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ユニット

Unit
短編小説「ユニットストーリー」
106 龍樹篇「柩機の徒 オプアート」
ブラントゲート
種族 サイバーフェアリー
 湿った暗闇。
 鏡のように硬質な水面のすぐ上、何もない空間が歪んだかと思うと、目映い閃光と共に柩機カーディナルが現れた。本体である人型と、追随する立方体「A・R・K」が一つ。この一対がリンクジョーカーの精鋭、柩機カーディナルである証だ。
 1体と1個はそのまま重力に逆らわずに落下。着水の瞬間、背を包む帯状の突起が閉じた花弁のように小柄な身体を包み、衝撃から彼の身を守った。
『動くな!』
 極寒の水中を思念が走った。警告である。
 柩機カーディナルは鞠のように丸まったを展開して静止した。暗さを取り戻した水中に咲いた花の様。人間で言えば、両手を上げ反撃の意思がない事を示した格好だろうか。
『何者だ!?』
 誰何すいかに、侵入者は口を開いて水泡を吐き出した。それは彼の名前とここに来た目的を告げていた。相手が思考で会話する生物と知った上で、敢えて音声化したのだ。
「我が名は柩機の徒カーディナル・プリンシパルオプアート。グラビディアンの王ネルトリンガーに伝言があって来た」

Illust:DaisukeIzuka


 女王は淡い光の下、玉座にもたれかかりながら憂鬱な朝を迎えていた。
 はるか地上、南極大陸の表層はいま龍樹の攻勢にさらされている。
 たとえ人間たちの地上国が滅びようと、地下深くのグラビディアンの版図には関わりはない。問題は侵略者がふるう力の異質さにあった。
 ネルトリンガーは思念の力で電子通信網に侵入できるため、地上の戦況をさらに詳しく把握することができたのだ。つまり……。
「我ら“柩機カーディナル”が異界の力を以てブラントゲート国のドームを一斉攻撃中。そして圧倒的優勢。お察しの通りです」
 南極の地底湖の最下層、グラビディアン宮殿の玉座の間、その水中に音声が響くのは何時ぶりだろうか。
 見下ろせば、オプアートが白銀のスーツを煌めかせながら、うやうやしく拝謁の礼をする所だった。
「女王陛下」
 グラビディアンは単一性生物。統治者も臣下もことごとくが“女性”である。
「ようこそ参られた……と歓迎はせぬぞ、リンクジョーカー。おまえは思念を読むのか」
 柩機の徒カーディナル・プリンシパルオプアートの姿を一瞥したネルトリンガーは、同じく音声で返した。思念を伝達手段とするグラビディアンだが、音声会話ができないわけではない。特に女王ともなれば。
「いいえ。陛下が物思わしげなご様子でしたので。目下、南極の住民を悩ませるものといえば我ら龍樹側の侵攻の他ありませんでしょう」
「特使と聞いたが、何用だ」
「我が主オルフィストより、直々のお達しです。恐れながら人払いを」
 柩機カーディナルの願いは周りから湧きあがる思念の嘲笑で迎えられた。
「ハッ!我らの宮殿で密談だと?」
 とグラビディア・ペテルスが鮮やかに彩られた長い触手を揺蕩たゆたわせれば、

Illust:コガラツ


「フン!我らの事をよく知らずに。この程度で我らに挑むとは、何と愚かな」
 グラビディア・シャーゴも一斉に牙を剥き出す。シャーゴは顔と両手の先の円口あわせて、口が三つあるのだ。

Illust:コガラツ


「では、ご無礼つかまつります」
 柩機カーディナルオプアートはわざと──グラビディアンの宮廷作法に則ったのだ──仰々しく断ってから世界を“変化”させた。
「!」
 玉座の間が突如暗闇に落ちる・・・・・・と、驚愕と警戒をうながす思念の叫びが入り乱れた。
『夜……それは我々の戦場であり、異界の法則によって統べられる世界』
 それは荘厳な“声”だった。
「方々ご静粛に。柩機カーディナルの主神のご入来じゅらいであります」
 グラビディアン達に少しだけ余裕があったならば、変化した空間を割って現れたその姿に少し違和感を持ったかもしれない。それ・・は惑星クレイの重力に合わせ、やや丸みを帯び縮小したスーパーデフォルメ形態をとっていた。だがSDのどこか愛嬌のある姿に騙されるわけもない。この偉大なる柩機カーディナルは異空間“夜”を惑星クレイの地下に出現させたのだ。いや正確には常ならば宇宙の虚空に展開される“夜”の世界を、惑星の通常空間に無理矢理繋げたというべきだ。いずれにしても荒技であることは想像に難くない。
『我は柩機の主神カーディナル・ドミナスオルフィスト・レギス』
 その重々しい思念は幾重もの反響を伴いながら辺りを……いや南極の氷層4000mの下に広がる、全グラビディアンコロニーに轟き渡った。
『我に従え、グラビディアン』
 オプアートは“夜”の闇を通じて、玉座の間のグラビディアンが動きを凍りつかせたことを察知していた。ただ一体を除いて。
『無礼者!他国に侵入していきなり投降を促すのが柩機カーディナルの長の礼儀か!!我らグラビディアンは決して屈することはない!!』
 ネルトリンガーはわざと全版図に思念を解放している。パニックを収める良薬はリーダーや保護者の毅然とした態度と励ましに他ならない。そしてネルトリンガーはその両方である。
『投降ではない。共闘だ』
『誤魔化すな。先に“従え”と言ったではないか』
 グラビディア・ネルトリンガーは玉座から浮かび上がり、オルフィスト・レギスSDと正対した。この王国内ならば、どのような敵であっても遅れをとる事はない。地上であれば南極圏のどこにでも正確に隕石を落とすことができる(先日少々不安をかき立てられる事件はあったが……)。だが、この柩機カーディナルたちは思念のレーダー早期警戒網が張り巡らされ、この分厚い氷の防衛線に守られた王国、その核心までやすやすと侵入してきたのだ。
柩機カーディナルの力と、龍樹の力は似ている。どのような障壁も我らを阻むことはできない』
『だから魂を売ったのか!この惑星クレイを脅かす異星の敵に?』

Illust:黒井ススム


 ネルトリンガーの思念には怒りがあった。
 ただ、これは少し奇異なことでもある。南極の地下深くに眠り、地下にグラビディアンの王国を復興させるというネルトリンガーの野望からすれば、別に他国(たとえば隣国とも呼べる地上のブラントゲートの各ドーム都市群)が侵されようと特に関知する所ではないはずだ。
『貴女が憤ることでもなかろう』オルフィストはまさにその点を突いた。
『……』ネルトリンガーは黙った。
『かつて《世界の選択》の際、グラビディアンは“絶望”を選んだ』
 ネルトリンガーは今度こそ愕然として柩機の主神カーディナル・ドミナスを見つめ返した。《世界の選択》は各々の心の表れ、どちら側に着くかは自分だけにわかる事のはずだ。この者はどこまで知っているのか?
『“絶望”を選ぶものは、世界を救うのに、混沌としたこの世界を一度滅ぼし、新しく望ましい生態系と法を打ち立てることを理想とする』
 オルフィストは思念を継いだ。
『グラビディアンが望むのもまた“敵のいない世界”、“侵されざる法に則った世界”ではないか』
 ネルトリンガーはまだ沈黙している。
『一戦交えるのもよかろう。だが結果は同じだ。龍樹は勝利し、その同調者だけが新しい世界に進む』
 オルフィストは顔を向けることもなかったが、いつの間にか増援が到達した玉座の間では、2体の柩機カーディナルを囲み、命令さえあれば衛兵達が一斉に襲いかかる陣形が整っていた。
『我ら柩機カーディナルの力と“夜”の脅威を目の当たりにして、なお王と国を守ろうとする気概。惜しい』
『惜しいとは』とネルトリンガー。
『滅ぼすのは簡単、ということだ』
 とオルフィスト。SD形態のその姿からは想像しづらい恐ろしい考えを淡々と語っている。
『繰り返す。我の言を聞き、我に従え。グラビディア・ネルトリンガー、氷と冷たい水の女王』
『我らの全勢力を龍樹に捧げるとして、見返りはなんだ。脅迫に屈した我らは、龍樹の配下としてただ命長らえるだけか。柩機の主神カーディナル・ドミナスオルフィスト・レギス』
『力だ。“絶望”の選択をしなくともこの時代に理想の王国を打ち立てられる力。民を養う力。独立し、誰にも・・・侵されぬ力。この後に来る世界にとって、ルールとは正義とはただ力あるのみ』
『“力”持つ者のみが生き残る世界……』
『龍樹とその対抗勢力、いずれを選んだとしても程なくそうなる。判っているはずだ。選べ、グラビディアン』
 女王はまた沈黙した。微動だにしないまま、オルフィストが迫る。
『猶予は……なかろうな』
 ネルトリンガーの呟きに、オルフィストの思念は“そうだ”と告げていた。
『我と我が民は“我々のまま”でいられるのだな』
 ネルトリンガーは、今の問いがかつてオルフィストがゾルガ・マスクスに投げかけたものと全く同じである事を知らない。
『そうだ。龍樹の力を受け取ることに何の強制もない。来る者は拒まず去る者追わず』
 全グラビディアンが女王の次の思念を待った。
 オルフィストと特使オプアートもまた。
『よかろう。私は、龍樹とその力を受け入れる』
『新たなるマスクスを歓迎する』
 オルフィストSDはまたしても淡々と、手に持った龍樹の仮面マスク・オブ・ヒュドラグルムを差し出した。
 その横には、いつの間にか蝶のような羽根をもつ水銀様の者ヒュドラグルムが控え、無表情でグラビディアン達を見返していた。
 それはブラントゲート国に適応したヒュドラグルム。グラビディアンの新たな同志の姿だった。

Illust:百瀬寿




※註.単位について等は地球の言語に変換した※

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《今回の一口用語メモ》



柩機カーディナルと龍樹
 ご存じの通り、龍樹の侵攻は燎原の火の如く、惑星クレイを席巻している。
 上は、水晶玉マジックターミナルネットワークがダウンする直前に共有された勢力図だ。
 緑は龍樹とその配下(龍樹の落胤たちや信奉者、軍門に下った者など)によってライフラインや政府、通信、交通機能が低下・分断ないしは監視下におかれている場所。
 つまり実質、龍樹の支配下におかれた地域という事になる。
 しかし、これほど短い期間で世界の有り様が変わってしまうとは……いったい誰が予想しただろうか。
 特に、水晶玉マジックターミナルネットワーク会議の参加者の誰一人として、ギーゼ=エンド湾の中央──最も疑われる地点──に隠された龍樹の本拠を看破することはできなかったのだ。我々の間では、敵側に惑星クレイの諸事情に通じた有能な軍師がいることはほぼ確定であろうと言われていた。

 残念なことはもう一つある。
 それは柩機カーディナルの参戦が、龍樹侵攻を大いに勢いづけた事だ。
(もちろん、リンクジョーカー全てが龍樹勢力となった訳では無いことは明記しておくべきだが)
柩機カーディナル」は異界からの敵勢力に対して、惑星クレイを守ってきた。ただし敵も異界の者ならば戦場も異界。「夜」と呼ばれる特殊な空間を舞台に人知れず行われていた、果てしない防衛戦だ。
 柩機カーディナルの総司令官は柩機の主神カーディナル・ドミナスオルフィスト・レギス。
 地上の民の中で彼と接触できた者は数えるほどしかいない謎の人物である。
 それでも、柩機カーディナルを率いるオルフィストが、ブラント月に残された「メサイアの碑文」が警告する危機に備え、ただ実りある未来のために戦い続けてくれている事に疑いを抱く者はいなかっただろう。
 不可解なのは──一度、龍樹に連なる者マスクスとなってまた復帰した──ストイケイアのリアノーンの証言によれば、オルフィストのマスクス参加は龍樹に帰依するものではなく、“龍樹がもたらす未来”に対しての消極的賛同/協力であるという。噂される軍師と同様に、龍樹側には強力なスカウトないしは協力せざるを得ない秘密がいるという事だろうか。すでに大勢が呑み込まれた今、さらに強い存在までもが龍樹勢力に取り込まれなければ良いのだが……。

 だが、いつまでも我々の劣勢を嘆いてばかりもいられない。
 動物学者として、今後の希望となり得ることも挙げていこうと思う。
 一つは、龍樹の本体について。
 龍樹はその名の通り、我々が知るこの惑星の植物・・とある程度似た特性をもっているようだ。つまり本体自体は根を張り、養分(これは惑星クレイの運命力だろうと推測できる)を吸い上げ、成体となると強力である代わりに大きく素早く動くことは難しくなると思われる。
 二つ目は、龍樹は“寒さに弱い”のではないか、というものだ。
 上の勢力図をもう一度ご覧いただきたい。
 いまだ龍樹の力が弱いのは惑星の両極近く。極寒地帯だ。
 ここから龍樹は比較的“寒さに弱い”種の植物なのではないかと推測できる。
 つまり極寒のブラントゲートや北部に位置するケテルサンクチュアリを攻めるには、龍樹自身ではなく、寒さに強いか寒さ自体に影響されない生物──もうお察しの通り、絶対零度の宇宙で戦ってきた柩機カーディナルなどはこの条件に合っている──が先兵となるはずなのだ。

 これらの仮説は学者としての私が、この状況に貢献できる数少ない事であり、できれば広く知らせていきたいものである。行方不明となっている天輪の一行、天輪竜の卵と焔の巫女たち、希望の精霊の帰還も待たれる。天輪聖竜の名の下、反転攻勢に移るべく心して備えていこうと思う。

レティア大渓谷の動物学者
C・K・ザカット 拝
※なお、水晶玉マジックターミナルのネットワークが現在断絶しているため、
一斉配信に編集部の力を借りる事ができず、この手記はいつ公開できるか判らない状況である/ザカット※



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カーディナルと“夜”の戦いについては
 →世界観コラム「セルセーラ秘録図書館」柩機(カーディナル)、参照のこと。

グラビディアンについては
 →ユニットストーリー024「グラビディア・ネルトリンガー」および同話《今回の一口用語メモ》
  ユニットストーリー030「フォーリング・ヘルハザード」
 を参照のこと。

グラビディア・ネルトリンガーが国土防衛に不安を抱くきっかけとなった最近の事件については
 →ユニットストーリー095「出動!お掃除三姉妹!」
 を参照のこと。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡