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ユニット

Unit
短編小説「ユニットストーリー」
100 龍樹篇「迅骸魔境の闘戦鬼」
ダークステイツ
種族 オーガ
 不毛の岩場に幾つもの蒸気の柱が吹き上げている。
 辺りに漂う強烈な硫黄イオウの臭い。
 昼なお暗い険しい山道に動物はおろか雑草さえほとんど見られないのは、大気に含まれる火山ガスの成分が防護マスクなしには生存困難なほど濃厚だからだ。
「洞窟まではまだ遠いのか」
 声の主、男の姿は灰色の毒気どっきの中でおぼろになっていた。
「いーえ。この先でございますよー」
「間もなくでございますよー」
 答えた2つの影は宙に浮かんでいる。それはコウモリのような羽根がついた小型の獣のような姿をしていた。頭と思しき部分に被せられた陣笠には『迅骸谷温泉』と墨で書かれている。
「お客さん、陸のかた・・ですよねー」
「温泉だけでなく、島のこーんな南までわざわざ歩いていらっしゃるとはー」
「会いたいヤツらがいる。だがこのガスでは相棒のドラゴンでひとっ飛びという訳にはいかないからな」
「へー。それでしたらー」「くれぐれも……」
 陣笠の羽根姿2匹は顔を見合わせ、にや~りと舌を出して笑う。
「「お足元には気をつけてー!!」」
 案内されていた男の足元、山道がいきなり消失した。違う。先導の羽根姿たちは視界がない中、男を断崖まで誘導してきたのだ。
 男の姿は谷底へと消えた。渦巻く火山ガスに吸い込まれ、悲鳴すら聞こえない。
「イーッチッチッ!引っかかったっチー」
「イーッキッキッ!オダブツだっキー」
 つい今までは温泉旅館の臨時雇いだった小悪魔2匹が陣笠とともに営業口調も弾き飛ばして高笑いする。(※注.闇の国ダークステイツでは小悪魔が街で仕事に就いていること自体は珍しくない)
「チョロいもんだっチー」
「オイラたちタイニィデビルにかかればイチコロっキー」
「後で戦利品ぶん取りに行くっチー!でもあんまり金持って無さそうだったチー」
「あいつ何だかヘンな石持ってたっキー!あれ、きっと値打ちもんだっキー」

Illust:テッシー

「……残念だったな。この石・・・は金では買えない」
「チチッ?!」「キキッ?!」
 2匹のタイニィデビルの首を、ディアブロス“爆轟ヴィアマンス”ブルースの万力のような指が締め付けた。

Illust:lack


 迅骸魔境じんがいまきょうはダークステイツ国暗黒地方にある島、その南部一帯を指す名である。
 そのものものしい名前通り、この地で唯一価値を持つのは力。欲しいものはすべて力ずくで奪い取るのが掟。迅骸魔境では生き残るため、昼も夜も果てしない戦いが続けられている。
 一方、良質の温泉が湧く迅骸島北部には、対岸の歓楽街で知られる魔都グロウシルトを通して観光客、湯治客が押し寄せる。北の保養地、南の修羅場。迅骸島は実に奇妙な特徴をもつ土地だった。



 悪魔デーモンブルースがこの島の温泉を訪ねたのは昨夜。今朝早く起き出したこの惑星クレイいちのケンカ屋は、旅館から紹介された案内人──実は変装したタイニィデビルたち──に金を渡して南部への先導を頼んだのだった。
「じゃあ、さっきは落ちたときへりにぶら下がったっチー?」
「それも小指一本で?……バケモノっキー」
 さっきまでの勝ち誇った様子から一転。首に縄をつけられたタイニィデビルたちは悄気しょげた様子で、下りの山道を先導していた。
「ブルースのアニキ、噂には聞いてたけど不死身っチー。アホほど丈夫とはよく言ったもんだっチー」
猛毒・・でも嗅がせない限り、無敵っキーね。誰も敵わないっキー」
 タイニィデビルたちは盛んに話しかけるが、褒めているのかコケにしているのかよくわからない。
「……」
 高度は低くなっているのに、比重が大きいためなのか、火山ガスは濃くなるばかりだ。
 先ほどまででさえ、悪魔など毒への耐性が強い種族でもなければ生けるもの皆数分で死に至るほどの毒性の強さである。さしもの──歯を剥き出して笑う──マスクで守られたブルースも、口に当てた手を離せない。苦しいのだろう。悪魔デーモンの呼吸器がいかなるものにせよ、快適とはほど遠い状態だ。
「おーやおや。ダークステイツに名高いディアブロスのアニキも、やっぱりこのガスは苦手みたいっチーね」
「生まれた時から吸ってるオイラたちと違って、もうそろそろ限界じゃないっキー、ブルース?」
 2匹のタイニィデビルはまたあの舌なめずりする様な声で笑い始めていた。
「洞窟は……」とブルース。
「イーッチッチッ!まだ言うかっチー」
「イーッキッキッ!洞窟には本当にもうすぐ着くっキーよ。ただしその前に……」
「「オマエはオイラたちのアニキにブッ倒されるんだけどなーっ!!」」

Illust:テッシー


 タイニィデビル達の叫びに合わせるように、灰色のガスのとばりを突き破って水色に輝く槍が悪魔デーモンを襲った。
 辛うじてかわすブルースだったが身体の動きに本来のキレはない。
 突き飛ばされたブルースの戒めから解放されたタイニィデビル2匹が、どこに隠し持ってたのか呼子笛を鳴らし、上空を乱舞しながら嬉しそうに高笑いする。
「イーッチッチッ!見たか!見たか、ブルース!」
「イーッキッキッ!カッコいいー!カッコいいぜーっ、悪魔騎士デビルナイトのアニキ!」
「……なるほど。では貴様が……」
 ブルースが重い身体を揺らしつつ、起き上がる。
 対する“アニキ”と呼ばれた方は甲冑を身にまとった小柄な悪魔だった。槍と盾を持った重武装ながらも身のこなしも軽く、羽ばたいて体勢を整えると再びブルースへと槍の狙いを定めた。
「おうよ。紹介が遅れたが、迅骸魔境の悪魔騎士デビルナイトとはオレらの事だ。悪魔騎士デビルナイトって響き。サイコーにカッコいいだろ?」
 ブルースはいまの言葉のどこかが引っかかったようで、軽く眉をひそめた。
「お、そんな状態でも気がついたか。さすがはディアブロス・ブルース」
 悪魔騎士デビルナイトは余裕綽々しゃくしゃくで構えている。
「そうだ。オレたちはまだ沢山いるんだよ。こうしてる間にもタイニィデビルの呼び子に答えて、ここに続々と集まってくる」
「迅骸魔境とは無限に続く食い合いの世界、修羅の地と聞いたが……」
「その通り。だが住めば都ってね。どんな地獄だろうが、ここはオレたちが暮らす国だ。怪しい侵入者相手には全員一致で立ち向かうのさ。個々でもそれぞれ強いオレたちが、群れたら手が着けられねぇぜ。数こそ・・・がオレたちの力なんだ」
「なるほど。では……」
 ディアブロス“爆轟ヴィアマンス”ブルースは大きく息を吸い込んだ。彼の身体はみなぎる闘気で倍も膨らんだように見えた。タイニィデビルたちがまたチチッ?!キキッ?!と驚きの声をあげる。火山ガス程度で弱るわけがない。3000mの自由落下を無事着地し、落下する山体を拳で砕き、月面を地上並みの速さで駆け抜け、飛行空母から弾丸のように射出されて魔宝竜にタックルをかませる。悪魔デーモンブルースとはそんな男なのだから。
「そちらの数が揃う前に叩けば、いいケンカにはなるかな」
「「「へっ?」」」
 この時、タイニィデビル2匹だけでなく、ずっと斜に構えた物言いをしていた悪魔騎士デビルナイトまでが、どんどん大きくなるブルースの闘気の前で気の抜けた声を出すのが精一杯だった。

Illust:テッシー


「それで?ギャロウズボールのスタアが、人質をとってこんな僻地の砦に乗りこんできたというわけか」
 洞窟の最奥の玉座に、オーガが腰掛けていた。
 見下ろす謁見の間には、タイニィデビル2匹とボコボコにされた悪魔騎士デビルナイトが縄で巻かれている。迅骸魔境の先兵として立ち向かったのに、あまりにも見事に返り討ちにされてしまい言葉もないらしい。
「人質ではない」
 ブルースが軽く手刀を振り下ろしただけで、縄はぶつりと切れた。手首のスナップだけで弩並みの速さの球をはじき出す男である。固く巻かれた登山用ロープの束を素手で断ち切るくらい造作も無いことだろう。
「おおお、親分!こいつすぐブッ倒してやるっチー!」
「オイラたち悪魔デビルをぐるぐる巻きにするなんて、とんでもない悪魔デーモンだっキー!」
 解放されるなり、急に元気になるタイニィデビルたちに対して、悪魔騎士デビルナイトはやはり騎士らしく殊勝な様子で頭を垂れた。
闘戦鬼とうせんき様。我らでコイツを止められなかったこと、面目次第もございません」
「よい。間もなく手勢もそろう。どの道、その男はもう逃げられん」
 闘戦鬼とうせんきと呼ばれた甲冑のオーガは巨大な戦槌せんついを引きずりながら、玉座から立ち上がった。
「さて、招かれざる客人。悪魔デーモンブルースとやら」
 歩み寄る闘戦鬼とうせんきには、まるで玉座そのものが動き出したかのような迫力があった。だが呼びかけられたブルースには何の動揺も窺えない。
「ここ迅骸魔境のルールは簡単だ。欲しいものは力ずくで奪い取る。それが嫌ならば力で守る。力こそ正義」
「それはもう聞いた」
「知った上で修羅の世界の中心まで、おまえはやってきた。何が望みだ」
「聞きたいことがある」
 聞きたいことっチー?聞きたいことってなんだっキー?と叫ぶタイニィデビルを悪魔騎士デビルナイトが手振りで黙らせる。
「言っただろう。迅骸魔境では何もかも決めるのは“力”だけなんだと」
 洞窟のホールいっぱいを使って、巨大な戦槌が振り上げられた。
「おまえは一人。我ら迅骸魔境の悪魔は勢揃いだ。多勢を相手にケンカを打ってきたのはおまえ自身だからな」
「それでいい」
 とブルース。そもそもこの男の辞書に“後悔”などと言葉はないのだろう。
 牙を剥きだしにした野獣のあぎとを思わせる戦槌のひらが、ブルースの頭上に落とされた。
「いざ仰げ!我ら迅骸魔境が誇る、三位一体の一撃を!」
 ドーン!!!
 事情を知らぬ者がいたら落盤だと思っただろう。
 事実、打ち下ろされた戦槌とその周囲の岩盤は、隕石の落下孔クレーターのように落ちくぼみ、地面は細かいれきに分解されていた。
「「やった……」」
 叫びかけたタイニィデビル2匹の声が悲鳴へと変わった。おぉ、と悪魔騎士デビルナイトも低く唸る。
 じり……じり……
 膨大な質量で打ち下ろされ、地面とその間にあったものを破壊しつくしたと見えた戦槌は、少しずつ少しずつ押し返されていた。
「むぅ……」
 闘戦鬼とうせんきは返されまいと力を込めた。だが無駄だった。
 戦槌はまるで手で振り払われたように押し戻され、覆されて地面に落とされた。
 ズ・ズーン!!!
「聞きたいことがある」
 ブルース、ギャロウズボールのスタア、惑星クレイいちのケンカ屋は涼しい顔でただこう繰り返した。
「こ、こやつ……」
 オーガはこの世のものではないモノを見る目で悪魔デーモンを見、やがて肩を揺らし始めた。
 くっくっく……殺せ!
 と号令がかかるのを、今ようやく到着し、洞窟に詰めかけた迅骸魔境の猛者たちは身を乗り出して待ち構えた。
「はっはっは!力には力で、か。おもしろい!おもしろいぞ、悪魔デーモンブルース!」
「では?」
「なんでも聞け。“力”の約束だ。この迅骸魔境ではこれ以上の権威はない」
 ディアブロス“爆轟ヴィアマンス”ブルースはそっと息を吐いた。
 そして続いた独白はついに誰の耳にも届かなかった。
『いなくなってまだオレをここまで働かせるのか、ドラジュエルド』
 その呟きは、物事に動じず、地上でも空でも宇宙でも、当たるところ力任せに道を切り拓くこの男がほんの一瞬見せた本音、慨嘆だったのかもしれない。とはいえ、ケテルの賢者も知の探求者もAFG商会の若き冒険者たちも辿り着けないような危険な場所にブルース以外の誰が、直接赴いて対龍樹に対する動向を窺えると言うのか。
「聞きたいことは3つ」
 右の手と左の手にまばゆく輝く石を掲げながら、ブルースは声を張った。
「魔宝竜の虹の魔石と水晶玉マジックターミナルに連なる者として問う。いま世界を侵している龍樹の勢力に対し、迅骸魔境はいかに対処するか。いずれ来る決戦の時、迅骸魔境は龍樹とこの惑星ほしのいずれの側につくか。迅骸魔境は何を求めるか」
 もっともいずれの問いも、ここまでの悪魔デーモンの旅路ですでに解答は得ていたのだが。



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《今回の一口用語メモ》

迅骸魔境じんがいまきょう
 瘴気渦巻く闇と魔法、魔物が跋扈ばっこする国ダークステイツ。
 運命力が減少し国力が低下した無神紀の頃、ダークゾーン(現ダークステイツ)は小国に分裂し、魔王同士が相争う戦国時代だった。暦が天輪聖紀に入った近年、ダークステイツは魔皇帝とギアクロニクルの官僚による統治の下、ようやく国としての体を取り戻し、無限に続くかに思われた戦乱期は終わった……かに見える。
 だがダークステイツの本質は法に収まることのない混沌のパワーである。
 迅骸魔境は国境線が移動した無神紀以来の新しい領土にも関わらず、天輪聖紀においてそんな“ダークステイツらしさ”が特に色濃く残された地域なのだ。

 迅骸魔境に貨幣は無い。
 欲しければ力ずくで奪うだけ。奪われたくないのなら相手を倒すのみ。
 文字通りはやむくろの魔のみ処、「迅骸魔境」とは究極の弱肉強食の世界である。

 だがここで一つ疑問が浮かぶ。
 互いに食い合うしか生き残る手段がない世界があるとするならばそれは、“最強”を残して他はあっという間に滅ぶ運命ではないか?と。
 しかし実際はそうなってはいない。
 迅骸魔境にも庶民は存在し、生活もまた継続されている。
 特に北部の迅骸谷温泉は、対岸の魔都グロウシルトの好景気もあって空前の観光ブームとなっている。
 ギャンブルに疲れた心身を質のいい天然温泉で癒やそうというわけだ。そしてこれは、今まで果てもしない不毛な死闘に明け暮れていた住民達に外貨と生活の糧をもらたしている。

 また依然、生き馬の目を抜くような油断ならない土地である南部でも、逞しく生き残る悪魔たちは大勢いる。
 最大の理由が一帯に立ちこめる火山ガスだ。この山地に適応していない動植物は近づくことすらできない。
 迅骸魔境には、一見奇妙にも思えるルールがある。
 それは“容赦なく奪うが、地元の民は命までは取らない”というもの。奪う強い者が生きていくには奪われる弱い者も必要なのだ。
 さらに迅骸魔境が維持される秘訣としてはもう3つあるとされる。
 (1)逃げる
  :強すぎるヤツに出会ったらまずは逃げるが勝ち。弱点を研究していつか負かしてやればいいのさ。
 (2)へつらう
  :無敵の戦士も称賛の言葉や媚びへつらう態度には脇が甘くなるもの。そのうち隙を見つけられるかも。
 (3)群れ集う
  :ケンカは常に1vs1なんて誰が決めた?1人で勝てなければ2人、2人でもダメなら3人……いや4人で!
   特にオレたちの領地を侵すものには全員一致で戦うぜ。
   味方をドンドン増やせば勝てない相手などいないッ。
 ……と、いずれも修羅場を生き抜くには拍子抜けするような情けない方針だが、実際にこれでしぶとくしたたかに勝ち残っているタイニィデビルのような存在もいる。
 しかもちょこまかと逃げ回るタイニィデビルの先に待ち構えているデビルナイト、闘戦鬼とうせんきとの三位一体の攻撃は圧倒的であり、あなどっていると痛い目を見るのは追い回していたこちら・・・という結果になってしまうだろう。ご用心。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡