カードファイト!! ヴァンガード overDress 公式読み物サイト

ユニット

Unit
短編小説「ユニットストーリー」
077 龍樹篇「好転の魔法 タナルル」
ケテルサンクチュアリ
種族 ヒューマン
 自分にはとてもできそうもない事を、でもどうしてもやらなければならない時ってあるよね。
 ちなみにケテルの古い言葉では、こういう状況を“賢者の試練”と呼ぶらしいけれど。

 わたし──ことタナルル──の目の前では、会議室の机を挟んで二人の女性が睨み合っていた。
 甲冑に身を包んだうら若き女性は人間ヒューマン、もう一人は少女にしか見えない黒衣のエルフ。
 口火を切ったのは天上から来た人間ヒューマンのほうだった。
「話があると聞いたから降りて・・・きたのだ。それが挨拶もなくだんまりを決め込むとはどういう了見か」
「教えを乞われたから上がってきてやったのだ。頭を下げるのはそちらであろう」地上のエルフは答えた。
 あぁ、これは揉めるなぁ。
 二人に挟まれた形のわたしは天井を仰いだ。一応、議長席に着いているとはいえ、この二人に対して何ら権威や強制力を認められているわけではない。
「無礼な!この私を天上騎士クラウドナイト、鎧穿の騎士ムーゲンと知った上での物言いか!」

Illust:るみえ


「ふっ。威勢だけは良いな、跳ねっ返り娘。天上騎士団兵装部門βベータ計画技術顧問とまぁ肩書きだけは仰々しい。光の騎士風情が量産型ブラスター兵装の維持・管理をこなした程度で、究極の秘術に挑む天才技術者であるこの私と肩を並べようなどとは思い違いも甚だしいわ」
 見かけと声音が少女のアリアドネの明らかな挑発に、ムーゲンは騎士らしい的確な反撃で報いた。
「ハッ。噂どおりだな、破天騎士団武装担当アリアドネとやら。そのような調子であの・・闇の騎士団シャドウパラディンからも追放されたわけだ。いったいどれほど騎士の道より逸脱したのやら、それもどれほど昔の話であろうな」
 ガタッ!ガタッ!
 両者が、やるか!?と椅子を蹴って机に身を乗り出したところで、わたしが手を挙げ、眼鏡の位置を直す。
 なお年齢について外見だけで言うとムーゲン>わたし>アリアドネなのだが、実際は逆なのではと思われる。
「そこまでです、お二人とも。今回の招集は大賢者様直々のもの。まして寺院の敷地で争い事など許されませんよ」
 ぴんと声を張れたのは良かった。実際は今にも斬り合いが始まるかと内心びくびくしていたのだけれど。
 どさり、と不満げな顔のまま二人が椅子に掛けた。良かった、これでわたしも部屋から逃げ出さずにすむ。
「地上、天上それぞれ当代きっての兵装の専門家にお越し頂いたのは他でもありません」
 わたしは杖と魔道書を操作して、部屋に備えつけられたプロジェクターに資料のスライドを表示した。
 惑星クレイ全図。
 ダークステイツ最西部とドラゴンエンパイア中西部の2箇所にそれぞれ置かれたプロットを中心に、科学班の観測データ、そしてオラクルシンクタンクの指示で描かれた複雑な線形とコメントが表示されている。
「ほう。地下でこれほど大規模な重力波異常とは珍しい。しかも急に消滅するとは妙だな」とムーゲン。
「うむ。この砂漠で起こった現象は何なのだ。空間の歪曲と転移の兆候も見られるではないか」とアリアドネ。
 両女史が画面を食い入るように見つめているのを見て、ちょっと安心する。
 光の騎士と闇の騎士の因縁、さらには先の天上と地上が衝突した叛乱未遂事件のことがあったとしても、専門家としては一旦雑音を排して集中する。この二人はプロフェッショナルだ。
「ひとつは『ギレ=グブレの無窮迷路』、もうひとつの異常は『竜の目オービット塩湖』付近で観測されたものです。お察しの通り、その共通点はひとつ……」
 一呼吸おいた。二人の視線がわたしに集まる。
「時とくうの異常です」



 ケテルサンクチュアリの旧都セイクリッド・アルビオンには、ここにしか無い神聖な場所がある。
 サンクガード寺院。
 その歴史は遙かユナイテッドサンクチュアリ建国の頃まで遡れるという、国内最古にしてもっとも権威のある建物であり、賢者が集い、わたしのような魔女、ケテルの魔法使い達も例外なくここを神聖魔術の総本山として崇めている。
 しかもこの寺院が凄いのはこれほど古い建造物にも関わらず、本殿はたえず補修が行われ、寺院を囲む賢者棟も最新の技術と設備を維持している点だ。現役の研究施設なのである。
 2日前。
 わたしはそのサンクガード寺院の賢者棟に呼ばれていた。
「魔女タナルル、入りなさい」
 秘書官の呼び声にわたしはハッとして、目線を下げたまま足音を立てないように賢者棟最奥にある瞑想の間に進みでいた。
「失礼いたします。大賢者様」
「タナルルか。楽にしなさい」
 天道の大賢者ソルレアロン様の声にわたしは深く深くこうべを垂れた。
 世界に賢者は数あれど、大賢者を名乗るものは稀だ。
 ケテルの古いことわざに曰く。
 賢者は今の世を見、大賢者は永遠をこそ眺む。
ぼうと見ているわけではない。集中して見ようとするとかえって全体は見えづらいものなのだ」
 完全に思考を読まれて、わたしは思わず顔を上げてしまった。
 目の前に美しい男性が浮かんでいた。
 見る者はすべてその威容に驚くことだろう。男性は見上げるような巨人だった。
 賢者ゼノン、賢者マロンに代表される偉大な賢人は、ユナイテッドサンクチュアリの頃より巨人族から輩出されてきた。
「さて、タナルル。任せたい仕事があるのだ」
「何なりと」
「賢者の塔に彫られた警句はそらんじているだろう。安請け合いは禁物、だ。これは困難な任務なのだから」
「お請けいたします」
 わたしの決意は揺るがなかった。大賢者様から拝命することは生涯誇れる栄誉なのだから。
「うむ。では任せよう。2人の協力者、2つの命題、2つの務めだ。よく聞くが良い……」
 大賢者の物言いは明快かつ重々しいものだった。
 続く説明をわたしは必死に聞き取り、理解し、そして文字通りこの身を捧げても遂行することをソルレアロン様に誓ったのだ。

「それで?大賢者様はどうせよと。この私の専門はβベータ計画、つまりは兵装についてだ」とムーゲン。
「あぁ私もな。いかに大賢者の依頼であっても協力するに限度はあるぞ」とアリアドネ。
「ふっ。そちらの頭目ユースベルクはこの前そんな風にブラントゲートのCEOの願いも突っぱねたそうだな」
「痛快であろうが。情報は力だ。あのユースベルクが、いかに援助を積まれたとしても、ヴェルストラなる異国の商人ごときに反抗励起レヴォルドレスの秘密を一端なりとも明かすわけがなかろう。我ら破天騎士団こそ、今後の旧都および国土防衛の核となるのだから」
「笑わせるな。“偉大なる冠頂く神聖国ケテルサンクチュアリ”は我が天上騎士団クラウドナイツが守る!」
「叛乱まで起こされてまだ目が覚めぬのか。そういう所だぞ!貴様ら天上騎士団ときたら自分たちだけで……」
 コホン、とわたしは咳払いして二人の間に割って入った。
「お二方にご意見を伺いたいのは時とくうの異常の考察、我が国の未来への影響です。軍事防衛の観点で」
 異常について、2人の知見を等しく借りる。これが大賢者ソルレアロン様から賜った1つ目の命題だ。
「私の知る限り、これほど大きな時間への介入の記録は近い過去にはない。敵対勢力としては」とムーゲン。
「少なくとも、ケテルサンクチュアリから観測できるほど、強力で大規模なものは、表立ってはな」
 アリアドネは一つずつ区切って答えた。
「何かの予兆かもしれんな」
「可能性はあるだろう。たとえば地震には常に予震が、火山であれば周囲の変動や山体の異常が観測できる」
「山と言えば先に我が聖所を襲った“悪意”とは何だったろうか。あれは本当に駆逐できたのか」とムーゲン。
「それよ。さすがの私も予見できなかったが、あの禍々しい存在は易々と我が国土に侵入した」とアリアドネ。
 頃合いと見て、わたしは二人の前にお茶のカップを置く。事前にそれぞれの好みは聞いてあるが、偶然同じ銘柄の紅茶だった。“大発見へウレーカ”。ケテル西部の高山で採れる香り高く希少な茶葉だ。
「科学で言えば中性微子ニュートリノのような性質を持つものかも……む。魔女どの、これは良いお手前」
「青二才にしては面白いことを言う……ほう、確かに良い淹れ方だ。一番摘みファーストフラッシュか」
 二人の天才技術者は目を細め、すぅと香りを吸い込んだ。部屋の空気までが和やかになる。
「“悪意”に対抗する手段として、天上騎士と破天騎士がめざましい功績を残されましたね」とわたしは水を向けた。
「豪儀の天剣オールデン。バスティオン様の懐刀だ」
「破天の騎士ユースベルク。我が反抗励起レヴォルドレスの価値を広く天下に知らしめた」
 ここでわたしは茶菓子をお持ちしますので、と席を外した。魔道書を操作してプロジェクターの画像を用意していたある・・素材に変えておく。
「天上騎士の装備はいわばブラスター兵装と呼べるものだが……」とムーゲン。
反抗励起レヴォルドレスの秘密、知りたいのであろう?ふふ、わざわざ天上の者に教えてなどやらぬわ」
「騎士を愚弄するか、貴様!?」
 扉を後ろ手に閉める直前、聞こえた二人の最後の会話はこれだった。

 ドンッ!ドンッドンッ!
 轟音が、賢者棟の会議室の扉から漏れている。
(やっぱり2つ目の命題は不可だったのか……最難関だったしなぁ……)
 三人分の氷乳菓アイスクリームをお盆で捧げ持ちつつ、わたしはがっくりと頭を垂れた。
 この勢いならお互いに負傷は避けられないだろう。エンジェルフェザーの救護も呼ばなくては……。
「お二人とも!ここでの争いは……!」
 片手で扉を開けたわたしは目を丸くした。
「そこです!一気に止めを!バスティオン様!!」
「なんの!押し返せ、ユースベルク!!」
「あぁ、上を取られた。ちょっと何、あの加速性能!それになんで2段階も変形できるの?!」
「くくく!このあとさらにもう1段階あるわ!ユースベルク“反抗黎騎・翠嵐(レヴォルフォーム・テンペスト)”!貴様とて、ここは何度も観て知っておろうが!」
「むー!卑怯よ!そんなの!」
「卑怯なことなどあるか!まぁ、ここまで互角に渡り合うバスティオンの善戦は認めてやる」
 天上と地上が誇る天才技術者は、今は椅子を並べて観戦し、肩を寄せ合って盛り上がっていた。
 画面には先日、旧都セイクリッド・アルビオン上空で繰り広げられたバスティオン、ユースベルク両雄の空中戦の模様が流れている。
「どうぞ」
 わたしがそれぞれにアイスクリームのカップを手渡すと、二人は画面から目も離さずにスプーンを口に入れた。
「まぁ、美味!」とムーゲンが騎士の威厳も忘れて相好を崩せば、
「我が好物で持てなすとは見所があるな、魔女。おかわりを所望する!どんどん持ってこい!」
 アリアドネはスプーンをくわえたまま、カップを突き返してきた。外見がほんの少女であるだけにその我が儘な仕草が今はとても愛らしく見えた。
 わたしは、はいはいとお盆で受けて
「この後、ムーゲン殿がお好きなマロンケーキもお持ちしますので」
 と呼びかけ、天上の人間ヒューマンが喝采を、地上のエルフは私ももらう!と手を挙げた。
「いや、待て。ここで止めよ。この場面のユースベルクの変身を真横から見たい」とアリアドネ。
「いえ、待って。それよりもバスティオン様のほうをもっとアップで見せなさい」とムーゲン。
 わたしは二人に画面のタッチパネル操作を伝え、一礼すると退席すべく扉に手を掛けた。
 ああでもない、こうでもない、ここをゆっくり、いやもう一度と技術論も交えながら観戦する二人の後ろ姿は、ひいきのスポーツ選手を応援する女子のようだ。
 わたしはホッと胸を撫で下ろした。
 大賢者ソルレアロン様から仰せつかった2つ目の命題とはなんと、この二人の天才技術者に“友誼ゆうぎを交わす仲になってもらうこと”。戦友、心友など友を表す言葉は様々あるがこの場合は技友とでも言うべきか。
 この時代のケテルサンクチュアリを代表する2つの才能、献身的かつ堅実な維持管理能力を持つムーゲン、独創的かつ精力的な技術開発力を誇るアリアドネが互いにライバルとして切磋琢磨し、かつ協調してゆくことが我が国の未来にとって大事な要素となる。それがソルレアロン様とオラクルたち共通の予見だそうなのだ。
 だけど2人について調べれば調べるほど、わたしは正直、絶対に実現不可能だろうと落ち込むばかりだった。両騎士団に名だたる頑固者、他を圧倒し追随を許さない才能、技術・発明への熱意、孤高の努力家、気の強さ。
 それでも考えに考え抜いた末、一縷の望みがあるとするならば、実は似たもの同士のこの二人が熱心な想いを捧げる対象しかないと考え、この一点に賭けてみたのだ。バスティオンvsユースベルクはケテルの天上、地上ともに最高の再生回数を誇る動画であり、さらに二人が見ているのは各機関から仕入れた様々な画角の素材フッテージを組み合わせた特別編集版だ。なお動画編集はわたしの趣味で特技の一つでもある。
「では、ごゆっくり」
 ドンッ!ドンッドンッ!
 頑張れ!負けるな!と双方の騎士を応援して机が叩かれる。
(賢者の試練、なんとか合格できたかな)
 わたし──好転の魔法タナルルは安堵の笑みを浮かべながら、静かに会議室の扉を閉めた。

Illust:六




注.紅茶については地球の似た製法である発酵茶の名称を借りている。アイスクリームやマロンケーキも同様である。

----------------------------------------------------------

《今回の一口用語メモ》

サンクガード寺院とアルビオン競技場──旧都セイクリッド・アルビオンの歴史的建造物

 ケテルサンクチュアリの旧都セイクリッド・アルビオンには、2つの記念碑的建造物がある。
 そのどちらもユナイテッドサンクチュアリ建国の頃に造られた歴史あるものだ。
 旧都の西南にあるサンクガード寺院は中心にある本殿と、それを囲むように造られた賢者棟で構成される。
 サンクガード寺院は神格を崇める信仰の中心地であると同時に、この国が独自に育んできた神聖魔術の総本山でもある。このため政治の中心が天上の浮島ケテルギアに移った後でも、サンクガード寺院には様々な儀式や民の祈りのため、また大賢者の金言を求める人が絶えることはなかった。

 旧都の東北、アルビオン競技場は闘技場として、古代から幾多の名勝負が繰り広げられてきた場所だ。
 近年もっとも有名な対決は、頂の天帝バスティオンと、ダークステイツの名高い悪魔デーモンディアブロス “暴虐バイオレンス”ブルースとの真剣勝負である。結局この一番は天上政府の意向により、勝敗がつかないまま保留サスペンドとなっており、一説には最近、密かに悪魔デーモンブルースが再入国していたとの噂もあり、もうひとつの近年の名勝負バスティオンvsユースベルクと同様にどちらが勝ちで負けか、いつ決着がつけられるのかと未だ天地市民の論争が尽きるとこがない。


天上騎士団の兵装部門βベータ計画、
および反抗励起レヴォルドレスとアリアドネ
頂の天帝バスティオンと破天騎士ユースベルクの一騎打ちについては
 →ユニットストーリー029「厳罰の騎士 ゲイド」
  ユニットストーリー039「頂を超える剣 バスティオン・プライム」
  ユニットストーリー062 世界樹篇「ユースベルク“破天黎騎”」
  ユニットストーリー066「ユースベルク“反抗黎騎・疾風”」

  ユニットストーリー070「ユースベルク“反抗黎騎・翠嵐”」
  ユニットストーリー071「魔石竜 ロックアグール」
  ユニットストーリー072「天輪鳳竜 ニルヴァーナ・ジーヴァ(前編)」
  ユニットストーリー072「天輪鳳竜 ニルヴァーナ・ジーヴァ(後編)」
  短期集中小説『The Elderly ~時空竜と創成竜~』前篇 第1話 鳳凰の夢
参照のこと。

----------------------------------------------------------
本文:金子良馬
世界観監修:中村聡