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ユニット

Unit
短編小説「ユニットストーリー」
105 龍樹篇「装爆竜ランジャード」
ドラゴンエンパイア
種族 プレアドラゴン



水晶玉マジックターミナル特設チャンネル定例会議/ケテルサンクチュアリ標準時9:04

「申し訳ないが方々かたがた。私はこれにて失礼する。水晶玉マジックターミナル繋ぎっ放しオンラインのままにしておくが……」
「心配無用。天上騎士団クラウドナイトからも応援をすぐに向かわせる」
「早く相棒のトコ行ってやんなって」
 席を立つ封焔の巫女に、ケテルサンクチュアリ防衛省長官とブリッツ・インダストリーCEOが全員の思いを代弁した。
 AFG商会貨客船《鳳凰》からシャドウパラディン経由の緊急通信、トリクムーン負傷の報を受けての中座である。文句などあろう訳がなかった。
「さて、諸君。聴講ユーザー各位も注意して聞いて欲しい。これよりケテルサンクチュアリ防衛省は厳戒態勢を発令する」
 頂の天帝バスティオンは各騎士団の代表が集う議事堂に立っていた。目の前に展開された水晶玉マジックターミナルのスクリーンにはオンラインになっているメンバーの顔が揃っている。
 参加者と所属、所在地は以下の通りである。

 頂の天帝バスティオンおよび各ケテルサンクチュアリ騎士団代表……ケテルギア議事堂(ケテルサンクチュアリ)
 サンクガードの4賢者ソルレアロン、ストグロン、エリロン、 スーロン……同寺院奥院(ケテルサンクチュアリ)
 《参加リクエスト中/オフライン》焔の巫女リノおよび天輪の一行……所在不明
 暁紅院(導師ほか)……暁紅院(ドラゴンエンパイア)
 《会議退出/オンライン維持》封焔の巫女バヴサーガラ……希望の峰(ドラゴンエンパイア)
 ディアブロス“爆轟ヴィアマンス”ブルース/チーム・ディアブロス……同クラブハウス(ダークステイツ)
 ヴェルストラ/ブリッツ・インダストリーCEO……同社執務室(ブラントゲート)
 ?【表示は不明になっているがソラ・ピリオドである】/葬空死団ブルーデスター……※所在未公開※
 グレートネイチャー総合大学教授連……同学大講堂(ストイケイア)
 C・K・ザカット/グレートネイチャー総合大学動物学教授……レティア大渓谷(ストイケイア)
 《聴講》リリカルモナステリオ学長……同学長室(リリカルモナステリオ)

「諸君もご存じの通り、この特設チャンネルは非軍事的なものとして発足した。だが龍樹の脅威は日々深刻化しており、当会議も危機感と情報を共有し、連携を高めるために参加を要請したものだ。まだ肝心なメンバーがそろっていないが……」
 バスティオンが指しているのは天輪竜の卵ことサプライズ・エッグと焔の巫女リノ、そしてトリクスタと3人の巫女たちのことらしい。
 確かに、惑星クレイの有識者が龍樹侵攻の危機に臨んでいる時、中心に座すべきが天輪のメンバーだった。
 バスティオンは重々しく続ける。国家と世界を見渡す意識の高さ、ケテル一の剣士/騎士の長として克己心こっきしんと自己犠牲、品格。まさにリーダーになるために生まれてきたような男である。防衛省長官という今の立場も彼が欲したのではなく、ケテルサンクチュアリ国天地の民が長年の確執を超え天輪聖紀の統率者として推したものだ。その一事だけでも彼、バスティオンがいかなる人物かを語ることができるだろう。
「今後は速やかに各国指導者、軍上層部にも聴講/報告のサブチャンネルを設けて共有する。先んじて我らケテルサンクチュアリ騎士団の参加を各位に了承してもらったが、先の急報、石舞台消失と絶望の精霊トリクムーン救出に対応できたのは僥倖であった」
「それはそうだな。だけど、まぁ手続きやら固いことは抜きにしてどんどん進めようぜ、バスティ」
「ヴェルストラCEO、会議での呼称は正式なものでお願いする。不規則発言も控えてもらいたい」
「でさ、バスティ。気になっているんだけどー」
 ブリッツ・インダストリーCEOは、ケテルサンクチュアリ防衛省長官の注意を完全に無視して続けた。
「そのリノちゃんはどうしたのよ。久々に話せるの、楽しみにしてたのにさ。あーんまり焦らされるとオレ、リューベツァールで押しかけちゃうよん、暁紅院まで」
「暁紅院のかた、天輪の巫女からの知らせは如何に」
 バスティオンはヴェルストラの不穏な発言を会議にふさわしいものへと見事変換した。
「それが……今朝の食事までは確かに寮に滞在していたのですが、つい先ほど会議前には誰も・・招集にも応えず。院総出で探してはおりますが、断り無く姿を消すような巫女たちではありませんので案じております」
 答えたのはリノの師匠でもある“導師”である。
「それでは天輪一行は現在、行方が知れぬと」
 バスティオンの声にはさらに警戒の念が強まっていた。
水晶玉マジックターミナルは位置検索ができるはずだ」
 今まで黙って聴いていた悪魔デーモンが短くコメントする。
「いや。リノちゃんのは表示されていないぜ、ブルース」
 ヴェルストラは親し気に返答する。この男にとって一度食事メシを共にしたならそれはもう親友ダチである。
「何かの原因でオフライン状態にあると思われる。暁紅院におかれては引き続き捜索を」
『割り込んですまない。バヴサーガラだ』
 封焔竜アーヒンサの背にいるのだろう。その声には強い風鳴りが被っていた。
『いま貨客船《鳳凰》と連絡がついた。間違いなくトリクムーンだ。少年たちはリノについて警告を残したと言っている。天輪竜とリノは無事か』
「あー。それなんだけど、バヴサーガラ」とヴェルストラ。
「現在、天輪の一行全員が行方不明なのだ」とバスティオン
『不覚!実はもう一つ、気になることがある。私も見た幻をヴァーテブラ森最後の予言者も視たというのだ』
「鳳凰が視た?……バヴサーガラ、それはどの様なものか」
 そのひと言に即座に反応したのはサンクガード寺院、天道の大賢者ソルレアロンである。
『真っ赤に燃え上がる山河だ。そして不吉なことだ。“世界は……”』

世界は悪意に侵され、終局への道を歩む。


 大賢者は封焔の巫女と声を重ね、そして全メンバーに重々しく告げた。
「私も視た。防衛省長官どの、方々かたがた。これは確かに由々しき事態である」

暁紅院巫女寮/8:40(ケテルサンクチュアリ標準時に変換済)

「我らが聖なる太陽、リノ様、焔の巫女の方々。導師様がお呼びです」
 焔の巫女たち4人とサプライズ・エッグが寮の玄関を出ると本日の当直、装爆竜ランジャードがひざまづいて出迎えた。ちなみに“我らが聖なる太陽”とは祈りの竜が天輪竜の卵サプライズ・エッグを呼ぶ尊称である。
 その背後に装撃竜ストレガリオ、装照竜グレイルミラ、装閃竜ブラマーダ。暁紅院といえどもリノたちに仕える多数のドラゴンが一度に詰めかけるわけにもいかないので、プレアドラゴン祈りの竜も4名までと自粛しているのだ。
「おはよう、みんな!」
 トリクスタも空から降ってくる。
 神出鬼没のこの希望の精霊はその気になればどこにでも潜り込めるが、それでも暁紅院の巫女寮に泊まるのは避けていた。もっとも男子禁制というルールを尊重したというよりも、おしゃべりで悪戯好き好奇心いっぱいのこの希望の精霊が入り込むと、厳しい戒律の下で修行生活を送っている他の部屋の巫女たちまでが年相応にはしゃいでしまい収拾がつかなくなるから、というのがリノたちが恐れた真の理由ではあったのだが。
「ごめんなさい、少し遅れていますね。急いで向かいましょう」
 とリノ。続くレイユ、ゾンネ、ローナも少し顔色が優れない事にトリクスタは気がつく。
 どうしたの、元気ないね?とトリクスタが目顔で案じるのにリノは答えた。何度も死線を越え、苦楽をともにした旅の仲間である。隠し事などできることではないし、するつもりも無かった。
「夢を見たの。いえ、幻というべきかも。導師様にもこの後、ご相談したいと思ってる」
 とリノは歩きながら物思いにふけっているようだ。
「夢ってどんな?」
「燃える山と平原」「そしてあのことだよ」「“世界は……”。ううん、止めとく」
 レイユ、ゾンネ、ローナはそれぞれ短く答えた。見かけ以上に打ちのめされているのが窺える。
 不吉な言葉は口に上らせると本当に成る、というのは国を問わず広く信じられている戒めだ。まして神格に仕える巫女が軽々しく言えるわけがない。
『あぁ。それ、止めないで欲しいな。続きを最後まで、ボクも是非聴きたい』
 天から降ってきた若い声に、巫女たちはサプライズ・エッグを中心として背中合わせに構えた。リノの横にトリクスタ。そして四方をプレアドラゴンが固める。一瞬で戦闘態勢が整う。リノたちは歴戦の勇士なのだ。
『ふーん。その速度で反応しちゃうんだ。隙がないね』
 声は今度は幼いものに変わった。
 気がつくと、リノたちの周囲がいつの間にか様々な色彩が乱舞する異空間へと変わっていた。辛うじて地面らしき感覚だけはある。……だがこれは……。
『いや、暁紅院の奥にまでを伸ばすのは今のでも大変だったのだよ。だがビッグショーのためなら仕方ないね』
 今度は大人の深みのある声。声音は次々と変わるが、一貫しているのが異様な余裕と滲み出る侮り──老獪な獣が抵抗できない獲物を猟場に追い詰めるような姿勢──だ。

Illust:ダイエクスト


「何者だ!?我らを天輪竜様と焔の巫女、プレアドラゴン祈りの竜と知っての狼藉か!」
 装爆竜ランジャードが腕と一体化した大砲キャノンを声の方向に向ける。だが肝心の標的はまだどこにも見えない。
 待って、とリノが手で制した。心当たりがあるのだ。
「あなたは龍樹・・ですね」
『やっと会えたねぇ。天輪の巫女リノ、そして天輪鳳竜ニルヴァーナ・ジーヴァ。待ちかねたよ』
 ちょっと!僕らのことは無視?とトリクスタはムッとしたが、さすがに軽口を叩ける状態ではない。
「私もあなたに会いたいと思っていました。あなたがどんなかリアノーンからも聞きましたから」
『それは嬉しいね』
「姿を見せてください」
『ふふふ。その手には引っかからないよ、リノ。特にその卵くんは油断ならないからね』
 指名されたサプライズ・エッグはしかし目をパチクリしながら2色のたてがみを靡かせているだけだ。
「私たちをどうするつもりですか」
 リノの問いは落ち着いていた。神格の化身サプライズ・エッグがいて、希望の精霊トリクスタがいて、そして仲間の巫女がいる。行き着く先がいかなる修羅場であろうとも恐れるものは何もなかった。
『ほう、この状況で恐怖の影すら無いとは。みんな美味しそうだ』
 トリクスタだけがギョッとした様子になった。神格に仕える巫女やその神格の化身(サプライズ・エッグ)ならばともかく、おまえ美味そうだなと面と向かって言われて平然としていられるほうがおかしい。
『キミたちの元仲間・・・に聞いていた通りだ。来た甲斐があったよ』
「ではそれが目的ですね。私たちを怖がらせ、その恐怖を食べるために」
『違う!』
 龍樹の口調が変わった。殺気に反応してプレアドラゴンたちの武器が一斉に上がる。
『いや失礼。少し熱くなってしまったようだ。しかし折角リクエストをもらったのだから……』
「(来る!)」
 リノと封焔の巫女は合図することも無く、全員が素早くプレアドラゴンの背に移った。攻めるにしても守るにしてもこの竜たちの背中よりも頼れる場所はない。
『ちょっと遊んであげることにしよう。まず、これがキミたちの国に同化したヒュドラグルム……』
 龍樹の落胤ドラコ・バティカル!!

Illust:タカヤマトシアキ


 色彩が乱舞する異空間に、4体の水銀様のものヒュドラグルムが現れた。
 周囲に響く哄笑からすると、天輪側の竜と同じ数というのが龍樹にとって軽侮まじりの律儀さなのかもしれない。
 そして、戦いの火蓋は切られた。
 リノたちが駆るプレアドラゴンは銃器2体、クロスボウ1体、グレイルミラだけが背後に展開された剣状の鏡を武器とする。対するに龍樹の落胤ドラコ・バティカルの得物は二刀流の剣である。射程距離からしても、プレアドラゴン側が負けるわけが無い戦いだった。
 しかし……。
「リノ!なんだかおかしいよ」
 肩に留まったトリクスタに言われるまでもなく、リノもその異変に気がついていた。いつもなら自在に舞い、敵を圧倒してゆくプレアドラゴンたちの動きが鈍い。
『それはそうだ。“希望”の力はここでは減るばかりで湧き出すことはないからね』
 龍樹の声音は優しいといって良いものだった。それは支配者の尊大さだ。この空間を統べる存在だけが醸し出す圧倒的な余裕。
「皆、待って!戦うのを止めて」
 様子を見ましょう、とリノが継ごうとする言葉を龍樹は悠然とさえぎった。
『賢いね。だけど、そうはさせないよ』
「……!」
『姿を見せろと言ったね。だけどこの私は最初から常にキミたちのそばにいたのさ。ほら……』
 乱舞する色彩からそれ・・が形を取った時、リノは龍樹の言葉に偽りがなかったことを悟った。
 それ・・は姿を現した。
『ボクの名を言ってみて』幼い声が笑う。
『ホラ、早く』少年の声が促した。
『聞いているのだろう、ドラジュエルドやリアノーンに。唱えよ。我が名を!』大人の声が空間に轟いた。
「……蝕滅の龍樹グリフォギィラ……」

Illust:タカヤマトシアキ


 なんという威圧感だろう。声の響きだけで心身が弱るのを感じる。これが龍樹の実力なのか。
 うつむいたリノから出た声は敗北を認めるそれ・・だった。確かに龍樹はそばにいた。リノたちを暁紅院からさらい、閉じ込めてきた空間。その広がりと力自体・・が龍樹そのものだったのだ。すべて最初から龍樹のてのひらの中で行われていたことだった。
 オォォォォォォ!!!
 咆哮が異世界を震わせた。
 諦めろ、とその声は心を圧してきた。巫女たちが竜たちがトリクスタまでもが耳を覆い、力を失ってゆく。
 だが、この時突然に湧き出した希望に、リノは思わず暁紅院の聖句を叫んでいた。その背中を押したのは胸元に抱いている神格の化身だったのかもしれない。
 偉大なる太陽と聖なる竜の祝福を!
 “そうだ。諦めてはいけない”
 ハッとなってリノは自分が抱えている存在を顧みた。
 サプライズ・エッグ──天輪鳳竜ニルヴァーナ・ジーヴァの化身──が微かに輝き始めている。
 それはこの空間で湧くはずのない力。希望の光だった。
 諦めない!私たちは絶対に!
 リノは聳えるように空間に屹立きつりつする多枝たしの巨体に向かい、再び正対した。希望ある限り、私たちの挑む心は挫けない。
『ハハハ!威勢だけではボクには勝てないよ。それに今日という日を記念して、ボクからキミたちにプレゼントがあるんだ』
「……?」
 突然、龍樹の圧迫が止んだ。彩りに溢れていた辺りの空間が薄れつつあった。
『それはもっとも人の心弱らせるもの』
 リノと天輪の一行は突然、自分たちが吹雪の空に投げ出されたことを知った。
「態勢を整え!油断するな」
 装爆竜ランジャードが号令し、一同はすみやかに落下から巡航飛行に立て直した。
「龍樹!?」
 異空間と色彩は消えかかっていたが、リノはまだの気配を濃厚に感じ取っていた。
 果たして最後の囁きがリノの耳に届いた。
『それは諦めだ。避けようのない現実、すなわち……』
「!!」
に支配された世界だよ、リノ』
 山と平原が燃えていた。
 リノたちの眼下にあったもの。それは……
 龍樹の先兵によって破壊され、燃え上がるブラントゲートの都市ドーム。予言者が封焔の巫女が、そして焔の巫女たちが幻視したもの。それはかつて雪山と氷原だったものが燃え上がり、滅びてゆく姿だった。

Illust:凪羊




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《今回の一口用語メモ》

蝕滅の龍樹グリフォギィラ
 惑星クレイを脅かしてきた様々な災厄の末、龍樹の種グリフォシィドがついに成体となった姿。
 歴史上、邪悪な存在が集まりやすく、最初に疑われるはずのギーゼ=エンド湾中心部を巧みに擬態することで、時満ちるまで(龍樹が成体となるのに充分な時間)我々の捜査を攪乱することに成功した。
 その力は時空間にも働きかける事ができるようで、そうした外敵に備えられ長年守られてきたはずの暁紅院にさえ侵入し、天輪の巫女リノとサプライズ・エッグ、トリクスタと焔の巫女たちを危機に陥れた。
 しかもオラクルたちの予言によれば、これでもまだ真の力は発揮していないという。
 なんと恐るべき存在であろうか。

 この記録が誰かの目に触れることがあれば、行方知れずとなった天輪の一行に伝えて欲しい。
 惑星クレイの地上のほとんどは龍樹の勢力に落ちている。龍樹による支配は暴力ではなく(龍樹の落胤や信者との)同化を旨としているが、むしろこちらの方が私には恐ろしい。同化は抵抗する気力や団結を根本から、しかし確実に奪うからだ。その支配の第一歩が水晶玉マジックターミナルネットワークの壊滅だった事がその狡猾さを示している。
 龍樹がとった戦術「浸透」は実に巧みに、しかし燎原の火のように我々、クレイの民と土地を侵略することに成功した。だが諦めてはいけない。この惑星ほしの支配として大勢は決しても、まだ希望の光はあるはずだ。
 天輪聖竜ニルヴァーナよ。我らが偉大なる太陽。
 どうか龍樹の脅威に対し、対抗する力を与えたまえ。

元シャドウパラディン第5騎士団副団長 厳罰の騎士ゲイド 拝
希望あふれる世界の再来に、祈りを込めて


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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡