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短編小説「ユニットストーリー」
093 龍樹篇「天道の大賢者 ソルレアロン」
ケテルサンクチュアリ
種族 ジャイアント
「さらばだ、友よ」
 虹の魔竜の長、魔宝竜ドラジュエルドのそれが最後の言葉。
 それは惜別の炎を放ったブルースに、上空で見守るバヴサーガラに、そして彼がもっとも将来へ期待をかけて叩きのめした年若きユースベルクへと、一度に送られた別れの言葉だった。
「ドラジュエルドーッ!」
 悪魔デーモンブルースの慟哭は雪原のはるか遠くまで木魂した。


 半眼にしていた心の窓を大賢者はそっと開き、覚醒した。
 世界が彩りとを取り戻す。
 瞑想とは一炊之夢いっすいのゆめだ。それは古の宝具のように時間と空間を飛び越え、人の一生分の体験を味わわせることも可能だが、目を覚ませばそれは弾けて飛び散る水泡のようにもろい幻なのである。
 ──サンクガード寺院、瞑想の間。
 ソルレアロンは臥している。折り曲げた右腕を枕に右脇を下にそしてこうべは磁極の頂である北を指して。
 サンクガード寺院はケテルサンクチュアリ国の地上の都セイクリッド・アルビオンの外れにあって、太古より神格を崇める信仰の中心地、神聖魔術の総本山、そして知の集約場として悠久の時を刻んできた。
『スーロン。ドラジュエルドの星はどうか』
 少し離れた星見の間にいるスーロンへ送られた思念は、実際には『曙光、魔宝竜の星見や如何いかに』だ。曙光はスーロンの賢者名(他には大賢者の寵愛めでたき若き人間ヒューマンシベールの“鳳凰”が知られている)、さらにこの寺院の中で使われる古の言い回しは仰々しく意味が伝わり難いので、我々はこれまで通り平易な言葉に直して聞き続けることにしよう。

Illust:kaworu


「薄闇の中にあります、ソルレアロン様」
 こちらは独り言の形で答えたスーロンは、この寺院の重鎮、賢者の一人だがその中でも打ち解けやすく親身な対応で好かれる巨人ジャイアントの男子である。いつか賢者と成ることを目指し教えを乞う若者たち──たとえばいま厚い本を抱えながら尊敬のまなざしで見上げている人間ヒューマン感興の学士インティラスや、サンクガード大図書館の司書の天使エンジェル整然の学士オルデリオなど──はその周りにいつも輪を作っている。
現世うつつよ幽世かくりよの狭間という訳だ』
「生きていないが死んでもいない。奇妙な状態です」
それ・・が虹の魔竜の長の狙いか。よろしい』
 大賢者の思念は自然にスーロンから離れた。スーロンもまたこの会話の間も彼が見上げる寺院の円蓋、その内側に広がる悠久の星々から目を離すことはなかった。いかなる魔法か科学の技か、ここは常に夜空なのだ。
 占術の賢者スーロンはサンクガード寺院の一画、星見の間を司る賢者である。

 ソルレアロンは横臥から半跏趺坐はんかふざになった。
 その“思惟”はまた飛んで、少し前に起こった南極大陸の極東での出来事へと移っていた。

「ほら、見て。リアノーン。仮面をつけたあなたの力を世界樹が喜んでいる」
 と黒猫が満足げに囁くと
「よかった。これでみんな幸せになりますね!」
 とアムリアも無邪気に笑っていた。
 だけどね……。
 力を失った世界樹がまるで草花のようにしおれ、かしいでいた。
 それは確かにリアノーンとマスクスが触れた世界樹だった。
「そんな!?」


『エリロン』
「回収された仮面マスクと世界樹、相互の錬金学的分析ですわね。ソルレアロン様」
 霊薬の賢者エリロンの応えはいつも打てば響くが如くである。
「ご報告にはピリックを向かわせます。しおれた世界樹の治療方針にも希望が持てそうです」
 指名された人間ヒューマン、実証の学士ピリックはすでに報告書とデータ一式を持って一礼し、薬医門から奥院おくのいんに入るべく席を立った所だった。
 ピリックに限らず、賢者エリロンの部下の動きはきびきびとして、常に緊張感に満ちている。それは油断しているとすぐに痛烈な毒舌が、この美しき巨人ジャイアントから放たれるからだ。しかし意外なことにエリロンが司るこのサンクガード寺院錬金術の塔で脱落者が出たという話は未だ聞かない。それは“錬金術師エリロンの霊薬エリクサーで治らぬ者なし”と称される圧倒的な技量と知識に院の全員が心酔しているためである。毒舌といってもそれは未熟さや目標を見失わないように配慮されたものであり、とはいえ正論過ぎる警句で悄気しょげた心を支えて成長を促す霊薬のような人格もまたエリロンには備わっている事も皆が知っているからでもある。要はケテルサンクチュアリの錬金術師/薬師の頂点にして、最良の師匠なのである。
『お手柔らかにね』
「大賢者様が甘すぎるのです」
 ソルレアロンの思念に、部下に与えている重圧についての微苦笑を感じたのか、エリロンがぴしりと言い返す。
「鳳凰へのご寵愛も目に余ります(注.鳳凰とはヴァーテブラ森最後の予言者シベールの“賢者名”である)」
『あれは私の子供のようなものなのだよ。世界は大人の賢者だけで動いているわけではない。若い芽をこそ慈しまなければね』
「そうして自由勝手に任せるから、あの子たちと連れだって飛び立ってしまうのですよ!冒険も友情も結構ですけれど、予言者たるもの内観の時が大事なのですから。いつまでも浮き立っておらず、己に向き合う修行を」
『鳳凰について言うなら、今回の一件での活躍は英雄としてもっと称賛され褒美を出すべきだと思うのだけど』
「功績が巨大でありそれが年若い者である故に、過ぎた贔屓ひいきは要らぬそねみを招くと申し上げているのです。それと何ですか、少年少女を歓待し盛大な宴を催すなど。この寺院始まって以来の椿事ですよ!」
『その節は子供たちの世話をありがとう。君が寮母に向いているとは思わなかったな。料理も実に美味だった。あれがあの子たちにはどんな霊薬よりも元気づけられたと思う。ありがとう』
 エリロンが少し赤面したのを幸い、忙しく働く周囲の薬医たちは誰も気づかなかったようである。
 天下に名の轟く大賢者ソルレアロンが身内にはこれほど陽気で茶目っ気も見せると知っているのは、世界広しと言えど寺院の司である3人の賢者と鳳凰シベール、そしてあと3人の少年少女しかいない。
「……あまりおからかい・・・・・になられるならしばらくいとまを戴きますからね」
『それは困る。では、ひとまず退散するとしよう』
 唐突に大賢者の接触が終わると、霊薬の賢者の機嫌はものすごく悪くなった。

Illust:kaworu


 ソルレアロンは半跏趺坐はんかふざを解いて、瞑想の間の椅子に腰掛けた。
 瞑想とは現世の時とくうから自己を解放するである。既に惑星クレイで何点か発見されている謎の宝具にも似ているが、ソルレアロンのものは時間軸も場所も自在に選べる点が違う。瞑想を、時空を自在に移動する“叡智の視点・・”の手段とする辺りはさすが大賢者という所であろうか。
 再び半眼になったソルレアロンの視野に、ある人物の解説が現れる。

「それにしても、“悪意”のなれの果てとは一体?」とリノは一同になりかわって尋ねた。
 バヴサーガラは頷いた。
「世界樹など惑星の生命エネルギーに取り憑いて枯らす害虫のようなもの。最初は完全な人型だが、次第に自らも悪意に冒され、頭だけの形をしたこうした塊になる。こやつの心に入り研究してみたが、この段階まで進むとただ生きているのが苦しくてたまらない、無間の地獄を只ただもがくだけの存在であった。哀れなものだ」
 バヴサーガラがそれを持つ手を振ると、“悪意”のなれの果ては灰になって消えた。
「結局わからなかったこともある。この“悪意”は《世界の選択》の後に現れたものだが、それがなぜ、そしてどのようにして、突然発生し始めたのかはこれ・・の心からも記憶からも遡れなかった。“絶望の巫女”であったこの私でさえ……」


 ソルレアロンの瞑想は、羽音と連続する金属音で破られた。
 小さな鳴き声をあげて奥院おくのいん瞑想の間の天井から降りてきたのはインサイシヴ・クロウ、甲冑をまとった寺院の守り鳥である。
「ストグロン」
「大賢者様のご瞑想を乱す不手際、面目次第もございません」
 ソルレアロンの呼びかけに、刃がついた杖をもった男が瞑想の間の入り口で片膝をついた。
 強壮の賢者ストグロン。衛兵すべてを束ねる長、サンクガード寺院防衛の要であり、巨人ジャイアントの賢者きっての武闘派として知られている。
 先のインサイシヴ・クロウは賢者ストグロンの使い魔の一羽だった。
「いや礼を言う。もうこんな所にまで潜り込んでいるのだね」
 大賢者の言葉が指しているのは、金属製の鳥の羽根に貫かれてもがく、小さな虫のような存在のことだ。
「インサイシヴ!」
 ストグロンの呼びかけに黄金の鳥はひと飛びして、強壮の賢者の側に控えた。
「今回は私の出番はありませんでした」
「硬い」
「はっ」
「硬いよ、ストグロン。いつもみたいに話そう。僕ら・・は幼馴染み、無二の友だ」

Illust:ヨシヤ



Illust:kaworu


「勤務中ですので」とストグロンは構えを崩さない。
「それは残念。……さてこの“悪意”のなれの果てについてだが」
 大賢者は虫のようなそれ・・に静かに息を吹きかけた。すると床でもがいていた“悪意”のなれの果てがぴたりと動きを止め、細かく散り散りになった。大賢者ソルレアロンの神聖魔術の力は常に総身に溢れているのだ。
「バヴサーガラの報告の通りです」とストグロンは頷いた。
中性微子ニュートリノに似た性質をもつという仮説を、破天騎士団のアリアドネが唱えていた」
「線が繋がりました。先日の鳳凰の一件でもあった侵入者と同じ能力です」
「つまり龍樹だ。この奥院おくのいんの警備も検査も見直して完璧だったのだろう。そこを侵入された」
ぎょくを狙ってきた、という訳ですな」
 とストグロン。ドラゴンエンパイア極東の遊戯、将棋に例えたのだ。
「幸いぎょくは多数いるよ。この戦いではね」
 ソルレアロンは大賢者の杖を握って立ち上がった。ストグロンも武装と一体になった杖を携えて立ち上がる。
「とはいえ誰もが“光の息”を使えるわけではない。より警戒を高めよう」
 はっ、とストグロンは直立した。
「ストグロン」「はい」
「戦士であり賢者である助言が欲しい。浸透する敵に対する心得とは?」
「不断の警戒と根気づよい対応」
 強壮の賢者ストグロンは迷うことなく答えた。
「宇宙からの敵でも?」
「変わりません。常に哨戒し見つけ次第、各個に撃破します」
 ソルレアロンは頷いた。
「オラクルの予言も同じだ。僕自身の読みも。長い戦いになりそうだ」
 友は──ソルレアロンの幼馴染み、ストグロン──は黙って頭を垂れた。
「ドラジュエルドは僕らに全てを託し、“向こう側”に行ってしまった。若い英雄たちへの援助を約束させられたよ、水晶玉マジックターミナルを通じてね。ご老体の期待に背かぬよう、一層励みたいものだ」
「では、さっそく賢人会議を招集いたします」
「虫退治だね」
 ソルレアロンの顔にはいつもの微笑みがあった。闘志を秘めた大賢者の笑みは海のように深く、蒼穹のように爽やかだ。
「親玉が出てくるまでらせてやろうじゃないか。狙われているのなら幸い。僕が囮になろう」
「あなたはケテルサンクチュアリの大賢者、かけがえのない御方です。この私が身命賭してお守りいたします」
「賭してもらっては困るよ。君がいて皆がいての僕なんだから」
「では言い換えよう。君のために必ず生き残る、ソルレアロン」
「あぁストグロン。僕も全力で戦うよ、ドラジュエルドのようにね」
 二人は頷き合った。
 ケテルサンクチュアリに迫りくる暗雲、龍樹の浸透の実態を前にしても怯む様子は全くない。
 恐れなどない。あるはずがない。
 背を任せる友は側に、守るべき民がり、一丸となって戦う水晶玉マジックターミナルの同士も世界に数多あり、いつか倒すべき敵の実体と狙いもまた、天道の大賢者ソルレアロンは既に看破しつつあるのだから。

Illust:kaworu




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《今回の一口用語メモ》

サンクガード大図書館──世界最高峰の叡智の集積地
 サンクガード大図書館は、ケテルサンクチュアリ国の地上の都セイクリッド・アルビオンの外れにあるサンクガード寺院に併設されている古代からの書物文献の集積地である。
 惑星クレイでこの図書館に匹敵するものは、今のところ蔵書数と規模ともにストイケイア国のグレートネイチャー総合大学の大学図書館しかない。東西どちらも歴史や地理、政治や人文科学について他の追随を許さないものの、図書館通によればグレートネイチャー大学図書館は自然科学系が、サンクガード大図書館は神聖魔術系の蔵書がそれぞれ充実しているという。
 サンクガード大図書館は上から見るとほぼ完全な円形に造られ、大講堂やスタジアムのドームを思わせる広大な内部には、ぎっしりと何層もの書棚が並んでいる。大図書館は年中無休で昼夜を問わず開館しており(世界の危機が迫ったとき古の知識の検索が急務となるのは容易に想像できる)、前述の通り古代から現代まで世界最高峰の蔵書を誇るが、閲覧は寺院職員(魔女や学士、はしごを使わずに高い書棚から取り寄せられる司書の天使などがこれにあたる)と賢者、また賢者の許可を得た者に限られる。希少な蔵書や機密扱いとなっている知識を守るためのこの厳しい制限が、地上の都セイクリッド・アルビオンや天空の都ケテルギアの公立図書館との違いだ。
 最後に、サンクガード大図書館に伝わるひとつの伝説を紹介しておこう。
 大図書館の中央、司書が常駐する窓口の上に、ひときわ高く設けられた特別な書棚がある。言い伝えによれば、ここに収められるのはたった一冊の本だという。全宇宙で起こるすべての事が書かれたこの書物の名は『アカシック・ブック』。さらに伝説によればこの書物は多元宇宙の中を不規則に移動しており、非常に稀な出来事としてサンクガード大図書館の“一なる書棚”に『アカシック・ブック』が実体化した際には、普段は静寂に包まれている図書館に奇跡の来訪を告げる鐘の音が響き渡ることもあるそうである。

サンクガード寺院については
→ユニットストーリー077 龍樹篇「好転の魔法 タナルル」
 および同話《今回の一口用語メモ》も参照のこと。

グレートネイチャー(総合大学)大学図書館については
→ユニットストーリー065 世界樹篇「リペルドマリス・ドラゴン」を参照のこと。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡