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ユニット

Unit
短編小説「ユニットストーリー」
119 龍樹篇「LèVre♡SœurS シャルモート」
リリカルモナステリオ
種族 サキュバス
カード情報
 リリカルモナステリオの四季は穏やかだ。
 ただし見える風景について言えば、空飛ぶクジラで世界を旅するこの学園都市は、常に惑星クレイの上空を巡っているために、今日は熱帯かと思えば明日は氷原と激しく目まぐるしく変わってゆく。
 一年を通じ快適な環境を保ってくれる天蓋の中にいるからこそ、景色とは別に、季節の移り変わりをより実感するものとしてカレンダー上のイベントが大事になってくる。
 そして、そんなリリカルモナステリオの秋を彩る祭りこそが……
 「万闇節ばんあんせつ」だ。
 この数日間はリリカルモナステリオがカボチャ一色となる。
 そして、かつて万闇節がグランブルーの海賊たちによる大騒ぎだったことを示す名残り、カボチャをお化けの顔状にくりぬいた飾りやランタンが、学園と町にあふれるのである。

Illust:満水


 穏やかに対流する秋風が吹く夜。
 歌と踊りに浮き立つ町には、どこからか香ばしい砂糖菓子やパンプキンパイの匂いが漂っている。
「ね、ここのお店の前がいいよ。撮ろ!」「うん。インカメ、もうちょい上からね!」
 えを狙い、斜め上からスマホをかざす学園生2人。
 セルフィー自撮りの映えを友達同士で競い合うのは、お祭りのもう一つの楽しみ方。如何にバズるか。それが生徒の間での裏テーマだ。
 魔女帽エナン人間ヒューマンと寄り添うサキュバス。
 リリカルモナステリオでなければ周囲が慌てて引き離しそう──サキュバスは基本男性がターゲットとはいえ人間の精気を吸うことで知られているので──だが、この学園ではエルフだろうと人魚マーメイドだろうと巨人ジャイアントだろうと獣人ワービースト、あるいは悪魔デーモン、ゴーストでさえも仲良く、一緒にいてダメな法など無い。
「ん……あれ?」「なに?」「いまブラント月の中に何か……」
 空を仰いでいたサキュバス生徒が声をあげたので、人間ヒューマンの生徒がスマホを受け取り、頭上はるか遠くをアップにしてみる。
「あっ!!」

Illust:成海七海


 赤きブラント月夜。
 その鮮やかな色彩に照らされた闇の中をホウキに乗った少女が飛んでいた。
 ルル・ルーン♪……ルン♬
 夜風に舞うその音を何と表現したら良いのだろう。選ばれし者の歌声はハミングでさえ、激しく心震わせる。それは聞いた事のある者のみが語られる驚きと感動だ。そしてこの声の主はもうひとつ、彼女にふさわしい言葉を信奉者に贈られている。すなわち“魅惑”、と。
「「シャルモート様ーっ!!」」
 その姿に同時に気がついた者がいたのか、リリカルモナステリオの街路のあちこちから悲鳴に似た歓声があがる。
 LèVreレーヴルSœurSスール シャルモート。
 人気アイドルユニットのリーダー。サキュバス四姉妹の長女だ。
 見つかっちゃった。
 シャルモートはそう言いたげにステッキを上げ首を傾げると、ウインクした。
 遠目なのに、まるでスポットライトが当てられているかのように見るものの目に飛び込んでくる。誰に向けたとも知れないウインクが何故か“自分だけのもの”と誰もが確信する。それはまさに“魅惑”の名にふさわしいサキュバスの中のサキュバス。相手を魅了するために生まれてきた少女だった。
「ふふふっ」
 低空を滑るように飛ぶ少女の笑い声など、聞こえるわけもない。が、立ち尽くすリリカルモナステリオの生徒たちはリバーブが効いたそれ・・を皆“聞いた”し、通り過ぎた後に続く甘い香りにうっとりと目を閉じた。
「はぁ……」「もう魂まで持ってかれそう……」
 2人の女子生徒は──うち一人は同じサキュバスなのにもかかわらず──しばし呆然と後ろ姿を目で追っていたが、やがてはっ・・と正気づくなり、興奮した様子でスマホに猛烈に打ち込み始めた。
 ナマLèVreレーヴルSœurSスール!しかも「魔女がホウキでやってきたコスで低空飛行!」を目撃するなんてレアすぎる!セルフィーに添えるコメントとしては最高だ。
「もうバズるの確定!」「いい夜ねっ!」
 人間とサキュバスはハイタッチして喜んだ。
 無数の出会いがある空飛ぶクジラの背の上。通りすがりのサキュバスアイドルにみんなの“魂”ごと持っていかれるほど魅了されるなんて事も、たまにはあって良いだろう。今夜はカーニバルなんだから。

Illust:成海七海


 アイドルとは元々、形が無いものΕίδωλονを指す言葉だ。
 自分自身に「形」が無いので、見る人は皆、自分の望む憧れを投影する。
 よく動く金色の瞳──これは姉妹共通のものだ──、華奢で背の低い、思わず手を伸ばして撫でてあげたくなってしまうサラサラの髪。アイドルサキュバス四姉妹の次女はそんな少女だった。
「カルミナ様、ここ・・お菓子たっくさん入れておきますねっ!」「私も!」「これもこれも!」
 カルミナは、みるみる重くなる背のカボチャバッグに思わずよろけそうになった。これにまた、廊下に詰めかけた生徒たちから我先と支える手が伸びる。
「……ありがと。みんな」
 カルミナは戸惑ったように、少し困ったように笑った。はにかんだ唇がそれはそれはキュートだった。
 どういたしましてー!!!
 生徒たちは上級生も下級生もなく、ただニコニコ笑いながら一斉に答えた。皆、今日もカルミナに何かしてあげられた喜びに顔が輝いている。
 可愛がられ系アイドル。
 と一番下の妹は揶揄やゆするが、実際そうと言うしかないファン層なのだ。
 例えば今夜、お月様が綺麗ねと学園廊下の窓辺に寄りかかれば途端に椅子とテーブルと茶器がしつらえられ、カボチャ可愛いなと首を傾げれば特大のカボチャバッグがどこからか持ち込まれて背負わされ、やっぱり万闇節と言えばお菓子交換だよねと唇に指を当てた瞬間、背中に山盛りのお菓子が詰めこまれるのだ。驚くべきことにここまでカルミナ自身はいずれも無言のままである。
LèVreレーヴルSœurSスール カルミナはからの可憐なグラスだ。誰もがそれを目一杯、満たしてみたくなる』
 とは月刊誌『ニューズ・スタア』に寄せられた匿名のアイドル評だが皆、納得することだろう。
「さ、いっぱい食べてくださいっ!」「私のが一番先!」「いや、わたしのが……」
 起こりかけた言い争いは、カルミナが板チョコレートの銀紙をそっと剥いて口を開けた瞬間に止まった。
 ぱくり。
 滑らかな口溶け。上品な甘味と苦み。リリカルモナステリオのお菓子に外れなし。
 カルミナは一点を見つめながら味わって小さく頷き、そして誰にともなく呟いた。
「……美味しい」
 きゃーっ!それが自分への誉め言葉と信じて疑わない、大勢の生徒たちの黄色い歓声が今夜も校舎に響き渡る。
 愛される。それは天賦の才能なのだ。

「なるほど。相手を魅了するために生まれてきたような長女シャルモート。愛される天賦の才能をもった次女カルミナ。LèVreレーヴルSœurSスールは個性溢れるメンバーによる人気アイドルユニットのようですね」
「2人とも変わり者なのよ。サキュバスとしてはね」
 サキュバス四姉妹の三女オーディアはそう言いながら、祭りに浮かれ騒ぐリリカルモナステリオの街路に目をさまよわせた。

Illust:成海七海


「そんなに緊張なさらないで。お二人ともシャンパンはいかが。……いらない?」
 インタビュアーの男性と女性カメラマンは飲み物を断ることもできないほどカチコチになっていた。こうして近くで会うと目の前の少女が、見かけ通りでは無い異様な存在感と“力”を帯びていることが判ったからだ。
 オーディアが取材を受ける場所として指定したのは、祭りで賑やかなリリカルモナステリオの広場の隅に留められたカボチャ型の馬車。扉は開け放たれ衆目にさらされているのに、なぜかLèVreレーヴルSœurSスールオーディアの姿に驚き騒ぐ様子が無い。アイドルとその卵が集まる町とはいえこの反応はかなり異常だ。オーディア自身の力かカボチャの馬車の機能かは不明だが、ここには彼女の存在を隠す何か特別な力が働いているようだった。
「ケテルサンクチュアリの通信社さんでしたわよね。サキュバスは初めてご覧になった?ふふ、大丈夫。いきなり噛みついたりはしないですよ。吸血鬼ヴァンパイアではないのですから」
 オーディアは妖艶に髪をかき上げる。他の姉妹と同じサキュバスである隠せない証拠に、背には翼と先の尖った尻尾がある。
「姉たちは──私たちは四つ子なのであねいもうとはあくまで慣習的な立場ですけど──捕まらなかったでしょう。シャルモートは飛びまわっているし、カルミナも取り巻きがあんなにいては近づく事も難しい。それと妹のコクリスも変わり者なので、いつも私がスポークスマンのような事を……」
 肩をすくめる仕草にも知性と気品が漂う。豪華な調度の馬車といい、オーディアは贅沢を自然に自分のものとして振る舞うことができる少女、いつも場の支配者となる、生まれ持っての才能を持っていた。
「ちゃんと聞いていますか。気をしっかり持って……ふふ、私が言うのもおかしいですね。人をぼうっとさせるのがサキュバスというものですから。でも、私たちのこと、正しく知ってほしくって」
 オーディアの美しい唇がグラスに当てられた。
「私たちはダークステイツ生まれ。今回の龍樹侵攻ではもっともに加担した者が多かった国ですよね。でも一番、龍樹の本質──“力”の論理とその魅力を素直に受け容れる──を理解していたのもまたダークステイツの良いところだと思います。力で支配しようとしていた者、つまり龍樹の勢力が、逆に惑星クレイの住民として受け入れて欲しいと望むことがあれば、きっと率先して橋渡し役を買ってでることでしょうね」
 持ち上げたシャンパンのグラスごしにインタビュアーを見る瞳もまた黄金色である。 
「……ごめんなさい。やはりこうした形でのインタビューは難しいようね」
 見ればすっかりオーディアの妖艶な魅力に取り込まれたケテルの男性インタビュアーと女性カメラマンは、飲んでもいない酒に酔ったかのように陶然と、メモを取ることもせず最初の一枚以外の撮影すら忘れていた。
「さぁお帰りはこちらです。どうぞお気をつけて」
 結局、最初の質問しか言葉を発することがなかった2人は、フラフラと淡い光に照らされた街路に出て行った。しばらくすれば、元気を取り戻すだろう。オーディアが魅惑する力は(他の姉妹同様)サキュバスの基準からしても相手が男性でも女性でも段違いに強いようだ。だが、彼女たちは入学以来精気を吸うため狩りに出向くことはなかった。これほど年中元気なアイドル学園の中ではステージに立ち、声援とその場の空気に身を任せればエネルギーは欲しいだけ自然と身体に流れ込んでくるのだから。
 サキュバスにとってリリカルモナステリオはまさに天国なのだ。
「今夜のライブには是非きてください」
 オーディアは笑顔でそう呼びかけた。続く言葉は自信と精気に溢れたアイドルのものだった。
「私たちの魅力。存分に堪能させてあげるわ!」

Illust:成海七海



 寮の廊下に彼女の名を呼ぶ声がする。3人。いずれもうっとりするような美しい声なのだが、今は怒気をはらんでいるために凄みがあった。
「おー、怖い怖い~」
 コクリスは食堂のテーブルのクロスに潜り込むと、持ち込んだランタンに火を灯し、無線ヘッドホンを耳に入れた。部屋着に携帯ゲーム機、足元にはカボチャ箱に満載のお菓子と清涼飲料のペットボトル。引きこもりの準備完了。ここからがコクリスの一番幸せな時間だ。
「万闇節♪万闇節♬」
 姉たちから逃げ回っている間、操作できなかった携帯用ゲームはちょうどいい所でオートセーブになっている。ネットの向こう側では他でもないコクリスとの対戦を待っている仲間=ファンが大勢いるのだ。待たせたね、みんな!
「くくく!ゲームしてお菓子食べてるだけでいいの、さいこ~!」 
 よぉーし、続きだぁ!と画面に入れ込んだ瞬間。
 さっとテーブルクロスが持ち上げられた。
「「「コクリス!!!」」」
「げげげっ!」
「もうリハーサル始まるのに!」とシャルモート。
「……ライブすっぽかして遊ぼうなんて、信じられない」とカルミナ。
「あなたにはプロ意識というものは無いの!?」とオーディア。
 3人の姉はかんかんに怒っていた。
「ま、まぁ4人もいるんだし、お祭りの特別ライブはCGセットなんだから画面処理とAIコクリスで何とか……」
 と言いかけ、コクリスは姉たちの顔を見て続きを呑み込んだ。
「ダメか」
「すぐに着替えて!」シャルモートはリーダーらしく有無を言わせない。
「このままでも……いいかなって」
「パジャマで歌うの?何の演出?」カルミナの目は笑っていない。
「反省がない。罰としてゲーム禁止!そこに置いていきなさい」オーディアの無情な宣告が下った。
「そんなぁぁ~」
 悲鳴とともにコクリスは引きずり出され、ステージへと連れ去られた。
 カボチャ箱に満載のお菓子と清涼飲料のペットボトル、接続を待っている携帯ゲーム機を残して。

 ──リリカルモナステリオ、賢者の塔。メインステージ。
 湧きあがる歓声が、夜の闇をより濃く、柔らかなものにする。
 今宵、万闇節前期を締める特別ステージを彩るのは、個性溢れるサキュバス四姉妹ユニット……
LèVreレーヴルSœurSスール』!!!
 愛を紡ぐ4つの唇が、魅惑の時間の始まりを告げる。

Illust:成海七海




※アイドルの語源=Είδωλον【実体なきもの】については惑星クレイの古代語にも同様の出典があるため地球のギリシャ語を使った。スマートフォン(スマホ)、携帯用ゲーム、ペットボトル、CG処理については地球の似たもの、および俗称を使用している。余談だが現在、リリカルモナステリオでブリッツ・インダストリー社製スマートフォンが圧倒的なシェアを誇っている理由は、他のブラントゲート各社にさきがけて携帯本体のみならずライブ配信システムや通信インフラごとプレゼンした同社CEOの強力な売り込みがあったためと言われている※

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《今回の一口用語メモ》

万闇節ばんあんせつ
 ダークステイツ発祥と言われる、文字通り「闇」と「闇に住まう者たち」を祝うカーニバル、およびその期間を指す言葉である。
 秋の行事であり本来は1ヶ月近く続くが、リリカルモナステリオではクレイ歴10月末の数日間に行われている。理由はもちろんこれ以上続くと学業やアイドル活動に支障をきたすからである。
 万闇節のルーツを辿ると──各国の祭り文化に詳しいリリカルモナステリオの民俗学専門家によれば──、これは闇の国がまだダークゾーンと呼ばれていた頃に、グランブルー(現ストイケイア)の海賊たちから伝わったものらしく、暗黒海の深い夜闇の中、不死の船員たちが大騒ぎするお祭りが、やがて闇に住まう者すべてのお祭りに発展したというのがもっとも有力な説となっている。

 万闇節がまだ不死者の祭りの名残があった頃にはゾンビやスケルトン、ゴーストなどを模した衣装を纏った者が月夜の町をそぞろ歩き、祭壇に生贄や捧げ物が用意されるかなり不気味なものだったようだ。
 現代の万闇節はそうした風味は薄れ、前後期に分かれた華やかなものになっている。
 万闇節前期は別名「お化けカボチャ祭り」。
 昔、不死者を装った名残として、怪物の顔のように実をくりぬいたカボチャが飾りものや、手さげ容器として町中にあふれる。いたずらとお菓子(Trick&Treat!)の応酬がこの時期の名物で、大抵は贈り合うお菓子でカボチャ型のバッグがいっぱいになって終わる。
 万闇節後期は、リリカルモナステリオならではの盛り上がりを見せ、「万闇歌謡祭」とも呼ばれる。
 カボチャ型ランタンの灯りに照らされた学園と町が、一昼夜続く歌と踊りで大騒ぎとなる。

 特に本年の万闇節は、龍樹侵攻の脅威が惑星クレイから去ったことを記念するものとして、例年より一層華やかに盛り上がったものとなっているようだ。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡