カードファイト!! ヴァンガード overDress 公式読み物サイト

ユニット

Unit
短編小説「ユニットストーリー」
086 龍樹篇「龍樹の落胤 ビスト・アルヴァス」
ストイケイア
種族 ヒュドラグルム
カード情報
 “陽動とは、それ自体が実は隠密である・・・・・時に最大の効果を発揮する”
「ずいぶん難しい言葉を知っているのね」
「ううん、実はワタシもこの前聞いたばかりなの。複雑な文章のほうが共通語の練習になるからね」
 そうなの?と答えてリアノーンはアマナを胸に抱き直した。最近、ここが黒猫の定位置になっている。
 降り注ぐ冬の穏やかな陽差し。
 もっとも冬と言っても、全般に気候が温暖なストイケイアの風景は荒寥としたものではなく、リアノーンと黒猫が進む周囲にも豊かな田園風景が広がっている。
 アマナと名乗る黒猫は初対面以来、リアノーンの旅の道連れとなって側から片時も離れることがなかった。
 もっともリアノーンとしても、普段から大勢の仲間(バイオロイドや竜やハイビーストたち)とともに行動することに慣れているのでまったく迷惑ではなかったし、アマナは時々謎めいたことを言う──そう。最初は驚いたけれどストイケイアでは喋る猫は珍しい存在ではない──以外は、とても良い話し相手だったので、グランフィアの森厳なる薔薇の園からの帰路、一人と一匹の旅はここまで楽しく進んでいた。
 それにアマナが勧めてくれる道は安全で、休憩がとりやすい地形にも詳しかったからリアノーンとしてはすっかりこの優秀な猫の道先案内人に任せて、冬のストイケイアの旅を満喫していたのだ。

Illust:にじまあるく


「ねぇ、そういえば聞いてなかったけどアマナはどこの生まれ?」
「ダークステイツ。力こそすべての国」
 黒猫は珍しくドラムメジャーの顔から目を逸らしながら短く答えた。
 あぁとリアノーンは腑に落ちた。なんとなく今いる(そしてリアノーンの母国)ストイケイアのじゃないと予感していたのだ。
「ふーん、遠いのね」
「この国にもいっぱいトモダチがいるよ。いまも増えてる」
 リアノーンはまた首を傾げた。なんとなく会話が噛み合わない感じだけど、それを言うならリアノーン自身だって少しズレていると仲間(特に旗手カラーガードの3人)からは言われる位なので、特に気にならない。
「リアノーンはこのまま『世界樹の音楽隊ワールドツリー・マーチングバンド』に戻るの?」とアマナ。
「うーん……」
 リアノーンは思わず天を仰いで嘆息をついてしまう。
「まだ休暇は残っているのよね。それにグランフィアと会って、ちょっと思うこともあって……」
「言ってみて。ワタシ、相談にのるよ。きっと力になれると思うから」
 と黒猫アマナ。リアノーンは少し迷ったが結局、打ち明けることに決めた。
「アマナはさっき“力”のことを言ったけど、こう……力足らずでもどかしい時ってあるじゃない」
「いつもそう」
「だよね。私、ちょっと前にお仕事でケテルサンクチュアリに行って」
 黒猫は微風に髭をそよがせながら黙って聞いている。
「色々あったんだけど、結局立ち会っただけ。誉めてくれる人もいるけど、自分がもっとこう……困ったことを解決する強い力があったらなって思ったんだ」
「リアノーンは指揮者ドラムメジャーでしょ。騎士やドラゴンや巫女たち、まして神格かみさまのようにはいかないよ」
「そうだけど」
 リアノーンは、黒猫がリアノーンが思う“強い人たち”を正確に言い当てている事にまだ気がついていない。
「それよりトモダチだよ。今のリアノーンに必要なものは」
「友達?でも音楽隊が……」
 周りを囲んで支えてくれる者なら沢山いた。リアノーンは『世界樹の音楽隊ワールドツリー・マーチングバンド』の大所帯の中心人物なのだから。
「それは仲間でしょ。今みたいに悩んでいる時、なにも言わなくても側に寄り添ってくれる?だからまだ帰りたくないんじゃないのかな」
「……」
 リアノーンは考えこんでしまう。アマナは正しいことを言っているようだ。
「ワタシが力になるよ、リアノーン」
「アマナが?」
「そう。このあとすぐに。その代わりひとつ約束してね。ワタシがいいと言うまで何があっても目を閉じていること」
「なんだか怖いなぁ」
 黒猫はまるで人間のように笑ってから、そっとリアノーンの顔を撫でた。
「さぁ目を閉じて。ワタシを信じて、気を楽にして」
 何かのおまじないだろうか。リアノーンは特に警戒することもなく、目を閉じてアマナの“儀式”につきあう事にした。まぶたを閉じる。それは陽の光に照らされ、おぼろげな残像が浮かぶ緋色の世界。
 ……!
 リアノーンの鋭い耳が遠方から近づく音の響きをとらえた。
 ドドド!ドド!ドドドドッ!
 四つ足の蹄だ。リアノーンは直感した。やがて音は耳を聾するほどになって、目の前と思われる場所で急停止した。荒い息。獣の匂い。これは牛だろうか。
「目はまだ閉じていて。さぁ背に乗ろう。大丈夫、想像してるとおりのものだよ。危険はない。ワタシが保証する」
 リアノーンは言われるがままに、獣の背に手を掛けて乗りこんだ。それは間違いなく、生きている牛の滑らかな皮と骨の感触。道端で牛を呼び出せる黒猫なんてちょっと面白い。リアノーンは気楽に考えていた。
「じゃ、走るからしっかりつかまっていて。目は閉じてないとダメ……にゃあッ!」黒猫の叫び。
 リアノーンが一瞬取り残されそうになるほどの勢いで、牛は走り出した。

Illust:root



「リアノーン?リアノーン!……もう目を開けてもいいよ」
 黒猫アマナの声が呼びかけていた。
 気がつくとリアノーンは、地面に横たわり──信じられないことに──いつの間にか眠っていたようだった。
 目の前は闇。
 目を開けても闇。
 さっきまでの光溢れるストイケイアの昼の陽差しはもうどこにもなかった。
「ここは?」
「どこかは問題じゃない」
「私、夢を見て……」
「これは現実だよ、リアノーン」
 なんだか会話に違和感がある。
 すると目の前の闇にぽっと淡い光が点った。
 筋骨隆々とした白い水牛のような姿が浮かび上がった。
「彼は龍樹の落胤ビスト・アルヴァス。ご挨拶して、アルヴァス」
 “声”が促すと水牛は人間のように首を垂れて、会釈らしき動作をした。
「そしてアマナ。よく彼女を連れてきてくれたね」
 またぽっと点った光の中で、黒猫アマナは喉を鳴らしながらそのモノ・・に身体を擦り付けていた。
「あなたは誰」
 リアノーンはようやく違和感の元に気がついた。
 いま喋っている“声”は黒猫アマナでも水牛アルヴァスでもなく、目の前に聳える何か大いなるものから発せられていた。
「初めまして。ボクはグリフォシィド。この惑星ほしに来てからたくさん食べて少し大きくなった」
 それは奇妙な自己紹介だった。リアノーンはまだ朦朧とする頭を振りながら質問を続ける。
「私はさらわれたの?」
さらうなんてとんでもない。ボクらはトモダチだよ。不安で帰りたければ……ほら」
 リアノーンの背後で光の口が開いた。振り返ると、そこには先ほどまで歩いていたと思しき地点、ストイケイアの田園風景の中に伸びる道があった。どうやら空間に“穴”が空いているらしい。
「いつでも戻っていいんだよ。でも……」
 そのモノはを揺らしてリアノーンに語りかけた。人の仕草でいう、手を差し伸べた感じだろうか。
「アマナに聞いたんだ。キミは他人の役に立てるだけの強い力が欲しい。無力な自分はもうイヤなんだよね」
「そう、ですね。それであなたが力を貸してくれるの?グリフォシィドの“樹”さん」
 リアノーンはようやくしゃん・・・となって立ち上がった。リアノーンは──少し他人とは違っているかもしれないが──愚かでも臆病でもなかった。相手が悪ならば決然として抵抗する。特に世界樹の敵ならば。
「ふーん、鋭いね。どうしてボクを“樹”だと思った」“声”には賛嘆の気配があった。
「だって気配がそっくり・・・・なんだもの、世界樹さんたちとあなたは」とリアノーン。
「樹……そうだね。ボクは樹だ。だけど悪ではない、と思うよ。キミの敵でもない」
「もう一つ、似ている気配があるの。それはケテルサンクチュアリの聖所で会った」
「悪意たち。そのなれの果て・・・・・だね。悪意もまた世界樹に取り憑き、同化するほど“似ている”んだ。キミは本当に鋭い。リアノーン」
「……やっぱり、帰らせてもらおうかしら」
「どうぞ。閉じ込めたり後ろから襲ったりはしない。トモダチだからね」
 黒猫アマナと水牛はじっとリアノーンを見ていた。確かに害意や殺気はない。
「助けてあげたいんだ。ボクはキミが欲しい力をあげられる。キミに必要なトモダチもここにいる。みんな一つなんだ。一度この感覚を味わったら、もう孤独や無力感に悩まされることはない。きっと気に入るよ」
「私は、自分・・で強くなりたいんです」とリアノーン。
「わかるよ。だけどキミは少し頑なに過ぎるんじゃないかな。一人の力には限界があるんだよ。キミが憧れる人たちも力を合わせたり、助け合ったりしていなかったかな?それに他人の力を借りることは悪いことじゃない。ましてトモダチならば」
「……」
「もう一つ。キミにあげられるものがある。それは……未来だ。この惑星クレイの未来だよ」
「未来?」
「そう。ボクが提示する未来を見て、自らの意志で協力してくれるもいるんだ。ほら」
 リアノーンは樹の後ろから身を起こした巨体を見て、仰天した。
「おじさま?」
「リアノーン。久しいのう」
 その声と姿には覚えがあった。ケテルサンクチュアリを去るときには天輪の巫女リノとともに、親しく話した仲である。
ほどの者が騙されたり、脅されたりして無理矢理“仲間”にさせられることはない。それはわかるよね。はボクらの力を信じて、進んで力を貸してくれているんだ。ボクらはトモダチだからね」
「いかにも」
 の顔にはある違和感があった。気がつけば、同じものがリアノーンのすぐ前の地面にも置いてある。
「そうだ。それがトモダチのしるし。キミもつけてみるといい」
「イヤです」
 リアノーンはきっぱりと断った。
「ふふっ、そういうと思ったわ。でもなにも心配いらないのよ。グリフォシィドは偉大なる力の体現者、故にこの惑星の未来そのものでもある。私は星詠みでそれを見た。龍樹が勝利すると」
 さらにもう一人。長い長い白い髪の少女が闇から現れた。
「大丈夫だよ、リアノーン。グリフォシィドの力を知り、彼が何者かを知れば、アナタも必ずそれを付ける」
 黒猫アマナも呼びかけた。その横で水牛が同意の鼻を鳴らす。
「……」リアノーンは沈黙した。
「帰ってもいいんだよ、リアノーン。そろそろボクもまたお腹が空いてきたからね。この場所も長くは保てないから。……最後にボクの姿を見せてあげる。もしそこ・・にキミの未来が見えたら、それ・・を身を付けて欲しい」
 リアノーンは身構えた。樹が明かりの下に姿を現す。
 それは──リアノーンの目には──世界樹そのものに見えた。リアノーンが幾度も試みてはいつも心を開いてくれない世界樹と。
 この自分に力をくれるという“樹”を理解することが、惑星クレイの世界樹を助けることにつながるかもしれない。
「そうだよ。リアノーン。運命は自分の手で切り拓くもの。運命に翻弄される弱い者に、自らの手で運命を切り拓く力を与えるものとしてボクはそれ・・をあげるんだ。いわばボクは“贈る者”だ。キミのトモダチなんだよ」
 “樹”はリアノーンの思考を読んでいるようだった。
 音楽隊の仲間とはまた違う。さらなる高みから彼女に手を差し伸べ、寄り添う確かな温かい友愛があった。
「ボクたちと一つになろう、リアノーン。そうすればキミの悩みは消え、望みが叶う。チャンスはこの一度きり。試しても害は無い。保証する」
 “声”はいまや演説者のように雄弁だった。
 その周りで滾る力のオーラを吹き上げながら、黒猫が水牛が白い髪の人影が、そして虹の魔竜が彼女を見ていた。リアノーンは不思議とその瞬間、
「美しい……」
 と思った。
 目の前に広がる“未来”と、光の道に通じる背後。
 やがてリアノーンは目の前に置かれたそれ・・にゆっくりと手を伸ばすと、顔に近づけた。



Illust:DaisukeIzuka



 ──宇宙。
 その中でもここは星の光さえ見えない虚空、惑星クレイ星系の宇宙と他次元との間にある“狭間”と呼ばれる空間である。
ハイレベルアクセス。量子暗号フィルター確認”
 柩機の主神カーディナル・ドミナスオルフィスト・レギスは遮蔽した虚空に身を委ね、ブラントゲート軍総司令部に思念波を送った。人間で例えれば、自室に戻って半透膜ミラーガラスのカーテンを閉め、くつろいでネット通信端末に手を伸ばしたといった感じである。
 ちなみにその姿はかつて地上で取ったものと同じSD(スーパーデフォルメ)化したものになっている。どうやら(リンクジョーカーの思考は計りがたいものの)この形態は彼なりに気に入る要素があったようだ。
“……総司令部GH
 オルフィストは再度の呼びかけをした。通常はミリ秒範囲の誤差で届く応答の思念がない。この頃多発している《因果の泡》の影響であろうか。
「残念だが今、通信は使えなくしてある。柩機カーディナルオルフィスト」
 オルフィストは突然、背後の空間から掛かった声に振り向いた。リンクジョーカーとしてはこのような表現は使われたくないだろうが、事実として彼は愕然と──そう驚いていた。
 他でもない柩機カーディナルの長、オルフィストの作った遮蔽空間である。わずかな休息をとるために張り巡らせたいわば絶対領域なのだ。誰も侵入などできるわけがない。
「何用か」
 オルフィストは瞬時に相手の素性を看破して、共通語の音声で問うた。
「何者かと尋ねないのはさすがだ」
 そう言いながら、侵入者は上体だけ覗かせていた身体を引き抜き・・・・、オルフィストの遮蔽空間にずるり・・・と抜け出た。
「訊きたい事がある。おまえがついさっき見つけたもの・・・・・・について」
「それを知ってどうする、定命の者よモータル」と柩機カーディナルオルフィスト。
「ひとつ訂正してもらおう。なにしろこのおれ幽霊ゴースト不死の者イモータルなのだからな」
 怪雨の降霊術師ゾルガは星一つ無い虚空を背に、にやりと笑った。



※註.単位は地球のものに変換した。また動物の名(猫、水牛など)も地球の似たものを使用している。

----------------------------------------------------------

《今回の一口用語メモ》

龍樹の落胤/グリフォシィドと龍樹
 ※下記は、グリフォシィドと龍樹についてここまでの情報をまとめたものである※
 星降る夜(流星雨)にまぎれて、地表に降りてきた「グリフォシィド」は《種》であり、現在は幼体らしい。
 そして惑星クレイのどこかの地面に広がっているのが「龍樹」。
 これはどうやら植物でいう《根》あるいは《茎》であるらしい。そしてその中心にあるのがグリフォシィドと思われる。
 さて、ここで今回登場した龍樹の落胤について。
 落胤とは落としだねのことだが、これは通常、血族の関係性を示すもので植物には使われない。(グレートネイチャー総合大学発行の『惑星クレイ植物便覧』による)
 実際、今回登場した「龍樹の落胤ビスト・アルヴァス」は水牛に近い形の四足獣であり、分類としては動物とされる。これは“落胤”、落としだねという名称にヒントがありそうだ。つまり龍樹の生物としての直系(宇宙?から降り来たった植物)ではなく、傍系(惑星クレイに棲息する動物)の形を借りているという説である。さらに特筆すべきはその能力で、母体であるグリフォシィドと根を張る龍樹と、龍樹の落胤は強い繋がりがあるらしく、惑星クレイの上であれば時差なしで空間的・感覚的・情報的に直結/共有できるようだ。
 これはいわば瞬間移動/空間跳躍の力だが、天輪聖紀では今のところ《世界の選択》の際の封焔の巫女バヴサーガラが使った「時空の歪み」や、ケテルサンクチュアリの地上の都セイクリッド・アルビオンやドラゴンエンパイアのヴァーテブラ森などで稀に自然発生する「時空間の穴」、オルフィスト率いる柩機カーディナルが戦う宇宙の戦場“夜”で使われる「空間転移」しか似たものがない。グリフォシィドが惑星クレイに根を広げつつある“龍樹のネットワーク”は、敵にまわすと非常に厄介な能力を持っていると言えるだろう。

A・R・K」のその機能については
 →ユニットストーリー016「柩機の兵サンボリーノ」も参照のこと。

“狭間”での戦い、柩機カーディナルとオルフィスト、《因果の泡》については
 →世界観コラム「セルセーラ秘録図書館」柩機(カーディナル)
 →ユニットストーリー016「柩機の兵 サンボリーノ」
 →ユニットストーリー027「柩機の竜 デスティアーデ」
 →ユニットストーリー048「インヴィガレイト・セージ」
 →ユニットストーリー057「救命天使 ディグリエル」
 →ユニットストーリー063「柩機の主神 オルフィスト・レギス」
を参照のこと。

----------------------------------------------------------

本文:金子良馬
世界観監修:中村聡