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ユニット

Unit
短編小説「ユニットストーリー」
078 龍樹篇「ティアーナイト エミリオス」
ストイケイア
種族 アクアロイド
カード情報
 陸に領土と国境があるように、海にもまた領海というものがある。
 国境が地図では線を引くことができるのに対して、実際の境が見てそれ・・とわからない点も似ている。
 大海──ドラゴニア海からメガ多島海アーキペラゴに渡るこの一帯となると、領海の境はさらにおぼろげなものだ。よほどの迂闊者でなければ警告を受けるまで、他国の陸地や危険地帯に踏み入ることはしないし、いきなり警告無しの攻撃を受けることなど無いはず・・だ。
「古代の戦乱期であればともかく、な」
 私は呟いて軍帽を整えると、上体を浮かべていた水面を割って潜航した。
 夜。天頂からは流星雨が降り注いでいる。その輝きは海中にも朧気でまばらな光の粒として反射している。
 今夜、私に課せられた任務はなかなかに厄介なものだった。

Illust:瞑丸イヌチヨ


 小官、ティアーナイト エミリオスは絶対正義の名の下に海の平和を守る、誇り高きストイケイア海軍アクアフォース、その中でも精鋭として知られるティアーナイトである。
 これまでメガ多島海アーキペラゴの海で浄化してきた海賊団グランブルーの不死人どもは数知れず。我と我が剣の向かう所、敵無し。
「であったのだが……」
 暗い海中を航行しながら、私はふっと息をついた。(注.ハイドロ推進同様、水陸両用に特化した種族である我々アクアロイドにとって水中で息をつくことは陸となんら変わりない)
 今夜の私は剣士ではなく探索兵。
 行方不明となった軍属の一体のゴーレムを探し、西の果ての海までたどり着いたのだ。
 ちなみに、探索兵とはアクアフォースの正式な兵種ではない。なぜならアクアフォースの先兵である我らアクアロイドは探されずとも必ず生きて帰還するし、万が一死が避けられない時にはすみやかに本来の身体組成である“水”と化して散るからだ。とはいえ我々アクアフォースが同士を見捨てることもまたあり得ない。厳密に言えば生命体でさえないゴーレム一体といえど、共に命がけで海の安全を守るものとして、その存在を疎かにすることはないのだから。
「あぁ、うるさいうるさい……ほっときゃいつまでもゴチャゴチャと。独り言は悪い癖ですなぁ」
「また貴様か……」私は振り返り、夜目を透かす赤い瞳を絞って、背後を睨みつけた。

Illust:霜村航


 奮撃のブレイブ・シューター。
 テンガロンハットに二丁拳銃がトレードマークのアクアフォース士官。私の同期だ。
追尾つけていたのは知っていた。何の用だ」
「へっ、用も何もこーんな所で単独行動はヤバすぎでしょう、エミリオス先生せんせぇ。援護ですよ援護」
 こいつ、一見下手のようで人を舐めきった口調から剽軽ひょうきんな態度、妙な呼び名までどうにも気に食わん。着崩したマフラーなど規律正しきアクアフォース兵にふさわしいものとは到底思えぬ。
「増援などいらん。本部にも伝えたはずだ」と私は吐き捨てた。
「だ・か・ら。それも海域によるって言ってるでしょうが。いいですか、先生。ここはもうギーゼエンドのすぐ南、他国領水域なんですよ。ついでにそこらじゅう海賊の巣だらけだ、あの・・グランブルーのね」



(要は見つからなければ良いのだ。任務完了まで)
「あれぇ?謹厳実直なティアーナイト様が妙なこと考えてませんか、先生」
 こいつ思考読みテレパスか、と私は思わず身構えた。
 奴はひらひら手を振った。かすかに黄緑色の軌跡が水に残る。ハイドロエンジンの力の証だ。
「何年の付き合いだと思ってんです?お見通しなんですよ、あんたのやりそうな事、考えそうなことくらいはね。……さてと」
 ブレイブ・シューターは帽子を直すと腕組みをした。
「海の藻屑と消えたいなら別として、精強なるアクアフォース海兵2人といえど、ここいらが限界でしょう」
「だが未探索地域はここしか残っていないのだ。C6ISRの共有MAPによれば」
 ええ。そいつは自分も確認しましたよ、とブレイブ・シューター。
 私は続けて声を秘話モードにして彼に囁いた。即時消滅鍵型暗号ワンタイムパスワード通信なので、たとえ同じアクアロイドであっても聞かれる心配は無い。
『ひとつ付け加えるならば、我らアクアフォースのゴーレムにはこの海一帯の地形が記憶されている。捕獲し地図かできる者の手に落ちれば……わかるか?』
 もし、我々アクアロイドやマーメイドが頭脳で憶えているものを図化できたなら……ストイケイアの海防は大きな不利を背負うことになる。言うまでもなく海底図は最高レベルの軍事機密だ。
『なるほどぉ。そりゃ確かに大事おおごとだ』
「理解してもらえてありがたい」私はたっぷり皮肉を効かせた返答を通常モードで返した。
「でも、だからって他の海兵が二の足を踏むような、こんな深部まで独りで・・・来ることないでしょうに。まったく『絶対正義の名の下に』。真面目なのも良いけどたまには軍楽隊の集いにも顔を出したら?バカ話してハイドロ酒かっ喰らうの、サイコーの気晴ら……」
「!」
 私はブレイブ・シューターの顔の前に手を挙げ、握った。凝固フリーズの合図は新兵でも改めて説明する必要は無い。
 いた。
 ゴーレム──碧流巡回の巨人兵が、こちらに背を向けサンゴが生い茂る海底を黙々と歩んでいる。

Illust:オサフネオウジ


みぃーつけた”ブレイブ・シューターは戯けたジェスチャーを送ったが、私はそれには応じず
“よく見ろ。針路がおかしい”と指で指し示した。
“真北?先には湾(※註.太古の爆発跡と伝えられるギーゼ・エンド湾のこと)しかないでしょうに”
 とブレイブ・シューター。アクアフォースの海兵同士ならばもっと高度な内容でも身振りで伝えられる。
“強制停止させる。頭を狙え。完全に無力化するまでをゆるめるな”
“へいへい”とヤツが肩をすくめ、次の瞬間、戦士のかおになった。
『絶対正義の名の下に!!』
 私がすらりと剣を抜いて急加速したのと、ブレイブ・シューターが両手に銃を構えたのが同時。
 !……!!
 二丁拳銃から放たれた弾丸が黄緑色の軌跡を曳いてきわめて正確に、碧流巡回の巨人兵の後頭部を直撃した。
 組織を構成する岩石が欠け、破片が砕け散る。だがまだ致命傷では無い。水中では弾丸の威力は減衰する。
 攻撃に反応し、振り返ったゴーレムの頭に我が剣が振り下ろされる。
 だが敵もさるもの(残念ながら今この瞬間は“敵性存在”として扱わなければならないが)、すんでの所で巨大な手で振り払われた。
「くっ!」
 私はこの瞬間、アクアフォース士官の緊急時特例判断として、このゴーレムがすでに我が軍の行動規範から逸脱したと判断し、C6ISRに情報共有した。即時破壊許可と増援の応答があった。
 暴走か、あるい何者かの支配下にあるとはいえゴーレムも軍事ネットワークの一端に繋がっている。ゆえに奇襲に成功するまでは通信を開放出来なかったのだ。
 オォォォォ!!
 頭を押さえる仕草をしながら、ゴーレムが吠えた。痛覚は無いが、ダメージは怒りを誘う。
 私は──その顔に当たる部分が同種の巡回兵とは違う色を帯びているのに気がついたが──巨大なゴーレムを前に、一歩も退かぬ構えで剣をかざした。
 来い!
 その誘いにゴーレムは乗った。
 海水を逆巻かせ、巨体が迫る。
「もらった!」
 ブレイブ・シューターは、注意が逸れてゴーレムの死角となった頭頂部に急速潜航し、肩に仁王立ちになって二丁拳銃を押し当てた。
「悪いな、同士」
 !! !!……!!
 岩石が砕け散る。黄緑色の水泡が飛び散った。
 我が盟友を握り潰さんと、再び振り上げられた岩の両手は、しかし空を切った。
とどめ・・・はよろしく、エミリオス!」
「言われるまでもない!!」
 私は突き出した剣と一体の“もり”となって水中を駆け抜け、碧流巡回の巨人兵の動力源である腹部の輝く孔を貫いた。……同士よ、貴様は手強かったぞ。絶対正義の名の下に、を入れ替え再び蘇るがいい。

 ゴーレムだった岩の塊が水中を曳航されてゆく。
 曳き手は増援にやってきた我がアクアフォースの海兵。行く先はメガ多島海アーキペラゴに点在するアクアフォースの秘密基地のどれかだろう。
「こいつ、一体どうしちまったんだろうなぁ」
 とブレイブ・シューター。その銃の指し示す先は、砕けてはいるがあの奇妙に変色した岩の顔(だった部分)だ。我々は曳航されるゴーレムの肩に乗っている。
「触るな!我々にも影響があるかもしれん。分析班に任せろ」
 わかってますよ、先生と奴はまた肩をすくめた。ただね、とその顔と口調が改まる。
「それにしても脳を持たないゴーレムに取り憑いて、違う命令を刷り込むってのはどういう力なんだろうな」
「わからん。海に神秘は数あれど、このような例は聞いたことがない。先にティアーナイト アリックスから報告があった“悪意”の群れといい、最近怪しいことが続いている」
 私は天である水面を仰ぎ見た。流星雨はまだ続いているようだ。
「いずれにしても詳細が明らかになるまで、碧流巡回の巨人兵の運用は停止される。分析結果を待とう」
「ハッ。じゃあ気晴らしにパーッといきますか、先生。仲間を呼んで」
「好きにしろ」
 私は奴を冷たく見返した。
「武勇伝ってのは一人じゃ盛り上がらないんですよ。つきあってもらいますからね」
「そういう気分では無い。それに明日は非番だ」軍人にとって休息も仕事なのだ。
「じゃ決まりで。さっきの貸しということで断りっこ無し。ね。すごく役に立ったでしょう、自分は」
 と奮撃のブレイブ・シューター。このお調子者は、私の返答などまるで聞いている様子が無い。
 貴様は腕自慢がしたいだけだろうが、と私は睨みつけたが奴は意に介していないようだ。
 厚い水ごしに輝く空と、いまはただの岩となった碧流巡回の巨人兵を見比べながら、私は諦めの嘆息をついた。



※註.C6ISR:ストイケイア海軍「アクアフォース」の軍事システム。
 「軍事行動における、命令Command、制御Control、通信Communications、コンピューターComputers、サイバー防衛および戦闘システムとインテリジェンスCyber-Defense and Combat Systems and Intelligence、監視Surveillance、および偵察Reconnaissance」のこと。ブラントゲートのC7ISRとは違い、海を戦いの舞台とするアクアフォースには外宇宙を考慮にいれた行動規範は無い。

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《今回の一口用語メモ》

ゴーレム
 惑星クレイにおけるゴーレムとは、土や金属などの素材によって造りあげられ、魔力を原動力として自律的に動く機能を付与された人造構造物。拠点防御、警戒、土木作業など比較的単純な任務に使われる。その用途から頑丈かつ長期保守不要メンテナンスフリーな設計、巨大かつ人型に作られることが多い。
 一度命令されれば放置しても非常に長い期間、任務を忠実に実行し続ける特性は非常に便利である反面、想定外の事態には知的生命体ほどの融通が利かないという短所もある。また、先に勃発したケテルサンクチュアリの旧都叛乱未遂事件では首都防衛用石製ゴーレム「ミルヒヴァイス・シュッツァー」がハッキングされ、天上騎士団を一時行動不能にする事件も引き起こしており、こうした暴走の予防と対処・セキュリティーについての課題が浮き彫りとなっている。

 ただしブラントゲートの「サイバーゴーレム」は、リンクジョーカーによって産み出された半有機生命体のことであり、自我と高い知性を持ち、種族として同じゴーレムが付いていても他とは異質な存在である。
 特に柩機の神カーディナル・デウス オルフィストは進化形態「柩機の主神カーディナル・ドミナスオルフィスト・レギス」の姿で地上に顕現した際に、天輪の巫女リノに未来において重要な鍵となる予言を授けるなど、時空をも超えて戦い続ける存在として特別な力の一端を示している。

サイバーゴーレムについては
 →ユニットストーリー027「柩機の竜 デスティアーデ」の《今回の一口用語メモ》と本編を参照のこと。

首都防衛用石製ゴーレム「ミルヒヴァイス・シュッツァー」については
 →ユニットストーリー066「ユースベルク“反抗黎騎・疾風”」
  ユニットストーリー072「天輪鳳竜 ニルヴァーナ・ジーヴァ(前編)」
を参照のこと。

柩機の主神カーディナル・ドミナスオルフィスト・レギスと天輪の巫女リノの関わりについては
 →ユニットストーリー063 「柩機の主神 オルフィスト・レギス」を参照のこと。

ストイケイア海軍「アクアフォース」、アクアロイド、ハイドロエンジン、ティアーナイトについては
 →ユニットストーリー009「ハイドロリックラム・ドラゴン」
  ユニットストーリー025「旗艦竜 フラッグバーグ・ドラゴン」
  ユニットストーリー034「蒼砲竜インレットパルス・ドラゴン」
  ユニットストーリー075「ティアーナイト アリックス」
を参照のこと。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡