ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
ギャラクトラズでもっとも危険な場所は食堂だ。
そこでは本来の目的、つまり一斉に食事を摂ることだけで無く、刑務所ならではのコミュニケーションと称される様々な出来事が起こる。
本日の昼食後、テーブルを挟んで向かい合った2名は特にヤバかった。
一方の星間共通データベース登録名は「ビザール・ヴィジター」。囚人番号aNEDE819675。
奇怪にうねる触手と胴体。それは見るからに惑星クレイ外起源の生物だ。しかも牢獄のサイズに合わせ、自ら縮小した型になっている。そのSDビザール・ヴィジターはいま、一風変わった波動を周囲に振りまいているが、これはどうやら何らかの激しい感情の表出らしい。
Illust:ナブランジャ
対するもう一方は、背後の若い男に視線を送るとニヤッと白い歯を魅せて笑った。その口が「見てろよ、ソラ」と動いたようだったが、ソラと呼ばれた当人はつまらなさそうに睨み返しただけである。
この2人の囚人番号は……省略してしまおう。この半日で監守たちがサジを投げたように、それがここの絶対的な規則であろうとこの男たちは番号ではなく本当の名前で呼ばれない限り、決して返事をしないだろうから。
Illust:西木あれく
「降参か?降参だよなぁ。ヴィジターちゃんさぁ」
ヴェルストラのターン。CEOは食堂のテーブルに広げられた衛星軌道図の上に、まるでマジシャンがビリヤードの球を次々と出現させるような滑らかな指の動きで「防衛線」の駒を並べていった。
衛星軌道図の上で、順調に想定軌道を進んでいたホログラムの隕石が、ヴェルストラが置いた複数の迎撃衛星の駒から放たれた迎撃ミサイルによって弾かれ、次々と惑星外へと飛ばされてゆく。
──! ──!
「あー。悔しい?悔しいよなぁ、ヴィジターちゃん。でホラ、最後にこことここにオレん所の迎撃衛星を置くじゃん。すると……」ヴェルストラの指が閃く。
──!!
SDビザール・ヴィジターの憤怒の波動とともに、ヴェルストラの勝利が決まった。歴代トップとなるハイスコア表示も出ている。
この監獄で唯一といっていい娯楽室を兼ねる食堂に、ブリッツ・インダストリーCEOの馬鹿笑いとギャラリーの囚人たちから歓声があがった。
いま人間と異星人が興じていたのは、ブリッツ・インダストリー社製の3Dボードゲーム『グラビディアン』だ。
目標となる南極の大地に隕石を落とせばグラビディアンの得点。逆に迎撃衛星をうまく連携させて妨害し、隕石の軌道を惑星クレイの外に逸らせられればブラントゲート国の得点。これを競うゲームである。
遊戯とするにはかなり不謹慎ではないか(なにしろ龍樹の先兵としてグラビディアンの隕石は今そこにある脅威なのだから)という批判にもめげず、一部のマニアには熱狂的に愛好されている遊戯だ。ブリッツ・インダストリー社製品には常に余計な機能が付いているものだが、今回のサプライズ機能は「このゲームの収益すべてが、今回の龍樹侵攻で被害を受け、現在反転攻勢に出ているブラントゲートの各ドーム都市の補修・再建費用となる」というもの。だが冷静に考えてみると、これは企業として戦禍からの復興とインフラ再建に貢献しているだけの事で、それをわざわざ遊びだのサプライズだのと言い訳するのがヴェルストラという男らしい。
なお今回ヴェルストラとSDビザール・ヴィジターが対戦していた品は、CEOの収監に際し開発元から寄贈されて特別に許可されたものである。
「獄長。本当にあれでよろしいのですか?」
衛士はたまりかねた様子で確認してきた。
「ヤツが来てから半日もしないうちに刑務所がまるでゲームセンターです。これでは示しが……」
「構わん。私が許可を出した」
宇宙監獄長ジェイラス──この監獄の総責任者──は6つある複眼を光らせて続けた。
「とはいえ、そろそろ時間だ。囚人を房にもどせ」
ビィーッ!
ブザーが鳴ると、喧噪は一瞬で静まり宇宙中から集められた悪人どもはゾロゾロと各々の独居房へと戻り始めた。敗北に納得いかない様子で暴れるSDビザール・ヴィジターも仲間になだめられながら引き返していく。
「……まったくどうかしている。こんな派手にやらかすなんて」
とソラ。もちろんこの刑務所にあってもフルネームを明かされることは無いが、葬空死団の首領ソラ・ピリオドである。
「わざとだよ。ま、みんなも楽しんでくれたみたいだし、いいんじゃないの。大気圏突入前にとっ捕まったとはいえグラビディアンの協力者だろ。アレにひと泡噴かせてスカッとしたよなぁ。な、ソラ。アイツほんとは(SDでないと)身長5mあるんだってさ。知ってた?」
ヴェルストラは試合に勝った少年のように笑顔も話も止まらない。会社であれ公道であれサロンであれ刑務所であったとしても、この男のお喋り癖につける薬など無いらしい。ソラはため息をつくと高笑いを止めないCEOを背後からマントごと担ぐような格好になった。
「戻ろう。獄長が睨んでる」
ズルズルと引っ張られるままのヴェルストラは、ジェイラス獄長と目を合わせると敬礼(の真似)をした。その表情が一瞬真顔になると、唇を動かさずソラだけに聞こえる声で呟く。
「さぁて、そろそろ動き出すかねぇ。時間、もったい無いもんな」
「わかっているならさっさと自分の足で歩け。重い」
見た目から想像しがたい怪力でヴェルストラを引きずるソラは、独居房まで仏頂面を崩すことはなかった。
Illust:Moopic
Illust:Hirokorin
世に“極秘”とつく手続きは多い。
だが極秘収監──つまり世間に公にすることなく監獄へ入れられること──というのは聞かない。特にこの銀河中央監獄ギャラクトラズは極光戦姫たちエージェントの公式な活動に繋がる、惑星クレイ世界でもっとも有名な刑務所だからだ。
それは、この日の朝のこと──。
「次、囚人2名。罪状極秘。収監ならびにこちらでの行動は公的記録に一切残さない条件での入獄となります」
看守長がタブレットの情報を読み上げると転送室に2人の男──一人は黒マント姿の筋骨隆々とした青年、もう一人は細身だが引き締まった身体と無表情の顔を崩さない深青を纏う若い男──が光の粒子から実体化した。
「ブリッツ・インダストリーCEOヴェルストラです。こちらはアシスタントのソラ」
監獄の転送先ゲートを出るなり、いつもと違う──いやこちらがビジネスマンとしての彼本来のものなのかもしれないが──口調で、ヴェルストラはジェイラス獄長と看守長に会釈した。2人は拘束されておらず、衛士たちの麻痺銃も向けられていなかった時点で、すでに普通の囚人とは扱いが違っている。そもそも獄長が転送ルームで出迎えること自体、異例だ。(注.ギャラクトラズには囚人服という規則が無い。ここが様々な惑星や宇宙から多数の身体組成が違う囚人を受け入れるため、その都度用意するのは非合理的だからだ)
「事情は超銀河警備保障から聞いている。ケテルサンクチュアリ防衛省長官からも」
宇宙監獄長ジェイラスは重々しくそう告げた。一分の隙もなく制服を着こなし、後ろ手に組んだその不動の姿には風格と威厳がそなわっている。
「どうも。お世話になります」
「知っての通り、この監獄の時間は地上の約30倍で過ぎてゆく。何であれ、そちらの事は早く済ませることだ」と獄長。
「ありがとうございます」
丁寧な応対を続けるヴェルストラは気味が悪いくらい低姿勢だった。
「あら、獄長が出迎えるって誰かと思えば。ブリッツは今度、監獄ツアーでも始めるの、ヴェルストラCEO?」
「これはこれは、リーフル・ロイヤーのお嬢さん。これから本部にお帰りかな?」
去って行く獄長と入れ替わりに、転送ルームに現れたのはロイヤルブルーの超銀河兵装に身を包んだ極光戦姫リーフル・ロイヤーである。法の番人極光戦姫たちと、無理無法の暴れっぷりの割にまったく尻尾を掴ませないブリッツCEOとはブラントゲートの各ドームを舞台に日々しのぎを削る間柄として知られている。彼女もまた、この男に対して燃やす闘志では他の隊員に負けていなかった。
「この前リューベツァールで超低空飛行やらかした時に撃ち漏らしてしまったのが悔やみきれないわ。火力不足ね。兵装の数、もっと増やそうかしら」
物騒なのは言葉だけではない。悪人と戦うプロフェッショナル極光戦姫の目には本物のやる気が漂っている。
「そんな物騒なこと言わないで。美しいキミの顔にはそんな視線、似合わないよ。……ほら笑ってごらん」
「薄っ気味悪い声出さないで。それと、私に触ったら公務執行妨害で制圧する」
リーフル・ロイヤーの指がライフルのトリガーガードから外れた=即射態勢に入ったのを見て、ヴェルストラは彼女に伸ばしかけた手を慌てて引っ込めた。女性には常に全方位全力でもって当たるのが信条のヴェルストラもやはり人間。命あっての物種である。
「へっへー。CEOの通常営業なんだけどなぁ。ダメか、これ」
いきなり態度を崩したヴェルストラはヘラヘラ笑いながら大袋を担ぐ。もちろんこうした私物持ち込みも規則に反している。衛士が咎めない所を見ると、これも獄長の許可があるという事なのだろうが、何もかもが異例ずくめの囚人だった。
そんなヴェルストラはソラに促されながら、監房ブロックに向けて歩き出した。
「じゃあな」とそのすれ違いざま、
「……いつか本当にここに連れてきてあげるから」とリーフル・ロイヤーが低く声をかけた。
「でもそれは今じゃ無い、よな。じゃお疲れさん。セラスのお姉さんによろしく~」
宣戦布告ともとれる言葉に、明るい大声と笑顔で手を振るヴェルストラと仏頂面のソラは去った。リーフル・ロイヤーは転送元ブースに歩を進めると、歯がみしながら転送ビームの光のシャワーに身を任せた。
「まったく。セラス様はいったい何をお考えなのかしら……」
転送時の閃光。誰もいない転送室には極光戦姫の呟きの残響が漂っていた。
Illust:藤ちょこ
夜。刑務所の消灯は早い。
ソラ、と隣の房からヴェルストラの声が掛かったのは、その消灯直後のことだった。
「おい、ソラ!……まさかもう眠ったなんて事はないだろうな」
「寝てる」
「ふふん。一日氷原に寝そべってオレの狙撃タイミング待つようなヤツが言うセリフじゃないなぁ」
次の声はソラの牢の前で聞こえた。
「どうやって」抜け出たのか。そう聞きながらソラの平板な声にも驚きはない。
「こうやって。“開けドア”」
その声とともに鉄格子が音も無くスライドして開放した。
じろりとソラに睨まれたヴェルストラは、喉元を指した。よく見ると、皮膚に偽装した咽喉マイクのようなものが装着されている。
「ブリッツ・インダストリー社製。これもそれもあれも」
とヴェルストラはドアとマイクを指す。最後のあれも、とは入獄時の手荷物検査装置のことらしい。
「そしてこれがあれば刑務所でも無敵!無敵!」
建築物と機械をこよなく愛するCEOははしゃいでVサインをしてみせる。
「裏コード入力か。マスターキーを製品に忍び込ませておくなんてコンプライアンス違反だ。客を失うぞ」
「このオレ様が無断でやるわけないだろう。今回に限り、獄長とセラスの許可をもらってるんだよ」
「……とんでもないヤツ」
この監獄の長と、極光戦姫のリーダーに“刑務所の檻を開放する装置の使用許可”をもらっているからOKとヴェルストラは主張するものの、ソラの表情はまったく晴れない。何しろソラや仲間が使っている装備もそのほとんどがブリッツ・インダストリー製なのだ。こんな無茶苦茶なヤツの会社が作る機械に安心して命を預けられるものか!
「まぁまぁ。お前んトコのバトロイドには何も仕込んでないから心配するなって。……なんだよその目。オレを信用しろって。そうだ。商売は信用第一なんだぜ。あ。それとこれバスティには内緒、な」
ブリッツ・インダストリーCEOは葬空死団首領の忠告に笑顔で頷いてみせた。もちろん反省など1ミリもしていない。
「もういい。おまえといると時間が無駄に流れる」
とソラは一動作で寝ていたベッドから廊下へと降り立った。正体を隠して活動しているものの私兵組織の長、鍛練に怠りはない。さすがの身のこなしである。ヴェルストラは大袋から作戦常備品のバッグを取り出して手渡す。
「行き先はわかっているんだろうな」とソラ。
「刑務所って言うのは捜し物には広くない所でさ。特にここはね」
ヴェルストラはそう言うと一瞬どこか上方を見、大きすぎる荷物を背に抱えるといきなりマントを翻して走り出した。ソラがほんの少し目を見開くほど、それは企業家とは思えないほど滑らかな動きで音も立てない、見事な忍び走りだった。
「ジェイラス獄長。やはり自分は承服しかねます。こんな勝手を許すなど」
看守長は監房棟のモニターから顔をあげると、背後に立っている獄長に訴えた。
画面には先ほど、こちらに向かってウインクしているヴェルストラの顔がハッキリと静止画で映っている。
「禁じられている私物の持ち込み、食堂での騒乱扇動と挑発、製造メーカーしか作れないマスターキーの使用、そして監房からの脱獄。どれを取っても重罪です!見逃せません」
「惑星クレイの東洋に伝わる格言に『毒をもって毒を制す』というのがある。知っているな」
看守長は頷いた。この刑務所に務めるものは──外界と流れる時間の早さが違うのでそのギャップを埋めるべく──多くを古今の情報の吸収に費やすことになる。加えて看守長は、獄長と同じく惑星クレイ外生物の種族である。人間などよりは遙かに寿命が長い。その分、歴史や知識には詳しかった。
「奴は生き餌だ。より巨大な悪を釣るための、な」
そのひと言で看守長は黙った。
ジェイラス獄長にはヴェルストラを泳がせて狙っていること、何らかの思惑があるらしい。それがこの監獄のためになる事ならば、自分は役職として従うのみである。近年まれに見るほど沢山のルール違反が今、自分の監視下で起こっているとしても。
ギィィ……。
長い間、ひょっとすると何年もの間、開けられたことがなさそうな古びた重い金属製のドアが開いた。
内部には古い油の匂いと重く低い機械の作動音がしている。
「ここは廃品再生プラントか」
とソラ。見上げた先には、ベルトコンベアと繋がったタンクや工作機械がゆったりと処理ラインを流し続けている。
「お、さすがバトロイド乗りのソラ君。勘が良いな」
ヴェルストラは嬉しそうに頷いた。
「この再生プラントに目的のものが?」とソラ。
「んー。厨房は隅々まで探したけど何も見あたらなかったからなぁ。消去法で言うとここしかない」
「それで掃除を買って出たのか。妙だと思った」
ソラはまたヴェルストラを睨んだ。到着して早々荷物を下ろすのももどかしげに、ヴェルストラは「新入りの義務」として獄内の清掃を買って出たのだ。そうして張り切ってあちこちピカピカにした“新入り”が、さらに昼飯時にはゲームでグラビディアン(の協力者の)鼻を明かしてやったので、古株の囚人たち、特に惑星クレイ出身者からの印象はかなり良かったようである。
「いや、長居するつもりはないさ。あっちではオレたちの帰りを待ってるヤツらがいるんだから。お前だってそうだろ、ソラ」
「葬空死団の管理・命令業務はAIで対応している。俺が消えても永遠に組織は存続される」
「へぇ用心深いんだな。オレはそこまで考えてなかった」
とブリッツ・インダストリーCEOは感心し、ソラは怒った。
「おまえは大会社の社長だろう!自分の身の安全に何の対策もしていないのか!無責任だ!」
まぁまぁお静かに、とヴェルストラはいなす。
「お前にとっては組織がとても大事なものだって事がわかったよ。ただオレは組織そのものじゃなくて“人”が好きなんだ。構造物はロマン、人には愛さ」
ソラは黙った。ヴェルストラの物言いがあまりにもストレートだったためだろう。この男は時々、聞いているほうが恥ずかしくなるような事を平気で、しかも心の底から本音として言う。こういう所が、やることなすこと何もかもが無茶苦茶なのにどこか憎めず、なんだかんだ言いながら部下や友人がついてくる理由の一つなのだろう。
「だからもしオレがいなくても、皆が代わりに仕事や会社をきちんと回してくれると信じている。つまりオレたちが言っている事は同じ。だからオレは今回、ソラについてきて欲しいと思ったんだ。ソラがオレの“安全対策”だよ。ま、何より腕が立つもんな、お前は」
「しっ!待て。何かいる」
ソラは手を挙げてヴェルストラの饒舌を遮った。
……あー、腹減って仕方ないレッドン。
……でもー、最近スクラップが流れてこないイエロ。
……きっとー、アイツがジャマしてる。怖いブラウニ。
「どうやら言葉がわかるヤツ等らしい」
とソラ。ここが銀河系中から異種族が集まる場所だということを考えると、正体がなんであれ共通語が話せる相手ということは幸運なこと。ともあれ牢獄に入っていない生物は監獄の職員だけのはずだから接触には慎重を期すべきだ。
……とソラが考えている間に、ヴェルストラは行動を起こしていた。
「わっ!」
きぃー!きぃー!きぃー!
初対面の挨拶代わりにふざけて脅かす声に悲鳴が応え、そこからしばらくの間、プラント内部でブリッツCEOと謎の生き物たちとの追いかけっこが始まった。
「……止める間もなかった……」
さすがのソラも額を押さえて立ち尽くす。
これは迅速を旨とする隠密行動ではなかったのか。地上の約30倍で過ぎるという銀河中央監獄ギャラクトラズで、いったいコイツは何をやっているのだ。
それでもソラは辛抱強く待った。目的達成までは地道な努力と忍耐を重ねる。それがソラ自身をここまで生き残らせてきた彼の強さだった。
やがて追う側追われる側、双方が疲れ切った様子を確認してから、ソラは3人の謎の生き物に尋ねた。
「お前たちは何者だ。なぜここにいる」
Illust:いの介
時刻は真夜中。
刑務所の廃棄物再生プラント。その最終区画に3人のエイリアンが住んでいた。
刑務所の古資材を食べて浄化する不思議な生き物たち。いつしか彼らはこう呼ばれていた。
『ミッドナイト・リサイクリーナーズ』と。
彼らがいつ、どこから、どのようにしてここに来て住み着いたのか。誰も知らないし、本人達でさえもう覚えてはいない。ただ古い金属が好物の彼らは、この銀河系中心部で孤立した刑務所で故障し使いものにならないほど老朽化した機械や脆くなった資材を「食べる」ことで生き残ってきたのだ。それが最近、急にその廃棄物がラインに流れてこなくなり、飢えて困り果てていたのだという。
「うーん……なるほど。そりぁ困ったな。普通の食料ならすぐにでも持ってきてやれるんだが」
と事情を聞き終わったヴェルストラが腕を組む。
「金属しか食べられないとなると、資源リサイクルが完結しているこの刑務所では難しいだろうな」
ソラはリサイクリーナーズの面々へ投げナイフを3本、食事に提供しながら呟いた。これもCEO同様、厳重なはずの入獄検査をすり抜けて持ち込んだものらしい。3人は変わった素材だし鋭すぎるなどと文句は言ったものの、その牙で刃物を易々と砕き、噛みしめて飲み込んでゆく。
「そういえば。さっき“アイツがジャマして”とか言ってなかったか」
とヴェルストラ。赤いレッドン、黄色のイエロ、茶色のブラウニ、3人の怪獣系エイリアンは一斉に喋りだした。
「その通りレッドン!」
「最近、突然現れたんだイエロ!」
「ユーレイ!あのゴーストだブラウニ!」
幽霊?ヴェルストラとソラは顔を見合わせた。
Illust:Moopic
ベルトコンベアにまた廃品が流れてきた。
銀河中央監獄ギャラクトラズは惑星クレイ銀河の中央部、巨大ブラックホールの近くにある、完全自活の刑務所である。よって必要な資源と鉱物は周りの小惑星帯から採掘してくる。ここで問題になってくるのが採掘で消耗が激しい工作機械の後始末となる。
「へへっ。見つけたぜぇ。今夜のエモノをよぅ」
ゴーストは左手に掲げたランタンで照らしながら、横に長く裂けた口から牙を剥き出しにした。
「ふん!コイツもいい品物だぁ。ここのヤツらは自分たちが持ってるモノの価値を知らねぇもんな」
ゴーストはコンベアから取り上げた廃品をためつすがめつ眺めた。
「あんなエイリアンどものエサにくれてやるなんて、とんだ間抜け野郎どもだぜ」
「あー。それ全部、純度の高いギャラクトラズ鉱だよなぁ。宇宙でもこのあたりでしか採れない万能鉱物。惑星クレイだとリサイクル材でも超高値だ。よーく知ってるよ」
「げ」ゴーストは変な声を上げた。
その視線の先にはゴーグルをかけたヴェルストラとソラがいた。
「オメエら、オレの姿が見えるのか」
「姿、消せるんだってな。ところが今回のサプライズ品。このゴーストゴーグルってものがありましてね」
「安くはなさそうだが」
「いや、それが今ならお手頃なお値段で」
と戯れている2人の人間を尻目にゴーストは壁抜けで立ち去ろうとしていた。
「おーっとっと!ちょっと待った、そこのゴーストちゃん。逃がしゃしないよん」
ガシャ・カチャリと音を立てて、2人は妙な形の銃を構えていた。
幽霊クランキィ・ストローラーは嘲笑った。
「へ・へ・へっ。おいオメエら、ゴーストに銃で刃向かう気なのか?」
うん、そうだよとヴェルストラは頷く。
「あんたはダークステイツのお尋ね者、クランキィ・ストローラーだ。強欲が過ぎて地元にもいられなくなって姿を消した。暗黒街のボスから“あるもの”を盗んで」
「げ」またゴーストが呻いた。
「オメエ……な、なんでそれを」
「この銃を用意してくれた船長さんと船長代理さんがさ。いろいろ調べてくれたのさ。しかしまさかギャラクトラズに潜伏してるとはね。しかも姿が見えない売人として廃材横流しで一儲けとは恐れ入った。すごい商才だ」
「あぁ。こいつの言うことは聞かなくて言いぞ。クランキィ、一緒に来てもらう」
なんだよ。そのセリフ、オレが言いたかったのに!少し黙ってろ!とまた口喧嘩が始まる2人を、クランキィはまた嘲った。
「行かねぇと言ったら」
「撃つ」とソラ・ピリオド。
「聞かねぇと言ったら」
「警告抜きで撃つでしょ、そんなヤツ」
ヴェルストラは言いながらトリガーを絞った。
奇妙な形の銃から放たれた光線は、蜘蛛の巣のような複雑な軌跡を描きながら、ゴーストを絡め取った。
ギャギャーッ!!
光線はそのまま銃に逆流して戻り、本体の透明なカプセルに“何か”が格納された。
「ほぅら、人の言うこと聞かないからCEOってばうっかり最大出力で吸引しちゃったぞっと」
とカプセルを突っつきながら邪悪な笑みを浮かべるヴェルストラ。一方のソラは真面目な顔でその手元を覗きこみながら尋ねた。
「これが今回の目的か。あの獄長が勝手を許すわけだな」
「ま。商売は持ちつ持たれつさ」
ヴェルストラはカプセル以外のものを大袋に詰め込み始めた。
「さてと、それじゃ帰りますかね。……惑星クレイは1ヶ月経ってるのか。ペルフェがうるさいぞ、こりゃ」
「悪人は捕まえ、悪事を止めて、獄長は見えない厄介者が無くなり、怪獣たちは食料を取り戻した。……これで任務完了か、CEO」
「いいや、ソラ」
ソラの平板な口調に、ヴェルストラはひとつ鼻をこすって答えた。
悪戯っ子のような笑みを浮かべているが、その目だけは世界屈指の敏腕経営者であり、惑星クレイの一大事にはいつも裏方として力を貸してきた影の英雄にふさわしい鋭い光を放っている。
「面白くなるのはこれからさ」
※単位、色の名称(ロイヤルブルー)などは地球のものに変換した。※
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《今回の一口用語メモ》
銀河中央監獄ギャラクトラズ
超銀河警備保障の極光戦姫によって逮捕された犯罪者が収容される刑務所。
特に、極光戦姫セラス・ホワイト(や超銀河兵装オーロラフレームのリミッターを解除した形態、極光烈姫セラス・ピュアライト)はこの監獄と直結する権限を持ち、一度捕縛されるとどのような種族であっても収監を逃れる事は絶対不可能と言われることから、惑星クレイの恒星系のみならず銀河系のあらゆる犯罪者に恐れられる刑務所である。
所長は宇宙監獄長ジェイラスが務めている。
その名の通り(惑星クレイが属する)銀河系の中央部にあるとされるギャラクトラズだがセキュリティ上、この監獄の詳細な所在地は不明となっている。悪党仲間が救出や脱出の手引きのために探そうとしてもその範囲は光年単位となり、これが事実上脱獄不可能と言われる理由でもある。
監獄はすべて完全監視の独房であり、収容された者は罪状に応じた期間、食事と入浴、課せられる労働以外はこの房で囚人生活を送ることになる。
ギャラクトラズは一般の刑務所よりも環境は良いと言われる。実際、衛生面や治安には獄長の厳しい目が行き届いている上に、課される労働も施設の維持や清掃が主で、一番重いとされるアステロイドでの資源採掘でさえも機械化されているため肉体的な負担も少ない。
さらに細かい事ではあるがこうした施設としては異例なことに、ギャラクトラズには囚人服が無い。実際、惑星クレイの知的生物は多様で人間型から竜、鳥類、魚類などの各タイプ、さらに外宇宙に至っては異形のエイリアン(アメーバのような不定形から形の無いエネルギー体まで存在する)まで、何か決まった服を強要するのは不可能という事情はある。もちろん入獄時に分子レベルまでの精査が行われ、危険物は全て没収されるはずなのだが、実は今回、こここそが鉄壁を誇る当監獄のセキュリティーで唯一の泣き所であることが判明した。今後の対策についてはジェイラス獄長とブリッツ・インダストリーCEOとの間で話し合いがもたれる予定である。
問題は、この監獄が(どうやら)銀河系中心のブラックホールの影響下にあるため、ここで過ごす刑期と外部の時間経過が違うというものだ。
重力と時間の理論は難しいので簡単に言うと、たとえばこの監獄で過ごす1日が、惑星クレイの場合1ヶ月に相当するとされる。他の惑星や宇宙ではこの時間換算は変わってくるが、いずれあまり長い期間をこの監獄で過ごすと、故郷の様子は変わり果て、自分を覚えている者が誰もいないという怖ろしい結果になる。ただし、こうした悲劇を避けるため、刑期は囚人の出身地や生活していた環境に合わせて調整されている。最初は居心地の良い楽な暮らしと考えていた囚人も、何日かすると一刻も早くここを出なくてはいけないと焦り始め(便りやニュースで外部では何ヶ月、何年もどんどん時間が経過していく実態を見せつけられるためだ)、模範囚となるケースが多いという。
最後に、外部とは孤立しているギャラクトラズでは水や食料などについては宇宙船と同じ完全リサイクル環境ができあがっているが、残念ながら物質をエネルギーに転換する「炉」がない。そこで、老朽化した金属製品は「食べる」ことで消化される。ミッドナイト・リサイクリーナーズと呼ばれるエイリアンたちは自分たちの食料とすることでこの監獄のゴミを増やすことなく、環境の美化に貢献しているのである。
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そこでは本来の目的、つまり一斉に食事を摂ることだけで無く、刑務所ならではのコミュニケーションと称される様々な出来事が起こる。
本日の昼食後、テーブルを挟んで向かい合った2名は特にヤバかった。
一方の星間共通データベース登録名は「ビザール・ヴィジター」。囚人番号aNEDE819675。
奇怪にうねる触手と胴体。それは見るからに惑星クレイ外起源の生物だ。しかも牢獄のサイズに合わせ、自ら縮小した型になっている。そのSDビザール・ヴィジターはいま、一風変わった波動を周囲に振りまいているが、これはどうやら何らかの激しい感情の表出らしい。
Illust:ナブランジャ
対するもう一方は、背後の若い男に視線を送るとニヤッと白い歯を魅せて笑った。その口が「見てろよ、ソラ」と動いたようだったが、ソラと呼ばれた当人はつまらなさそうに睨み返しただけである。
この2人の囚人番号は……省略してしまおう。この半日で監守たちがサジを投げたように、それがここの絶対的な規則であろうとこの男たちは番号ではなく本当の名前で呼ばれない限り、決して返事をしないだろうから。
Illust:西木あれく
「降参か?降参だよなぁ。ヴィジターちゃんさぁ」
ヴェルストラのターン。CEOは食堂のテーブルに広げられた衛星軌道図の上に、まるでマジシャンがビリヤードの球を次々と出現させるような滑らかな指の動きで「防衛線」の駒を並べていった。
衛星軌道図の上で、順調に想定軌道を進んでいたホログラムの隕石が、ヴェルストラが置いた複数の迎撃衛星の駒から放たれた迎撃ミサイルによって弾かれ、次々と惑星外へと飛ばされてゆく。
──! ──!
「あー。悔しい?悔しいよなぁ、ヴィジターちゃん。でホラ、最後にこことここにオレん所の迎撃衛星を置くじゃん。すると……」ヴェルストラの指が閃く。
──!!
SDビザール・ヴィジターの憤怒の波動とともに、ヴェルストラの勝利が決まった。歴代トップとなるハイスコア表示も出ている。
この監獄で唯一といっていい娯楽室を兼ねる食堂に、ブリッツ・インダストリーCEOの馬鹿笑いとギャラリーの囚人たちから歓声があがった。
いま人間と異星人が興じていたのは、ブリッツ・インダストリー社製の3Dボードゲーム『グラビディアン』だ。
目標となる南極の大地に隕石を落とせばグラビディアンの得点。逆に迎撃衛星をうまく連携させて妨害し、隕石の軌道を惑星クレイの外に逸らせられればブラントゲート国の得点。これを競うゲームである。
遊戯とするにはかなり不謹慎ではないか(なにしろ龍樹の先兵としてグラビディアンの隕石は今そこにある脅威なのだから)という批判にもめげず、一部のマニアには熱狂的に愛好されている遊戯だ。ブリッツ・インダストリー社製品には常に余計な機能が付いているものだが、今回のサプライズ機能は「このゲームの収益すべてが、今回の龍樹侵攻で被害を受け、現在反転攻勢に出ているブラントゲートの各ドーム都市の補修・再建費用となる」というもの。だが冷静に考えてみると、これは企業として戦禍からの復興とインフラ再建に貢献しているだけの事で、それをわざわざ遊びだのサプライズだのと言い訳するのがヴェルストラという男らしい。
なお今回ヴェルストラとSDビザール・ヴィジターが対戦していた品は、CEOの収監に際し開発元から寄贈されて特別に許可されたものである。
「獄長。本当にあれでよろしいのですか?」
衛士はたまりかねた様子で確認してきた。
「ヤツが来てから半日もしないうちに刑務所がまるでゲームセンターです。これでは示しが……」
「構わん。私が許可を出した」
宇宙監獄長ジェイラス──この監獄の総責任者──は6つある複眼を光らせて続けた。
「とはいえ、そろそろ時間だ。囚人を房にもどせ」
ビィーッ!
ブザーが鳴ると、喧噪は一瞬で静まり宇宙中から集められた悪人どもはゾロゾロと各々の独居房へと戻り始めた。敗北に納得いかない様子で暴れるSDビザール・ヴィジターも仲間になだめられながら引き返していく。
「……まったくどうかしている。こんな派手にやらかすなんて」
とソラ。もちろんこの刑務所にあってもフルネームを明かされることは無いが、葬空死団の首領ソラ・ピリオドである。
「わざとだよ。ま、みんなも楽しんでくれたみたいだし、いいんじゃないの。大気圏突入前にとっ捕まったとはいえグラビディアンの協力者だろ。アレにひと泡噴かせてスカッとしたよなぁ。な、ソラ。アイツほんとは(SDでないと)身長5mあるんだってさ。知ってた?」
ヴェルストラは試合に勝った少年のように笑顔も話も止まらない。会社であれ公道であれサロンであれ刑務所であったとしても、この男のお喋り癖につける薬など無いらしい。ソラはため息をつくと高笑いを止めないCEOを背後からマントごと担ぐような格好になった。
「戻ろう。獄長が睨んでる」
ズルズルと引っ張られるままのヴェルストラは、ジェイラス獄長と目を合わせると敬礼(の真似)をした。その表情が一瞬真顔になると、唇を動かさずソラだけに聞こえる声で呟く。
「さぁて、そろそろ動き出すかねぇ。時間、もったい無いもんな」
「わかっているならさっさと自分の足で歩け。重い」
見た目から想像しがたい怪力でヴェルストラを引きずるソラは、独居房まで仏頂面を崩すことはなかった。
Illust:Moopic
Illust:Hirokorin
世に“極秘”とつく手続きは多い。
だが極秘収監──つまり世間に公にすることなく監獄へ入れられること──というのは聞かない。特にこの銀河中央監獄ギャラクトラズは極光戦姫たちエージェントの公式な活動に繋がる、惑星クレイ世界でもっとも有名な刑務所だからだ。
それは、この日の朝のこと──。
「次、囚人2名。罪状極秘。収監ならびにこちらでの行動は公的記録に一切残さない条件での入獄となります」
看守長がタブレットの情報を読み上げると転送室に2人の男──一人は黒マント姿の筋骨隆々とした青年、もう一人は細身だが引き締まった身体と無表情の顔を崩さない深青を纏う若い男──が光の粒子から実体化した。
「ブリッツ・インダストリーCEOヴェルストラです。こちらはアシスタントのソラ」
監獄の転送先ゲートを出るなり、いつもと違う──いやこちらがビジネスマンとしての彼本来のものなのかもしれないが──口調で、ヴェルストラはジェイラス獄長と看守長に会釈した。2人は拘束されておらず、衛士たちの麻痺銃も向けられていなかった時点で、すでに普通の囚人とは扱いが違っている。そもそも獄長が転送ルームで出迎えること自体、異例だ。(注.ギャラクトラズには囚人服という規則が無い。ここが様々な惑星や宇宙から多数の身体組成が違う囚人を受け入れるため、その都度用意するのは非合理的だからだ)
「事情は超銀河警備保障から聞いている。ケテルサンクチュアリ防衛省長官からも」
宇宙監獄長ジェイラスは重々しくそう告げた。一分の隙もなく制服を着こなし、後ろ手に組んだその不動の姿には風格と威厳がそなわっている。
「どうも。お世話になります」
「知っての通り、この監獄の時間は地上の約30倍で過ぎてゆく。何であれ、そちらの事は早く済ませることだ」と獄長。
「ありがとうございます」
丁寧な応対を続けるヴェルストラは気味が悪いくらい低姿勢だった。
「あら、獄長が出迎えるって誰かと思えば。ブリッツは今度、監獄ツアーでも始めるの、ヴェルストラCEO?」
「これはこれは、リーフル・ロイヤーのお嬢さん。これから本部にお帰りかな?」
去って行く獄長と入れ替わりに、転送ルームに現れたのはロイヤルブルーの超銀河兵装に身を包んだ極光戦姫リーフル・ロイヤーである。法の番人極光戦姫たちと、無理無法の暴れっぷりの割にまったく尻尾を掴ませないブリッツCEOとはブラントゲートの各ドームを舞台に日々しのぎを削る間柄として知られている。彼女もまた、この男に対して燃やす闘志では他の隊員に負けていなかった。
「この前リューベツァールで超低空飛行やらかした時に撃ち漏らしてしまったのが悔やみきれないわ。火力不足ね。兵装の数、もっと増やそうかしら」
物騒なのは言葉だけではない。悪人と戦うプロフェッショナル極光戦姫の目には本物のやる気が漂っている。
「そんな物騒なこと言わないで。美しいキミの顔にはそんな視線、似合わないよ。……ほら笑ってごらん」
「薄っ気味悪い声出さないで。それと、私に触ったら公務執行妨害で制圧する」
リーフル・ロイヤーの指がライフルのトリガーガードから外れた=即射態勢に入ったのを見て、ヴェルストラは彼女に伸ばしかけた手を慌てて引っ込めた。女性には常に全方位全力でもって当たるのが信条のヴェルストラもやはり人間。命あっての物種である。
「へっへー。CEOの通常営業なんだけどなぁ。ダメか、これ」
いきなり態度を崩したヴェルストラはヘラヘラ笑いながら大袋を担ぐ。もちろんこうした私物持ち込みも規則に反している。衛士が咎めない所を見ると、これも獄長の許可があるという事なのだろうが、何もかもが異例ずくめの囚人だった。
そんなヴェルストラはソラに促されながら、監房ブロックに向けて歩き出した。
「じゃあな」とそのすれ違いざま、
「……いつか本当にここに連れてきてあげるから」とリーフル・ロイヤーが低く声をかけた。
「でもそれは今じゃ無い、よな。じゃお疲れさん。セラスのお姉さんによろしく~」
宣戦布告ともとれる言葉に、明るい大声と笑顔で手を振るヴェルストラと仏頂面のソラは去った。リーフル・ロイヤーは転送元ブースに歩を進めると、歯がみしながら転送ビームの光のシャワーに身を任せた。
「まったく。セラス様はいったい何をお考えなのかしら……」
転送時の閃光。誰もいない転送室には極光戦姫の呟きの残響が漂っていた。
Illust:藤ちょこ
夜。刑務所の消灯は早い。
ソラ、と隣の房からヴェルストラの声が掛かったのは、その消灯直後のことだった。
「おい、ソラ!……まさかもう眠ったなんて事はないだろうな」
「寝てる」
「ふふん。一日氷原に寝そべってオレの狙撃タイミング待つようなヤツが言うセリフじゃないなぁ」
次の声はソラの牢の前で聞こえた。
「どうやって」抜け出たのか。そう聞きながらソラの平板な声にも驚きはない。
「こうやって。“開けドア”」
その声とともに鉄格子が音も無くスライドして開放した。
じろりとソラに睨まれたヴェルストラは、喉元を指した。よく見ると、皮膚に偽装した咽喉マイクのようなものが装着されている。
「ブリッツ・インダストリー社製。これもそれもあれも」
とヴェルストラはドアとマイクを指す。最後のあれも、とは入獄時の手荷物検査装置のことらしい。
「そしてこれがあれば刑務所でも無敵!無敵!」
建築物と機械をこよなく愛するCEOははしゃいでVサインをしてみせる。
「裏コード入力か。マスターキーを製品に忍び込ませておくなんてコンプライアンス違反だ。客を失うぞ」
「このオレ様が無断でやるわけないだろう。今回に限り、獄長とセラスの許可をもらってるんだよ」
「……とんでもないヤツ」
この監獄の長と、極光戦姫のリーダーに“刑務所の檻を開放する装置の使用許可”をもらっているからOKとヴェルストラは主張するものの、ソラの表情はまったく晴れない。何しろソラや仲間が使っている装備もそのほとんどがブリッツ・インダストリー製なのだ。こんな無茶苦茶なヤツの会社が作る機械に安心して命を預けられるものか!
「まぁまぁ。お前んトコのバトロイドには何も仕込んでないから心配するなって。……なんだよその目。オレを信用しろって。そうだ。商売は信用第一なんだぜ。あ。それとこれバスティには内緒、な」
ブリッツ・インダストリーCEOは葬空死団首領の忠告に笑顔で頷いてみせた。もちろん反省など1ミリもしていない。
「もういい。おまえといると時間が無駄に流れる」
とソラは一動作で寝ていたベッドから廊下へと降り立った。正体を隠して活動しているものの私兵組織の長、鍛練に怠りはない。さすがの身のこなしである。ヴェルストラは大袋から作戦常備品のバッグを取り出して手渡す。
「行き先はわかっているんだろうな」とソラ。
「刑務所って言うのは捜し物には広くない所でさ。特にここはね」
ヴェルストラはそう言うと一瞬どこか上方を見、大きすぎる荷物を背に抱えるといきなりマントを翻して走り出した。ソラがほんの少し目を見開くほど、それは企業家とは思えないほど滑らかな動きで音も立てない、見事な忍び走りだった。
「ジェイラス獄長。やはり自分は承服しかねます。こんな勝手を許すなど」
看守長は監房棟のモニターから顔をあげると、背後に立っている獄長に訴えた。
画面には先ほど、こちらに向かってウインクしているヴェルストラの顔がハッキリと静止画で映っている。
「禁じられている私物の持ち込み、食堂での騒乱扇動と挑発、製造メーカーしか作れないマスターキーの使用、そして監房からの脱獄。どれを取っても重罪です!見逃せません」
「惑星クレイの東洋に伝わる格言に『毒をもって毒を制す』というのがある。知っているな」
看守長は頷いた。この刑務所に務めるものは──外界と流れる時間の早さが違うのでそのギャップを埋めるべく──多くを古今の情報の吸収に費やすことになる。加えて看守長は、獄長と同じく惑星クレイ外生物の種族である。人間などよりは遙かに寿命が長い。その分、歴史や知識には詳しかった。
「奴は生き餌だ。より巨大な悪を釣るための、な」
そのひと言で看守長は黙った。
ジェイラス獄長にはヴェルストラを泳がせて狙っていること、何らかの思惑があるらしい。それがこの監獄のためになる事ならば、自分は役職として従うのみである。近年まれに見るほど沢山のルール違反が今、自分の監視下で起こっているとしても。
ギィィ……。
長い間、ひょっとすると何年もの間、開けられたことがなさそうな古びた重い金属製のドアが開いた。
内部には古い油の匂いと重く低い機械の作動音がしている。
「ここは廃品再生プラントか」
とソラ。見上げた先には、ベルトコンベアと繋がったタンクや工作機械がゆったりと処理ラインを流し続けている。
「お、さすがバトロイド乗りのソラ君。勘が良いな」
ヴェルストラは嬉しそうに頷いた。
「この再生プラントに目的のものが?」とソラ。
「んー。厨房は隅々まで探したけど何も見あたらなかったからなぁ。消去法で言うとここしかない」
「それで掃除を買って出たのか。妙だと思った」
ソラはまたヴェルストラを睨んだ。到着して早々荷物を下ろすのももどかしげに、ヴェルストラは「新入りの義務」として獄内の清掃を買って出たのだ。そうして張り切ってあちこちピカピカにした“新入り”が、さらに昼飯時にはゲームでグラビディアン(の協力者の)鼻を明かしてやったので、古株の囚人たち、特に惑星クレイ出身者からの印象はかなり良かったようである。
「いや、長居するつもりはないさ。あっちではオレたちの帰りを待ってるヤツらがいるんだから。お前だってそうだろ、ソラ」
「葬空死団の管理・命令業務はAIで対応している。俺が消えても永遠に組織は存続される」
「へぇ用心深いんだな。オレはそこまで考えてなかった」
とブリッツ・インダストリーCEOは感心し、ソラは怒った。
「おまえは大会社の社長だろう!自分の身の安全に何の対策もしていないのか!無責任だ!」
まぁまぁお静かに、とヴェルストラはいなす。
「お前にとっては組織がとても大事なものだって事がわかったよ。ただオレは組織そのものじゃなくて“人”が好きなんだ。構造物はロマン、人には愛さ」
ソラは黙った。ヴェルストラの物言いがあまりにもストレートだったためだろう。この男は時々、聞いているほうが恥ずかしくなるような事を平気で、しかも心の底から本音として言う。こういう所が、やることなすこと何もかもが無茶苦茶なのにどこか憎めず、なんだかんだ言いながら部下や友人がついてくる理由の一つなのだろう。
「だからもしオレがいなくても、皆が代わりに仕事や会社をきちんと回してくれると信じている。つまりオレたちが言っている事は同じ。だからオレは今回、ソラについてきて欲しいと思ったんだ。ソラがオレの“安全対策”だよ。ま、何より腕が立つもんな、お前は」
「しっ!待て。何かいる」
ソラは手を挙げてヴェルストラの饒舌を遮った。
……あー、腹減って仕方ないレッドン。
……でもー、最近スクラップが流れてこないイエロ。
……きっとー、アイツがジャマしてる。怖いブラウニ。
「どうやら言葉がわかるヤツ等らしい」
とソラ。ここが銀河系中から異種族が集まる場所だということを考えると、正体がなんであれ共通語が話せる相手ということは幸運なこと。ともあれ牢獄に入っていない生物は監獄の職員だけのはずだから接触には慎重を期すべきだ。
……とソラが考えている間に、ヴェルストラは行動を起こしていた。
「わっ!」
きぃー!きぃー!きぃー!
初対面の挨拶代わりにふざけて脅かす声に悲鳴が応え、そこからしばらくの間、プラント内部でブリッツCEOと謎の生き物たちとの追いかけっこが始まった。
「……止める間もなかった……」
さすがのソラも額を押さえて立ち尽くす。
これは迅速を旨とする隠密行動ではなかったのか。地上の約30倍で過ぎるという銀河中央監獄ギャラクトラズで、いったいコイツは何をやっているのだ。
それでもソラは辛抱強く待った。目的達成までは地道な努力と忍耐を重ねる。それがソラ自身をここまで生き残らせてきた彼の強さだった。
やがて追う側追われる側、双方が疲れ切った様子を確認してから、ソラは3人の謎の生き物に尋ねた。
「お前たちは何者だ。なぜここにいる」
Illust:いの介
時刻は真夜中。
刑務所の廃棄物再生プラント。その最終区画に3人のエイリアンが住んでいた。
刑務所の古資材を食べて浄化する不思議な生き物たち。いつしか彼らはこう呼ばれていた。
『ミッドナイト・リサイクリーナーズ』と。
彼らがいつ、どこから、どのようにしてここに来て住み着いたのか。誰も知らないし、本人達でさえもう覚えてはいない。ただ古い金属が好物の彼らは、この銀河系中心部で孤立した刑務所で故障し使いものにならないほど老朽化した機械や脆くなった資材を「食べる」ことで生き残ってきたのだ。それが最近、急にその廃棄物がラインに流れてこなくなり、飢えて困り果てていたのだという。
「うーん……なるほど。そりぁ困ったな。普通の食料ならすぐにでも持ってきてやれるんだが」
と事情を聞き終わったヴェルストラが腕を組む。
「金属しか食べられないとなると、資源リサイクルが完結しているこの刑務所では難しいだろうな」
ソラはリサイクリーナーズの面々へ投げナイフを3本、食事に提供しながら呟いた。これもCEO同様、厳重なはずの入獄検査をすり抜けて持ち込んだものらしい。3人は変わった素材だし鋭すぎるなどと文句は言ったものの、その牙で刃物を易々と砕き、噛みしめて飲み込んでゆく。
「そういえば。さっき“アイツがジャマして”とか言ってなかったか」
とヴェルストラ。赤いレッドン、黄色のイエロ、茶色のブラウニ、3人の怪獣系エイリアンは一斉に喋りだした。
「その通りレッドン!」
「最近、突然現れたんだイエロ!」
「ユーレイ!あのゴーストだブラウニ!」
幽霊?ヴェルストラとソラは顔を見合わせた。
Illust:Moopic
ベルトコンベアにまた廃品が流れてきた。
銀河中央監獄ギャラクトラズは惑星クレイ銀河の中央部、巨大ブラックホールの近くにある、完全自活の刑務所である。よって必要な資源と鉱物は周りの小惑星帯から採掘してくる。ここで問題になってくるのが採掘で消耗が激しい工作機械の後始末となる。
「へへっ。見つけたぜぇ。今夜のエモノをよぅ」
ゴーストは左手に掲げたランタンで照らしながら、横に長く裂けた口から牙を剥き出しにした。
「ふん!コイツもいい品物だぁ。ここのヤツらは自分たちが持ってるモノの価値を知らねぇもんな」
ゴーストはコンベアから取り上げた廃品をためつすがめつ眺めた。
「あんなエイリアンどものエサにくれてやるなんて、とんだ間抜け野郎どもだぜ」
「あー。それ全部、純度の高いギャラクトラズ鉱だよなぁ。宇宙でもこのあたりでしか採れない万能鉱物。惑星クレイだとリサイクル材でも超高値だ。よーく知ってるよ」
「げ」ゴーストは変な声を上げた。
その視線の先にはゴーグルをかけたヴェルストラとソラがいた。
「オメエら、オレの姿が見えるのか」
「姿、消せるんだってな。ところが今回のサプライズ品。このゴーストゴーグルってものがありましてね」
「安くはなさそうだが」
「いや、それが今ならお手頃なお値段で」
と戯れている2人の人間を尻目にゴーストは壁抜けで立ち去ろうとしていた。
「おーっとっと!ちょっと待った、そこのゴーストちゃん。逃がしゃしないよん」
ガシャ・カチャリと音を立てて、2人は妙な形の銃を構えていた。
幽霊クランキィ・ストローラーは嘲笑った。
「へ・へ・へっ。おいオメエら、ゴーストに銃で刃向かう気なのか?」
うん、そうだよとヴェルストラは頷く。
「あんたはダークステイツのお尋ね者、クランキィ・ストローラーだ。強欲が過ぎて地元にもいられなくなって姿を消した。暗黒街のボスから“あるもの”を盗んで」
「げ」またゴーストが呻いた。
「オメエ……な、なんでそれを」
「この銃を用意してくれた船長さんと船長代理さんがさ。いろいろ調べてくれたのさ。しかしまさかギャラクトラズに潜伏してるとはね。しかも姿が見えない売人として廃材横流しで一儲けとは恐れ入った。すごい商才だ」
「あぁ。こいつの言うことは聞かなくて言いぞ。クランキィ、一緒に来てもらう」
なんだよ。そのセリフ、オレが言いたかったのに!少し黙ってろ!とまた口喧嘩が始まる2人を、クランキィはまた嘲った。
「行かねぇと言ったら」
「撃つ」とソラ・ピリオド。
「聞かねぇと言ったら」
「警告抜きで撃つでしょ、そんなヤツ」
ヴェルストラは言いながらトリガーを絞った。
奇妙な形の銃から放たれた光線は、蜘蛛の巣のような複雑な軌跡を描きながら、ゴーストを絡め取った。
ギャギャーッ!!
光線はそのまま銃に逆流して戻り、本体の透明なカプセルに“何か”が格納された。
「ほぅら、人の言うこと聞かないからCEOってばうっかり最大出力で吸引しちゃったぞっと」
とカプセルを突っつきながら邪悪な笑みを浮かべるヴェルストラ。一方のソラは真面目な顔でその手元を覗きこみながら尋ねた。
「これが今回の目的か。あの獄長が勝手を許すわけだな」
「ま。商売は持ちつ持たれつさ」
ヴェルストラはカプセル以外のものを大袋に詰め込み始めた。
「さてと、それじゃ帰りますかね。……惑星クレイは1ヶ月経ってるのか。ペルフェがうるさいぞ、こりゃ」
「悪人は捕まえ、悪事を止めて、獄長は見えない厄介者が無くなり、怪獣たちは食料を取り戻した。……これで任務完了か、CEO」
「いいや、ソラ」
ソラの平板な口調に、ヴェルストラはひとつ鼻をこすって答えた。
悪戯っ子のような笑みを浮かべているが、その目だけは世界屈指の敏腕経営者であり、惑星クレイの一大事にはいつも裏方として力を貸してきた影の英雄にふさわしい鋭い光を放っている。
「面白くなるのはこれからさ」
了
※単位、色の名称(ロイヤルブルー)などは地球のものに変換した。※
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《今回の一口用語メモ》
銀河中央監獄ギャラクトラズ
超銀河警備保障の極光戦姫によって逮捕された犯罪者が収容される刑務所。
特に、極光戦姫セラス・ホワイト(や超銀河兵装オーロラフレームのリミッターを解除した形態、極光烈姫セラス・ピュアライト)はこの監獄と直結する権限を持ち、一度捕縛されるとどのような種族であっても収監を逃れる事は絶対不可能と言われることから、惑星クレイの恒星系のみならず銀河系のあらゆる犯罪者に恐れられる刑務所である。
所長は宇宙監獄長ジェイラスが務めている。
その名の通り(惑星クレイが属する)銀河系の中央部にあるとされるギャラクトラズだがセキュリティ上、この監獄の詳細な所在地は不明となっている。悪党仲間が救出や脱出の手引きのために探そうとしてもその範囲は光年単位となり、これが事実上脱獄不可能と言われる理由でもある。
監獄はすべて完全監視の独房であり、収容された者は罪状に応じた期間、食事と入浴、課せられる労働以外はこの房で囚人生活を送ることになる。
ギャラクトラズは一般の刑務所よりも環境は良いと言われる。実際、衛生面や治安には獄長の厳しい目が行き届いている上に、課される労働も施設の維持や清掃が主で、一番重いとされるアステロイドでの資源採掘でさえも機械化されているため肉体的な負担も少ない。
さらに細かい事ではあるがこうした施設としては異例なことに、ギャラクトラズには囚人服が無い。実際、惑星クレイの知的生物は多様で人間型から竜、鳥類、魚類などの各タイプ、さらに外宇宙に至っては異形のエイリアン(アメーバのような不定形から形の無いエネルギー体まで存在する)まで、何か決まった服を強要するのは不可能という事情はある。もちろん入獄時に分子レベルまでの精査が行われ、危険物は全て没収されるはずなのだが、実は今回、こここそが鉄壁を誇る当監獄のセキュリティーで唯一の泣き所であることが判明した。今後の対策についてはジェイラス獄長とブリッツ・インダストリーCEOとの間で話し合いがもたれる予定である。
問題は、この監獄が(どうやら)銀河系中心のブラックホールの影響下にあるため、ここで過ごす刑期と外部の時間経過が違うというものだ。
重力と時間の理論は難しいので簡単に言うと、たとえばこの監獄で過ごす1日が、惑星クレイの場合1ヶ月に相当するとされる。他の惑星や宇宙ではこの時間換算は変わってくるが、いずれあまり長い期間をこの監獄で過ごすと、故郷の様子は変わり果て、自分を覚えている者が誰もいないという怖ろしい結果になる。ただし、こうした悲劇を避けるため、刑期は囚人の出身地や生活していた環境に合わせて調整されている。最初は居心地の良い楽な暮らしと考えていた囚人も、何日かすると一刻も早くここを出なくてはいけないと焦り始め(便りやニュースで外部では何ヶ月、何年もどんどん時間が経過していく実態を見せつけられるためだ)、模範囚となるケースが多いという。
最後に、外部とは孤立しているギャラクトラズでは水や食料などについては宇宙船と同じ完全リサイクル環境ができあがっているが、残念ながら物質をエネルギーに転換する「炉」がない。そこで、老朽化した金属製品は「食べる」ことで消化される。ミッドナイト・リサイクリーナーズと呼ばれるエイリアンたちは自分たちの食料とすることでこの監獄のゴミを増やすことなく、環境の美化に貢献しているのである。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡