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Unit
短編小説「ユニットストーリー」
129 運命大戦第4話「無双の運命者 ヴァルガ・ドラグレス」
ドラゴンエンパイア
種族 ウインドドラゴン


 大雪崩が轟音と雪煙をあげて過ぎ去った時、ソエルは村の上空で避難指示の真っ最中だった。
 よって雪崩で敵の半数を行動不能にし、さらに残る半数とかしらの轟雷獣キテンライズを瞬く間に倒すという、『無双の運命者』の離れ業を見損ねてしまった。
 だからソエルが友と師匠を案じて、村の大門まで翔んで帰った時、戦いは既に始まっていたのである。

 夕景の雪原。それは薄闇の中に展開された奇妙な戦場だった。
 ベクトア・バザール村の大門ぎりぎりに流れ去った雪崩は、付近の地形と景観を大きく変えている。
 しかも麓まで続く雪の回廊には(いかにタフな野生の生き物といえども)雪に埋もれた獣たちと“無双”の剣を受けて負傷した獣たちが点在し、互いをかばい合いながら起き上がろうと四苦八苦している。
 だがそんな苦鳴も、いま向き合っている2人には別世界の出来事のようだ。
 奇跡の運命者レザエル。
 天使は正眼、つまり中段正面に長剣を構えている。
 対する無双の運命者。
 まだ名を明かさないこのウインドドラゴンも中段。ただしこちらは光と闇、二振りの剣を翼のように上向きに広げた独特の構えである。

 固唾を呑んで勝負を見つめる少年剣士アルダートの横に、天使ソエルが降り立った。
「アルダート!ねぇ、一体どうなってるの」
「よぉソエル。それがさぁ、よくわかんねぇんだよ。ストッ、ゴォー、ズバズバズバ!って感じで制圧。すげぇよ!あっという間だったんだぜ」
 アルダートは目の前の対決から目を離さずに答えた。剣を軽く斜面に差し込んで雪崩を誘発、獣を押し流した上で、峯打ちで残る全員を制圧したことを擬音で表したものらしい。もっとも峯打ちといっても、剛剣を当てられたのだから獣といえどもまったく無事であるわけはないが。
「あれは誰」とソエルはおそるおそる無双の剣士竜を指す。
「オレのお師匠様。で、あんたのお師匠様レザエルさんに挑戦して、いま決闘しているってワケだ」
「制圧?挑戦?決闘?」
 ソエルはまだ状況を掴みかねている。無理もない。無双の剣士は呆気にとられるほど鮮やかに、ほとんど時間もかけずに獣の群れを無力化してしまったのだから。村人も雪崩が起こったことは知っていても、大門の前で決闘が行われていることに気づいた者はいない。
「決闘ってどういう事?野蛮じゃない?」とソエル。
「野蛮じゃない!あのな、剣士は誰にでもケンカ吹っかけるってワケじゃないんだぜ。まぁ黙ってみてな」
 アルダートは何か思う所があるらしく、友の天使の肩を押さえ、また決闘へと意識を集中させた。

Illust:萩谷薫


「私を奇跡の運命者と呼んだな、“無双”よ」とレザエルが右に動くと、
「いかにも」無双の竜剣士もまた摺り足で右へと進んだ。
「だが運命者とは何だ?初めて聞いたぞ」
「俺もつい先日知ったことだ。俺はいつもの短いねむりの中で、何者かに囁かれたように感じた。“強きを求める『無双の運命者』よ。ベクトア・バザールに悲しみの天使の翼エンジェルフェザー、『奇跡の運命者』を探せ”と」
 と、まったくの予備動作もなく、雪を蹴立てて無双の剣が右・左・右とレザエルに迫った。その斬撃の激しさもさることながら、光・闇・光と目まぐるしく襲う二振りの剣はそれ自体が受ける側の視力と認識を惑わせる巧妙さも秘めていた。
 レザエルはただ一振りの剣で、無双と三合切り結び、すべて弾き返した。
「できるな、やはり。元エンジェルフェザーの守りはそう簡単には崩せぬか」
 敵の呟きに、レザエルは心動かされた様子になった。無双を名乗るこの武芸者竜はどこまで知っているのか。
「待て。こんな所で斬り合わねばならない、その理由が知りたい」
「理由か」
 無双は双の剣を平行に構え直した。
 その体勢。手足や尾、翼だけではない。鞘や装具までが連動し、ひとつの攻撃体として完成していた。すべての動きが流れるようでまったく隙がない。
「理由などない。武芸者として、俺が貴様より強いことを確かめたい。ただそれだけの事」
 低い声に、風を切る音が続いた。
 二段、三段、四段と嵐のように降り注ぐ猛烈な突きである。
 レザエルはじりじりと後退した……と見せて、大剣は突如攻勢に出た。突き返し、そして押し返す。
 ガキッ!!
 そして無双の光と闇の剣がはさみのようにレザエルの大剣を受けとめた。
「そんな事を証明するためだけに斬られては適わん!」「だろうな」
 鍔迫り合い。
「無双よ。先の“囁き”について訊く。それはいつの事だ」「3日前。ほう、その顔は思い当たることがありそうだな、奇跡よ」「その日、私はD3峰の山頂にいた。同じく睡りの中で私は眩しい光に打たれた。それはまるで白昼夢のようだった。そこで……何か大事なことがあったような気がする。私は誰かと出会った。囁いた者とは別の、私の力を求める誰か。どこかにいる確かな存在に」「眩しい光。力が溢れる感覚と精神の高揚。俺とまったく同じ。良し。その“誰か”というのは気になるがな」
 無双が良しと言ったのはレザエルが重要な記憶に辿り着いたことか、それとも相手が術中にはまった事だろうか。だが何よりレザエルには、決闘が始まる前から渾身の鍔迫り合いに至る今まで、無双の息がまったく乱れていないことが恐ろしい。
 同時にレザエルは気がついていた。
 挟まれた己が剣が、円を描くようにしてじりじりと無双の双剣に絡めとられていく。抵抗できない。これが二刀流の妙技なのか。このままでは剣を跳ね上げられた瞬間、胴を薙ぎ払われる。体勢は圧倒的に不利だ。いかにこの状況を凌ぎ、反撃し得るか否かが私の生死を決めるだろう。

Illust:眠介


 レザエルの不利は剣術に通じていないソエルにさえ明らかだった。
「お師匠様!」
 決闘の場に飛び出そうとする友の身体をアルダートは押さえた。バカやってんじゃねぇ。あんな高度で渾身のせめぎ合いにちょっかい入れてみろ、瞬時に斬り伏せられちまうぜ。2人のお師匠様の剣にな。回る丸ノコギリに飛び込むみたいなモンだ。それに、あの無双のお師匠様が本当にオレの憧れの人なら、ケンカみたいに理不尽な斬り合いを吹っかけるワケがないんだ。ここは信じて待とうぜ。
「どうしたのだ、無双。あの少年には見せたくない光景だが、さっさと済ませよう。おまえが私の胴を薙ぐか、それとも私がおまえの頭に振り下ろすのが早いか。どちらでもある意味、私は本望だ」とレザエル。
「俺のような通りすがりの剣士の手にかかって命を失うかもしれないことが、か。人々に敬われる癒やしの力、天使だてらに剣士の俺とここまで斬り結ぶ力まで持ちながら、貴様の心は空っぽだ。いったい何を無くした」
 無双はあと一息で決着という所で、双剣の回転を止めた。レザエルは戸惑ったように相手を見つめた。
「おまえに言う必要は無い。挑んできたのはおまえだ。決着をつけろ!」
「いいや。貴様と争う必要はもう無い」
「投了するというのか?」
「既に見たいものは見、知りたいことは知った。奇跡よ」
「出会うなり手合わせを望んだのはおまえ本人であろうが、無双」
「相手を知るに真剣勝負より優れた方法などない。が、俺は剣鬼ではない。今日はこれで終わりとしよう。よいな」
「異論は無い」
 2人は同時に剣を引いた。
 だが双方ともまだ睨み合ったままである。無双剣士のウインドドラゴンはともかくとして、癒やし手でありながら残心を知っているレザエルの武術のレベルは実際、アルダートに言った“少し使える”どころではなかった。
「我らが試合しあう機会はまた改めて設けよう。互いに剣筋を研ぎ究めて」
「勝手な奴め」
 無双は剣をくるりと振ると手元を見ることも無く、鞘に刀を納めた。その所作も完璧だった。
「俺の名はヴァルガ。ヴァルガ・ドラグレスだ。この竜の帝国ドラゴンエンパイアにおいては“天下無双”と号す」
「レザエルだ」
「救世の使い、奇跡の翼とも呼ばれるお人です」
 ようやく停戦とみて駆けつけた天使ソエルが補足した。
 そうか、と頷くと武芸者竜ヴァルガは踵を返した。
「待て。いきなり決闘を挑んでおいて何の説明もなく去るのは非礼だろう」とレザエル。
 違いない。ヴァルガは振り向かぬまま今、初めて笑ったようだった。かがり火が彼の背に深い陰影を刻んでいる。
「俺は最強を目指して修行し、それを証明し続けることにこの生涯をかけた。他に一切の願いもない。だが運命者なるこの異様な力は“雑音”なのだ。気に入らぬ。俺は俺自身の力で最強とならなければならない」
「大きな力ほど世界に大きな波を起こすものだからな」
 レザエルは弟子ソエルにいった言葉を繰り返した。
「その通り。ではレザエル。剣を交えた貴様だからこれから俺がすることを教えておこう。この“運命者”なる名と異質な力は何なのか、あと何人存在し、何に起因し、何をもたらし、何に帰結するものなのかを探り、俺はその答えを求め続ける」
は、天使だてらに剣士と斬り結ぶと言ったが」
 レザエルが呼び方を変えたのは、剣で会話するこの恐るべき武芸者竜を友と認めた証のようだ。救世の使いは言葉を継いだ。
「剣士竜だてらにそれほど論理的な思考を積み重ねるとは驚きだ」
「堅物の癒し手の貴様にはそれほど俺が剣術バカに見えたと?なるほど、これであいこ・・・という訳だな。ふむ、面白い」
「それでもまだ、出会い頭に決闘を挑まれたことに私は納得はいっていないが」
「実は一つ、伝え忘れたことがある。俺に囁く声はこうも言ったのだ。『運命者同士が出会うことで世界の“運命の均衡バランス”もまた変化することになる』と」
「運命の均衡バランスとは何か。それは動かして良いものなのか」
「知らん。だが一人目の貴様の居る場所を、何者かが教えたということは“出会え”ということなのだろう。修行を生き甲斐とする俺には好都合な話だ。運命者なるものを探し、鬩ぎ合い、どちらがどれほど強いのかを試してゆく。満足がいくまで、これから何度でもな」
「挨拶代わりに斬り合うなど、私以外に付き合う者がいると思えないが」
「では貴様は承知だな、レザエル」
「君は“他人の話を聞いていない”と言われたことはないか、ヴァルガ」
「記憶に無い。そもそも今回のように話し込むほど、一所ひとところに長くいることは滅多にないのだ。俺は無双。常に、速やかに勝利する故に」
「それは質問への答えではないぞ。これは君を言い負かした私の勝ちではないか」
一時いっときの公平や均衡は認めても、負けは認めぬ」
 レザエルは嘆息をついた。診察で自らの状態を頑として信じない患者と向き合った医師の心地だろうか。
「つける薬も無いとはこのことか。だが、公平ついでに私もその運命者の謎解きとやらに付き合おう。私自身のことでもあり、特に『運命の均衡バランス』とは心惹かれる言葉だ。何か分かったら弟子たち・・を通じて伝え合おう。それで良いな」
「うむ。それでこそ運命者と認めて立ち会った甲斐があったというものだ。……あぁ、それとこの正気づいた獣たちも癒やしてもらえると有り難い」
「それこそが私の仕事だ。心配などしなくていい」
「だろうな。ではさらばだ」
 ヴァルガは月光が照らす夜空の下、そのまま南へと歩き出す。『最強』を求め続ける彼の征く先には、また新たな修羅があるのだろう。
「待ってください!お師匠様ッ!」
 その足元にひれ伏したのはアルダートだった。
「弟子に取った覚えはないと言ったが」
 言葉ほどに非情ではなかった証拠に、無双のヴァルガは足を止めていた。
「はい!高弟の兄さん達でも一緒には連れて行かないのは知っています。でもそれでもオレは、ただあなたに会いたくて、教えを乞おうとして、何日も何日もこの山の中を探し続けたんです」
「俺がドラゴニア大山脈のどこかにいるという噂を頼りにか」
「そうです!弟子にしてもらいたい一心で!」
 アルダートはただ頭を下げ、頼み続けた。もし今振り払われたとしても、どこまでもついて行く覚悟だった。
「オレ、強くなりたいんです!誰よりも強く!この剣で!」
 沈黙は少し長かった。
「名前は」
「アルダート!熱気の刃アルダートです!」
「俺を何日探した」
「えっと……その……」
 アルダートは言い淀んだ。師匠に、要領の悪いとろい奴だと思われたくないのだ。
「今日でちょうど300日です」
「300日!?アルダート、君そんなに山ごもりしていたの?」
 2人の様子を離れて見ていたソエルが叫んだ。
「うるっせぇな!どんなに探してもどこにも見つかんねぇんだから、しょーがねぇだろ!もう!」
「……」無双は背を向けたまま動かない。
「連れて行ってやるといい」「何?」
 沈黙を破ったのは救世の使いレザエルであり、思わず振り向いたのは無双のヴァルガだった。
「弟子は師匠を写す鏡だ」
 レザエルはソエルの頭に手を置いた。嬉しさのあまり当のソエルは目を丸くしている。
「それに最強を証明し続けるのなら証人が必要だろう」
 無双竜はまた正面を向いた。南に向かう道は、雪崩が作った雪の大河のその先にあった。
「遅れれば置いていくぞ」
 ヴァルガはそれだけ言うと歩き出した。ぽかんとしていたアルダートの背を、急いで駆けつけたソエルが押す。
「ほら、行かないと!」
「お、おぅ!それじゃ……」
 アルダートは駆けだした。すっかり相棒となった轟炎獣カラレオルもそれに続く。ところが師匠は歩いているだけなのに、いくら駆けても追い着くどころか距離すら詰まらなかった。
「アルダート!約束!覚えてるよねー!」とソエル。
 約束?駆けながらアルダートは一瞬とまどって、そして破顔した。そうだオレたちは約束したじゃないか。初めて会った時、山の中腹の岩窟で。燃える炎の前で。
「あぁ、約束だ!ぜってぇ叶えるぞ!なぁソエル!」
「またね!元気で!」
「あぁ、おまえもな!」
 アルダートはなんだか目の辺りが沁みるのに気がついたので、もう振り返らず、ただ精一杯師匠を追いかけて走った。
 だって約束を交わした男同士の別れだろ。再会まで覚えてる顔が泣き顔なんてカッコ悪いじゃんか。

Illust:北熊




※暦や単位は地球でつかわれているものに変換した。※

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《今回の一口用語メモ》

調査報告書 第2号 天下無双、仮称「無双の運命者 ヴァルガ・ドラグレス」について
 ケテルサンクチュアリ防衛省長官 殿
 同報送信CC 円卓会議 各位

 前信に続き、水晶玉マジックターミナルの暗号通信モードを使用して送信する。

 我々(小官アゼンシオル風巻の斥候ベンテスタ)は、大望の翼ソエルの監視任務の途中、ドラゴニア大山脈ベクトア・バザール村で奇跡の運命者レザエルの姿を確認。ソエルが“弟子入り”を許された事を確認した。
 これに続く事案として、もう一人の運命者、無双の運命者とその剣技の凄まじさを目の当たりにする。(詳細は添付の動画ファイルをご覧いただきたい)
 彼の名はヴァルガ・ドラグレス。
 武芸者のウインドドラゴンであり、ドラゴンエンパイア国で“天下無双”を名乗っているのはヴァルガのみと聞く。
 望遠マイクによって収拾した情報によれば、ヴァルガ自身は運命者である事について自覚をもっており、
・運命者とは何か
・運命者は何人いるのか
・なにが運命者と成る原因となったのか
・運命者であること(選ばれたこと)に何の意味があり、何を目的とするのか
 という疑問を持ちながら行動しているようである。
 なおこれらは我々の疑問や懸念と同じであり、協調して解明に臨むことで互いに得るものが多いと思われる。

 なお、ソエルと奇跡の運命者レザエル、無双の運命者ヴァルガ・ドラグレスとその弟子はベクトア・バザール村を去り、各々が別な旅路を選ぶことになったようである。
 我々、調査班としてはヴァルガを監視対象に追加することに決めた。※増援要請は別便で申請済※
 情報を得るため今後ソエルと、無双の運命者が同行を許した少年竜、熱気の刃アルダートと慎重に接触、説得し協力を依頼するつもりである。なおこの仲介役はソエルと昵懇である騎士ベンテスタが担当する(本人からの申し出である)。

 続報待たれたし。

ロイヤルパラディン第4騎士団所属 国土防衛調査官 躍進の騎士 アゼンシオル


水晶玉マジックターミナルについては
 →ユニットストーリー054「混濁の瘴気」および《今回の一口用語メモ》を参照のこと。
惑星クレイの暦については
 →017「樹角獣 ダマイナル」の《今回の一口用語メモ》を参照のこと。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡