カードファイト!! ヴァンガード overDress 公式読み物サイト

ユニット

Unit
短編小説「ユニットストーリー」
083 龍樹篇「グリフォシィド」
種族 ヒュドラグルム

Illust:凪羊

 大地は荒れ、木々は枯れ落ち、水は毒々しい赤色に染まっていた。
 禍々しき変容。
「何たること。これは予兆である。世界の在り方が変わってゆく」
 彼としてはほぞをかむ思いである。

Illust:凪羊

 着地・・までの間、遠くの陸地で幾つもの巨大な竜巻が大地を削り、ありとあらゆるものを空に巻き上げているのが見えた。
「まさに終末の来臨。その時は目前に迫っておる」
 呟きは悔恨と絶望に彩られていた。
 彼はその巨体からは想像もつかぬほど密やかに、音も無く隕石孔の縁に降り立った。
 深夜。
 周りを海に囲まれたこの土地に生じた広大なクレーターは、まるで古代の闘技場アリーナのようにも見える。その中心に彼は立っていた。
 突如、暗き穴より湧きあがる光。
 その光には“声”が伴っていた。強大な敵に備えていた老竜にとっては意外すぎるその声。
『ようこそ、ボクの版図へ!魔宝竜ドラジュエルドのおじいちゃん』

Illust:北熊

「なんじゃ?! 子供か、お主は?」
 地下へより暗き地底へとドラジュエルドは降りて行く。“声”は常に彼につきまとった。
『ひとつめの質問。なぜここ・・がわかったの』
 いきなり質問を質問で返されてドラジュエルドは困惑した。
「あ、あぁ。ワシは独自の感覚を持っておるので……」
『おじいちゃん以外、まだ誰も気がついていないってことか。どうしてこの星のは皆こんなに鈍いんだろう』
「その問いはワシのものじゃ。ワシも含め、何故こうなるまで誰も気づけなかったのか」
『あのね、ボクの分体・・は、同時に幾つもこの惑星に降り注いだんだよ』
 また話が噛み合わない。応答のようで答えになっていない。ドラジュエルドはさらに混乱した。
 自分の言いたいことだけは投げかけるのに、それ自体に飽きて話が別の方向に飛んでゆく。まるで本物の幼い子供のようだが──姿も正体がわからない、聞けば聞くほど相手は本当に子供なのかという疑念が湧き上がるだけに──かすかな不気味ささえ漂う。
 だがドラジュエルドは混乱しつつも、ひとつ大事なことに思い当たった。
「そうか!先の流星雨、ワシの見た悪夢、“星降る夜”とはあれのことじゃな」
『そのとおーり』
「“終わりの始まり”島については我が古き友セルセーラが調査済みじゃ。貴様の企みは、賢者たちが挫く」
『うーん、ボクはね。あれじゃかえって怪しまれるかと思ったんだよ。だけど、そう・・思ってくれたなら正解だったね』
「! とすれば、あれは罠じゃったか」
『教えてもらったんだ。“陽動とは、それ自体が実は隠密である・・・・・時に最大の効果を発揮する”ってね』
「つまり最大の落下跡でありながら、もっとも事後に動きを見せなかったここ・・こそが貴様の本体──本隊であったという訳だ。木を隠すならば森にか……しかしお主の助言者とは一体、誰なのじゃ」
 老竜と“声”が対話するうち、辺りの風景が変わってきた。
 巨大な縦坑の壁面、突き出た岩の踊り場に無数の植物のつるが這っていた。しかもそれぞれが動物のようにうごめき、成長を続けている。
「すでにこれほど根を張っているとは……」
『龍樹。ボクの落とし子にして、手足だよ。キレイでしょ。これがやがて地上を埋め尽くすんだ。こんなに運命力に溢れた星は見たことがないから、ボクはとってもお腹が空いてるよ。みんなトモダチ、一緒にお食事。楽しいよね』
 ドラジュエルドもこの混沌とした会話に慣れてきていた。そろそろこちらもズバッとひと言いってやるわい。
「悲惨な未来図じゃな。所詮貴様は外来種アウトサイダー。この惑星ほしにはそぐわぬ・・・・
『そんなイヤなこと言わないでよ。ボクらはこれからずっとトモダチになるんだからさ』
 と“声”は、言葉の最後でほんの少し不気味さと凄みの度を増したようだった。

Illust:凪羊

 ゴォォォォ!!
 虹色の焔が岩を焼いた。
 ドラジュエルドを囲むように四方から迫っていた龍樹の根は、絹を裂くような悲鳴をあげて、みるみる炭と化してゆく。
『あぁー!』
「見たか、我が虹の焔!」
 ……ぁ……ふっ、ふふふ……“声”の悲鳴はあざ笑いに変わった。
『見たよ!熱い。熱いね!さすが、ドラジュエルドのおじいちゃん。聞いてた通りだ。“その身の内に溜める焔の総量こそ我らの恐れるべき相手”だね、ホント』
「植物の最大の敵は火じゃからなぁ。……ほぅ……」
 ドラジュエルドは目をふと細めて、眼下の闇を透かし見た。どうやら底が近いらしい。この深さでは燐光が蒸気のように湧き上がり、辺りはもう明るく感じるほどだった。
『ここでふたつ目の質問。おじいちゃん、なぜ一人で来たの』
「それは……」
 老竜は言い淀んだ。
『当ててあげるね。おじいちゃん、ここに死ぬつもりできたんでしょ』
「……」
『“老いぼれ暴竜。貪欲なる猛竜。寝起き最悪の怒竜。ダークステイツの悪夢”』
「さんざんな言われようじゃなぁ」
『だってそう聞いたんだもん。それとね、“しかしてその実態は、惑星クレイの運命力を監視しつづける番人。賢者と勇者たちの守護者。始終眠っているのは惑星ほしの均衡を乱さぬため。虹の魔石に強く執着するのもその強すぎる力の拡散を防ぐため、あえて強欲を装っている”んだって』
「……滅多やたらに詳しいのう、お主は」
 老竜は鼻白んだ様だった。“声”は止まらない。
『“その一方で、ドラジュエルドは若いに愛を注ぎ、惜しみなく援助を与える。惑星クレイの未来と希望のために。故に虹の魔石までも、あの破天の騎士ユースベルクに与えたのだ”って、これホント?』
「そうじゃ。むふふ。照れるではないか」老竜は人間のように首筋を掻いて相好を崩した。
『だからおじいちゃんの狙いももうわかっちゃった。“捨て身”、つまり死ぬ気なんだよね』「……」
『ボクの核心で、虹の魔竜の長たる力をすべて身の内に逆流させる。この膨大なエネルギーでこの土地ごと、ボクと龍樹を消滅させるつもり。次代の若い世代のため、我が身を捨てて未来を残す。だから一人で来た』
 こうして話すうちに、“声”が次第に知性と語彙、意思と精神年齢の高さを増してきていることにドラジュエルドは気がついたかどうか。
「……」
『だけど、そうはさせないよ』
 ドラジュエルドはいつの間にか、自分の意志で身体を操れなくなっていることに気がついた。さきほどデレデレしている間に、老竜の周囲を龍樹たちが囲み、音も無く一斉に手・足・尻尾に、そしてその口に絡みつき縛りつけて封じたのだ。
「む……むぅぅ(不覚)!」
『最後の問い。ドラジュエルドのおじいちゃん、何かおかしい・・・・・・とは思わなかった?』
 “声”は笑った。おそろしく無邪気に。
「(なんじゃと?)」
『歴史で見れば、ボクがこの惑星に隕石として降り来たったのはついこの前。だけどそれにしては、ボクって詳しすぎない?おじいちゃんや惑星クレイの事情、人、国やについて』
「……」
『なぜボクと話しているうちに気がつかなかったのかな?……これも罠だって』
 ドラジュエルドは着地し、そしてそこにあるもの・・・・を見た。
 ある人物とある物体。それは……。
「(……そうか!そういう事だったのか!)」
『そうだよ。ドラジュエルドのおじいちゃん、こういう・・・・こと。そしておじいちゃんもまたボクのトモダチになってもらうんだ』
「ワシを見くびるでない!今こそわかったぞ!子供などではない!貴様は種。星を喰らう、“絶望”の種だ」
 ドラジュエルドは怒鳴ってから、口の封印が解けていることに気がついた。
『ご明察。ボクの名はグリフォシィド。さて、ここで賭けをしよう。ドラジュエルドのおじいちゃん』
 グリフォシィドと老竜は睨み合った。このはるかな地底、見守る者がもう一人加わった闇の本拠地で。
『いまから一撃だけ許してあげる。でもそれでボクを倒せなかったら、ボクの言うことを聞いてもらうからね』
「そんな事を言ってよいのか?後悔するぞ。幼体・・とて容赦はせぬ」
 とドラジュエルド。喉元から輝く焔がせり上がってくる。かつてケテルサンクチュアリの聖所《宮殿山きゅうでんのおやま》の山体、その三分の一近くをたったの一撃で吹き飛ばした虹の魔竜の業火である。
『じゃOKだね。それじゃ……』
 “声”が言い終わらぬうちに、虹色の焔が地下の空間を灼熱の炉心へと変えた。
 ゴォォォォォォォォ!!
『ぐわぁぁ!!』
「見たか!このワシの渾身の焔で浄化されるが良いわ!」
『……ぁあぁ。なんてね』
 ドラジュエルドはカッと龍の瞳を見開いた。それ・・は傷一つ無くそこに存在していた。
『言ったでしょ。ボクらが恐れるのは、その身の内に溜めた焔の総量。渾身だろうと一撃だけでは倒せないよ。……それに捨て身を許すには、おまえ・・・はあまりにも強く、殺すには惜しい。ドラジュエルド』
 今や“声”は幼児のものから、より知的な少年を思わせるものに変わっていた。
 それ・・がざわざわと動き出した。
『さぁ、ボクの願いを聞いてもらおう。大丈夫。きっと気に入ってくれるよ、おじいちゃん・・・・・・
 ドラジュエルドは目の前に置かれたものを見、自分がこの後どうなるかを直感した。
「許せ。ブルース、リノ、ケテルの騎士たちよ」
 老竜が無念の目を閉じた。

Illust:石川健太



----------------------------------------------------------

《今回の一口用語メモ》

グリフォシィド
 星降る夜(流星雨)にまぎれて、惑星クレイに降りてきた存在。幾つも落下した隕石に紛れて、本体は既にある場所の地下に龍樹と呼ばれる根を張り、その力を蓄えている。
 流星雨のあと、クレイ各地で起こっている災厄は、どうやらこのグリフォシィドと龍樹の力によるものらしい。終わりの始まり、禍々しき変容、終末の来臨、災厄とグリフォシィドが指し示す未来図は心騒がせられるものである。
 グリフォシィドと龍樹については新たな情報が分かり次第、また取り上げていく。
 
虹の魔竜と魔宝竜ドラジュエルド、ディアブロス “暴虐バイオレンス”ブルースとの関わりについては
 →ユニットストーリー061「魔宝竜 ドラジュエルド」
を参照のこと。

魔宝竜ドラジュエルドがケテルサンクチュアリの地上の都セイクリッド・アルビオン、ならびに聖所《宮殿山きゅうでんのおやま》にもたらした被害とその後始末、さらに天輪の巫女リノとの関わりについては
 →ユニットストーリー070「ユースベルク“反抗黎騎・翠嵐”」
  ユニットストーリー071「魔石竜 ロックアグール」
  ユニットストーリー072「天輪鳳竜 ニルヴァーナ・ジーヴァ(前編)」
  ユニットストーリー072「天輪鳳竜 ニルヴァーナ・ジーヴァ(後編)」
を参照のこと。

----------------------------------------------------------

本文:金子良馬
世界観監修:中村聡