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ユニット

Unit
短編小説「ユニットストーリー」
130 運命大戦第5話「万化の運命者 クリスレイン」
リリカルモナステリオ
種族 マーメイド
「わぁ!まるで輝晶石クリスタルみたい」
 ソエルの賛嘆は彼の素直な感性と心から出たものだったが、それ故に、レザエルを満足させたようだった。師匠は弟子にひとつ頷くと正面に向き直った。
「こうしてお目に掛かるのは初めてですな、クリスレイン様。いや……」
 レザエルは剣を背に回し、隣に控える弟子ソエル同様に片膝でひざまずきながら続けた。
「もう一人の運命者よ」
 それは一同の前に浮遊する偉大なる人魚、伝説のアイドル、そしてこの空飛ぶクジラの舳先/鼻先に建つあるじの名だった。
 だが、なぜ天使レザエルは彼女を運命者と呼んだのか。
 呼びかけに、人魚は俯いていた顔をゆっくりとあげた。右手には杖。
 リリカルモナステリオ導きの塔、執務室。
 中央にゆらめく水球の中で、夜明けの海のような薄紫のドレスが絢爛たる彩りに煌めく。
 その瞳。
 500年前。無神紀の人々の目を釘付けにし、憂いを忘れ去らせた神秘的なまなざしは変わること無くそのままだった。同じ空飛ぶクジラの背にありながら学園とも市街とも一種隔絶された塔の中で、人間には気が遠くなるような時間を過ごしたというのに。
『奇跡の運命者レザエル、大望の翼ソエル』
 その声。
 陶然というのはその響きを聞いた者にのみ実感される表現だ。冷たくもあり温かくもあり、深淵の無辺と浅瀬の明瞭、潮流の激しさと穏やかさ、盤石でありながら千変する海の多様性をも感じさせる妙なる音色。
「確かに、私こそ万化ばんかの運命者。ようこそリリカルモナステリオへ」
 クリスレインはふっと微笑んだようだった。

Illust:ひと和


 2日前。
 ソエルは生まれて初めて、自らの翼でドラゴニア海の空を飛んでいた。
 友アルダートとその剣の師匠ヴァルガと別れて1旬(10日)あまり、救世の使いレザエルに付き従っての空の旅だ。心浮き立たない訳がない。師匠レザエルも弟子に気を遣って、無理な行程を強いたりはしなかったし、行く先々で姿を隠しながら困った人を助け、病や怪我に苦しむ者を救う献身的な姿勢はソエルをいつも感動させた。
 だが……。
 いよいよドラゴニア大陸を離れようかという頃になって、ソエルには気になる事ができていた。
 それは師匠にまとわりつくもの──ソエルが持つ語彙ではうまく表せないが──、あえて言えば「孤独の影」と呼ぶべきものだろうか。
 仕事の合間、弟子の質問ぜめも嫌がることなく誠実に答えてくれるレザエルにも、ふと近寄りがたく感じる時があるのにソエルは気がついてしまったのだ。
 それは古戦場や廃墟を通り過ぎるとき、葬列に出会い頭を垂れた時、故人を悼む声や悲嘆の叫びを聞いたり、あるいは黄昏時、海に沈む夕陽を見つめながら師匠は、その先にまた別な何かを追っているかのように沈黙し、しばらく心を閉ざしてしまう。
 ソエルはそんな師匠の姿を見る度にひどくやるせない気持ちに襲われたが結局、レザエルの心にさす影については、あの無双の運命者ヴァルガ・ドラグレスが放った「貴様の心は空っぽだ。いったい何を無くした」という言葉を空しく反芻するのが精一杯だった。



 そして旅が次の目的に達したとソエルが知ったのは今日。ドラゴニア海の午後、冬の空に突如現れた巨大な姿に出会った時だった。
「師匠!あのクジラ・・・って……」
「それほど驚かない所をみると、ケテルギアで公演を観に行ったことがあるのだね。ソエル」とレザエル。
「はい。何年も前ですけど、父母に連れて行ってもらったことがあります」
 空飛ぶクジラの背に乗った学園都市、第6の国家とも言われるリリカルモナステリオは、常に世界を飛び回っている。だけど、まさかこの広大な海の中で偶然鉢合わせるなんて……。
「いいや。私はまさにここを目指して飛んでいた。放ったに気になる手応えがあってね、この学園から」
「網?お師匠様は漁をなさっていたのですか」
「まぁそのような所だ。今は水晶玉マジックターミナルという素晴らしい道具もあるから。昔に比べれば連絡は取りやすく、相互の距離は近くなり、世界はより狭くなった」
 レザエルはソエルの考えを読みとったかのように先取りして説明した。これは弟子入りしてソエルが最初に知った、師匠レザエルの特技のひとつである。
 ちなみに水晶玉マジックターミナルは人知れず世界を飛び回る師匠の必需品であり、ソエルも先日レザエルに促されて家出の謝罪に使わせてもらい、厳しく叱られた後に、偉大なエンジェルフェザーの先達に弟子入りを許されたと知って両親が感激、レザエル師への感謝を託されたりと忙しかった。
「この街には篤志家とくしかがいる」
「篤志家、ということは寄付やボランティアをしてくださる方ということですね」
 ソエルは、都市に向けて降下する師匠に遅れまいと急ぎながら問うた。師匠の返答はいつものように真摯で、最前線で人を救うことを自らに課している者として実感のこもった内容だった。
「そうだ。私はいまもそういった援助にとても助けられている。救世の使いなどと言われてはいるが、本当に困っている人々を助けるには国や政府規模の力がどうしても必要となる。個人が果たせる役割と限界については前に教えたね」
「はい。でも師匠に協力者がいるとは知りませんでした。それもこのリリカルモナステリオに」
「ここはただのアイドル養成所や学校ではないのだよ、ソエル」
「そうなんですね。その篤志家というのはどういう方なのですか?リリカルモナステリオの偉い人ですよね」
 ソエルの質問は無邪気と言って良かった。後ろ姿のレザエルは好意的に笑ったようだった。
「そうだ、偉い人のひとりだな。だが実は私も直接会ったことは無いのだ。彼女・・にはね。そういったわけで今回は面談の約束をしているのだ」
 レザエルは、こちらを認めてゆったりまばたくクジラに一礼しながら旋回すると、天蓋ドームの合わせ目にある入管ゲートに着陸した。
 ソエルがさすが救世の使いと感心させられたことに、平和を愛するが故に厳しいとされるリリカルモナステリオ入国管理局もレザエルはいわゆる顔パスであり、その弟子である自分もエンジェルフェザーである父母の名と所在を告げて身分証明すると、照合にそれほど時間をかかることもなくゲートを通されたのだった。



 ──ここで話は冒頭に戻る。
 通された執務室での初対面と挨拶が終わると、2人だけの難しい会話に入ってしまったクリスレインと師レザエルの邪魔をすまいと、少し離れた場所に引っ込んだソエルは、ここまで案内してくれたリリカルモナステリオの生徒──彼女たちは“クリスレイン様のお付き”と誇らしげに名乗っていたけれど、これはこの塔の主から月ごとに選ばれた学園の生徒が、執務を手伝い、身の回りのお世話をする当番のようなものらしい──3人に囲まれてしまった。
「ふーん、君が噂のエンジェルフェザー見習い?」
 快活な獣人ワービーストあふれる精彩 ウィズメイが真っ先に話しかけてきた。3人の中ではお姉さん格らしい。
「あ、赤くなってる。可愛いじゃん、見習い君」
 とイノセントオレンジ アニエス。ありのままで体当たり、そんな姿が魅力の人魚マーメイドだ。今はトゥインクルパウダーを使って陸上用に2本足で立っている。
「お客様に失礼ですよ」
 こちらはシニカルコンポーザー ラウム。穏やかで慇懃いんぎん悪魔デーモンの彼女が作り出す曲はしかし、聴く者の心に刺さると評判である。
「いいんです。僕なんて……でも、僕の噂って?」

Illust:村上ゆいち


Illust:なないち雲丹


Illust:出利


「あの救世の使いが弟子を取ったって評判なのよ」と獣人ワービーストウィズメイ。
「あとクリスレイン様があんなにお話になるなんて、これは大ニュースよ!」と人魚マーメイドアニエス。
「それがリークされたらあなた・・・が発信源というわけね。“クリスレイン様のお付き”は超難関の高倍率だということを忘れないで」
 悪魔デーモンラウムの皮相的シニカルな突っ込みに、アニエスは慌てて口をつぐんだ。
 どうやらリリカルモナステリオ学園でも、クリスレインの近くに仕えるというのは最高の名誉らしい。
 しかしこれほど敬われる存在でありながら、ソエルはリリカルモナステリオの有名人物として「クリスレイン」の名を今まで聞いたことがなかった。
 それを口に上らせると3人は……。
「クリスレイン様は慈愛に満ちてとても慎み深いのよ。ご自身よりも学園のこと、この街のこと、恵まれない人、困っている人のことを第一に考えていらっしゃるの。そこはあなたのお師匠さんと似ているみたいね」
「それでなくても、クジラさんとの針路打ち合わせに学園運営会議、教授会、国賓や市議会のお偉いさんとの会食、ボランティア活動、他にもいっぱいお仕事があって、私たちがお手伝いしても目が回るほど忙しいし」
「しかもこの塔の主とは知らなくても、アイドルとしてステージに立てば誰もが瞬時にその名を思い起こす不世出の歌姫。クリスレイン様は、私たちが一番尊敬する偉大なアイドルなのです」
 女の子たちの怒濤のような情報にくらくらしながら、ソエルはふと心に浮かんだことを訊いてみた。
「あの……みなさんは運命者について何か知りませんか」
「運命者?」
 3人は一斉に首をひねった。ソエルは質問を変えてみた。
「クリスレイン様に最近変わったことはありませんか」
 3人はまたそろって首を傾げる。誰よりも近くで塔の主クリスレインを見ている生徒代表でも、気がつくような変化はとっさに思いつかなかったらしい。
「執務時間以外は私たちも迂闊に近づくことができない、まったく謎めいた方だから。……あ、ただ少し前から全学園向け配信に参加されるようになったよね。すごく珍しいって思った」と獣人ワービーストウィズメイ。
「このお部屋でお客様を迎えるのは初めてかも。これまでは水中会見室かリモートだったもんね」と人魚マーメイドアニエス。
「それと。ねぇ、みんな。クリスレイン様が笑ったの初めて見たんじゃないかしら」と悪魔デーモンラウム。
 おぉそういえば、と一同が盛り上がった所で、折良く大人二人の相談も終わったようだ。
「ソエル」「は、はい!」
 天使の弟子は小走りで師匠と塔の主に近づき、一礼した。
「待たせたね。用件は終わった。我々はこのまま西に向かうことにする」
「西へ。ということはストイケイアに?」
「そうだ。リリカルモナステリオ導きの塔の主クリスレイン様からのメッセージをグレートネイチャー総合大学に届けて、学者たちと運命者について調査・検討する。強行軍になるぞ」
 天使2人、携行食だけでひたすら飛び続ければ大学までは3、4日という所であろうか。
 はい!、と元気よく返事をしたソエルに、よく響く落ち着いた声がかかった。
「ソエル君」「は、はい!」
 天使の少年は直立した。
 いまこちらを見守っている3人の生徒が、なぜクリスレインのことになると一種畏敬の念を漂わせるのか、いまわかった。クリスレインの声はまさに海だ。凪いだときは広く温かく包み込むように大きい一方で、もしひとたび嵐となればと想像もつかない底知れない所が深淵を覗きこむようでとても怖い。
「君は運命者について何か知っていますか」
 ソエルはどきっとした。それは少し前にリリカルモナステリオの生徒3人に尋ねたことだったからだ。広い部屋の端と端、あんなに離れていたのに塔の主には全て聞こえていたというのだろうか。
「我が師レザエル様以上のことは何も。今までに『奇跡』と『無双』の2人、今日でその3人目『万化』に出会ったこと、それぞれが劇的な“光”と“メッセージ”を受けて力が満ちあふれるのを感じ、自らを“運命者”と自覚したこと……そしてたぶんお三方自身が“運命者”とは何か、なぜ選ばれたのか、世界にとってどんな影響があるのかを探ろうとなさっていること、です」
 ソエルはここまでの出来事を自分の頭の中で整理しながら、ひとつひとつ指を折りつつ述べた。
 背後で3人の生徒たちが感心している気配がする。女の子にでれでれ照れているばかりの天使の少年ではなかったのかと、見直してくれたのだろう。
「よろしい。よくできました」
 とクリスレイン。彼女もまた良き教師らしく──先ほどの生徒たちの言によれば学園都市リリカルモナステリオ全体に絶大な影響力を持つ存在であっても、実際に教壇に立つようなことはないようだけれど──、その是認は重々しい(ということは、否定はさぞ恐ろしかろう。生徒は大変である)。だから続く言葉にソエルは嬉しさのあまり震えた。
「優秀ね、あなたの弟子は。『奇跡』殿」
「光栄だ。『万化』の君。そしていつも変わらぬご支援、深く感謝する。救われた者たちと私から、心より」
「どういたしまして。その言葉だけですべて報われた心地です」
 2人の運命者は会釈しあった。どうやら別れの刻限らしい。
「また遊びにいらっしゃい、ソエル君。奇跡の運命者をよく支えてね」
「ありがとうございますっ!頑張りますっ!」
 ソエルは自分にかけられたクリスレインの言葉に嬉し泣きしながら、ぴょこんと頭を下げて、踵を返した師匠に付き従った。
 お付き3人の錯覚でなければ、客人たちの扉を閉じた時、背後の主席(実際は椅子ではなく人魚用の特殊技術で造られた水球なのだが)から涼やかな潮騒のように満足げな嘆息が聞こえたようだった。

 ──その夜。
 ストイケイア西部、レティア大渓谷。
 マグノリアは王の間(実際には谷の奥まった草地なので“王の原”と呼ぶべきであるが)の柔らかいしとねから身を起こした。
 周囲に眠る近習の樹角獣をひとりも起こさない静かな動作だ。
『来たれ、森の王』
 続いて、樹角獣王マグノリアにかけられたその“声”も、特に鋭い目と耳を持つ樹角獣ルケウィンの睡りさえ乱す事はなかった。これは心に直接伝わる思念なのだ。

Illust:獣道


 マグノリアはそのまま歩を進めると、その足元に突如現れた緑の燐光を放つサークルに沈み込んで、姿を消した。まるで見えない階段が草地に出現したように自然で、マグノリアにも慌てる様子が一切無い、ごく自然な消滅、いや移送だった。

 辿り着いた先はやや狭い、洞窟のような奇妙な場所だった。
 壁にあたる部分はすべて樹木である。密集し高く伸びた枝葉が天井となって隠しているため、ここが野外なのか地下なのかそれとも何らかの建物の中にあるのかも判然としなかった。
 マグノリアは短い樹木の通路を進む。
 そこには先客がいた。
「マグちゃん。久しぶりー!」
 華やいだ声でそう言うと、マグノリアの深い毛皮に「うーん!」としがみついた。対するマグノリアも嬉しそうに身と首をすり寄せる。2人はこの国を支える盟友であり心友だった。
 2本足になった人魚はクリスレイン。
 この日の午後、その威厳と美声でレザエルとソエルの師弟を出迎えた本人とは信じられぬ、まるで少女のようなはしゃぎ振りである。リリカルモナステリオ学園の全生徒、特にお付きの三人が目撃したなら卒倒しそうな、完璧な大人でありリリカルモナステリオ導きの塔の主にして伝説の神秘的アイドル、クリスレインとの、瀑布の如き落差だった。
「話したいことがいっぱいあるの。でもそれは今度ね」
 しばしの抱擁の後、クリスレインは自分に言い聞かせるようにして、本来の落ち着きを取り戻す。
 さて。
 大渓谷の王とクジラの背の塔の主は、樹木のほらの中央に向き直った。
 この部屋には密集する樹木以外のものがあった。
 石なのか金属なのかわからない床と、同じ材質で造られた「祭壇」のような円筒。
 木の根が絡まったそれがなぜ祭壇と呼ぶのかと言えば、その上の空中に浮かぶもの・・のために設けられたということが一目瞭然だからだ。
 それは緑色に輝く立方体だった。
「ワイズキューブ。クリスレイン、マグノリア。まかり越しました」
 2人の長は立方体キューブに跪いた。
『問いを』
 声は先にマグノリアに来たれと呼びかけたのと同じものだった。
 大賢者ストイケイアが生涯かけて造りあげたストイケイアの至宝、ワイズキューブは意思を持つ宝具だ。
 がふさわしいと思う者しか、この樹木のほらへの道は開かれず、またどれほど答えを欲したとしてもが必要と判断する案件にしか応えることはない。
 未来とは微妙なきっかけ、本来持つべきでは無かった余分な知識で変化していってしまうものだからだ。
「ワイズキューブよ。“運命者”についてお知恵を借りたい。既に我らも調査を始めているものの、その全容はいまだ掴めずにおります」
 クリスレインは続けた。
「“運命者”とは何か」
『強い運命力に打たれ、選ばれたものである』ワイズキューブの解答は明瞭だ。
「運命力には人を選ぶ意思があるのですか」とクリスレイン。
『否。運命力とは力。在るべき世界を実現する流れである。従うのは均衡バランスの法則』
「では運命力の乱れがありその結果生じた異変であると。それはすでに報告があがっている、先の龍樹崩壊の際の放出によるものですね」
『是。世界に生じた運命力の偏りは、それを抱く者――運命者を互いに引き寄せ、巡り合わせるであろう』
「本件について、私たちはでき得る限り外に漏らすことなく解決に導きたいと考えています。例外としてレザエルのように、惑星クレイで古くからの付き合いがあり、かつ秘密を守れると確信がある者のみに“光”との遭遇について情報を求めるような事は今後もあるかとは思いますが」
『“声”に耳を澄ませよ。外なる声にも内なる声にも』
「無双の運命者ヴァルガ・ドラグレスが聞いたという“声”も、運命者同士の出会いを予言し、またそれを促すものであったといいます。“声”とは何者でしょうか」
 沈黙。
 わからないということか、それともその答えを知るのはまだ早いということであろうか。
 クリスレインは質問を変えた。
「私もまた先日、導きの塔で光に打たれました。聞こえたのはただ一つ“万化の運命者”という囁きだけでしたが、でもその時から私の奥にある──強すぎる影響力が後進の成長を妨げることのないように──今まで隠し潜めてきた“変化”への意志が燃え上がるのを感じています」
 沈黙。
 盟友マグノリアは辛抱強く横に寄り添ってくれている。クリスレインの知性と理性に絶対の信頼をおいているのだ。
 樹木のほらの光が弱まってきたようだ。
 残された時間は少ないと見て、クリスレインは質問の角度をさらに変えた。
「運命者の邂逅は何をもたらしますか」
均衡バランスに着目せよ。天秤はどれほど乱れても均衡バランスを目指して動き続ける』
 ワイズキューブの応えは解答ではない。ここに至り、クリスレインは珍しく焦りの色を滲ませた。
 塔の主と森の王を囲む風景は今、急速に薄れつつある。
「これが今夜、最後の問いになるかもしれません。運命者が出会った末にあるものとは?」
『運命者の邂逅とは運命力の合流。淀みとなるか奔流となるか。いずれにせよ一連の出会いの末、世界の命運は大きく左右されるであろう』
 緑色の閃光。
 クリスレインは、その意識が友とほらと意思ある立方体キューブから引き離され、執務室の水球へと戻る刹那、ワイズキューブの声を聞いたような気がした。
『未来へ向かって歩め。万化の運命者よ』



※輝晶石は惑星クレイで産出される鉱物。地球でいう水晶に近い性質のため「クリスタル」と当てている。様々な色があり、光を当てると複雑な彩りや紋様が現れることで知られる。※

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《今回の一口用語メモ》

ワイズキューブ
 惑星クレイ世界に宝具は数あれど、新しい国家創建の礎となった存在となると一つしかない。
 それが「ワイズキューブ」である。

 大賢者ストイケイアが遺した最高傑作にして、ストイケイア国の至宝ワイズキューブは、この世から隔絶された何処かにあるという祭壇に祀られた緑色に輝く立方体。それ自体が知性を持つとされており、問いかけに対して「託宣」を与えるという。
 ワイズキューブについての情報が伝聞になってしまうのは、その所在が極秘であり、接触可能なのは資格者の中でもその時々にキューブが必要と判断し、選び、呼び出した者だけ、さらに託宣を得る「大賢者の間」へと立ち入れるのは、隠された本性までが完全に露わとなる(つまり悪意のある者は絶対に侵入不可能な)意識体としてのみ、という事情による。
 数えるほどしかいないその資格者のうち、名前や役職が判明しているのは以下の通り。グレートネイチャー総合大学の首脳ほかストイケイア国の各クラン代表、そしてレティア大渓谷の王マグノリアとリリカルモナステリオ導きの塔の主クリスレイン。このうちクリスレインのみがストイケイア国民ではないが、それには事情がある。

 ワイズキューブは無神紀に、大賢者ストイケイアが死の直前に完成させた宝具だ。
 大賢者ストイケイアは、無神紀において「魔法」や、生物としての「竜」が衰退した原因を、運命力が限りなくゼロに近くなるまで枯渇している事にあると見抜き、ワイズキューブは動力としての運命力が無い状態でも惑星クレイの加護を観測し、未来を予測するものとして設計された※。
※注.ストイケイア師の発明までは、惑星クレイでは「予言」もまた運命力によるものだと信じられてきた。事実、無神紀はユナイテッドサンクチュアリのオラクルたちでさえ、予言力を十分には発揮できず、不安を晴らし希望を抱くことが困難な先の見えない時代だったことでも知られている。

 ストイケイア師の思想は論文『未来論』に、その思考は「ワイズキューブ」に具現化されたと言われている。
 師の死後、彼の教えに賛同する旧「ズー」「メガラニカ」の民はワイズキューブの元に集まり、巨大国家「ストイケイア」が建国されたのだ。
 ただし、ワイズキューブはその偉大な力と託宣をもたらす知性、予見力ゆえに、始動した瞬間から奪われたりあるいは独占し、悪用される危険に備える必要に迫られていた。
 そこで編み出されたのが前述の「誰も現在の所在を知らない」、そして「限られた者が無防備な意識体として」かつ「ワイズキューブ自身が認めない限り接触できない」という厳しい制限である。余談だがこの制限のおかげで、マグノリア王が敵の軍門に下り龍樹よりの者マスクスとなった際も、ワイズキューブが敵の手に渡ることは無かった。

 最後に、ストイケイア国民ではないリリカルモナステリオのクリスレインが、ワイズキューブのアクセス権を持っている事について触れておく。
 空飛ぶクジラの背の上に造られた学園都市リリカルモナステリオは、友愛と平和そして学ぶことによって未来を開かれると説く大賢者ストイケイアの思想に強く共感したバミューダトライアングル人魚マーメイドたちによって建国された。
 クリスレインは、そのリリカルモナステリオを創設した伝説の人魚の志を継ぐ「導きの塔の主」だ。
 そしてデビューして以来、少なくとも500年間在籍するリリカルモナステリオの伝説的なアイドルとして、ボランティアや平和活動に特に熱心に取り組んできたことも、ワイズキューブがクリスレインを「接触可」と認める稀な“他国人”とする理由と思われる。

マグノリア王がマスクスとなった経緯については
 →ユニットストーリー107「凶眼竜皇 アマナグルジオ・マスクス」と、
  ユニットストーリー109「厄災の樹角獣王 マグノリア・マスクス」を参照のこと。

人魚用の水球については
 →ユニットストーリー047「Astesice×Liveアステサイスクロスライブ カイリ」を参照のこと。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡