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短編小説「ユニットストーリー」
112 龍樹篇「天壌を繋ぐ剣 オールデン」
ケテルサンクチュアリ
種族 ヒューマン

Illust:三好載克


 ぎらつく夏日が差す戦場。
 ケテルサンクチュアリ首都。天空の浮島ケテルギアと地上の都セイクリッド・アルビオン、この2つの都はいま、相互に護り合うための陣形を敷いている。対龍樹絶対防御陣。後に言う「天壌てんじょう陣形」である。
 その戦場いくさばを今、自在に飛翔する一編隊があった。
 オールデン!
 空に地に第3軍の兵達が叫んだ。彼らの将たる者の名を。
 オールデン!!
 その声に応えるかのように、勇壮な白い軌跡を曳いて4つの“クラウド”が前線の空を駆ける。
 “雲”になぎ払われた龍樹の落胤ゾルダ・ザーカブの前列が根こそぎ破壊され、分解し、この世ならざる物質「水銀様のものヒュドラグルム」となって霧散してゆく。疾く剛く、稲妻のような“雲”を捕らえられる者は龍樹の前線には一体もいなかった。
 オールデン!!!
 新任の将と直衛たちの戦果に、兵達は沸き立つ。
 4人の天上騎士クラウドナイツは完璧なダイヤモンド編隊を保ち被弾することも無いまま、敵右翼第一層の龍樹先兵を蹴散らし、いま戦場に架けた幾度目かの破壊の弧を収めて陣地へと戻った。
「我らケテル第3軍の将オールデン殿、ご帰投!」
 歓声に包まれる本陣。“雲”が晴れると、天上騎士クラウドナイトの将と3人の直衛の姿となり、群れ集い歓迎の凱旋路が開けられた兵達の中に歩み入った。
 白と緋のマント、眩しく白銀に輝く天上の鎧、そして剣士として彼の呼び名の由来である“豪儀の天剣”を携える彼こそ、天壌てんじょうを繋ぐ剣オールデン。ケテルサンクチュアリ第3軍を率いる若き将軍である。
「呼び捨てで良いと伝えてあるのに。戦時特命とはいえ仰々しい御役名はどうも苦手だ」
 兵達に手を挙げて応えながら、オールデンは触れ役の掛け声に軽く眉をしかめた。
「“殿”でもギリギリこらえているのですよ。“様”ではないだけ我慢してやってください」
 と天憧の騎士アドミスはケテル第3軍の兵士たちの声を代弁した。
 燃えるような赤毛と黄金色の瞳、左利きの構え。そしてそこから繰り出される俊速の剣技がトレードマークの人間ヒューマン。編隊では先頭のオールデンを良く支える左のウイングマン。直衛最年少であり、生真面目すぎる所は司令官オールデンにも負けないとからかわれるが、本人はその評判さえも真剣・・に否定する。「自分などオールデン殿の足元にも及びません」と。

Illust:天城望


「まぁ貴方はもう一軍を率いる将なんだから、旧都守備隊長時代と同じようにはいかないよな」
 微笑んでそう言ったのは金の瞳ときらびやかな髪の色が映える天悠の騎士トランキリア。双頭槍を操る彼もまた人間ヒューマンの騎士だ。だが一見、優男のその外見に惑わされて接近を許すと、何が起こったか判らないうちに相手は制圧されている。それはあのゾルダ・ザーカブたちのように。あるいは彼に熱を上げるケテルギアの女性たちのように。ともあれ美形の槍使いトランキリアはオールデンを囲む編隊で右翼を務める凄腕である。

Illust:モレシャン


「しかし俺は地上生まれなワケだし。全軍が一枚板となるためにはまだ……」
 オールデンは低い声で呟いた。仲間だけに魅せるくだけた様子とは裏腹に、その言葉がもつ意味は重かった。
「それが故に我らが直衛を仰せつかったワケさ」
 そう言って司令官の肩に手を置いたのは天朗の騎士サーディオス。緑の髪と瞳、逞しい体格を裏切らず八人張りと言われる強弓の使い手として編隊の殿しんがりを任される天使エンジェルの騎士だ。
「我らが付いている限り、天もつちにも何も言わせぬ。そもそもこの歓呼を聞いて何がまだ不安なのだ?」
「そうだよ。心配なさんな。貴方の繋いだは俺達が護るって」
 トランキリアは片目をつむってみせた。その背後でアドミスも頷く。
 サーディオスとトランキリア、アドミスの3人は天上の浮島ケテルギア出身。そして3人とも、この剛直な地上出身の騎士オールデンを友として上官として愛して止まない男たちだった。ちなみに地上生まれとして天上騎士団クラウドナイツでは異例の出世(一騎士から旧都守備隊長、さらに今回は第3軍司令官)を続けるオールデンの直衛を、天上生まれの友たちで固めたのはある・・人物の計らいである。

Illust:п猫R


「おやおや第3軍の御大将自ら3度の出陣、ぶっちぎりの撃墜王エースとは」
「しかし、そろそろ若武者のような振る舞いは控えていただかぬとな。オールデン殿」
 本陣の天幕に入ったオールデンたちを迎えたのは、言葉とは裏腹に好意的なまなざしと微笑みを向ける黒衣の騎士と賢者の乙女だった。
 シャドウパラディン本部から果鋭の騎士エルマック、サンクガード寺院から開明の賢者フィロン。それぞれ将オールデンと第3軍を支える幕僚となった人材。オールデンとは地上勤務の間に親しくなり、第3軍の編成が発表されると誰よりも先に志願した、こちらもこの若い将の得がたい友人である。ちなみに巨人ジャイアントのフィロンは天幕に収まるため、いまは魔法力で人間の大きさへと変じている。

Illust:麻谷知世


Illust:菊屋シロウ


「直衛の自分たちの存在をお忘れのようですね。オールデンは単騎ではありませんよ、エルマック参謀」
「そうそう。それに俺達の姿が前線にあることで兵の士気も増す。これは大事なことだよな、フィロン参謀長」
「正直な所、貴様も来たかったのだろう、エルマック。次はライトリーズも出ると言うぞ、一緒にどうだ」
 直衛の騎士たちも笑顔で応酬する。なお天晄竜てんこうりゅうライトリーズ・ドラゴンは攻撃隊の要だ。
「皆、お目付役ご苦労」
 オールデンは全員を見渡して苦笑する。戦いの真っ只中でも軽口をたたき合えるのは本物の戦友の証だ。そして直衛の天空騎士、幕僚の地上人、この後出番を待つドラゴンや他の兵たち、とオールデンの周りでは、ケテルの天と地の力がごく自然に融和している。彼オールデンを古風な騎士の伝統を継ぐ生真面目で情熱的かつ率直な好青年としてだけでなく、この国の次世代を担う器として重用したバスティオンはまさに慧眼だった。
 また賢者に言われるまでもなく、将と剣士両方を望むことは我が儘なのだろう。万が一にも指揮官が負傷することがあればたちまち士気は落ちる。それでも休みなく前線で戦い続けることが若輩ものの将としての義務だとオールデンは信じていた。そんなオールデンを部下は、いや友たちは好もしく思い、惜しみなく力を貸すのだ。この強情者と。
「さてオールデン、皆。そのまま休みながら聞いてほしい」
 エルマック参謀は、各々ボトルを傾けて喉を潤す将と直衛に作戦卓を指した。
 首都周辺を模式化した戦況図。ケテルの魔法科学ネットワークによって盗聴や漏洩を警戒することなく、全軍司令部が共有している最新状況である。



「現在の戦況。我が第3軍が対する敵右翼が少し押して来ているけれど、今の所は五分と五分。睨み合いだね」
「ケテルサンクチュアリおよび我らが首都は、神聖王国ユナイテッドサンクチュアリの頃より神格の化身や、世界を救う英雄を産み出してきた運命力が集まる地である」
 本陣の天幕に、開明の賢者フィロンの声が響く。人間サイズの今、外見では華やいだ雰囲気の乙女という印象が強いのに、その口から出るのは賢者らしく知的で重々しい言葉というのが見る者に違和感を与える。
「大国で唯一、龍樹に対し組織的な抵抗に成功し、取り込まれる者もわずかだったのがそのあかし。その柱がロイヤルパラディン、シャドウパラディン、ゴールドパラディン郷士、そして破天騎士団とユースベルク」
「ユースベルクからの便りは如何いかに?」
 オールデンはつられて将官らしい口調に戻った。興味深いことに第3軍では破天騎士の長を表立って「ユース」と俗称で呼ぶ者はいない。やはり軍団というものは将の性格に倣うものらしい。
「ダークステイツとの国境付近で足止めをくらっているようだよ」とエルマック参謀。
「増援も送り済みだ。ユースベルクは自己を律し成長し続け厳しい局面におかれても正しい道を選ぶ男、とは魔宝竜の評だ。彼のここまでを見るにその見立てはおそらく正しい。破天騎士団に任せておいてよいと考える」
 重々しく乙女のフィロン参謀長は答えた後、独り言のように言い添えた。
「またオラクルの予言によれば、ユースベルクは今後、ある局面において重要な役割を果たすであろうとの事。我々が戦う盤上で、いつか思わぬ一手になるやもしれぬ」

「オールデン司令官。よろしいか」
 呼び出し音とともに司令卓の通信スクリーンが開いた。
 一同は直立して敬礼する。
 発信元は第2軍を率いる天上騎士クラウドナイト、誓約の天刃フリエント。
 バスティオン総司令官の腹心、ロイヤルパラディン第1騎士団《クラウドナイツ》副団長、言わずと知れたケテルサンクチュアリ騎士団古参の将である。

Illust:萩谷薫


「楽にしてくれ」
 第3軍首脳部を座らせたフリエントの佇まいは、スクリーンを通してさえ岩のような威厳を感じさせた。
「オールデン殿。戦果上々、何より。敵の脅威となり味方の損害を最小限に抑えた。それでよし」「はっ」
 オールデンは立ち上がり、会釈で好評に応えた。
 戦時の今、将として階級差は縮まっているが、同列などと思えるわけもない。オールデンにとっては将としても武芸者としても一個人としても尊敬おく能わざる先達である。
 そしてフリエントに対する時、実はオールデン自身にしかわからない感慨がある。
 地上人として、ただでさえ難関である天上騎士団入隊試験に挑んだとき、試験官だったのがフリエントその人だった。そしてフリエントは初対面の際にこう呼んだのだ。「地上の都セイクリッド・アルビオンの騎士オールデンの子、オールデンよ」と。オールデンが同じ名を引き継ぐ騎士家系の子であること、まだ偏見に満ちた時代にあえて旧都を“地上の都”と呼んだこと。短くとも言葉の重みとその後ろにある人格・配慮の深みに若きオールデンは魅せられた。この人に鍛えられたい、そしていつかこの様な盤石の騎士になるとその時心に誓ったのだ。
「総司令官殿は全軍正面、第1軍にあり。時が満ちるまで出陣することはない。それまでは小競り合いが続く」
 総司令官とは言うまでもなく、ケテル防衛省長官バスティオンのことである。
 目を移すと画面にワイプで、こちらは全軍あてに公開されている現在の彼の姿がある。
 頂を超える剣バスティオン・プライム。
 一騎打ちに際してのみ見せる最上プライムの姿。敢えてその姿を陣頭の司令座に現すということは、バスティオンがこの戦いに賭ける意気込みを示すものであり、それを見た兵の士気がいかに上がるかも当然計算に入れた配信であった。
「故に、貴殿は現状を維持。すなわち遊撃という形での強行偵察を続けてもらいたい」
「了解であります」
 敬礼するオールデンの顔が引き締まる。やはりフリエントにはお見通しだった。
 籠城戦のさなか将自ら出陣して敵を蹴散らす。一見、猛将としての振る舞いに見える連続出撃にも、実力未知数の龍樹軍の強さと耐久力を測る狙いがある。またトランキリアが指摘した士気の鼓舞ももちろん含まれる。なにしろケテルサンクチュアリは今、天輪聖紀となって初めての、かついつ終わるかもしれない籠城戦のさなかなのだ。攻めに逸る若者と盤石の老練ベテランそして不動の総司令官。いずれも兵の人気の高い指揮官が3者3様に軍を率いているという図式。命を賭ける兵達にとってこれほど心強く頼もしい組み合わせもない。
 さらに付け加えれば、大出世のオールデンの周囲に生じるであろう“歪み”を和らげるべく、天地両方の彼と親しい若者を直近に配置させたのはフリエントその人だ。もしブラントゲートの工業会社のCEOがこれを伝え聞いたらきっと言うことだろう。「古狸だねぇ。ブリッツうちのリーダー研修にお招きしちゃおうかなぁ」と。
「とはいえ……」
 フリエントは敬礼を返しながら、ひとつ言い残した。
「止めてもは行くのだろう、天壌を繋ぐ剣オールデン。ケテルすべての民のために」「はっ!」
 オールデンはある思いを秘めながら、一礼してこの憧れの人との通信を終えた。
 ……映像が消えた天幕に、騎士と賢者たちのふつふつと燃える思いがあった。
 そうだ。自分たちはこの男のこういう所に惚れている。彼が征く所どこまでも着いていくのだ。
 古参の騎士フリエントは正しく若き戦士たちの心に火を点けた。
 短い休息の時は終わった。
 天幕がさっと引かれる。
「ケテルの騎士よ!今こそ盟約を果たす時!龍樹の枝一本とてこの首都には触れさせぬ!」
 オォ──!!
 オールデンの大音声だいおんじょうに天地が震えた。
「民のために!国のために!我らが総司令官バスティオン様のために!」
 ケテルサンクチュアリ第3軍の士気はここに最高潮を迎えた。

Illust:霜村航


「見事だ。彼の一挙手一投足がケテルのあめつちを結びつけている」
 第1軍本陣。深謀の聖騎士サージェスは動かぬ総司令官に顔を向け、言葉を続けた。
 見つめる先のスクリーンには再び出撃したオールデン編隊の“雲”の輝きが映っている。その背後には、先を争うようにそれに追随し、龍樹の軍勢に襲いかかる第3軍の精鋭たちの姿があった。
「本当に良い騎士、そして司令官としても将来が楽しみである。そうでしょう」
 “無冠の帝王”と綽名されるサージェスは年齢こそ上だが、オールデンと同じく、人望篤く本来ならばとうに将官になる所をあえて前線の一騎士であらんとする人物である。だがどうした心変わりか、今回サージェスがいるのは第1軍本陣の総司令座の横、外から見るとまさに参謀というていである。
「血がたぎりますな。自分も今すぐ討って出たい所です。龍樹の落胤とやらがどれほど歯ごたえのあるものか、知りたい」
 バスティオンはまだ無言である。
「全軍あて中継復帰します!10秒前」
 配信担当の兵がサージェスに伝達した。
「了解した。引き続き音声は切ってあるな」「勿論であります」
 よろしいとサージェスは頷くと、踵を合わせてバスティオンに向かって敬礼した。
「総司令官殿に敬礼」
 天幕にいる全ての兵が倣う。
 その緊張とみなぎる闘志の中、神聖国の騎士サージェスは誰にも聞こえない呟きを放った。
 巧みに擬装された、甲冑だけの総司令官に向かって。
「いつの日も貴方こそ我らが勝利の鍵。一刻も早くお戻りください。バスティオン様」



※単位などは地球のものに変換した。※

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《今回の一口用語メモ》

ケテルサンクチュアリ 天壌てんじょう陣形と白き世界樹
 戦闘にはそれがどんな規模のものであれ「勝利条件」が存在し、それが満たされることで終了する。戦争とは連続する戦闘の集まりである。
 これはケテルサンクチュアリの騎士士官学校で、我々が第一に教えられる戦場指揮官の心得だ。

 それでは今回の龍樹侵攻における勝利条件とは何かと考えると、
☆ケテルサンクチュアリ側:龍樹本体、すなわち「蝕滅の龍樹 グリフォギィラ」を滅ぼすこと。または“戦況が好転する局面”まで龍樹の攻勢を耐えきること
★龍樹側:ケテル国の至宝「白き世界樹」を奪取ないしは完全浸食すること
 となるだろう。
 今回、首都防衛戦でケテルサンクチュアリ側がとった「天壌てんじょう陣形」は、この視点からすると合理的なものといえる。天壌てんじょうとは天と地にそれぞれ存在するケテルの2つの都を指す。ケテル側は、敵の狙いがセイクリッド・アルビオンの聖域“宮殿山きゅうでんのおやま”にある事に備えて、龍樹の攻撃に対し空の浮島と陸の都/地下すべてを防御陣地と化したのだ。天と地に分かたれた民が国の危機に際し手を携え、まさに国の総力を挙げて敵に対抗したのである。※本文中の陣系図を参照のこと※
 破天騎士ユースベルクの叛乱未遂以前には、天上の浮島ケテルギアが覆い被さる「触」が地上への圧政だったことを考えるとシャドウパラディンである私、ゲイドにとっても感慨深いものがある。
 下記は(今となっては)古い呼称のままとなっているが、旧都(現・地上の都セイクリッド・アルビオン)と天上の浮島ケテルギアがもっとも険悪であった頃、「触」の解説図となる。



 ケテルサンクチュアリ天壌てんじょう陣形の考案者は、正面主力第1軍を担う防衛省長官バスティオン。右翼第2軍はバスティオンの腹心である誓約の天刃フリエントが将となる。そして大抜擢として旧都守備隊長都からもう一軍を率いる立場を与えられたのが右翼第3軍司令官、豪儀の天剣オールデンである。
 若き騎士オールデンはその出身と実績、謹厳実直で誰もが知る公正さから、天上騎士クラウドナイトでありながら地上の民の信頼も篤い。だが戦時特命とはいえ、若くして一軍の指揮を任されるのは異例といえる。
 この度の戦いから彼が新たに担った呼び名には、そうした彼に寄せられた天地の民からの期待と信頼──そしてこの人事をもっとも強く推した防衛省長官がこめた希望──が窺える。すなわち、
 天壌を繋ぐ剣 オールデン
 と。

シャドウパラディン第5騎士団副団長/水晶玉マジックターミナル特設チャンネル管理配信担当チーフ
厳罰の騎士ゲイド 拝


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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡