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短編小説「ユニットストーリー」
132 運命大戦第7話「奇跡の運命者 レザエルII 《在るべき未来》」
ケテルサンクチュアリ
種族 エンジェル
カード情報


 ──16日前。ギアクロニクル第99号遺構発掘現場/ブラントゲート(旧ダークゾーン領)。
「この力、そろそろ見せつけてもいい頃合いだな」
 ユーシュンを押さえておくのはもう限界だった。ヤツが生み出す力は緑色の髪までを揺らめく炎と変え、まるで全身たいまつのようだ。

Illust:在由子


「やるぞ!」
 言うやいなや、ユーシュンは渾身の炎を遺跡の壁面に向かって打ち出した。
 轟音。
 ドッカーン!てヤツだね。頑丈そうな壁は破壊され、土砂が崩れた後にはぽっかりとデカい穴が空いた。
「見ただろ、バロウマグネス!」
 こいつのフルネームは熱き異才ユーシュン。まぁ確かに今回の傭兵チームの中でも、オマエが張り切り屋なのは認めるよ。若いのが元気だと現場は盛り上がる。だが、もうちょっとチームワークってヤツをだな……。
「やるわね。でももうそこまでにして。中のお宝が壊されては溜まったもんじゃないわ」
 あらら。オレが言いたいことまた全部言われちまったよ。インヴァースに。
 ちなみに、今の一撃でこの脆い遺跡が崩落しないのはオレとインヴァース2人の重力使いが、見えない「重力の手」でしっかり支えているからだ。こういう手回しはガキにゃまだわかんねぇよな。そのインヴァースはテキパキと指示を飛ばして、隊の力自慢たちに支柱と足場を設営させる。
 アトラクト・インヴァース。
 元アレクサンドラのこいつも、今や完全に頼れるベテランだ。ランペイジ城址で山暮らししてたあの娘が、こんなに傭兵稼業が肌に合うとは人生わからんもんだね。おしゃれ好きな魔王たちからは本気でモデルのオファーも届いてるらしいのに……っと、あんまり余計なこと考えてると怒られちまうよな。
依頼主クライアントはまもなくご到着だ。それまで誰も中に入るなよ。破格の仕事なんだ、ヘタこいたら本国ステイツに叩き帰すからな、テメェら!」
 とオレ。荒くれ者を束ねるにはこのくらい睨みきかせねぇとな。
「……あー。よくやった、ユーシュン。みんなの仕事、半日縮めたよな。ギャラに積んどくから」
 いつまでも睨んでやがるので渋々誉めてみたら、目線バキバキで気合い入ってたユーシュンのヤツ、ちょっと笑顔になりやがった。なんだ、やるなら反抗心メラメラでかかって来いよ。いきなり可愛くなるのは反則だろ。
「はいはい。アメとムチ、アメとムチ。リーダーはそれでいいのよ、バロウマグネス」
 インヴァースが肩を叩いた。頭に“ン”が入って“ス”と息が抜ける例の呼び方だ。てか、オマエいつもイイ匂いしてんのな。あと、その、なんだ。こう……もうちょっと近くに寄ってもいいんだぜ。
「バッカじゃないの!仕事中はそういう雑念捨てなさい。あともっと勉強して!ハラスメント全般の」
「なんでだよー!考えるだけでもダメなのかよ?!そもそもオレら傭兵なんて無法者デスペラードじゃんか。いつも命がけだから好き放題もするんだぜ」
「そういう考え方・・・が古いのよ。私の目標はこのチームをきちんとした部隊カンパニーにすることなんだから……ほら、クライアントがご到着よ」
 見れば、はるか向こうの空から空飛ぶバイクエアーバイクが急接近してくる。
「へー、まさかのご本人登場。忙しいだろうになーんで部下に任せとかないんだろ」
「優れたプロは肝心な所を他人任せにせず自分でやるものよ。それはあんたもでしょ」
 あー?なんだかオレ誉められてるぅ?
「デレデレしない!それと、今回カーティスに、わざわざ私たちのチームをご指名で依頼が入ったっていうのにはたぶん理由があるんだと思う」
「理由ねぇ。ま、困った時には傭兵評価AAA+のこのオレ様、重力の支配者バロウマグネスがファーストチョイスだろうけど」
「同じくAAA+に上がった私もね。ん、そうじゃなくてホラ、例の件よ。『ギレ=グブレの無窮迷路』」
 ありゃもう永久に地の底に埋まって関係ないだろ。ま、危うくお互い死にかけたけどさ……と言いかけてオレは思い当たった。あの時、危機を救ってくれたのは……。
「迷宮の中にあったのは世界樹の苗木。そしてアンタが爆発的な力を発揮できたのは虹の魔石のおかげ。ディアブロス “暴虐バイオレンス”ブルースが貸してくれたダークステイツの至宝。あれって運命力の塊なのよね」
 『ギレ=グブレの無窮迷路』でのことは公言したわけじゃないんだが、あの一件以来、オレたちの名がトレジャーハンターとしても売れに売れて仕事が増えた。魔石についてはあのブルースが言いふらすわけはないから、噂を広めたのはあの場から逃げ出した無法者デスペラードゼイルモートとインヘイルだとオレは睨んでいる。
「なるほど。それでクライアントの耳に入ったわけか。オレたちが運命力のお宝発掘エキスパートって……」
 オレたちの声は少し低くなった。
 この遺跡に眠っているらしいお宝がどうやら運命力に関わるものらしい、という情報はオレとインヴァースの2人だけが共有している極秘事項だ。もしも虹の魔石クラスの超レア秘宝だと知ったら、欲深な傭兵野郎どもは裏切りや同士打ちまで始めかねないんだからな。
「この世界中見回しても、あれほど強い運命力と関わった傭兵なんて私たちくらいなものよ。でなければ今回、わざわざ異国の私たちを、旧ダークゾーン領とはいってもブラントゲートの遺跡発掘なんかに雇わないでしょう。工作班も分析班も運び屋もブリッツ・インダストリーにはいくらでもいるはずなんだから」
 インヴァースはそう囁いてから、バイクから地上に降り立ったクライアントを完全営業フェイスで出迎え、オレはあまりの落差にすっ転びそうになった。女ってコワイぜ。
「はぁーい。ギアクロニクル第99号遺構へ、ようこそー!CEO♡」
「あ!あれぇ、魔王の春コレ会場と間違えちゃったかぁ?ヴェルストラでいいよん。お嬢さんお名前は?」
 着くなりデレっデレしているブリッツ・インダストリーCEOを見て、オレは激しく納得した。
 そうだよ、やっぱ容姿端麗ぶっちぎりだよなぁ。髪サラっサラだよなぁ。ナイスバディだよなぁ。しかも頭も超良いんだぜぇ、ウチのサブリーダーは……って、イテッ!尻つねるな、インヴァース!!またちょっと考えた・・・だけだろうが!

Illust:桂福蔵


Illust:root


 ──現在。ストイケイア国グレートネイチャー総合大学、大講堂。
 予鈴が鳴ると、教授陣や研究員たちはそれぞれ日常の仕事のために全員一旦、席を外した。
 残されたのは奇跡の運命者レザエルと大望の翼ソエルの2人だけである。
 長い会議だった。だが寄り合ったメンバーの知性や教養に比して、初回の会合では目立った収穫は得られていない。ここが世界最高と言われる学府であることに加えて、ストイケイア海軍アクアフォースからも人員・情報の援助を約束されている事を考えれば、この停滞はあまりにも歯がゆい結果ではあった。
「まだ初日。情報共有と危機感を高めるよう促すことができたのは良かった。焦ることはない」
 師匠の言葉で、ソエルは自分が誰もいなくなった講堂に響くくらいの嘆息をついてしまったことに気がついた。
「すみません。僕、何のお役にも立てなくて」
 そんな事はない、と師レザエルは首を振る。
「辛抱強く聞いてメモも取っていただろう。何ごとにも真面目なのは君の一番良い所だよ、ソエル」
 見習いエンジェルフェザーは嬉しさのあまり真っ赤になった。
「情報が少なすぎるのだ。明確な論理の道筋が見えてくるには、まだ」
 講堂の窓の外、グラウンドにはうららかな陽差しを受けて球技を楽しんでいる学生の姿が見える。
「クリスレイン──万化の運命者──は先日、運命者のことで今後恐れていることがあると私に言っていたが、昨日もまた連絡が入った。封焔の巫女バヴサーガラの協力を仰ぎ、ある人物の行動を抑制するつもりだが勝算は薄いと。……どうやら我々はまた新たな運命者と巡り逢う定めのようだね」
「新たな運命者……それでクリスレイン様のご懸念とは何でしょうか」
均衡バランスの揺らぎだ。無双の運命者ヴァルガ・ドラグレスのように、最強であり続けるために修行と自己鍛錬を積み重ねる求道者ではなく……」
 ソエルは師匠が次に放つ言葉を固唾を呑んで待った。
「もしも、力そのもので圧倒することを求め、力による支配や破壊を欲する者が運命者の力──均衡バランスを揺るがす力──を手に入れたなら、惑星クレイは未曾有の危機に直面する」
「“強すぎる力はそれを持つものにもまた強さを求めるもの”でしたね」
 ソエルは師匠から学んだ言葉を、正確に繰り返した。
「そうだね。だから私は奇跡の運命者として、力に対してはより謙虚でありたいと思うのだ。自ら望む所は少なく、他者の幸せを我が喜びとして」
 レザエルの言葉は医師として高尚でありソエルの心を打ったが、天使の少年としてはそれ以上にまたあの師匠の“孤独の影”を感じずにはいられなかった。

Illust:タカヤマトシアキ


「お師匠様。僕は思うんですけど……」
 ソエルが言いかけた、その時、
 ──!!!
 森の開けた土地に造られたグレートネイチャー総合大学のグラウンドに閃光が走った。
 窓を貫いて差し込む光の奔流にソエルが思わず目を覆い、再び開けた時、教壇の縁に腰掛けていたはずの師レザエルの姿はすでに無かった。
「お師匠様っ!?」
 嫌な予感がする。
 ソエルはできる限りの速さで外へ、閃光の出現場所と思しきグラウンドへと翔んだ。

Illust:西木あれく


 生徒、教員が避難し人気ひとけが失せた、グレートネイチャー総合大学グラウンド。
 ヴェルストラは地にひざまずいた姿勢のまま、しばらく動かなかった。
「ふ……」
 閉じていた目が開き、唇がきゅっと笑みの形に上がる。
「ふ、ふはは、ははっ……はははは!!」
 呵々大笑かかたいしょうとはこういう事をいうのか。
 ヴェルストラは愉快で仕方がない様子で起き上がった。
 その右腕。
 時刻としてはこの直前、光の中に消え去る瞬間に装着されたそれは巨大な右腕の形をした装備だった。
「聞こえてるか、親父おやっさん」
『本社で遠隔監視モニターしている。剛腕武装ブリッツ・アームズは今のところ順調だ』
 ブリッツチーフメカニック バートンの声が剛腕武装ブリッツ・アームズから聞こえ、その顔も小型の浮遊スクリーンで腕の上に表示されていた。その装備によって、水晶玉マジックターミナルなしでも遅延無しの動画つき長距離通信(今回はズーガイア大陸中央部から南極大陸のセントラルドームまで)が可能なようである。ブリッツ・インダストリー社製の発明品らしく、きっとまだ色々と余計な機能が付いているのだろう。

Illust:西木あれく


「ユーバ!転送はもうちょっと派手にできないのか」
『ヴェルストラ、言ったでしょう。いままで銀河英勇ギャラクティックヒーローが独占していた転送技術を剛腕武装ブリッツ・アームズとオイリアンテの組み合わせで実現させたんです。これだけでも表彰ものです』
 へへへ、これでリノちゃんとこにいつでも翔んでけるよなぁと、主任研究員のコメントもどこ吹く風と、ヴェルストラのニヤニヤ笑いは止まらない。

Illust:西木あれく


『その転送についてですが、ヴェルストラ。精度が予測の99.999%でしかありません』
「いいじゃん、ズバッ!ビューン!チュドーン!ってテキトーに送ってくれればさ、ストラーザ」
 ヴェルストラは、いかにも重そうで身体に比してアンバランスなほど巨大な剛腕武装ブリッツ・アームズを振り回したり、マジックハンドの反応を見ている。軽々と扱えているように見えるのはもちろんブリッツ・インダストリー社のサイバネティックス技術の賜物たまものだろうが、スカッシュ等で日頃から鍛錬怠りなかったヴェルストラ本来の剛力もまた無視できない要素なのだろう。

Illust:西木あれく


『ダメですよぉ、ヴェルストラ。衛星軌道からの転送で0.001%の狂いは大きいんですから、気がついたら「石の中にいる」しちゃいますよぅ?極大衛星兵器オイリアンテの鉄砲玉としてねぇ、こんな感じに。きひひ』
 気持ちの悪い声で気持ちの悪い事を言うのは、ブリッツ・インダストリーの新人デザイナー、ギード。剛腕武装ブリッツ・アームズをデザインしたのも彼である。ギードが送ってきたのは自分の顔ではなく、軌道上の極大衛星兵器オイリアンテから電子ビームの筋として打ち出されるヴェルストラの動画だった。

Illust:ToMo


「今までわざわざ飛行機や空母やバイク使ってたのが、一瞬でリノちゃんを追いかけられるんだ。命なんざ惜しくも無いね」
 ヴェルストラは平然と言ってのけた。グラウンドの中央に仁王立ちして『ブリッツ運命力導入プロジェクトチーム』メンバーと会話しながら、へらへら笑っているこのはた迷惑な工業会社CEOの前に、天使が舞い降りた。レザエルである。
「お初にお目に掛かる。ブリッツ・インダストリーCEO ヴェルストラ」
「おんやぁ?そういうあんたは、話題の救世の使いちゃんではないの」
 ヴェルストラは仲間との回線をぶち切って向き直った。また、にやーりと笑う。
「奇跡の運命者レザエルだ。君のことはクリスレインから聞いている」
「連絡早いね~。そっか、水晶玉マジックターミナルだな」
「君は何を聞いた・・・・・。ヴェルストラ」
 相手のペースに巻き込まれることなくレザエルはずばりと訊き、
「何のことかなぁ?」
 ヴェルストラはとぼけた様子でマジックハンドをわしゃわしゃと動かした。
「我々運命者はその力を得る時、光と名を告げる声を聞いている。君もそうでは無いのか」
「そう。オレの名はしるべの運命者、なんだってさ」
 さらりとヴェルストラは答えた。
「でもこれだけじゃ寂しいからウチの発明品の名前もくっつけた。標の運命者ヴェルストラ “ブリッツ・アームズ”が名前かね」
「そうか。知り合えて光栄だ、ヴェルストラ」
「嬉しそうだね」
 ヴェルストラは装具では無い左手を耳に当てながら言葉を継いだ。
「運命者とは何かを推理するための、オレもまた情報源ってわけか。でもさ……」
 ヴェルストラの言葉に何を感じたのか、レザエルは携えていた剣を順手に握り直した。
 それが戦闘警戒態勢だ、と気がついて、今ようやく追いついてきたソエルは2人の会話の輪に立ち入ることを止めた。
「オレが会いに来たのは話すためでなく、あんたを倒すためだとしたら?」
 ヴェルストラは右腕を中心に構えた。どことなくラケットのフルスイング前に似た体勢である。
「驚きはしない。この前はいきなり真剣で斬りかかられた。ヴァルガという男だが」
 レザエルはまた正眼に構えた。あらゆる剣の型の中でも定石にして攻守共に優れる体勢。論理的で基本に忠実なレザエルらしい構えである。
「安心しな。命まで奪うつもりはない。あんたには事が終わるまで戦線離脱して欲しいだけなんだ」
「いまこうしてケンカを売られる理由を聞いて良いか」
「もちろん話すよ。殴り合いながらね」
 戦いは既に始まっていた。
 グラウンドに張り詰める闘気の中、ソエルは金縛りのようになり、森と一体型になっている校舎から騒ぎをききつけて次々と駆けつける教員、学生、職員たちもまた息を呑んで、この天使の剣士と剛腕武装ブリッツ・アームズの人間との対決を見つめている。
 ヴェルストラが真っ直ぐに駆けだした。
 抱えるほど巨大な剛腕武装ブリッツ・アームズを装着しているとは思えないほどの爆発的なダッシュ、そして振りかぶって放たれたのは稲妻のような右ストレートだった。
 レザエルは上空に羽ばたいて、これを避ける。その足元から異様な音が立ちあがった。
 グボッ!!!
 大地が抉られている。ヴェルストラの打撃はただのパンチなどではなかった。
 グラウンドの土がまるで巨大な重機の突撃か、はたまた隕石が水平に突っ込んだかのごとく、押されて掘り下げられ大きな穴を空けていた。
 この攻撃の前では以外のどの方向に避けても、あるいは受け流したとしても重大なダメージを負ったに違いない。迷わず飛んだレザエルの戦闘センスは確かだった。
「あんたを叩き潰す理由、それは“在るべき未来”だ」「在るべき未来だと?」
 ヴェルストラは猛ダッシュの勢いをつま先のターンだけで相殺すると──これはいくら鍛えていても人間の体力では不可能だ。やはり何らかの科学や運命力の補助が働いているのか──、開いた右腕と剛腕武装ブリッツ・アームズを天に向かって差し伸べた。
「お師匠様、危ないっ!」
 叫んだソエルも何か根拠があったわけではない。だがブリッツCEOが天を指すポーズをした瞬間、来るのは上からだ!と予感したのだ。
 剛腕武装ブリッツ・アームズが振り下ろされた。
 !! !!! !!!!
 果たしてソエルの予感通り、大学グラウンドに次々と光柱が降り注いだ。
 それは衝撃波を伴い、ギャラリーには悲鳴を、レザエルは辛くも回避を、そしてヴェルストラは──彼はこれほど戦闘狂の人物だったろうか?──また愉快そうに笑っていた。
「極大衛星兵器オイリアンテ。衛星軌道上から標的を狙い撃てる兵器だ。まだ調整中だがね」
「……。ブリッツ・インダストリーCEOは、いたずらにケンカを売る人物ではないと聞いていたが」
 確かに社員を家族として愛し、臨時雇いの傭兵とも酒を酌み交わし、全ての女性に甘く、スポーツに興じるヴェルストラは無茶無理無謀として知られてはいても、悪魔デーモンブルースのようなケンカ屋とは聞かない。
「金持ちケンカせずってか?ただのウワサだよ」
 また剛腕武装ブリッツ・アームズが振り下ろされる。
 !! !!! ──!!!!
 回避行動に移ったレザエルだが、今度は避けきれず衝撃ビームが肩をかすめ、よろめいてしまう。
「いま一度問う。“在るべき未来”とは何か」
 苦しみながらも投げかけられたレザエルの声に、ヴェルストラはぴたりと動きを止めて答えた。
「もしこうした運命者の力が出会い、せめぎぎ合い、均衡バランスがあんたに傾くほど強く増大した時。願いや望む世界、物、人が何でも・・・得られるとしたら」
「……」
「あんたが何を選ぶかってことだよ」
「何でも、とは漠然とした仮定だ」とレザエル。
「運命力の勉強をしたんだよ、オレ。そこでわかったんだが、『運命力っていうのは、在るべき世界を実現する流れ。従うのはただ均衡バランスの法則のみ』ってことなんだ。オレのこの剛腕武装ブリッツ・アームズはほんの少しの現れに過ぎない。運命力は世界もあるいは時間さえも超えられるかも。歴史すら変えられる可能性がある」
 ヴェルストラはまた耳に左手を当てた。
「悲しい過去もな」
 ソエルが一番驚いたことに、ヴェルストラがなぜか同情的な口調でそれを言った瞬間、師レザエルの様子は激変した。
 飛翔!一瞬で彼我の距離を詰めると、穏やかな佇まいのレザエルからは想像もつかない、猛烈な打撃をヴェルストラの右腕に振り下ろした。嵐のように。
 一瞬圧倒されたヴェルストラは、何とか刃と圧力をかいくぐって、その剣を剛腕武装ブリッツ・アームズ握った・・・
 運命力を帯びた天使と人間の間に、目に見えぬ力の奔流が猛風のように吹き荒れた。
「おまえに……おまえに何がわかるのだ!得られることあっても失う体験をしたことのない、おまえに!」
「だけどわかることもあるぜ。あんたには運命に対して怒り、立ち向かう魂が残ってる。そこがいい」
「それが他人を怒らせておいて言うセリフか!」
「これほどの実力も、それを頼ってくれる人もいるのに、いつまでも過去の事をくよくよ悩んでんじゃねぇ!って言ってるんだ」
 鍔迫り合い。
 押し込むレザエルの大剣に対して、ヴェルストラの剛腕武装ブリッツ・アームズからはスパークと発煙が始まっている。
「これと同じ状況がつい最近あったぞ、標の運命者 ヴェルストラ。君の拳が私を砕くか、それとも私の剣が君のアームズを破壊するか」とレザエル。
「ふっ、機械っていうのには何でも“慣らし運転”ってもんが必要でね」
 ヴェルストラの戦況がそのセリフほど余裕が無かったことは、流れ落ちる汗としぶとい笑みが語っていた。
「また会おうぜ、奇跡の運命者。だけど、どんな選択をしたとしても後悔だけはしないようにな」
「どういう意味だ?」
 その答えはヴェルストラの叫びだった。
 離脱ブレイク
 次の瞬間、ヴェルストラの姿は素粒子へと変換され、光の粒となって天に消えた。
「お師匠様!」
 ソエルが駆け寄ると、師匠はいつもの落ち着いた様子に戻っていた。ただ、いままで死闘を演じていた剣と我が手を見つめていることを除けば。
「“在るべき未来”、か」「お師匠様、今なんと?」
 レザエルは呟きを聞き逃したソエルに、何でも無いと首を振ると、またいつものように弟子の頭を撫でたのだった。

Illust:椿春雨


 ──衛星軌道上、極大衛星兵器オイリアンテ管制室。
 光の粒が収束すると転送ルームに、膝をついた標の運命者ヴェルストラ “ブリッツ・アームズ”が現れた。
「CEOの承認を確認。稼働実験、終了します」
 荒い息をつくヴェルストラに、きわめて事務的な声がかかった。
 ブリッツオペレーター トゥール。
 オイリアンテ管制室に詰めるワーカロイドである。
「救護班を呼びますか。それとも本社へ再転送を?」とトゥール。
 ヴェルストラは剛腕武装ブリッツ・アームズを外すとそっと下ろし──今のところ世界に2つとない至高の装具である──、床を蹴って備えつけのソファーまで無重力の室内を遊泳した。
「少し休ませてくれ。あれだけ競って負けたのはさすがに堪えた」
「戦況評価では戦略的撤退、消極的敗北と出ていますが」
 ヴェルストラは苦笑いした。ワーカロイドに心の機微まで察しろというのは酷な話だ。
「負けは負けだよ。かくして運命力の均衡バランスはまたレザエルに傾いたというわけだ」
「CEO、経理部のベルヒナから伝言を預かっていますが」
「大学グラウンドの補修費と、騒動の慰謝料は寄付として贈ろう。金額は任せる。詫びのメッセージはオレが直に書くよ。あれについては全部オレが悪いんだ」
 ヴェルストラの無茶の後始末は、本人だけでなく周囲も慣れたものである。
「営業と広報からも……」
 おっと、とヴェルストラはワーカロイドを指で止めると、やや力の失せた笑顔を浮かべた。
「10分休憩。な、いいだろ?その後、本社に飛ばして・・・・くれ。メンテナンスという名の改修がしたい」
 そんなCEOにトゥールも今度は何も言うことなく、各所への伝達共有に動き始める。
 ブリッツ特製の無重力ソファーは、疲労困憊のヴェルストラの身体を優しく包んだ。
 室内灯が暗くなり、エアカーテンが作動する。激戦を終えたCEOへ、ワーカロイドなりの気遣いらしい。
「気が利くね。いい子だ、トゥール」
 ヴェルストラはつぶやいたが、モニターを切り、空気の層にも仕切られたトゥールにその声は届かなかった。
 標の運命者はふと腕を上げ、さりげなくまた左耳に何かを当てた。
「なぁ聞こえてるんだろう」
 音が遮られている転送室で、ヴェルストラは誰に話しかけているのか。
「わかってる。……これでいい。これでよかったんだよな」
 ヴェルストラの眼下には青い惑星クレイ。衛星オイリアンテは今ちょうど、夜の面に入る所である。
 優しい睡魔に誘われるまま目を閉じるヴェルストラ。その最後の呟きはまたも謎めいていた。
「あいつならきっと掴めるさ。正しい“在るべき未来”を」



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《今回の一口用語メモ》

運命力の均衡バランスについて
 ケテルサンクチュアリ防衛省長官 殿
 同報送信CC 円卓会議 各位

 以下、小官アゼンシオルと騎士ベンテスタより定期報告と考察である。
①大望の翼ソエル、奇跡の運命者レザエル
 防衛省とオラクルから拝命した援護任務対象、ソエルならびに師レザエルは現在、ドラゴニア海を横断してストイケイア国グレートネイチャー総合大学に滞在中。なおこちらの監視は風巻の斥候ベンテスタが担当しており、ソエルとも接触、協力を要請し快諾済みである。その情報によれば大学教授らとともに“運命者”についての討議を進めているとのこと。クリスレインからの情報も重要な検討材料であるらしい。
②無双の運命者ヴァルガ・ドラグレス、熱気の刃アルダート
 ドラゴンエンパイアの武芸者竜一行は、小官が追っている。やや手間取ったが弟子アルダートにはソエルと知り合いであると告げて協力を取り付けた(よって近くで野営を続けていてもいきなり斬られることは無いだろう)。彼らはダークステイツ国を歩行かちとしては異様なほどの早さで縦断中。行く先々で立ち塞がるこの闇の国の悪魔や機械獣、魔獣、魔竜やならず者までをなぎ倒しつつ、無人の野のように南進する様子から、この国においても剣客ヴァルガが「無双」と呼ばれる日も遠くないと思われる。
③万化の運命者クリスレイン
 前述のクリスレイン、リリカルモナステリオ導きの塔の主であるが彼女もまた運命者であることが判明した。水晶玉マジックターミナルの上位チャットを通した当方の問い合わせにも(極秘情報に留めることを条件として)クリスレインはそれを認め、各国上層部の協調を促す親書を預かっている。バスティオン殿宛て添付別紙を参照のこと。
④ブリッツCEOヴェルストラ
 オラクルよりの観測情報から「ブリッツ・インダストリーCEOのヴェルストラに運命力増大の兆しあり」とのこと。増援として派遣され既に活動しているシャドウパラディン、トレランス・ウィザードと小官、騎士ベンテスタで共有済み。ヴェルストラについてはクリスレインと併せ、今後なんらかの動きがあれば対応していく。

 続報待たれたし。

ロイヤルパラディン第4騎士団所属 国土防衛調査官 躍進の騎士 アゼンシオル


シャドウパラディンとその組織については
 →ユニットストーリー029「厳罰の騎士 ゲイド」を参照のこと。

バロウマグネスとアトラクト・インヴァース(元アレクサンドラ)については
 →ユニットストーリー006「重力の支配者 バロウマグネス」
 →ユニットストーリー018「異能摘出」
 →ユニットストーリー040「ヴェルリーナ・エスペラルイデア(前編)」
 →ユニットストーリー074「アトラクト・インヴァース」
 →ユニットストーリー103「麗酷なる魔公子 バティム」
を参照のこと。

『ブリッツ運命力導入プロジェクトチーム』結成の経緯とブリッツデザイナー ギードについては
 →ユニットストーリー124 「ブリッツチーフメカニック バートン」
を参照のこと。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡