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ユニット

Unit
短編小説「ユニットストーリー」
103 龍樹篇「麗酷なる魔公子 バティム」
ダークステイツ
種族 デーモン
カード情報
 曇天。血のような夕焼け。遠くでカラスが鳴いている。
 黒光りする重い樫の木の扉が開くと、
「ようこそ、我ら麗魔の館へ」
 上から下まできっちりお仕着せで身を固めた侍女メイドが玄関でこうべを垂れていた。
「おぅ。世話になるぜぃ」とオレ。
「バカね!こんな山奥の廃屋でメイドが出迎えるなんて怪しすぎるでしょう」Aアトラクト・インヴァースが笑い飛ばす。
「あぁ?だって、あの手紙・・・・でちゃんと予約できてただろ。つまりここは普通に営業してるんだって!」
 先輩としてここは譲れない。
バロウマグネス……」
 インヴァースはやれやれと首を振った。
 ちなみにこれ、誤植じゃないぜ。A・インヴァースがオレを呼ぶ時は最初に小さな「ん」が入る感じなんだ。語尾は「ス……」と抜ける。どちらもこう、低く腹に響く声でもったいつける感じってか。傭兵仲間には、むちゃくちゃ色っぽいじゃんって冷やかされるけど。オレはこいつが野山で一人暮らししてた頃を知ってるからなぁ。声の他にもナイスバディだのキラリと光る知的な視線だのといっても今さらね……ん?ニヤニヤするな?うるせぇな。これは地顔だ!あぁ、もう面倒だから「ん」と「ス……」についてはこの後は省くぞ。
 じゃ、やり直しだ。
「バロウマグネス」
 インヴァースはやれやれと首を振った。
「これだけ怪しいのに、まだ罠だって思わないの?」「えらく古風だが良さそうな宿じゃねぇか」「脳天気ね。あなた、そんな事だから傭兵ランクが……」「最優秀評価と実績のAAA+だろ。へへん!」「でも特記欄には“異常な元気だけが売りの力任せのおバカさん。最後はグシャッと潰して解決。被害弁償はそちら持ちになる覚悟があればどうぞ”って」「はぁ?!見てねぇ知らねぇぞ!誰だ?そんなテキトーなコメント付け加えたのは!?」「このあいだ書き加えたのよ、傭兵年鑑に。カーティスに相棒として評価求められて」「て、てめぇ……!」
「ご予約をお2人、承っております。バロウマグネス様」
 言い争うオレ達の前で、メイドは淡々と話し続けた。姿勢は凍りついたように礼をしたままだ。表情は見えない。それにしても中途半端に屈みっ放しの姿勢をよく維持できるもんだぜ。体幹すげー鍛えてんのかね。
「お連れ様は……」「アレクサンドラ。他人よ」
 A・インヴァースは冷たく旧名と関係を答える。
 ちなみにこいつの旧名と改名については『重力の支配者 バロウマグネス』初回と「アトラクト・インヴァース(ギレ=グブレの無窮迷路)」篇をチェックな。てか、おい……オマエ、ついさっき“相棒”とか言ってなかったか?
「アレクサンドラ様、バロウマグネス様。それではお部屋までご案内いたします。……どうぞ」
 メイドは何やら人形めいた仕草でくるりと踵を返した。ちょっとマジになったオレは、A・インヴァースに“油断するな”と目配せしてから内部に一歩足を踏み入れた。
 その時、メイドの声が暗い玄関に響いた。
「お二人ともお得意は“重力”とお聞きしておりますが」
 オレたちは思わず顔を見合わせた。
「……まぁそうだけど。それが何か?」
「いえ。私はあくまで、侍女ですので」
 何だか妙だ。会話が噛み合っていないぞ。だが依然振り向かないまま、侍女メイドがこう呟いたんだ。
「きっと楽しいご滞在となりますわ」
 メイドは歩き始めた。なんだか不気味ね、とA・インヴァースが呟いた。
 まぁいい。早くも怪しげな事ばかりだけど、いよいよ今回の仕事の始まりだ。

Illust:root


 さて、ここで話は昨日に戻る──。
「事故物件~!?ぎゃはははは!オマエ、バッカじゃねぇの~!!」
 いつもの酒場のいつもの席で、オレ様はいつもの様にふんぞり返って笑っていた。
 カーティスの野郎、開口一番にこう言いやがるんだもの。
「今回は事故物件の調査依頼だよ。アレクサンドラ、バロウマグネス」

Illust:篠丸峰山


 オレの笑いは止まらない。
「そんなにおかしなこと言ってるかな。泊まった人間が行方不明になる呪われた洋館って噂なんだよ」
 と真顔で幻想の奇術師ファンタズマ・マジシャンカーティスがオレに尋ねる。
「そりゃおかしいだろ。ダークステイツの建物なんてどこもかしこも事故物件みたいなもんじゃねーか!」
 オレたちの国ダークステイツは、昔(それこそダークゾーンと呼ばれていた頃)から闇と魔物、魔術の国と呼ばれてる。それはこの国に垂れ込める濃厚な“瘴気”のためだ。この瘴気こそが此の世のことわりを歪める魔術の力源になったり、生物の本質を歪まされた魔物を産み出し、秘密の闇取引や悪人ワル同士の熾烈な生き残り競争を覆い隠して“闇の国ダークステイツ”らしい混沌とした世の中を作りだす原因になっているんだ。
「ま、幽霊ゴーストやゾンビの館ってんなら、旧メガラニカのお得意だろうけどなぁ」オレは笑い続けた。
「それでその事故物件って?カーティス」
 とA・インヴァース。ギレ=グブレの無窮迷路の超重力でスーパーモデル並みに“変化へんげ”して以来、新人傭兵だった元アレクサンドラのこいつは、一気にベテランの落ち着きまで身につけて仲間内でも一目置かれている。まぁ傭兵に限らず人間、根拠のある自信ってのは大事だ。美人で腕が立ち度胸があって頭も切れるんじゃ、このオレ様も黙らざるを得ない。ついでに言えば胸もデカイ。評価ポイントとしてこれはデカイ。……あ、また睨まれてるからこれ以上考える・・・のは止めとこう。まっ昼間から重力のゲンコツを食らうなんてゴメンだからな。
 さてと本題に戻るぜ。
 いつも油断ならない俺たち傭兵の斡旋役、カーティス先生のコメント。その続きだ。
「うん。それがどうも変わっていてね。ある日突然、案内状が届くんだそうだ。“麗魔館”って言うんだけれど」
 ん?オレはここで首を捻って腰のポケットを探った。今朝見た記憶に引っかかったんだ。宿留めで届くいつもの怪しげなダイレクトメールかと思って、危うく捨てちまう所だったぜ。
「それってもしかしてコレ・・のことか」
「そうそう。まさにそれ」
 とカーティスは微笑んだ。まーたオマエが仕込んだんじゃねぇだろうな。だいたいオマエなんで俺宛の郵便なんてチェックしてんだよ。だがオレのジト目にも幻想の奇術師ファンタズマ・マジシャンの表情は小揺るぎもしない。
「怪しいわね。文面も、“麗魔館”なんて名前もあからさまに。……これが何か?」
 案内状をさらっと読み終えたA・インヴァースが肩をすくめる。
「うん。その案内状はどうも有り余るくらい元気な人にばかり届くらしくて」「条件ぴったりね」
「うるせえぞ。……で、お誘い通りにノコノコ泊まりに行くとぱったり姿を消しちまうってワケか」
 オレも読み終えた。あーんまり怪しいすぎるから参考まで、今回のケツに全文載せとくぜ。
「で、誰からの依頼なんだ。イイとこのお坊ちゃんでも失踪しちまったか?」
 捜し物や尋ね人なら探偵雇った方が安上がりでしかも専門だ。一方で傭兵のギャラは高い。それだけ危険な仕事が多い訳だし基本、オレたちはいつも命がけだからな。てことは依頼者はさぞ金持ちなんだろうよ。
「いいや、違う」カーティスの目が鋭くなった。
「失踪したのは仲間だ。依頼者は僕。消えたのは傭兵・・なんだよ、バロウマグネス」

Illust:桂福蔵


 ──で、現在。麗魔館の客室に話は戻る。
 部屋に備えつけの姿見で全身を映してみる。ポーズをいくつか変えて見て、オレはやっと満足した。
なーにやってるの」
 ソファーに深く腰掛けたA・インヴァースが冷たい目でオレを睨みながら、長い足を組み替えた。口にはお茶のカップを当てている。
「いやぁ。今夜もキマってるな、オレって」「はいはい……」
 オレと彼女に用意されたのが同部屋だったというのは、2人の間にカーテン一枚吊ってもらえば何の問題もなかった。むしろ揉めたのは、その前の酒場でのミーティングで、オレ宛ての招待にインヴァースもついて行くと言い出した時だ。結局押し切られちまったが、今回の依頼人カーティスもどうやら最初からオレたちを組ませるつもりだったらしい。
 さて、その同室についてなんで抵抗ないかと言えば、今は仕事中だからさ。傭兵は、昨日は高級宿かと思えば今夜は野っ原で雑魚寝なんて事もザラだ。その上、このアレクサンドラに至っては重力を操る腕はオレ並みに強いし、特にこの手・・・の失礼には容赦ないからな。仮に相部屋になったとしてもヘタな真似するヤツなんていない。見かけはモデル真っ青の美女でも腕ききの傭兵なんだぞ。命は大事にしたほうがいい。
「ちょっと!飲み過ぎよ」
 オレは冷たい視線には構わず、テーブルの上に置かれたルームサービス──館内電話でメイドが運んできてくれた──のビールのジョッキを傾けた。飲まなきゃ損だよな、だって無料なんだから。……と思ったら不意に、視界がぐらりと揺れた。
「あー、ちょっと飲み過ぎちまったみたいだ。猛~烈に眠くなってきた……先に寝るぜ」
「ほらご覧なさい……おやすみ!」
 A・インヴァースはサッとカーテンを引くと明かりを消した。なんだかちょっと怒ってるみたいだった。
 ベッドに入った途端、意識がふっと暗転した。

『バロウマグネス』『!!』
 A・インヴァースの声でオレは目を開けて仰天した。
 目の前、ほとんど重なりそうな超至近距離に彼女の顔があった。オレの口には人差し指が当てられ、驚きの声さえあげられない。ちなみに驚いたのは2つ。プロの傭兵であるこのオレ様がいとも簡単に寝込んじまったのと、もうひとつは毛布越しとはいえインヴァースの柔らかい胸がぴったり押し当てられていた事だ。
『動きがあったわ。声を出さないで』
 いまはもう仕事中だ。オレの心臓が暴走していたのは一瞬だった。ちなみにオレたちは思考で会話ができる。
『やっべー。やっぱり酒に薬盛られてた。飲むフリしてたんだけど、口に含んだだけでもアウトかよ』
 ここで一口メモだ。オレたち傭兵は仕事柄、ケガだけでなくこういう毒やら細菌やら見えない危険にも曝されるので、普段から抗性・・物質は山ほど摂ってる。常人とは抵抗力が違うんだ。でもそんなオレでも舐める程度でコロッと眠らされるんだから、こりゃプロでも姿を消しちまうワケだ。いやぁ~、一人で来なくて良かったぜ。
『ちょっと用心が足りなかったんじゃないかしら?バロウマグネス』
『うっせえよ。……だが、こーんな睡眠薬があるなんてな。どこ製だ、こんな強力なモン』
『辺りの錬金術工房でも、これほどのものは寡聞にして聞かないわね』
 ……オマエ難しい言葉知ってんな。確かに薬品ポーションといえばダークステイツの魔術街特産っぽいイメージがあるが。
『つまり、そうまでしてオレたちに朝までぐっすり眠っていてほしい事情があるって事か』
 A・インヴァースはやっと身を離した。オレも──ちょっと名残惜しかったが──するりと音も無くベッドを降りてかがみ込む。臨戦態勢が整う。ほーら見ろ。あんな薬舐めたくらいでいつまでも前後不覚でいられねぇって。先輩を信用しろよ。
『さっきはあの程度・・・・で動揺しておいて、何が“先輩”よ』
 インヴァースは胸を張って笑みを浮かべた。思考が読める仲じゃ、オレの考えや心の揺れもダダ漏れだからな。オレも照れ笑いするしかない。……てか、こんな時にからかうなよ!あんなの男なら誰でも慌てるだろ!なぁ?
『で、動きって』
 とオレは気を引き締めた。ここからはプロの領域だ。いつまでもじゃれてるワケにはいかない。
『音よ。聞こえるでしょう』
 オレは耳を澄ませた。……確かになんだか動くものの気配が近づいてくる。廊下だ。
『なるほど。じゃあ始めるか』
 オレとA・インヴァースは顔を見合わせて頷いた。互いが密着していてももう気にならない(とはいえ香水のすごーくいい匂いがするんだけど……)。今は仕事中なんだからな。

Illust:п猫R


 ガチャ……キィィ……。
 怪談には付きものの、扉が軋む音を立てると薄暗い室内に燐光を放つような薄紫色の肌の少年ガキが顔を覗かせた。
「くくく……この館の扉を叩く愚か者が、まだ居るとはねぇ」
 少年ガキはそのまま滑るようにオレのベッドまで近づくと──よく見りゃ背中に翼が生えてるじゃねぇか──、丸まって寝ているオレ・・をステッキの柄でブスブス突き刺した。容赦ねぇな。ありゃタヌキ寝入りだったら痛みで飛び上がってる所だぜ。
「ふーん。よぅくお休みの様だねぇ。じゃそちらのレディにも……ん?」
 チッ、気づかれたか。傭兵の必須アイテムの一つ、本物そっくりな“デコイ”は、まぁ言ってみればよくできたただの・・・携帯人型風船だからそう長くは誤魔化せない。
『行くぜ!』『いつでも!』
 物陰に潜んでいたオレたちが目で合図しあって飛び出そうとした途端──、
 少年ガキは振り返ると涼しい顔でこう言ったんだ。
「やぁ、やっぱり起きてたんだ。重力の支配者バロウマグネス。アトラクト・インヴァース」
 A・インヴァースは硬直している。相手と目線がまともに合ってしまったらしい。これって結構、戦場あるあるなんだよな。
 だが任せろ!ここはオレの腕の見せ所だ。
 素早く差し伸べた手の先で、オレの重力の腕が少年ガキを握りしめ完全に動きを封じた……はずだった。
「僕はこの館の案内人コンシェルジュ、バティム。麗酷なる魔公子とお呼びくだされば幸い」
 その少年ガキバティムは、オレが懸命にを込めているのをどこ吹く風と、優雅な一礼を決めてみせた。
 インヴァースが鋭く息を呑む音がした。オレも愕然として立ち尽くした。
 ……重力が、効かねぇ?!
「そして彼女たち・・が麗焔魔嬢オリエンス」
 その言葉に応えるかのように部屋の外、廊下からあのメイドが2人・・、こちらを覗きこんでいた。双子のようにそっくりなその顔に出迎えた時の営業スマイルはない。
「ようこそ、我ら麗魔の館へ」
 顔を上げた麗酷なる魔公子バティムは嬉しくて堪らないといった風で、にいっと笑った。

「そんなに恐い顔しないで、2人とも。キミたちは大事なお客様なんだから、もっと楽しんでよ」
 バティムはオレたちを先導しながら、にやにや笑っていた。
 客に睡眠薬盛って、ステッキで突っつくのがこの館の礼儀なのかね。オマエそれでも人間か?!……いや確かにこいつも一見、普通に見えてメイドと同様、頭には角、背中には翼だ。肌も前に言った通り薄い紫色でオレたち人間ヒューマンのそれじゃない。
「テメェら、悪魔デーモンだな」とオレ。
「ご名答」とバティムがまた笑う。
 今オレたちが歩いているのは古い屋敷の廊下。だがこれが妙なことに外から見た奥行きと全然寸法が合わねぇ。装飾や天井の高さもまるで大聖堂みたいな感じだ。
 その廊下に並ぶ扉のひとつ、またひとつから判で押したように同じ格好の、あのメイドが次々と出てくる。クローン!?幽霊ゴーストかよ?!

Illust:NOMISAKI


「バロウマグネスぅ……」
 お、おっとぉ?!
 みるみる廊下に溢れる悪魔メイドの姉ちゃんの群れより、怯えたA・インヴァースにしがみつかれた事のほうにオレは慌てた。おいおい調子狂うな。跳ねっ返り娘が急に弱気になんじゃねぇよ。……あ、ひょっとしておばけ屋敷とか苦手か、オマエ。
「へへ、ヘンな事言ってると、潰すわよ……」
「強がんなよ。まぁクール美人ビューティになっちまったオマエにも、まだ苦手なもんがあると知って安心したぜ」「う、うるさいのよ!」
 オレは“先輩”らしい軽口で励ました。が、インヴァースの足元がまだどうも危うい。そう言えばまぁオレも重力を操れなくなってた頃はこんなもんだったよな。重力の力はオレたちの“命”だ。それを失ったかもしれないという恐れってのは人を弱くする。ちなみにその時、親身に看病してくれたのがアレクサンドラ、つまりこのA・インヴァースだったんだが……。
「もう、しょうがねぇな。ホラ」
 これで貸し借りなしだぜ、アレクサンドラ・・・・・・・
 オレは肩を引き寄せるとインヴァースの頭を撫でてやった。
「!」
 普段こんな事しようものなら建物ごと潰されるほどの重力の反撃が襲ってくる所だが、どうやら今はその心配はなさそうだ。まぁ戦場でパニくった新兵にはじゃれてヘッドロックしたりもするけど、まさかこんな場所でこんな強気な娘をあやす事になるとは……あ、もう誰も何も言うな。ガラにもねぇ事してるのはよーく分かってるから!今だけだから!
「……って、ところで。オレたちの“手”が使えないのは誰のせいだ?え?悪魔デーモンさんよ」
 インヴァースのさらさらの髪を撫でながら、オレは悪魔を睨んだ。重力の力を奪うなんて芸当ができるヤツ、オレは一度しか会ったことがねぇ。あ、ちなみにこれについては『重力の支配者 バロウマグネス』「異能摘出」のエピソードを参考な。
「あ、それはこの先ですぐに判るから。いまはお嬢さんの面倒見てやりなよ」
 と悪魔デーモンバティム。
 震えが止まるまでしばらく支えてやると、インヴァースはオレを押し戻し、またしっかりとした歩調で進み出した。俯いたままなので表情はわからない。チェッ、正気取り戻したなら先輩に礼くらい言いやがれ。
「それにしても、ずーいぶんと長い廊下だなぁ。住人といえばテメェコンシェルジュも悪魔、メイドも悪魔。しかもおんなじ顔してまぁゾロゾロと……」
 オレたちはメイドの人垣に囲まれながら歩いている。いや歩かされているんだ。なぁねえちゃん達、まばたきもしない無表情でぐいぐい押してくるの超怖ぇよ。夢に出てきそうだわ、もうやめて。
「じゃ、この先で待ってるのも悪魔ってワケだ。麗魔館は文字通り悪魔の館、“事故物件”なんだよなぁ」
「探りを入れてるの?キミ、噂で聞いてたよりは間が抜けてないんだね、バロウマグネス」
 戦場ではそういう過小評価が命取りになるんだぜ。まぁ、あいにくとデマを書き込むオバケ嫌いの未熟者が引っ付いてるせいでなぁ……って、イテテ!つねるな!オマエ、ブルったまま放置してやってもよかったんだぞ、インヴァース!

 背後にメイドの群れを引き連れ、歩きに歩き続けてやっとの事で、オレ達は大扉の前に辿り着いた。
「どうぞ、お入りください」
 悪魔デーモン、バティムはステッキで扉を示すと一礼して脇に退いた。
「おぅ。ごめんよ~」
 オレは酒場の暖簾のれんをくぐるノリでためらいなく開けた。A・インヴァースは「バカ」とか何とか言いかけたが、黙った。殺す気ならこんな手の込んだ事しなくても、オレたちもうとっくに死んでるもんな。
「ようこそ、我ら麗魔の館へ」
 女の声が響き渡った。見ればこれもまた角あり羽根ありの悪魔が美しく冷たくオレたちを見下ろしている。
「あー、そりゃもう散々聞いたよ。あんたんトコの召使いたちにな」
「元気なおバカさんには何度も申し上げた方がよいのです。館の名も3歩あるけば忘れてしまうでしょうから」
 チッ。すげぇ失礼なこと言ってるのに、風格すら漂ってるな。バティムが魔公子プリンスなら、こっちは女王様クィーンっての?インヴァースもそうだがこの居丈高な感じ、キライじゃ無いぜ。
 オレは背中にA・インヴァースをかばいながら辺りを見回した。
 ここは(奇妙なことに)屋敷の玄関みたいな場所だ。
 だがここが──夕方にオレたちが通り抜けたホントの──玄関ホールと違うのは、壁から天井までほぼ全面がステンドガラス、万華鏡みたいな極彩色の光に溢れていたことだ。ここが行き止まりの部屋である証拠に、広間の正面にある階段は2階ではなくキャットウォークに繋がってる。なんだか観客席みたいな構造だなと思っていたら、後ろのメイド達がそのまま上がっていって、ずらりとオレたちを見下ろす態勢になった。
「フン。ゾロゾロ着いてきたと思ったら、ギャラリーってワケかよ」
 オレはさりげなくグローブをはめ直して戦闘態勢を整えた。
「そう。これが麗魔館の饗応。心ばかりのおもてなし。ご満足頂けるかしら?」
「それはテメェ次第だ」
 館の女王(らしいオンナ。面倒だから以後は“女王”な)は無言できゅっと口角をあげた。
「まず答えてもらおう。招待状出しておびき寄せて、人を消す。何が目的だ?」「!?」
 後ろからインヴァースが驚いた様子の思考を飛ばしてきた。理路整然と話しかけたのが意外だったらしい。……オマエ、オレを本気でバカだと思ってないか?
「答えてもいいけど、それもあなた次第ということにいたしましょう」
「そうかよ!」
 皆まで言わせず、オレは女王に殺到した。インヴァースが止める間も与えず、一気に階段を駆け上がる。
 オーラを曳きながら渾身の掌底!肘!掌底!態勢を崩した所で抱え込んでヒザ!ケンカじゃない。相手をブッ倒すための本気の打撃だ。オンナといえども容赦はないぜ。女王は声も無く崩れ落ちる。
 ……とはいかなかった。
 女王は引くことなく全部の打撃を手で払いのけると……なんと!青い炎をまとわせた平手打ちで反撃してきた。右、左、右・右!オレはダッキングで辛うじて避け、最後の連打が避けられないと踏んで、階段の一番下まで跳び退すざった。着地。……ふぅアブねぇアブねぇ。こういう時、日頃の鍛練が活きるよな。傭兵の基本は危機予測と回避だ。命あっての物種ってヤツだからさ。ケガしても治療費なんて誰も払ってくんねぇんだし。
「やるなぁ」
 オレは屈んだ姿勢のまま、後ろで動き出しそうになっていたインヴァースに指を立てて(オマエにはそこのバティムの野郎を牽制しておいて欲しいんだぜ、相棒)、空いた手でちょっと汗を拭った。
「あなたの元気。こんなものではないでしょう」
 と女王。おうおう、男の煽り方を知ってるねぇ。オレは苦笑いする。だが質問の答えは吐かせないとな。
 オレはもう一度ファイティングポーズを取って……いや、ここでふと思い出した。
 ここに来た目的とは、何だったか。
 女王は手を広げた構えのまま、優雅に立ち尽くしている。

Illust:加藤綾華


 オレは少し考えてから、試しに今度はゆっくり階段を上がって行く。
「ちょ、ちょっと!」「あぁ、心配すんな」
 叫ぶ相棒に短く返事をして、オレは階段の上で女王と正対した。
「……やっぱりな。オレが仕掛けないと反撃してこない」
 女王は少しだけ目を見開いた。
わたくしたちとしてはもう少し、“元気”をいただきたいのですが」
「そうか。だが今回はもうお預けだ。な、フレンヤディオ」
「……」
 沈黙はとてつもなく長いものに感じた。
「蒼紫の狂炎フレンヤディオ。さっきの手の炎でわかった。凄腕のおまえが行方不明になったと聞いて、前に組んだ時の記憶を辿ってみたのさ。オマエは接近戦に強くて」
「得意のコンビネーションは右、左、右・右……迂闊でした」と女王。
「その姿は戻せないのか。ヤツはえらい美男だったんだが」
「この女王の姿はあくまで館の魂の具現化したもの。あなたが手を出さないのなら、吸収する激情パッションも生命エネルギーも無くなり、自然と元に戻りますわ」
 なるほど、これが麗魔館の秘密か。
「どういうことなの?」
 A・インヴァースとバティムが追いついてきていた。
「頭がいいオマエでもわからない事もあるんだな。こいつらは言わば“アリジゴク”さ。という巣に滑り落ちてきたオレたち蟻んこを捕らえ、競い争わせてその激情パッションと生命エネルギーを吸うワケだ」
「なるほど。先に眠らされたほうがこの女王の憑代になるわけね。闘士は眠らなかった他の客。それで活きのいい元気なお客を欲してるという訳」
 お、調子が出てきたな。さすが。
「あとは名前も重要なんだよ」
 と麗酷なる魔公子バティム。バレたと知ってもう誤魔化す気はなくなった様だ。
「この館では、名乗った名の通りの自分になる。より自分らしい自分にね」
 そうか。それでオレはより戦闘指向になって、アレクサンドラは一人暮らし時代のちょっと心細かった娘に戻っちまったんだな。
「重力の力は?」とA・インヴァース。
「僕らが招待状を送る時には、相手をきっちりリサーチするんだよ」
 バティムは肩をすくめて女王の側に寄った。オンナ(の形をしたオレたちの傭兵仲間)が少しよろめいたのを支えるためだ。
「“女王”はこの館そのもの。気高く美しく権威ある力を持っているけれど、古くて壊れやすいのさ」
「つまり重力や火器とかは使わせたくない?対策があるんだな」
「ご名答」これがバティムの得意のセリフらしい。
「東洋の言い伝えで黄泉戸喫よもつへぐいというのを知ってるかな。死者の食べ物を口にすると現世に戻れなくなる、というものさ」
 オレたちは思わず口を押さえた。バティムは笑う。
「僕らの力はそれほど強力じゃ無いよ。館にいる間、得意の力を封じられるだけさ。この館では僕らが“世界の法則”を決められるからね。出された食事を摂った者は銃の引き金を引けなくなるし……」
「飲み物がちょっとでも口に触れたオレたちは“重力”を操れなくなったワケか」
「ご名答。効き目は一晩だけ。だからキミたちにはここから出て行ってもらうよ」
 バティムは女王の形をしている傭兵、蒼紫の狂炎フレンヤディオをオレたちに託すと、出口の方を指した。
「目的はこの人だったよね。僕らは、キミたちの激情パッションと本気の闘いのエネルギーでまたしばらく館を維持できる力を得たから、これでおあいこ。楽しい夜だったね」
「それはどうかな」
 オレは女王=傭兵フレンヤディオに肩を貸しながら、最後に一つ気になっている事を尋ねた。
「これが初めてじゃないよな」
 つまり館に誘われた者を救出できたパターンはこれまでもあったんだろう?という問いだ。ヤツの答えはちょっとひねりが利いてた。
「形が変わった末は女王だけじゃないよ。だから僕らはちっとも寂しくないんだ」
 バティムは周りのメイド、麗焔魔嬢オリエンスたちを見渡しながら、嬉しそうに答えた。
 なるほど、ここは麗魔の館だった。仕掛けを見破れなかったら、あやうくオレたちもその一人に……そういう事かよ。
「この悪魔デーモンが!」
 吐き捨てるオレにバティムはまた、にいっと笑った。邪悪な笑みだった。

Illust:雅


 朝日だ。空は晴れ。ダークステイツには珍しく瘴気の曇りも少ない。
「またのご来館を心よりお待ちしております」
 メイドのオリエンスと案内人コンシェルジュのバティムが恭しく礼をすると、その2人を陽の光から早く遮りたいみたいに重い扉が音も無く閉じた。こうして朝の風景として眺めると、あれほど不気味に見えた洋館もなんだかちょっと穏やかな感じだ。
「2度と来るかよ、このアリジゴクが!」
 オレは館に向かって毒づいた。あいつらは一体だって判ったからな。こっちの声が聞こえているのはわかってるんだ。麗魔館の“饗応”だと。ヘッ、その実態といえばもてなし食われるのはこちら・・・。館とその住人はとんでもない貪食家ときやがる。
「私たちも遠慮しとくわ。招待状も絶対に・・・送らないで」
 A・インヴァースもそうに呼びかけて、俯くフレンヤディオの肩に手を添えた。陽に当てる事しばらく、ようやくフレンヤディオも本来の黒ずくめの傭兵の姿を取り戻したんだが、インヴァースもいつもの調子に戻ってひと安心だ。オレの好みとしては甘えられるより、こう……打てば響くような才気煥発なオマエのほうがいいぜ。おっと!こういう本音は考えに浮かばせないようにしなくちゃな。
「……世話になった。2人とも」
 蒼紫の狂炎の顔色は冴えない。そりゃそうだ。危うくオマエも“麗魔館の饗応”の一人・・にされちまう所だったんだから、凄腕の傭兵としちゃプライドが傷つくよな。
「気にすんなって!カーティスにお代は弾んでもらってんだ」とオレはウインクして見せた。
「それにしても……まったく、とんでもない夜だったわね」とA・インヴァース。
「あぁ。誰もがこうやってうまく逃げ切れるワケじゃないからな。物見高い連中には警告しといた方がいいだろう。怪しい手紙と事故物件には気をつけろってさ」
 オレは珍しく真面目に答えた。正直これ以上、傭兵仲間には巻き込まれてほしくない。
「あなたの警告じゃ説得力がないわ。かえって皆が詰めかけそうよ」
 あぁ言えてる。オレは、好奇心と欲の皮が突っ張りまくった悪友どもの顔を思い浮かべながら笑い飛ばした。
 だがまぁ……いいんじゃねぇの。
 この館の力が勝つか、仲間の結束が勝つか。知恵と用心深さも試されるアトラクションみたいなもんだ。危険いっぱいのダークステイツらしいぜ。生まれてこの方、この国の水に慣れちまったオレたちには、このくらいスリルが無いとおもしろいとも思えないからな。
バロウマグネス……」
 オレの思考を読んだインヴァースはやれやれと首を振った。またあの・・口調だ。
「いいコンビだな。噂通り」
 とフレンヤディオが声をかけてきた。オレたちみたいに相手の思考を読めるわけじゃないらしいが、端から見ても今のは何だかいい雰囲気だったらしい。
「ヘッ、まぁくされ縁さ。……さぁ帰るぞ、相棒。酒場で飲み直しだ」
 オレはねぎらったつもりだったんだが、A・インヴァースが噛みついてきた。
「ちょっと!誰が相棒よ。調子乗らないで!」「オマエが言ったんだよ、昨日」「忘れた」「ウソつくな!頭いいだろ、オマエ」「どうかしら。比較対象があなたじゃね」「あ。比較と言えばさっきまでの館の出来事、どっからどこまでが誰の実働だったかハッキリさせようぜ。ギャラの配分に関わるからな」「あーらごめんなさい。全然記憶が薄れていて。の副作用かしら。それにギャラは半々が鉄則でしょ。譲らないわよ」「オマエ勝手に着いてきただけだろ!」「そっちこそ私に助けられた恩まで忘れたの。寝たままだったら今ごろあなた、めでたく館の一員よ」「なーに言ってんだ!オマエこそあんな事とか、いらん動揺ばっかさせやがって」「あんな事って何?(ここでインヴァースの髪がふわりと逆立った。ヤバイ兆候だ)」「い、いや……何だ……その……覚えて無くて良かった。うん良かった!」
 言い合うオレたちを尻目に、フレンヤディオはさっさと荷物を持ち上げ歩き始めた。どうやら救出の礼代わりに、帰りは荷物係を買ってくれるらしい。そして振り返ってひと言。
「やっぱり仲いいじゃないか、おまえたち」
 渋い笑みを浮かべる蒼紫の狂炎のセリフに、オレたちは叫んだね。寸分の狂いもなく同じ言葉を同じタイミングで。
「「フンっ、誰が!!」」




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《今回の一口用語メモ》

麗魔館れいまかんご宿泊の案内
 この度は数あるホテルの中から『麗魔館れいまかん』をお選びいただき誠にありがとうございます。
 当館は、ダークステイツ国暗黒地方の深い森の中にある宿です。
 お客様に静かで落ち着いた環境で永くお休みいただく為、住所は非公開となっております。

・ご予約方法、人数について
 この度はおめでとうございます。当館のご利用は本「ご案内状」がお手元に届いた方のみ、同封の申込書を返送いただくことでご予約可能となります。
 人数はご招待の方+お1人を追加できます。ご家族、ご夫婦、ご友人、カップルにもお薦めです。
 なお返送先の住所は書かれておりませんが、最寄りの郵便ポストに投函すると当方へ戻る仕組みとなっていますのでご安心ください。お忙しい場合、お部屋のドアに挟んで置くだけでも翌朝までには回収いたします。
・推奨されるお客様
 麗魔館は生命力に溢れる活発なお客様を歓迎します。種族も年齢も問いません。恐怖に素直に反応する元気なお客様ほど館も喜びますので。当館のクライマックス、「麗魔館の饗応」を存分に味わっていただくべくも楽しみにお待ちしております。
・ご宿泊料金について
 麗魔館のお客様は館に選ばれし者なのですべて無料です。お食事やルームサービスもすべて含まれています。当館はお客様の情動をエネルギー源としているのでお金など要らないのです。恐怖に耐えられるだけ何泊でもご利用可能です。飲むと猛烈に眠くなり一晩ぐっすり眠れる麗魔館ブランドのお茶やお酒も大変ご好評をいただいております。なぜか翌朝起きると心身ともに消耗しているとの声もいただきますがそれは気のせいです。
・ご招待状のお届けとキャンセルについて
 一度予約されたらキャンセルは認められません。招待状が届きましたら、指定日時に必ずご来訪ください。あなたは選ばれたのです。人生最高最後の体験となる「麗魔館の饗応」が手ぐすね引いてお待ちしております。
・その他注意事項
 大変恐縮ながら、当館は古い建造物のため水回りの不備が発生することがあります。お客様には大変ご不便をおかけしますが、何卒ご諒解のほど宜しくお願いいたします。深夜に恐ろしい現象に遭遇したという報告もありますが、館内の移動はあくまでお客様方の自己責任でお願いいたします。そもそも館の秘密を暴こうなどと考える事がいけません。永遠に終わらぬ夜をお楽しみください。その他気になる点等ございましたら侍女メイドオリエンスかコンシェルジュのバティムまでお知らせください。我が館に一度お招きした以上、逃すのは本意ではありませんが、脱出に成功した不届き者の手口を見るとやはり旅は身軽な方が良いようです。手荷物は最小限をお薦めいたします。最後に、当館が営業を続けている事実および住所はお客様だけの秘密ですので、家族や関係者にも行く先は告げずにお出かけください。

 それでは皆様のお越しをと従者ともども心よりお待ちしております。

麗魔館 館主・拝


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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡