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ユニット

Unit
短編小説「ユニットストーリー」
099 龍樹篇「陣頭の騎士 テイスファルト」
ケテルサンクチュアリ
種族 エンジェル

Illust:白井秀実


 讃えよ。誉れ高き騎士達の出陣である。
『昂揚の頌歌』
 天空の都ケテルギアに聖なる歌声が響き渡ると、天使たちは翼を広げて次々と飛び立った。僕ら人間ヒューマンやエルフの騎士も遅れじと白銀の甲冑に激しく水滴を弾かせつつ、これに続く。我らの身体には羽根が無いが武具には翼がある。魂の“翼”をもって祖国と空を守るべし。叙任の儀式で誓った言葉だ。
 本日のギア中央セントラルは真横に降る激しい雨の中。
 だが荒天なれど我らが行く手に障害など無い。
 この雲さえ抜ければ、太陽が我々を照らすだろう。
 今日、僕らが担うのは先鋒。
 敵は龍樹の手の者。防空共有情報によれば、群れるその水銀様ヒュドラグルムは都のすぐ南にまで迫っている。規模こそ小さいが、六角宝珠の女魔術師ヘキサオーブ・ソーサレスから報告されてている個体の情報や今回は空を飛んできている点など、気を抜けず侮れない相手だ。
 しかし、愛する都ケテルギアには一体たりとも侵入させることは無い。
 ケテルサンクチュアリに我が天上騎士団《クラウドナイツ》がある限り。
 そしてこの僕、勇進の騎士カドゥガーンがいる限り。



──7日前。天空の都ケテルギア ギア中央セントラル天上騎士団本部
 僕らはエントランスにある画面を見ていた。
 サヴァルフ、リクラ、キャドワラ、エメリーヌ。
 ちょうど教練の帰りだった僕は、ホールに掲げられた巨大な画面の前で足を止めたのだった。
「これって……」とキャドワラ。
「分布図だ。“悪意”や龍樹勢力が発見された地域を色の濃淡として惑星全図に重ねている」と僕。
「何か気になることでもあるのか、カドゥガーン」
 これはエメリーヌだろうか。相承の騎士の名の通り、彼女は所作から話し方まで完璧に伝統的なロイヤルパラディンのそれ・・であり、武人一家で代々受け継がれてきた弓の腕も隊随一だ。
「いや、少し気になって」
 僕は顎に手をかけて図に集中した。
 この表示は惑星クレイの運命力の変動をリアルタイムに反映している。常に動いているのだ。
「前に見た時より、“影”に覆われている範囲が……」
 僕の伸ばした指が、サンクチュアリ地方から北西、つまり我が天空の都ケテルギアに至るまでの“線”を描く。
「広がっているように見える」
「ごくわずかな色の違いだが」
「そうだね、エメリーヌ。ただこうした運命力の変動と、僕らの任務は切っても切れない関係にあるわけだから用心してみないと」
「エメリーヌと皆には先に帰ってもらいました。次の訓練がありますからね」
 僕は慌てて振り返り、そして敬礼した。
 そこにいたのは……陣頭の騎士テイスファルト。
 天上騎士団クラウドナイツの旗手の一人、謹厳を以って鳴る天使の騎士だった。

Illust:叶之明


 本人に全くそんなつもりは無くても、居心地が悪く感じる相手というのはいるものだ。
 それが僕にとっての騎士テイスファルトだった。
 孤高の人。『昂揚の頌歌』を背負う者。
 テイスファルトはどんな人かと聞けば、きっとほとんどの者がそう答えるだろう。
 騎士としての戦場での勇名は言うまでもない。天使テイスファルトが団旗を掲げて飛ぶところ、味方の士気はあがり、轟く『昂揚の頌歌』に敵は恐れおののく。
 だけどその完璧すぎる騎士ぶりが、皆やこの僕にとっても少し苦手と感じる所だった。
「カドゥガーン。先ほどの異変、なぜそう感じましたか」
 とテイスファルト。口調は丁寧だし落ち着いているのに、この問答には真剣勝負の圧迫感があった。
「異変と呼ぶほどのものではないと思います。ただそう感じたのです」
 曖昧になってしまった。気をつけなければと思っていたのに。
「戦場では知識と経験、なにより感性が頼りです。それは危機を予測し避ける力、好機を逃さず捉える力」
 テイスファルトは僕に並んで立つと腕を組んだ。きりっと引き締まった横顔が彫像のように美しかった。
「気のせいだと立ち止まらず、もう一歩進めてごらんなさい」「は、はい」
 答えたものの、どうすれば良いのか。
 思わず僕も腕組みをして天を仰ぐと、
「研修生をあんまり追い詰めないほうがいいんじゃないかなぁ」
 と声がかかった。

Illust:DaisukeIzuka


騎士サードルブレイグ」
 僕はまた敬礼した。
 偶然通りがかったらしいその人物は仮面を着けていた。
 突破の騎士ドルブレイグ。
 天上騎士団ではこの名とともにある言い伝え・・・・・・でも知られている。すなわち、“銀狼の闘技とその志は、あのドルブレイグに脈々と受け継がれているのだ”、と。
 含みがある言い方になってしまうのも、この人物については隊内でも誰もその素性を知らないからだ。
 正式なロイヤルパラディンではないのに天上騎士団にも出入りが許可されている男。破天騎士団が掲げる革命の証、“赤”をまといながら半ば独立して極秘任務についているとか、実は内部調査班であるとか、またある噂では天上と破天騎士双方で人材を斡旋しているのだとか。とにかく謎めいていて、天使テイスファルトとは違った意味で近づきがたい人物だった。
 仮面のドルブレイグは緊張する僕に薄く微笑むと
「戦場ではカンも大事でしょうに。騎士サーテイスファルト」と指摘した。
「最初から勘ばかり当てにすると命を落としますから。騎士サードルブレイグ」
 とテイスファルト。天使は感情が読めない人が多いが、事実を淡々とした口調でさらりと言われるととても怖い。
「それで彼は合格ですか」
 とドルブレイグ。何に合格なのかは気になったが2人に割って入る事はできなかった。
「まだわかりません」
「では早い者勝ちというわけですな。その察知能力、ぜひ地上にも欲しい」
「彼はロイヤルパラディンの見習い騎士ですよ。お控えなさい」
 そう。僕はまだ正式な騎士ではない。戦場に出る資格もないし、配属先もまだ決まっていない。
 天使の天上騎士は続けた。
「聞く所によりますと騎士サードルブレイグ。貴殿は最近ずいぶん熱心に青田刈りに励んでいらっしゃるようね」
「青田刈りとは心外。有望な新人を発掘しているだけです」
「それで彼に目をつけたと?」
「その画面の前を何人が何回通り過ぎるとお思いか。彼は運命力のわずかな揺らぎも見逃さなかった。彼は良い。磨けばこの後いくらでも光る」
 誉められすぎて何だかくすぐったくなってきたが、僕も元来軽く振る舞う性格ではないので表情には出さないようにする。これも騎士になるための試練のようなものだ。仕事中にはしゃぐ・・・・天上騎士など聞いたこともない。少なくとも僕は。
 仮面のドルブレイグも言葉を継いだ。
「ということで、彼を少しお借りしますよ。いかに厳格な騎士団本部といえど、新人をお茶に誘うくらいは止められる事はないはずだ」
「お茶では済まないだろうから申しているのです。カドゥガーン、耳を貸してはいけません」
「ほう。それは命令ですかな、騎士サーテイスファルト。あなたはまだ正式に・・・彼を先導する騎士ではないというのに」
横槍を入れる・・・・・見るからに怪しげな誘いから、大切な若芽を守っているのです。下がりなさい」
 睨み合う二人。火花が散るのが見えるようだった。

Illust:霜村航


「ご両人。騎士団本部の玄関エントランスで言い合いとは」
 腹に響く声の主に目をやって、僕は硬直し直立不動となった。
 深謀の聖騎士サージェス。
 戦技人格すべてに優れ人望も厚いのにあえて士官以上の役職を拒み、祖国の剣となり盾となり生涯を捧げる我が神聖国の騎士として、戦場の最前線で向かうところ敵無しの活躍を続け、“無冠の帝王”と綽名される。ベテランの軍人だ。
 僕を挟んで言い合っていた騎士2人も、敬礼して居住まいを正している。
「話は聞こえていた。有望な新人の取り合いとは我が騎士団の未来も明るいな」
 聖騎士サージェスはカチコチに固まっている僕に近づくと、肩に手を置いた。手甲ごしでもわかる鍛え上げた手指の硬さ、幾つもの戦場で死線を越えてきた戦士の逞しい手だった。
「カドゥガーン。君には選択の時が来たようだ。他の者より少し早いが、前例がない事でもない」
 僕は緊張しすぎてこの偉大なる騎士が何を言っているのか、まだ掴めずにいた。
 実はな、と僕の耳元だけに声が聞こえ(これが噂に聞く“鎧袖一属がいしゅういっしょく”、要は鎧が触れた者だけが音も無く密談できるのだ)、動揺を隠すのにまた苦労した。
『さきほど見つけた変化は、我が軍団を動かすほどの大事なのだ。ここで騒ぎにしたくない。協力してくれ』
 僕は黙って頷いた。
「さて騎士サードルブレイグ。貴殿は彼カドゥガーンを地上の騎士として育てたいと?」
「は。騎士サーテイスファルトは破天騎士と決めつけておりますが、同じく民に寄り添う者として郷士ゴールドパラディンもやりがいがあります。いずれ彼は地上生まれの人間ヒューマンだ。大地に足を着けて戦う騎士がふさわしい」
 今日初対面の仮面の騎士ドルブレイグが、僕の出身まで知っていたのには驚いた。
「そうか。騎士サーテイスファルトの申し分は?」
「惑星全図の変化を見抜きました。彼の目は地上ではなく“空”を向いています。地上で知る事もありましょうが天からしか判らぬ事もあります。またオールデンのように地上人でも天上騎士団で栄達する者もあります。生まれや種族は関係ありません」
「さて、カドゥガーン。君の目の前には地上と天上2つの道がある。今聞いたとおり、どちらにも得られるものがあり学ぶべき事がある。選びなさい」
 いつの間にか3人の騎士──しかもそのいずれもが天上騎士団では知らぬ者とてない有名人だ──に囲まれた僕の周りに、人垣ができていた。
「選ぶとおっしゃいますと……」
「先の《革命》から、騎士団ごとの垣根もだいぶ緩やかになっている。この天空の都ケテルギアで騎士の基本研修コースを終えかけている君は、これからどの騎士団でも進む道を選ぶことができる。後は手続きだけの問題だ」
 僕は思わず周囲を見渡したが、誰も何も声をかけてはくれない。
『君自身の選ぶ道だからな。誰の助けも求められんよ』
 また“鎧袖一属がいしゅういっしょく”が囁いた。見上げると深謀の聖騎士サージェスは励ますように頷いてくれた。
『思考を止めるな。その先に明日はあるのだから』
 僕の沈黙は長く続いた。皆が息を詰めて待ってくれているのを感じる。これは僕の人生にとって大事な瞬間なのだと唐突に僕は悟った。
 深呼吸して、僕は答えた。

Illust:六


騎士サードルブレイグ。お誘いありがとうございます」
 どよめき。仮面の騎士の口角があがった。笑ったのだろう。
「でも、僕は天上騎士団に進みたいと思います。翼の意匠がされた槍斧ハルバードをもって天から祖国を守ります」
 僕は天使の騎士に向き直って一礼した。
騎士サーテイスファルト、僕の最終過程の指導と騎士の叙任をお願いできないでしょうか」
「引き受けます。では明日教練場で」
 天使の答えは──玄関エントランスホールいっぱいに人を集めるほどの注目を集めた一件にしては──あっさりとしたものだった。
「では、これにて解散」
 サージェスの重々しいひと言で、騎士団本部は日常を取り戻した。
『勇ましく進め、天上騎士クラウドナイト
 深謀の聖騎士の最後の密談、“鎧袖一属がいしゅういっしょく”は心にずしんと響いた。
 気がつくと僕は画面の前で、突破の騎士ドルブレイグと2人きりで向き合っていた。
「あぁ、いいんだ」
 僕が詫びようとするのを仮面の騎士は手で抑えた。
「同じく祖国を愛する騎士。空であれ地上であれ、同志には変わりないさ。それに見たかい?オレの言い分にも乗り気な若者も結構いたんだぜ。あの群衆の中にはさ」
 仮面の騎士は少し砕けた口調になつた。彼にとっても先の出来事は何か満足を得られるものだったらしい。
 そんな僕の思いは顔に出てしまったようだ。
「そうだよ。あれは居合わせた誰にとっても損が無い一幕だったのさ。では、また会おう」
 去って行く彼に、僕が敬礼するとドルブレイグは背を向けたまま、こう告げた。
「気が変わったら破天騎士団のカルブレを訪ねてくれ。いつでも歓迎するよ」
「は、はい」
 それにしても、と顔半分振り返った彼の顔には確かな微笑みがあった。
「深謀の聖騎士サージェスの後見を得て、あの気難しい陣頭の騎士テイスファルトから“騎士”の称号と翼の武器を授かる者が出るとはね。物見に優れた有望な新人とはいえ君はツイているな。うまくいったが……ちょっと焚きつけすぎたかな」
 仮面の騎士はかすかな笑い声とともに今度こそ風のように立ち去った。
 あの短い場面で一体幾つの思惑が交差したのか。単純に一人の騎士見習いを斡旋し合ったという事ではないらしい。ひとつだけ判るのは、この世にはまだ僕の知らない事が多すぎるという事だ。
 一人、玄関エントランスホールに取り残された僕は……きっとすごく間が抜けた顔をしてしまっていただろう。
 誰にも見られなくて良かった。
 おそらく一旬10日以内に叙任の宣誓して初陣を迎えるこの僕にも、プライドというものがあるのだから。

Illust:天城望




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《今回の一口用語メモ》

《革命》後のケテルサンクチュアリ騎士団
 先頃、我がケテルサンクチュアリ国において破天の騎士ユースベルクと破天騎士団が引き起こした一件は、同国史に「旧都叛乱“未遂”事件」として記録されているが、事件の後、頂の天帝バスティオンおよび円卓会議によって急速に進められた国防の変革(とその影響の大きさ)によって、一般には《革命》とも呼ばれている。
 中でも大きな変革が起こったのは光と影2つの騎士団(この魔術数“2”については私も以前に触れた通りである)ロイヤルパラディンとシャドウパラディン、そして新たに加わった破天騎士団だ。
 まず破天騎士団について。
 現在、破天騎士団は地上の都セイクリッド・アルビオンの防衛、天上と地上の均衡を監視し、地上の市民会議の自治力向上を助ける役目も負っている。
 天上騎士団団長兼、ケテルサンクチュアリ防衛省長官のバスティオンと破天騎士団団長ユースベルクの関係は良好であり、同様にロイヤルパラディン(天上騎士団)と破天騎士団との交流も進んでいる。

 ここで前述した大きな変革について。
 実は、破天騎士団には少なくない人数のシャドウパラディンが参加していた。閃裂の騎士カルブレはそのひとりである(元シャドウパラディンという事では、破天騎士団の武装担当アリアドネも含まれる)。
 破天騎士団の(当初の)設立目的が天上政府の打倒=国家体制転覆のためという点から考えると、これは不穏な状況だ。だが破天騎士団がその野望を捨てたと言われる《革命》後、天と地の“融和”はこれについても意外な副作用をもらたしていると聞く。世界の平和を脅かす敵に対し、全騎士団が一丸となって取り組む体制が(新しく設けられた組織を率いる)防衛省長官バスティオンの下で整えられつつある、という事なのかもしれない。
 破天騎士でありながら、天上騎士団にも出入りを許されている突破の騎士ドルブレイグもそうした動きのひとつと言えるのかもしれない。カルブレの姿を天空の都ケテルギアで見かけたという情報もあるようだ。
 天上騎士見習いに直接声をかけて地上の騎士(破天騎士やゴールドパラディン)にスカウトする、などという事は以前では考えられなかった事だが、今回カドゥガーンの件についての報告、その顛末を見ると表向きは咎められることはないようである。もっとも私は騎士ではないのでそれぞれの本音まで知ることはできないけれど。

サンクガード寺院付き賢者見習い 好転の魔法 タナルル・拝


ケテルサンクチュアリ騎士団、光と影の騎士団については
 →ユニットストーリー070 「ユースベルク“反抗黎騎・翠嵐”」の《今回の一口用語メモ》
 →ユニットストーリー072 「天輪鳳竜 ニルヴァーナ・ジーヴァ(後編)」および同話の《今回の一口用語メモ》
 →ユニットストーリー029「厳罰の騎士 ゲイド」および同話の《今回の一口用語メモ》
を参照のこと

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡