust:西木あれく


 ──その夜、ブリッツ・インダストリー本社CEO執務室。
「あ、バスティ?なんかオレんところのワーカロイドがやらかしちまったみたいで、まぁ修理は任せな……え、武器輸出協定違反?スペック表に武装の記載がない?ないよ、そんなの。判ってたらドッキリになんないじゃん。あーもう、網取り銃ネットガン実装したくらいで、うるさい事言うなよ。実際ちょっと役に立っただろ?次はもっとすげぇのこっそり仕込ませるからさ。それよりあれだよ“破天”のアレ。報告見たぜ。すっげぇじゃん、反抗励起レヴォルドレス。オレ用にもそっくりな強化スーツを造……いや、それオレに訊いちゃダメだろ。違うよ、ブラントゲート製じゃないって、たぶんな。怖いもん知らずのこのオレ様が騎士と例のβベータ兵器には触れないのは、わざわざ運命力だの生身なんて頼らずにロボットや無人機で実現したほうが融通利くからだ」
 ところで……、とヴェルストラの口調が一瞬変わった。
「ひとつ真面目なアドバイスをしよう。あんたたちは奇襲や暴動の始末に気を取られすぎだ。見事に攪乱されているんだよ。襲撃で相手が何を得るのか、動機と目的についてもっともっと考えろ。こいつは商売もおんなじだ」
 ヴェルストラは巨大なCEOチェアの上で足を組み替えた。手にはさっき開けた最高の酒。今日は実にめでたい楽しい日だ。
「おー会った。会ったよ、リノちゃん。超可愛いじゃん。久々オレも胸躍ったわ。あれでちっちゃいタリスマンとでっかい卵ちゃんがなけりゃイケたんだけど。なーんてな、うそうそー。必死に口説いたけどもう完敗。仕事に真面目でいい子だよ。さすがは天輪の巫女……ん?無礼千万?天輪竜の卵のこと?あ、知ってる知ってる。帰りにはすやすや寝てたからお散歩楽しかったんじゃない。天誅?物騒だな。でもそっからじゃ無理だろ。いいから落ち着けって、噂の天輪とお近づきになれてオレなりに感動してんだからさ。オレと会うよう口添えしてくれたんだって?ありがとな、バスティ。あ?バスティはやめろ?つれないなぁ天上騎士団長。愛想ないとモテないぜ。折角、リノちゃんにも気に掛けてもらってるのに勿体ない。だいたいあんた真面目すぎ……あ、切れた」
 ヴェルストラ──ブリッツ・インダストリーCEOは、イヤフォンをダブルタップして通話相手を変えた。
 表情ががらりと変わっている。
 先ほどまで外国の要人相手に真面目に大ふざけ・・・・・・・・しながら秘密通信していた男とは別人の、敏腕企画兼経営者の顔だ。
「オレだ。開発チームに通達。特製強化スーツの開発に入るぞ。……そうだ、CEO専用の空飛べるヤツ、秘密装備もいっぱい詰め込んで。理由?ケテルの騎士どもに負けてられないんだよ。ここは一発、リノちゃんに格好いいトコを見せて……いやこっちの話。あ、予算?それをどうにかするのがオレの仕事だよ。お前らはなにも心配すんな。……いつ開始かなんてバカなこと聞くんじゃない。今だ今!いますぐ寝袋持って会議室に全員集合だ!うまい弁当ベントーつまみ・・・は用意しておく。楽しい夜になるぜ。じゃ頼んだぞ!」
 ヴェルストラはグラスを一気にあおって、くぅーと呻いた。
 今夜は酒がうまい!
 いい仕事がバリバリできそうだぜぇ!



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《今回の一口用語メモ》

ブリッツ・インダストリー
 略称ブリッツ。ヴェルストラがCEO最高経営責任者を勤めている。
 本社は南極大陸のセントラル・ドームにあり、世界各地に支社と工場、補修施設がある。
「犬小屋から要塞まで」をキャッチフレーズに邁進する、ブラントゲートを代表する一大工業であり、その製品は生活必需品から娯楽、軍需用までと幅広い。また配信CMでは「建築物で世界を救おう」とも標榜している。
 ブリッツ・インダストリーはその製造力と工業技術の高さ、突飛さまで感じられる企画力が特徴であり、特にこの後者には、惑星クレイ中の天才が集まると言われる社員の人材の厚みとヴェルストラCEOの存在が欠かせない。
 ヴェルストラが唱える企画の方針「破壊と再生」はブリッツ・インダストリーの業務にそのまま反映されており、破壊力過多オーバーキルな兵器を開発する一方で、惑星クレイ世界で熱狂的な人気を集める2つの娯楽「ギャロウズボール」、「ノヴァグラップル」の補修もまたブリッツ・インダストリーが一手に引き受けている。
 ギャロウズボールでどれほど球技場が穴だらけになろうと、ノヴァグラップルでバトロイドや戦艦が破壊されようとも翌日にはファイト可能という驚異的な修復力は、ひとえにこのブラントゲートの工業力のおかげなのである。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡