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ユニット

Unit
短編小説「ユニットストーリー」
098 龍樹篇「ドラグリッター ラティーファ」
ドラゴンエンパイア
種族 ドラゴロイド

Illust:北熊


 跳び蹴りというのは実戦向きではない、というのが定説だ。
 とくに私たち、竜を駆る者ドラグリッターにとっては。
 だけど今日の教練の最後、私が放ったのは跳び蹴りだった。疲れた身体を励まして渾身の一撃。なぜなら常に
 本気で勝負!
 それがドラゴンエンパイア帝国軍第1軍『かげろう』のモットーだからだ。
「待て!」
 続けて攻め込みラッシュに行こうとした私に教官の声がかかった。
 見ると相手の手甲が砕けている。巧くいなされたように見えたのが当たっていたらしい。
「ありがとうございました!」
 相手の目を見ながら礼をする。
 実戦に試合終了などない。戦いのさなかに一瞬も隙を作るな。母から貰った最初の教えだ。
「ラティーファ」「はい」
 格闘教官の声に私は振り返って直立した。跳び蹴りの叱責だろうか。
「面会だ。本舎で客が待っている」「わかりました。ラティーファ、本舎に向かいます」
 私は敬礼を済ませ、駆け足で本舎に向かった。
 格闘教練は広い駐竜スペースを借りている。
 行く先のついでに私はそこにずらりと並んだ火竜フレイムドラゴンたちに挨拶しながら走った。竜たちも吠え声と(控えめな)吐炎でこちらに応えてくれる。このあと特別演習があるというから、午後にはあの背に乗って空の上だ。わくわくする。

 ──竜駆ヶ原駐屯地。
 いま私たちがいるのはドラゴニア大陸のほぼ東端、東洋と呼ばれる地方。
 だだっ広い平原に小さな町村が点在するこのあたりで有名なものといえばもう二つあり、そのうちの一つが駐屯地に併設された帝国軍第1軍『かげろう』の竜騎士を養成する竜駆ヶ原兵学校、私たちが通う母校だ。
「……」
 面会室の扉に近づいた時、私は部屋を間違えたのかと思った。
 中からは穏やかな笑い声が聞こえてきたからだ。
 ノックの手を挙げかけてとまどっていると、中から扉が開いて私は凍りついた。
ドラグリッター竜を駆る者
 その声に私は慌てて敬礼する。練習生ドラグレスと違って竜を駆る者ドラグリッターは一人前の竜騎士と認められた称号である。
 そこに立っていたのは(よりにもよって)学校長だった。この人も伝説的なドラグリッターとして知られた人だ。
「し、失礼いたしました。間違えたようで……」
「いいや。間違えてはいない。君にお客さんだ」
 学校長が道を空け招き入れてくれたので、私は恐縮したまま歩を進めた。背後で学校長の声とともに扉が閉じる。
「午後の演習。楽しみにしてるぞ」
 はっ・・ともう一度直立不動になった私に、部屋の中の人物が呼びかけた。知性に溢れた深みのある声。
「ラティーファ。久しぶり」
 黒と青の装い。羽根持つ冠。なびく黒髪。吸い込まれそうな紺碧の瞳。全身を包む圧倒的な魔力。
「お母様」
 他に誰もいない事を確かめ、私は緊張を解いて答えた。ちょっと睨む。こういう驚かせ方は好きではない。
 ソファーにリラックスした様子で掛けていたのは、封焔の巫女バヴサーガラだった。

Illust:前河悠一


「なるほどね、鬼の学校長が談笑する相手なら察するべきだったわ」
「彼とは古い知り合いだ。ここの客員教官を引き受ける前からの」
「なに?かげろうと封焔竜がやり・・合う場面なんて過去にあったの」
 バヴサーガラは私の皮肉には構わず、立ち上がると冷えた水を汲んでグラスを差し出した。私はまだ座っていなかったからだ。
「何か用?私、忙しいの」
「お水を飲む時間くらいはあるのでは」
 私は黙って受け取って一口ふくんだ。教練の後の水は生き返る気分がする。これはありがたい。
「何か怒っている?」「いいえ、お母様」
 “母”が目で理由を聞いている。仕方ないな、私は目線を外して答えた。
「私たち“バヴサーガラの仔”は特別扱いが嫌いなんです」
「特別扱いなどしていない」「いいえ、してます」
 私は譲らなかった。
「普通の訓練生は新人であれ騎士訓練招集であれ、演習前に外部の方との面会など許されません」
 まったくもう!と私は頬を膨らませた。
 面会人があの・・バヴサーガラとまでは判らないだろうけど「まぁあの娘も“バヴサーガラの仔たち”だから」と肩をすくめられる位はされているだろう。私だけの問題ではない。居づらくなるとみんな迷惑するのだ。
「そう。それは悪かった」
 バヴサーガラは本当に少し反省しているようだった。コーヒーの揺れる褐色の表面に目を落としている。私たちはこういう時の“母”をリノリリと呼んでいる。物腰柔らかく遠慮がちで優しい人格で、バヴサーガラとはほとんど一つに溶け合ってはいるものの、時々表面に出てくるのだ。
「“母”としたことが、伝えたい事のほうを優先してしまった。友の進めもあったゆえ、つい」
 友とは学校長のことだろう。
 ちなみに彼女が今、やや自嘲気味に言った“母”とはもちろん本来の意味での母親ではない。そちらの“母子”はバヴサーガラ魔術で生み出された封焔竜の方だ。では“バヴサーガラの仔たち”とは何かというと、封焔の巫女バヴサーガラは私たち、本来は騎士になどなれるチャンスのない人材を掘り起こし、ここ・・を送りこんでくれた恩人。“母”とは見返りも求めようともしない彼女に、私たちが勝手につけた尊称なのだ。
「それで、伝えたい事って何?」
 バヴサーガラにこれほど気楽に話せる人間も世に少ないだろう。それはわかっている。“母”と呼ぶのは良いがそれなら堅苦しいのはやめてほしい、家族と思って話してほしいと彼女自身が願ったことだ。軍人・教官に対してならともかく、家族に敬語は使わないし、こういう所を直してほしいと遠慮無く言えるのも家族だけだ。
「うむ。午後の演習について、あれは実はおまえたちにしか頼めない事があるのだ」
 いつもの“母”らしさが戻って少し安心した。
「我が世界は今、龍樹の浸透を許してしまっている。それと目には見えないものの、それは消し止められぬ野火の様なものだと思えばわかりやすいだろう」
 この時の“母”は、もう完全にいつもの封焔の巫女バヴサーガラだった。
燎原之火りょうげんのひね」現在の龍樹の脅威については軍人の一般知識としてもちろん知っている。
「そうだ。このままでは世界は悪意に侵され、終局への道を歩む」

Illust:凪羊


「黙って見ているつもり?封焔の巫女ともあろう人が」と私は悪戯っぽく微笑んだ。
「まさか。そこで今日の午後の話になる」
 バヴサーガラは笑わずに、じっと私の目を見て言った。
 ああ、とようやく私は気がついた。これから話すことが彼女としては他人に聞かれたくない事であり、何か深い意図があるということなのだ。
「客人はこの後もうひとつある。大所帯だ。世界樹の音楽隊ワールドツリー・マーチングバンドは?」
「もちろん知ってる。ストイケイアのリアノーンとバイオロイド、ハイビースト達」
「最近トラブルがあった。この国では軍と政府上層部しか知らない」
 そこからバヴサーガラは、リアノーンに起こった事、龍樹とマスクスの脅威についても話してくれた。
 力を望む心に誘いかける仮面マスク。人格や意思はそのままに、異星からのものの軍門に下らせるなんて。
「リアノーンは一時だけ、しかも自分が知らないうちに世界樹を弱らせる手助けをしていた事にショックを受け、自信を失っている。私は彼女の親しい友として、力になりたい」
「私も手伝う。もちろんよ」
 私はさっきまでの子供っぽい(ちょっとした)反抗的な態度を改めて、心から答えた。
「心強い。実はひとつ試してみたいことがある。それ故に学校長に頼み、同意を得て演習の場を借りたのだ」
「どういうこと?」
 演習とリアノーン復帰に一体何の関係があるのか。
「あれだ」
 とバヴサーガラは窓の外にそびえるものを指した。
 そこには竜駆ヶ原の名物、巨竹世界樹が竹林から高く高く突き出ていた。



 竜駆ヶ原の巨竹世界樹は惑星クレイでも奇観として知られている。
 竹は背は高く伸びるものの、幹まで太くなることはあまり無い。それがこの地方のこの一本の竹だけは幹、背丈ともにセコイアの大樹と見まごうほどの大きさなのだ。
 私たち兵学校と駐屯地の象徴であり、この空域を竜で飛行する時の絶対的な目印にもなっている。

「あの世界樹で奉納演奏をするのね」と私。
「そうだ。だがひと工夫を加えたい」
 そう言う“母”バヴサーガラは私と連れだって今、駐竜スペースに向かって歩いている。
「“竜の渦巻き(ドラゴン・スパイラル)”については」
 バヴサーガラの口調が先ほどまでと違って“母”から“教官”に変わっているのに気がついて、私も口調を切り替えた。
飛行機動マヌーバでは聞いたことがありませんが」
「『かげろう』に伝わるいにしえの飛行戦闘術だ。編隊で螺旋軌道を描いて竜に全速で駆けさせる。敵を脱出困難な力場に追い込むことができる」
「それは風と……」
「竜が帯びる魔力、すなわち運命力の磁力・・によってだ」
 私は目を瞠った。そんなの空戦教義には乗っていない。
「誰も知らない。その現場を見たことがある者が今となっては一人しかいないからだ」
「それは外から・・・目撃されたので?教官殿」
「いいや。内部・・で食らった。それ以上は聞いてくれるな」
 封焔の巫女バヴサーガラは微笑んだ。それはたぶん本日最後の笑みだった。
「“竜の渦巻き(ドラゴン・スパイラル)”の実行には騎手の絶妙な連携が必須であり、竜単体では不可能だ」
 なるほど。話が見えてきた。
 そろそろ集合している皆に姿を見られそうな場所まで来たので、私はひとつ頷いて先に駆け出した。

「説明は以上だ。言うまでもなく、この技の習得は全員の技量と連携が同じレベルに達せねばならず、非常に難しい。理屈では無く、身体で覚えてもらうしかない」
 バヴサーガラはここで一息入れ、ブリーフィングルームに集まった私たち全員の顔を一人一人見つめていった。
「だが私は必ずできると信じている。私自らが鍛えた君たちならば」
 竜駆ヶ原兵学校客員教官がそう締めくくると、全員の闘志がメラメラと燃え上がるのがわかった。もちろん私もだ。
「質問は」
 誰も手を挙げないので、私が代表する形になった。
世界樹の音楽隊ワールドツリー・マーチングバンドはどこに位置するのですか」
「彼女らは渦の中心で演奏する。今回の試みは回転を逆にすることで、音楽隊の癒やしの力を世界樹の根元まで“浸透”させ“増幅”させることに狙いがある」
「なぜ世界樹の音楽隊ワールドツリー・マーチングバンド単体で奉納演奏をしないのですか」
 これは私には答えが分かっている問いだ。もちろんリアノーンが自信を失っているからとは言わない。
「龍樹の脅威に備え、世界樹の守りを強化するため。今回はそのためにドラゴンエンパイアとストイケイアが協働するひとつの実験と思ってほしい。他に質問は?」
 ここで学校長が手を挙げた、これは異例なことだ。
「竜騎士たちの先導をお願いできるでしょうか。バヴサーガラ」
「もちろん。私が見、体験したものをできる限り正確に伝授するつもりだ」
 封焔の巫女バヴサーガラは頷いた。はるか昔、この術で封印されかかったと察している私は、少し目が泳いでしまったかもしれない。
「初回の編隊長はラティーファ、君だ」
 私は表情を改めて拝命した。アルファカールが横目で睨んでいる。トップを狙うライバルだ。何が言いたいかはわかっている。渡さないよ、あんたに編隊長の座は。
「よし。聞いての通り、私も諸君と共に飛ぶ。空に飛べば心は一つ。帝国と世界のため、本気で勝負!だ」
『本気で勝負!』
 気合いが入った。
 私たちはそれぞれの騎竜に向かって走ってゆく。
 バヴサーガラは、もちろんいつもの教官騎竜「封焔竜アーヒンサ」だ。誰も彼女に追いつけた者はいない。
 離陸の合図に竜腹を蹴ると、相棒の翼が羽ばたき烈風が渦巻いた。
“私の活躍っ!もっと近くで見てってよね!”私が顔を引き締めると
“そんな近くまで、ついて来られるかな”バヴサーガラもこちらを見つめ返した。
 絶対にこの技を覚えた天輪聖紀初の人間になってみせる!
 私と“母”は背後に竜騎士の編隊を引き連れ、高く、疾く大空へと飛び立った。

Illust:北熊




※竹、セコイアは地球の似た植物の名称を借りた。※

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《今回の一口用語メモ》

ドラグリッター
 ドラゴンエンパイア第1軍『かげろう』。
 フレイムドラゴンを中核とした攻撃部隊であり、圧倒的な火力により天空を支配する。
 その編成の中で古くは竜騎士ドラゴンナイトと呼ばれていたものが、
 天輪聖紀における竜を駆る者、ドラグリッターである。
 人間と相棒となるドラゴンとが切っても切れない関係にあるのがドラグリッター(とドラゴンナイト)。両者を合わせた攻撃力(騎士は槍を主武装とし竜は言うまでもなく吐き出される灼熱の炎で敵を焼き尽くす)はもちろん人間の即応性と、竜の機動力と防御力を兼ね備えている事もドラグリッターの魅力である。
 だがそれ故に、天輪聖紀の時代が開ける直前まで、この兵種は事実上消失していた。
 無神紀とは、神格メサイアが去り惑星クレイの運命力が極限まで失われた時期、つまり運命力を生命の源とする動物“ドラゴン”は──天輪聖紀に新たな神格ニルヴァーナを迎えるまで──永い休眠に追い込まれることになったのだ。
 2000年を超える空白を経て復活した竜騎士ドラグリッターだが、ここで問題が持ち上がった。もちろん伝承をあたって兵科学校は開かれていたが、古の人竜一体戦術を(その目で見て)正しく伝える者が見当たらなかったのだ。この難題は《世界の選択》後、思わぬ形で解決する。
 《世界の選択》の一方を担った封焔の巫女バヴサーガラが、竜皇帝に認められてドラゴンエンパイア国籍を得る際に、皇帝が出した条件のひとつとしてこの「竜騎士ドラゴンナイト戦術の教授」を引き受けたためだ。
 こうして客員教官バヴサーガラが誕生した訳だが、その始まりは必ずしも順調ではなかった。
 もともとドラゴンナイトは皇都周辺の職業軍人が代々務める事が多かった、いわば生え抜きのエリート部隊であり、外部の──まして改心し皇帝のお墨付きを得ているとはいえ一時期はこう名乗っていたのだ──絶望の巫女に教えを乞うなど……と抵抗を示す者も多かったという。
 この解決もまた意外なことから解決の糸口が見いだされた。ひとつには非常にプライドが高く人を寄せ付けないと噂されていたバヴサーガラが硬軟あわせた指導法と人格・・で教官として非常に有能であったこと。竜騎の技量については言うまでもなく、小型で速度に優れた封焔竜アーヒンサを駆り大柄な竜で飛ぶ生徒たちをきりきり舞いさせるのが演習の通例。さらに決定的になったのが“バヴサーガラの仔たち”と綽名される、彼女がドラゴンエンパイア各地からスカウトしてきた優秀な若者が兵学校の成績上位者を占め、士官クラスにも卒業者が散見されるようになった事だ。“バヴサーガラの仔たち”にも名家出身者はいるが、ほとんどが庶民の出であり、騎士にも無縁な僻地でその才能を見いだされた若者も少なくない。
 現在は多忙につきバヴサーガラが教壇につくことは少なくなっているが、それでも彼女が参加する実戦演習は生徒にとって恐怖の的であるという。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡