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ユニット

Unit
短編小説「ユニットストーリー」
079 龍樹篇「アーベント・ローバスト」
ブラントゲート
種族 バトロイド
カード情報

Illust:トビ丸小夏


 再輝処置整備庫リファブリッシュメント・ドックに昼夜の違いは無い。
アーベント、整備完了。発進位置へ”
「了解」
 俺は暗い操縦席の中でつむっていた目を開けた。愛機同様、微動だにせず只この瞬間をじっと待っていた。眠っていたのではいない。主動力を立ち上げると全天視野モニターが開き、各管制をチェックする。
 コクピットには金属、オイル、革とオゾン臭がしている。俺たちバトロイド乗りにとっては、ここ・・こそが自分のベッドより居心地のいい場所なんだ。
 起動。整備と清掃のため、周りに群れていたワーカロイドが一斉に飛び退く。
 機体を停めていたフックが開くと、エネルギーチューブと係留索が外れる。
 操縦桿を握ると生体リンクがONになって俺とこいつが同一化する。
 ズシッ、ズシン!
 アーベント・ローバストは格納庫ハンガーの端、夕日が差す出入り口まで歩を進めた。
アリーナ級arena classバトロイド陸戦Battleroid,land battle臨海ステージ・戦場に海を含むnear the sea,by the sea夕暮れtwilight無観客no audience無制限unlimited真剣serious game1本勝負ONE FALL
 オペレーターの声とともにモニターに今夜のマッチ要件が並んでいく。すべてに目を通し、一つ一つタップして確認した俺の答えはいつも通りだ。同時に横目で気象情報も見ている。快晴、天頂より流星雨……これは最近ずっと観測されている現象だな天候、気温、湿度、気圧、風向と風速など、戦いではデータを味方にしたものが生き残る。勘とはデータと経験の積み重ねに基づく一つの技能なのだと、ベテランになるほど良く知っている。
承諾Affirmative
 声紋と網膜照合スキャンで認証する。今回のように(アクシデントでも無い限り)どちらかが撃墜されるまで決着がつかない真剣勝負となると、さすがにいつもより手続きが多い。
“針路クリア。発進許可オールグリーン。即時戦闘許可”
 バーニアをフルバーナーに入れ、脚部ブレーキを解除する。……離陸!!
「アーベント、出るぞ!」
 俺たち・・・は弾丸のように飛び出した。
 ソードを構えるとブレードに緑色の光輝が走る。すでにここは戦場なのだ。
 空は黒く光を失い、海に沈む陽は血のように赤い。
 コールサインのアーベントとは夕暮れの赤の色。この時間は俺たちの独壇場だ。



 ノヴァグラップル。
 言わずと知れたブラントゲート国が誇るこの惑星最大の娯楽競技だ。
 リングで行う個人格闘技や俺たちバトロイド乗りが戦う《闘技場アリーナクラス》から、巨大な戦艦同士が宇宙戦を行う《銀河級ギャラクシークラス》まで、観客を楽しませるあらゆる対戦競技が常に行われている。なんでも最近は惑星クレイの外──つまりお客は異星人エイリアンだ──でも人気沸騰なんだとか。
 旧ダークゾーン領だったここブラントゲート最北の地に『ノヴァグラップル5000』がある。
 山、谷、森、川、そして海。
 広大な土地そのものが俺たちの闘技場アリーナというわけだ。

 着地。
 俺はブレードを一旦収めて、海岸にそびえる高い崖の影に身を潜めた。
「どうやら相手もエースらしいな」
 一通りの索敵行動を終えて、俺は呟いた。気配がまるで無い。
 愛機をアイドリング状態にしておく。
 こうすると急な起動には時差は出るものの、感知され難くずらくなる。
 アイカメラとセンサーも、灯りを落として受光パッシブモードに。これは人でいえば目を瞑った状態だ。
 こんな事で隠れたことになるのか?過敏では無いか?
 それは敵地で夜を過ごしたことのある者のみが答えられることだ。仲間がうっかり・・・・携帯端末を開いた瞬間、狙撃を食らった経験がある者が。
 ……。
 今、聞こえるのは波音だけ。
「“無観客/無制限/真剣/1本勝負”……か」
 俺は周囲に油断なく気を配りながら、あらためて今日の条件を噛みしめていた。
 わかっている。わかっていて受けた。これは滅多に無い危険なノヴァグラップルだ。
 あとで録画を配信するのかもしれないが、無観客戦ということはこれが娯楽ではなく、ノヴァグラップルの名を借りた兵器試験なのではないかという気もする。憶測だが以前にもそうした例はある。
「美味しい話には裏があるってね」
 俺はひとつ肩をすくめて、隠形状態のまま岩陰から(バトロイドの)頭を覗かせた。
 ──!!
 まったく同じタイミングで、岩の向こうから敵が頭を出した。
「うぉーっ!」
 回避行動。全センサーをONに。
 驚いたのは一緒だったのか、俺とヤツ・・は同時にフルバーナーで飛び退しさった。
 ヴン!!
 ブレードに緑色の光輝が走らせたのも同時。
 中段。剣を中心とした攻防一体の構えまで同じ。ホバリングも地面に立っているのと同じ位、安定している。
 隙がない。
 予感の通り、やっぱり今日の相手は撃墜王エースのようだった。

Illust:saikoro


 流星雨が降り注ぐ空の下。宙で睨み合う2体のバトロイド。
 手には輝く大剣。
 観客がいたら、まずここで沸く場面だが、俺はといえばそんな悠長な考えをしている暇さえ無い。
 攻撃に備えながら、モニターに次々送られてくる情報に目を走らせる。
 ヤツは俺のアーベント・ローバストと同型だった。
 色は黒。これは偽装ではなく夜間戦仕様なのだろう。
 いつまでも“ヤツ”では詰まらないので、ブラックナイトと呼ぶことにする。よし。夜と黒の騎士、倒し甲斐が出てきた。
 ──!
 動くのはブラックナイトが先立った。
 構えは下段に変化している。刃を逆さに擦りあげて斬る体勢で突っ込んでくる。
「こいつ、できる!」
 ガキィ!
 ブラックナイトの突撃を、俺は上段からの振り下ろしで弾いた。
 ブレードの交差は一瞬。
 プラズマ化した余剰エネルギーが、夜空に蛍のように飛び去った。
 
 俺のアーベントは受け流した勢いのまま、後背から追いすがった。
 一気に追いついて、一撃二撃!
 ブラックナイトは払いのける形で、2つの太刀を受け流した。
「なんで、いちいち……巧いんだよッ!」
 俺は半ば苦笑しながら、それでも追撃の手は緩めなかった。
 ギィン!!
 ソードが相手を捕捉し、ブラックナイトは鍔迫り合いに応じた。
 ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ!
 人間同士の剣術と同じく、鍔迫り合いとはただの力比べではなく、実は剣格闘の華だ。
 大抵は競り勝った方が、この後で決定的な流れを掴む。
 グググ……!
 バトロイドと操縦する俺たち両方が、力の奔流の中で体勢・剣先の流れる方向・次に狙う箇所とめまぐるしく計算している。まして機体が同型なら最後はパイロットの技量が勝敗を決めるだろう。
 俺の血がたぎる。
 命がけの決闘。この瞬間こそがノヴァグラップラーとして生きていると実感する!
「墜ちろ!」
 何度目かの半円を描いた時、俺はここしかないタイミングで突き放し、左腕でアイカメラ(つまり頭部)にフェイントを仕掛け、胴を突いた。この時、なにかの警告が鳴っていた事はさすがの俺も眼中になかった。
 ──もらった!!

 次の瞬間。
 何が起こったのかを知ったのは、後のことだ。
 ズドーン!!
 激しい衝撃とともにコクピットのモニターが落ちて、一斉に緊急事態emergencyを表示した。
 俺は正直、観念した。
 必中の自信があった一撃が躱され、コクピット付近にブラックナイトの剣の直撃を受けたのだと。もう数秒後、俺は死ぬのだと。
 ……だが違った。
中止abort!!競技停止suspend!!”
 モニターが、ノヴァグラップル管制からの指示で埋まった。
 操縦桿から手応えが消える。
 強制操作不能はレッドフラッグ。つまり試合没収の合図だ。
 機体にかすかな振動を感じた。
「曳航されている……」
 俺はキャノピーを解放してみた。競技中は反則行為となるが、今は試合が終わっている。
「!」
 身を乗り出してみると、俺たち2機のバトロイドは大会運営のメンテナンス機に支えられ海上を飛んでいた。
 目の前の機体──ブラックナイトは半壊し、頭部と右腕と左下肢が完全に無くなっていた。
「おい、パイロットは無事なのか!?」
 俺は通信を開けて、怒鳴った。整備班が答える。
“問題ありません”
「これのどこが問題ないんだよ!」
 俺の放ったソードの一撃がこれほどの被害を?いや主機関を損傷させて誘爆でもしたのか。いずれにしてもあまりの惨状に動悸が止まらない。
“対戦相手は無人機ゴーストです”
 ……なんだ。それを早く言えよ。
 俺は安堵すると同時に、もっと大事な答えをもらっていない事に気がついた。
「このダメージは俺の?」
“いえ。隕石の直撃です。とっさのことでしたが無人機のほうが反応して、剣を振るい全身であなたをかばいました”
「……」
“入力された戦闘データはあなた。エースパイロットの行動と思考をそのまま再現したものでした。降り注ぐ隕石から、身を挺して対戦相手の命を守った。誰もが必殺の一撃を見つめたあの瞬間、警告に反応できたのはこの黒いローバスト堅固なるものだけでした。無人機のの”
 俺はめまいを抑えられなかった。情報量が多すぎる。
“休んでください。このまま再輝処置整備庫リファブリッシュメント・ドックにお送りします。まだ隕石の警報が続いていますので徐行となります。報酬などの裁定はその後通達されますから。どうぞごゆっくり、ノヴァグラップラー”
「そうさせてもらう」
 俺は力を抜くと操縦席に身を預けた。
 報酬のことなんて今は考えたい気分ではない。ノヴァグラップラーとしてはあるまじき事かもしれないが。
 だが、ひとつの疑問が俺の頭を離れなかった。
 勝ったのは生身の俺か、データの集まりでしかないが俺の行動・思考パターンを埋め込まれたブラックナイトの方なのか。
「ただひとつ確かなことは……」
 俺はヘルメットを脱いで、深く息をついた。夜風が顔を撫でる。
「おまえは確かに、生涯最高の敵だった」
 俺は、わずかに動いていた機体の電源を落として、静かに目を瞑った。



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《今回の一口用語メモ》

バトロイド
 ブラントゲートで製造される機動兵器。
 大きく分けて宇宙戦用と地上用があり、ノヴァグラップルに出場する大型のものは内部に人間などのパイロットが乗って操縦することを基本とする設計になっている。
 他にも人間と大差ないサイズのロボット、外見も行動が人間に似ているアンドロイド、形も獣から乗り物(バイクなど)まで多岐にわたる。作業機械であるワーカロイドとの大きな違いは、バトロイドは敵と戦うために作られた兵器だという点が挙げられる。

ノヴァグラップルとそのカテゴリー分けについては
 →ユニットストーリー010「グラナロート・フェアティガー」
  ユニットストーリー050「軋む世界のレディヒーラー」
  ユニットストーリー059「世話好き怪獣セコンデル」を参照のこと。

ノヴァグラップルの装備・設備の製造と修理を一手に担う企業ブリッツ・インダストリーについては
 →ユニットストーリー067「ブリッツCEO ヴェルストラ」を参照のこと。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡