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ユニット

Unit
短編小説「ユニットストーリー」
073 世界樹篇「ブリッツセクレタリー ペルフェ」
ブラントゲート
種族 エルフ
カード情報

Illust:椿春雨


 ヴェルストラは執務室の椅子に勢いよく腰掛けた。
「あーあ。やっぱり惑星縦断となると移動はこたえるな。今夜の会議はもう全部ナシ!」
「はい、オールキャンセルで」
 CEOの言葉に、秘書ペルフェはタブレットをひと撫でして全ての予定を中止にした。
 両肩の横に浮遊している多機能投影端末プロジェクターの右からは悲嘆の声が、左からは歓喜の声が沸き上がる。
「我が社員の率直な声ですわね」
 今は深夜。不夜城で知られるブリッツ・インダストリーではCEOが現れるというだけで、朝だろうが夜だろうが大騒ぎが始まる。よってキャンセルの全社通知が出た途端、ここ数日彼の指示を待ちこがれた者は望みを絶たれ、帰宅を望む者は安堵の笑みを浮かべるのだ。
「海外出張直後だぞ。俺も時差ボケとか色々あるんだよ!」
「ブリッツ・インダストリーCEOはタフが売りだったのでは?社員の人間ヒューマンの半分はガッカリしてますわ」
「人気者は辛いぜ。まぁエルフの秘書セクレタリーくらい、少しは俺をいたわってくれよ」
「はい。ではお飲み物など」
「ごほうびのキスで」
「そういうカクテルはございません」
「カクテルじゃない」
 ブーッ!
 投影端末プロジェクターに搭載されている判定機が反応した。
「あーら、セクハラですわね。これで今月のお給料ペイメントがまた加算されましたわ」
「ちっ!スクラップにしちまえ、そんな邪魔なモン!」
 ブ・ブーッ!
「あらあら。今度はパワハラにモラハラ?感謝いたしますわ、CEO。私の生活を豊かにしてくれて」
 ペルフェは眼鏡に手を掛けながらにっこりと笑った。そう言いながらも、きちんとヴェルストラお気に入りの酒のグラスを椅子の脇に置いている。
「まったく。そんなの作らせるんじゃなかったなぁ……おっと今のはおまえ・・・の悪口じゃないぜ、投影端末プロジェクターよ。だいたいそんなの無くても俺は勝手に指一本触れたことないだろう、ペルフェ」
「そういう契約ですからね」
 契約については確かにペルフェの言い分が正しい。だがその一方で、ヴェルストラは女性と見れば口説くくせに実際の接し方となると(意外と)紳士的なのもまた知られた事実である。
「あぁ。最近ぜんっぜん良いことないよなぁ。ケテルが大騒ぎだって言うから駆けつけてみれば、一番おいしい所は終わっちまってたし」
「ケテルサンクチュアリの新たな天地協調体制発足のお祝い客としては一番乗りでしたよね。天と地の政界や財界人を揃えて積極的に交わられて。ところであのプレゼント、いつからご用意されていましたか?」
「あれは可愛い娘にあげるためにいつも備蓄してるんだよ」
「ふーん。大型輸送機に満載した天地両用仕様の改良型ケイパプルを、女の子に?変わったご趣味ですこと」

Illust:saikoro


 ヴェルストラは何も聞こえないように嘆きを続けた。
「それにしても……!着いてみりゃリノちゃんもバヴサーガラもドラゴンエンパイアに帰ってるだなんて……俺、滑走路に倒れ伏して男泣きしたぜ」
「それはお気の毒」
「まったくだぜ。ケテルまで急いですっ飛んでったのに逢いそこねるなんてさ」
 ブリッツ・インダストリーCEOは浮遊スクリーンに、天輪の巫女と封焔の巫女の3Dフォトを浮かべグラスを傾けながら本当に涙ぐんでいる。おまえだけは分かってくれるよな、と呼びかけた先には執務室には似つかわしくない盆栽の鉢が白い枝を広げていた。ヴェルストラの趣味なのか、手入れが行き届いた見事な枝振りである。
 不意に、なにかに思い当たったようにヴェルストラは眉をひそめた。
「でさ。バスティなんてアイツ、久々の再会ついでに一緒に自撮写真セルフィー撮ろうとしたら俺の手、払いのけやがんの。みんなの前でバスティ呼びしたのがまずかったのかなぁ」
「聖剣で即刻叩き斬られなかっただけ、温情ものだと思いますけれど」
親友ダチなのに冷たいぜぇ。ったく、どいつもこいつも」
「でもその後きっちり正装で並んで記念写真を撮らせていただいて、超ご多忙の身なのに私にまで親切な言葉をかけてくださるなんて、どこかのCEO・・・・・・・と違って本当に素敵な方ですわね、新しいケテルサンクチュアリ防衛省長官は。写真素材、CM・Web広報で明日からバンバン流しますからね」
「アイツの顔ばかり売れるのは嬉しくないなぁ……」
「嘘おっしゃい。ユースベルクさん、式典でまだ距離をとりたがってるあの破天の騎士を、無理矢理バスティオンさんと両脇に呼びつけて一緒のフレームで撮らせていたでしょう。あれはCEOにしかできない事でしたよ。三人の並びはあの日の世界のトップ記事になりましたもの。『ケテルサンクチュアリ、新しい時代の幕開け』って」
「ブリッツ・インダストリーのCEOは世界一図々しい目立ちたがり屋だからな」
「その通りですわね」
「そこは否定しろって……まぁ、まだ色々謎のある反抗励起レヴォルドレスについて探りも入れたかったし。案の定、ユース君には突っぱねられたけどさ。開発中の格好いいCEO専用強化スーツのために情報が欲しいんだよ。あれでリノちゃんと空中デートするんだ!……てな風に、どこまでも自分のことしか考えていないのさ、俺ってヤツは」
「長々とずいぶん下手な言い訳ですわね、弊社CEOにしましては」
 そうかな、とヴェルストラは両腕を組んで巨大な椅子に身を沈めた。続いた声は独り言だった。
「うまく行ってくれるといいよな。あの二人」
「そうですわね」
「……」
「ケテルサンクチュアリの安定と開放政策への転換は我が社としてもビジネスチャンスですし……CEO?」
 ヴェルストラは目を閉じ、もうなにも答えなかった。
「就寝モード」
 ペルフェが投影端末プロジェクターにだけ聞こえる呟きを放つと、室内はすっと穏やかに暗くなった。続けて今日の出番が終わったこの両脇の機械の電源も落とす。薄闇に浮かぶのは二人と盆栽の樹だけになった。
 ヴェルストラがベッドで眠ることはほとんどない。
 このあとも、起きるなり猛烈な仕事ぶりを再開するのだろう。
(だけど……)
 どんなにふざけても、無茶なオーダーを飛ばしても、憎まれ口を叩いても、こんなに疲れても彼は休まない。
 ヴェルストラにとってブリッツ・インダストリーは愛する自分の会社だし、彼の無茶に振り回されてんてこ舞い・・・・・・する社員は可愛くて仕方ない家族みたいな存在なのだ、とブリッツセレクタリー ペルフェはよく知っていた。
「お疲れ様、ヴェルストラ」
 静かな寝息を乱さない小さな声でペルフェは呼びかけ、無音で執務室を去った。
 他国のことなのにその他国民以上に、ケテルサンクチュアリの協定とその予後のため、密かに奔走したブリッツ・インダストリーCEOヴェルストラを束の間、休ませるために。



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《今回の一口用語メモ》

天輪聖紀の航空事情
 惑星クレイで使われる交通機関の中で、もっとも国ごとの差が見られるのが航空(宇宙)分野である。
 科学分野からするともっとも発達しているのがブラントゲートであり、この国では各ドーム間を分単位のダイヤで結ぶ航空旅客便、軌道上や外宇宙と定期航路で結ぶ宇宙船、空飛ぶホバーバイクから個人用ジェットパックまで空はもはや「道」と変わらない意識で利用されている。
 ケテルサンクチュアリでも航空機は使われているが、現在までの所、その利用は政府専用機以外は軍民双方とも定期旅客・輸送が主である。これは長きに渡り、一定以上の高度の飛行に天上の許可が必要だったことが大きい。
 同じような理由で、旅客よりもさらに軍用の輸送用途が多いのがドラゴンエンパイアだ。これは言うまでもなく飛行するドラゴンが多いということに加えて、地方間での移動が比較的少ない(つまりその土地に根ざした生活をしている民が多い)という事情がある。
 ストイケイアは交通手段としての航空があまり盛んではない。グレートネイチャー総合大学を抱える同国では発明・技術レベルは他国に秀でているものの、移動は地面か海運・水運が主となる。これは世界一の食料生産国であるストイケイアでは多くの重量を大量輸送する必要があり、これが航空の特性(重量の制限が厳しいがその代わりに高速輸送が可能)と反するためだ。
 最後に、交通事情として他と変わった環境にあるのがダークステイツである。
 まず、ダークステイツの主な移動手段は徒歩、乗用動物、(駅)馬車、そして鉄道である。天輪聖紀となって治安はかなり改善されているが、それでも瘴気がたちこめ魔物が徘徊するダークステイツ国内の移動は旅人にとって危険度が高く、長距離となると隊商やサーカス団など相当に防衛力を固めたうえで挑む必要がある。
 航空事情については他国から乗り入れる飛行機以外としては、魔法的な乗り物(空飛ぶ絨毯や浮遊し移動する魔法の城)や羽ばたき飛行器(蒸気機関や魔法力によるもので機械というより飛行器具というべきもの)、そしてドラゴン悪魔デーモン、翼ある魔物、ギャロウズボールのプレイヤー、そして重力使いなども“飛ぶ”ものに含まれる。

ブリッツCEOヴェルストラについては
 →ユニットストーリー世界樹篇067「ブリッツCEO ヴェルストラ」を参照のこと。

破天騎士団によるケテルサンクチュアリの革命とその結果については
 →ユニットストーリー世界樹篇062「ユースベルク“破天黎騎スカイフォール・アームズ”」
  ユニットストーリー世界樹篇067「ユースベルク“反抗黎騎・疾風レヴォルフォーム・ガスト”」
  ユニットストーリー世界樹篇069「#Make_A_Trend!! キョウカ」
  ユニットストーリー世界樹篇070「ユースベルク“反抗黎騎・翠嵐レヴォルフォーム・テンペスト”」
  ユニットストーリー世界樹篇071「魔石竜 ロックアグール」
  ユニットストーリー世界樹篇072「天輪鳳竜 ニルヴァーナ・ジーヴァ(前編)」
  ユニットストーリー世界樹篇073「天輪鳳竜 ニルヴァーナ・ジーヴァ(後編)」
を参照のこと。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡