ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
Design:Quily Illust:オサフネオウジ
昼下がり。
穏やかな海面から降り注ぐお天道様が光のカーテンのように射し込み、緩やかな波がオレの頬を撫でる。海藻ワインを傾けながら貝の玉座──とオレが勝手に呼んでるだけだが──に身を任せると、周囲には透き通るクラゲの群れが幻のように通り過ぎていく。
ここの暮らしは楽園だ。
ストイケイアの南、メガ多島海に水想幻獣の棲み処がある。
オレ──こと水想幻獣ウサザスター──はここで開業医をしている。
……あ、今おまえ笑っただろ。
おいおい、外見で人を判断するのは良くないぜぇ。
まぁ昼間からワイングラス片手にくつろいでるサングラス姿の海中ウサギなんて怪しすぎるか。
だけど、こう見えてオレは優秀な水棲生物カウンセラーなんだぜぇ。
まずはオレもその種の一羽として、水想幻獣について説明しておかなくっちゃな。ちなみに水想幻獣の正しい数え方は頭だ(知性を持った誇り高い獣たちなので)。
水想幻獣はメガ多島海の海に生きる海生生物だ。
しかもその姿は一種類じゃない。
今、オレの前を挨拶しながら通り過ぎていったのは、その中でもよく目にする小型の水想幻獣ペギルメェコだ。ペンギンみたいな頭と胴体に深海生物みたいな下半身。メンダコって知ってるか?あんな感じのスカートみたいな“足”だ。
オレたち水想幻獣はそれぞれ形が異なるので、意思疎通には“想念”を使う。
言語ではなく、心に思い浮かべたぼんやりしたイメージや感情、もっと集中すると細かい情報のやり取りもできる。
だからいまオレとペギルメェコの間で交わされたのは言葉でいうと
「こんにちはー、医師ウサザスター」ぷくぷく泡を弾かせながらひらひら舞うペギルメェコ。
「おぅ、元気でやってっか。ペギルメェコ」大あくびのオレ。
とお互い手を振りながら別れる、といった感じだ。
Design:Quily Illust:オサフネオウジ
通行人は続く。次はアヒルみたいな水想幻獣イロンドリナだ。ヤツは水の中を飛ぶ。
Design:Quily Illust:オサフネオウジ
急いでいたのか、イロンドリナはオレには目もくれずに行っちまった。
せっかく、水想幻獣には陸上動物みたいなのもいるって解説するいいチャンスだったのにな。
もっと鳥みたいなヤツでいうとちょうど今、真上の水面近くを泳いでいるアルピーラルもそうだ。
角はサンゴだが身体は鳥(か竜の落とし子)みたいな大型の水想幻獣。泳ぐ姿も悠々としたもんだよ。
アルピーラルは性格も陽気だし、小さいヤツらの面倒見もいいんだ。
Illust:オサフネオウジ
おっと。とかなんとか言ってる間に、オレの飲み友達が来たぜぇ。と言ってもヤツは下戸で、オレがつまみにしている藻を横でもくもくと食べるだけなんだが。
Design:Quily Illust:オサフネオウジ
水想幻獣ルルスマンタ。
鳥とか竜みたいなものではなく、生粋の水棲生物マンタっぽいヤツなんだが、それでも水想幻獣らしく変わった所もある。それがいつも頭と胴回りに着けている泡のリングと、頭の王冠っぽい組織だ。
サンゴでひっかき傷をこしらえたルルスマンタを、オレが治療してやってからの縁だ。
もっとも水想幻獣に限らず、海の生き物はよほど深手の傷でない限り、海水自体が細胞を活性化させて癒やされるものなんだ。だがら治療って言っても、この前の怪我はちょっとオレの手でルルスマンタの表皮を整えて賦活しやすくしただけ。海の外科医はそんなに激務じゃない。
むしろ大変なのは、この楽園でも稀に起こるトラブルのカウンセリングなんだ。
今日はまだ姿を見せていないが、水想幻獣ミウミリリンがそれだった。
先日ここを訪ねてきた陸の動物学者が仰天していたのが、キリンの頭と首(そして体表の模様)と亀の甲羅、そしてその甲羅についた宝石という、陸上動物/海中生物/鉱物が一体になった、このミウミリリンだ。
Design:Quily Illust:オサフネオウジ
で、そのミウミリリンが何に悩んでいたかというと、ヤツはこの海域で今までに見たどんな動物でもない、不気味なモノに出会ったそうなんだ。
水銀様の長細い蛇みたいなモノで、それは動物学者が教えてくれたが龍樹の落胤デプス・エイリィというらしい。絵にするとこーんなヤツだな。
Illust:Moopic
そこで、ミウミリリンは咄嗟に普段はほとんど使わない“宝石の力”を使ってしまったそうなんだ。
実はミウミリリンの宝石には毒がある。毒といっても触れるだけなら短時間、麻痺させる位の身を守るための防御手段だ。デプス・エイリィにテリトリー侵害と攻撃の気配を感じたミウミリリンは、宝石の最大出力で毒を放ち、これに驚いた水銀様の侵入者は逃走したのだと言う。
怯えた様子のミウミリリンは、この海域の主といってもいい水想幻獣ルルスズールに連れられて、オレのウサザスター診療所──といってもこの診察椅子があるだけの空間だけど──にやってきたのだ。
それほどまでに龍樹の落胤デプス・エイリィが漂わせていた雰囲気は邪悪だったらしい。
Illust:Quily
「彼女を治してあげください(注.このミウミリリンの性別は雌だ)」
水想幻獣の長は“想念”でそう望んでいた。
「引き受けた。まかせときな」
そこでオレは朝も晩もミウミリリンに付きっきりで、歌を歌ったり音楽を聴いたり、藻集めをして酒の仕込みに励んだり──ミウミリリンも下戸だった──、一緒にぼーっと揺らめく水面ごしに太陽や双子月を見上げていたというわけだ。
“治療”の結果、ミウミリリンはすっかり元気になり、今日はかなり遠くまで小魚獲りに出かけているのだ。
「迎えに行こうか。そのうち日も暮れるし、心配だろ?」
とさっき通り過ぎたはずの水想幻獣イロンドリナが、アヒル口を尖らせて“想念”を送ってきた。
「おー。そうしてもらえるかい」
オレは声に出して答えた。
イロンドリナが他人に関わろうとするなんて初めて見た。いい兆候だ。侵入者も見かけたことだし、今まではみんな勝手にやっていた、ここ水想幻獣のコロニーもいつまでも呑気に楽園ばかり楽しんでいるわけにはいかない、と長・水想幻獣ルルスズールとも今朝話したばかりだったから。
「わぁ、一緒にお散歩。いいないいな!」とペギルメェコがスカートを揺らすと
「キラキラを集めれば、嬉しいことが待ってるよ!」とアルピーラルが励まし
「善は急げ。急いで急いで!」とルルスマンタが急かした。
大丈夫。ゆったり行きな。
オレは皆に聞こえるように広範囲に“想念”を送った。
「じゃあ、行ってくる!」
アヒルっぽいイロンドリナが手を振りながら泳ぎ出すと
オレはそれに答えてグラスを掲げ、ペギルメェコ、アルピーラル、ルルスマンタも手を振った。
“本当になにか危ないことがあれば長ルルスズールが駆けつけるだろう”
オレは“想念”に昇らせず、独り言ちた。
今はみんなが少しずつまとまって、やがて強く結束してここを守る海の仲間になればそれで最高じゃないか。動物学者に聞いた外界の様子からすると、幸いまだしばらくは時間がありそうだ。
“ま。こーゆーのはな、慌てたら「負け」なのさ”
Illust:Quily
了
※嗜好品(海藻ワイン)、竜の落とし子などは地球の似た種のものの名を借りた。※
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《今回の一口用語メモ》
水想幻獣
水想幻獣は、ストイケイアの海中に棲む固有種だ。
発見されたのは天輪聖紀に入ってからなので詳しい生態はまだよくわかっていない。
変わった生物だとだけ認識されているようだ(もっともこの点では私が暮らすレティア大渓谷の樹角獣も負けず劣らず変わり種ではあるが)。
ただ、その特徴として下記のようなものが挙げられる。
(1)海中で暮らすのにも関わらず、陸上動物の特徴を持つものがいる。
(もちろん水想幻獣には元々海洋生物の近似種もいる)
(2)水流と水泡を操る力がある。
(3)水想幻獣どうしのコミュニケーションには“水を通した想念(言葉やイメージの交換)”が使われる。
これが水想幻獣の名前の由来の一つらしい。
(4)いずれもそのままヌイグルミにできそうな可愛らしい動物である。
これも水想幻獣の名の由来だという。そのため学名にも「bellulus(可愛い)」がつけられる。
これは先にグレートネイチャー総合大学で開かれた世界動物種学会で認定された。
水想幻獣の生息域はストイケイア南部(旧メガラニカ)、メガ多島海のどこかにあるとされるが、種族・自然保護のため知らされていない。この海域には関係者ではない一般の者は立ち入り禁止だ。
私・ザカットも先日、学会に出席する前に政府の許可を得て実見してきたのだが、その一帯は極めて穏やかで平和な世界だった。とはいえ、取材を受けてくれた医師によければこの楽園と水想幻獣たちにも悩みはあり、龍樹の脅威ともまったく無縁という訳にはいかないのだと言う。
このところストイケイア南域に限らず、海でも龍樹の落胤の目撃例は増えており、懸念されるところである。あらためて水晶玉特設チャンネルユーザーには龍樹への警戒怠りなきよう。
グレートネイチャー総合大学動物学教授/水晶玉特設チャンネル客員アドバイザー
C・K・ザカット 拝
※なお、ザカット氏の職籍については同大学の学生・教授陣からの依頼により追記した/配信編集部より※
樹角獣、レティア大渓谷については
→ユニットストーリー017「樹角獣 ダマイナル」
→ユニットストーリー035「樹角獣帝 マグノリア・エルダー」
→ユニットストーリー053 世界樹編「大渓谷の探究家 C・K・ザカット」および同話の《今回の一口用語メモ》
を参照のこと。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡