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Unit
短編小説「ユニットストーリー」
148 「紡縁の魔法 ペララム」
ケテルサンクチュアリ
種族 ヒューマン
カード情報

Illust:ひと和


 予言とは未来を予知する天賦の才能だが、占いは統計学あるいは論理学であるという説がある。
 それは「当たらずといえども遠からず」という所なのだろう。
 その両方を生業とするオラクルシンクタンクの魔女からすれば。

「奇跡と零のを乗法で表せばレイ。ただし奇跡は、去りし時の力を得てその位相ベクトルが上昇宮にあり、零=無から始まる新たな可能性∞を暗示している」
 ペララムは、揺れる振り子ペンデュラムごしに猛禽の騎士を見つめた。
 彼女の手元で、まるで生きているかのように律動している宝石は紫水晶アメジスト
 占術で尊ばれる神秘の石である。
 そして紡縁ぼうえんの魔法ペララムの瞳もまた紫。淡くけぶるような光を湛えるそれは占い師の言葉同様、謎めいていて真意を計りがたい。
「同じく上昇にあり気運に乗っているのが無双、万化、しるべ。だが光強ければ影もまた深し。未来は混沌として予測し難い」
 対話の相手である騎士は、こちらは緑に燃える猛禽の瞳を光らせた。
 ノーズダイブ・ファルコン。
 疾き風のごときロイヤルパラディンの伝令使であり、戦場では斥候も務めるハイビースト。
 この部屋に舞い降りてきて以来、不動の姿勢を保つ彼は未だ無言である。
「禁忌は減退。その野心は消し炭かくすぶ熾火おきびか、両義的アンビバレントな彼の在り方は現世における占いを拒絶している。いずれにせよ我が白亜アルビオンクラウンとのえにしは深い」
 ノーズダイブ・ファルコンはここで首を傾げた。
 それは疑問を呈したのではなく、物事に目を凝らす際の鳥類独特の仕草。つまり興味を引かれたのだ。
「これまでとこれからの“運命”、占言しかとうけたまわった。魔女ペララム」
 ここで初めて隼のハイビーストが喉を震わせた。前線では矢衾やぶすまをかいくぐり急降下、威嚇して敵を震え上がらせる猛禽の武人らしい鋭い発声である。
 惑星クレイのハイビーストはただの獣ではない。非常に高い知性を持ち、中には人語を解し自らも会話する、猛禽ハヤブサに似た騎士ノーズダイブのような者もいる。
「そして長官どのは“まだ見えぬ兆し”も求めておられる」
「承知しております。すぐこの後に」
 オラクルシンクタンクの魔女、ペララムは振り子ペンデュラムを手で握って止め、恭しく頭を垂れた。
 その敬意は、この国の平和のために身命を賭して働くケテルサンクチュアリ騎士団とその長に向けられたものである。
 言葉通り、ペララムは間を置かず次のセッションへと移った。
 石壁の狭い部屋に、占者と伝令使の対峙はその緊張の度を高めている。



 オラクルシンクタンク。
 ユナイテッドサンクチュアリの頃から存在する、予言と占いを生業とするグローバル総合情報コンサルタント企業である。
 ただし、その役割は普通にイメージされる一企業に収まるものでは無く、後に世界を覆った魔法と運命力衰退の時代、無神紀を迎えるまで、最盛期には国際的影響力も大きかった。
 天輪聖紀の現在、規模は縮小しているものの、国家の中枢におけるオラクルシンクタンクの重要度は依然高く、今こうして防衛省長官バスティオンの意向を受けて、惑星クレイの未来について占術と予言の見地から俯瞰ふかんを試みている訳なのだ。
「先ほどまでが“占言”つまり占術の結果となります。その根拠はオラクルシンクタンクに集められた情報を元に、星見などを加味して運命者を中心に動態分析をしたもの。つまりは科学として説明がつく“予測”です」
 とペララム。その手はまだ占具を握ったまま。剣士でいえば愛剣を鞘に収めた状態である。
 彼女と猛禽のロイヤルパラディンが対面しているのは、天空の浮島ケテルギアの中央島セントラル、その地階にあるセッションルーム。
 そしてペララムの言葉通り、2人が入るともう狭く感じるこの部屋は、古めかしい石造りのように見える壁や天井、床にも高度な情報を瞬時に共有・分析するための神聖科学設備が埋め込まれている。
 ノーズダイブ・ファルコンはまた小さく首を傾げて、魔女ペララムに先を促した。
「そしてここからが“予言”。運命力の流れ、人と人の出会いが織りなす未来全般に思いを馳せ、未来に起こりうる事を告げる」
 ペララムが左手で空間をならすような仕草をすると、2人の間に惑星クレイ世界の大陸地図が映し出された。解像度の高い浮遊スクリーンだがその質感は羊皮紙のようである。
「ですがそれぞれはまだ“予兆”であり、あくまで“可能性”に過ぎません」
 猛禽ははっきりと頷いた。
「私はただ一人の占者としてこのえにしの行く先、結い紡ぐ未来を占いましょう」
 ペララムの言葉は、占術のセッションにおける枕詞まくらことばのようなものだ。
 ケテルサンクチュアリのように、古代から賢人たちの予言や占いを重要な判断材料のひとつとしてきた国にあっても、いやそれ故に、信頼と過信との違いは常に厳しく戒められる。
「いと尊き守護聖竜と冠頂く我が神聖国ケテルサンクチュアリの名において」
 ペララムに続いてノーズダイブ・ファルコンも同じ言葉を唱えると、頭を垂れた。
 ──。
 振り子ペンデュラムが放たれた。
 垂らされ静止したそれが、ゆっくりと地図上で円を描き始める。
 示しているのはドラゴニア大陸。その中央からやや南にギーゼ=エンド湾がある。
 占術師ペララムは回転に余計な外力をかけぬよう、完璧な均衡を保ちながら地図全体を振り子ペンデュラムでゆっくりと走査した。
「強い運命力が点在しているのを感じる」
 ペララムは呟いた。
「運命大戦、すなわち7人の運命者による力の均衡の傾け合いは、奇跡の運命者レザエルと零の運命者ブラグドマイヤーの接触で終幕となった」
 今、振り子ペンデュラムはかつてゼロうろがあったとおぼしき地点で静止している。
 そしてまた動き出した。
「現在の6つと未来の1つの運命力は収束し、そしてまた拡散した。これは暫定的な安定ではなく、新たな変化と潮流の始まりである」
 最初ひとつに。
 ペララムの声の響きが虚ろなものとなった。
 喪心トランス状態に入ったのだ。精神が肉体を離れ現世から解き放たれる。ここからが根拠となる過去や現在の情報がない未来予測、本物の予言である。
 回転する振り子が右、つまり東のズーガイア大陸へと引かれてゆく。
「森に立ちこめる霧。世界を覆う。そこからは何者も逃れられない。ただ一人を除いては」
 ペララムの言葉はまた謎めいていた。だが予言とはその対象と範囲が大きくなるほど、不明瞭で婉曲えんきょくなものにならざるを得ない。猛禽の騎士もまた問い返すこともなく、ただ緑色の目を光らせて全てを漏らさず記憶に刻んでゆく。
 振り子は動きを緩めて地図の上方、つまり北にペララムを導いてゆく。
 再びドラゴニア大陸。ただし今度の地点は竜の国の東部である。
「均衡を護る者。怒れる獅子となる。北と南を繋ぐ絆は保たれるか」
 振り子は左。西方へと流れて大陸を横断した。
「我が神聖国……」
 ペララムの声に緊張がみなぎり、ノーズダイブ・ファルコンもほんのわずかに身を乗り出した。
 予言は、時間と空間のくびきを逃れ、あふれ出る言の葉を無心に紡ぐ行為である。
 術者には一片の雑念もあってはならない。
 だが祖国であったり近しい者であったり自身のこととなると、どのような占者でも完全に平静で客観を保つのが難しい。予言としての確度が揺らぐのである。故にこの予言には特に慎重を要したのだ。占いも自分自身を対象とし辛いのはそうした理由による。
「天と地の両方より望まれし英雄。ただ、いさおしとは戦場いくさばにのみ見出されるとは限らない」
「まさしく」
 術者の集中を乱すまいと無言を通していたノーズダイブ・ファルコンが、やっとひと言だけ発した。戦士である彼には心に刺さる予言だったらしい。
 ペララムはかすかに頷くと、次の予言に移った。
「……平和の翼。夢と憧れを乗せて飛ぶ」
 その呟きと共に、振り子ペンデュラムはまた奇妙な動きを見せた。
 地図上の陸に海に、小刻みに円が描かれてゆく。それはまさに空に遊ぶ鳥のようだった。
「至高の座を懸け、古き血と新しき血がせめぎ合う」
 そして横揺れを始めた振り子ペンデュラムが南下し、やがて極地に達した。
「氷雪の彼方、眠れる者あり。目覚めの日は近い」
 ペララムがそう告げると、振り子ペンデュラムは静止した。
 ではセッションは終了だろうか。予言において術者は託宣の代弁者でしかない。
 ペララムが細く息をついた、その時──。
 !
 振り子ペンデュラムは今日一番の奇妙な動きをした。
 占者の指に吊されたそれ・・は突然、重力に逆らって真上に飛んだ。
 続けて右、左、下。そして指を傷つけるほど強い引きを保ったまま、金鎖が激しく真横に左回りの回転を始める。紡縁の魔法ペララムは急な痛みに顔を曇らせた。
「……お待ちください。これも啓示です」
 案じる声をさえぎったペララムは、なおも彼女の指を振り払おうとするかの如く回り続ける占具に目を凝らした。
「怒り、憎しみ、そして恐れ。まだ誰でもない誰か」
 経験豊かな占者らしく、ペララムは冷静に予言を続けた。
 だが本当の驚きは、この後に待っていた。
「……あなたは誰」
 ペララムがそう問うた瞬間、振り子ペンデュラムはもぎ取られるように術者の指を離れた。
 !
 次に起こったことはしもの予言者も予想できないものだった。

Illust:かわすみ


 いきなりノーズダイブ・ファルコンが飛び上がり、ロイヤルパラディンの神聖装備である翼状戦具ビットを展開させると、羽根を広げた身体をいっぱいに広げてペララムを抱きしめた。いや、かばったのである。
 突然、占術地図から吹き上げた紫色の炎が予言者を襲ったからだ。
 それが魔法装置の故障や暴走ではなかった証拠に、勢いよく噴き上がった炎は空中で方向を変え、明らかな悪意をにじませながらペララムを焼き尽くさんと襲いかかったのだ。
強制終了シャットダウン!!」
 盾となってくれた猛禽の騎士に逆らわず、床に倒れこんだペララムは緊急コードを発声してケテルエンジンとの接続を切断した。
 激しいスパークと共に動力と照明が落ち、浮遊都市ケテルギアの地階に設けられたオラクルシンクタンクのセッションルームを暗闇が支配した。

Illust:ダイエクスト(DAI-XT.)


 オラクルシンクタンクの地階・・テラスで、人間ヒューマンの予言者とハイビーストの騎士は向かい合っていた。
 午後。ケテルサンクチュアリ浮遊都市群の周囲は雲も少なく、高空に吹く風も爽やか。
 ケテルギア地階のあちこちに設けられたテラスでは会議や休憩する職員、そぞろ歩きする市民たちの姿があった。
 この穏やかな眺めの中では、セッションルームで伝えられた予言とそれに呼応または妨害するかのようにペララムを襲った怪異のことなど、まるで別世界の出来事のようだ。
「でもあれは確かに起こったこと。ケテルエンジンの力を借りて未来を覗くことを拒む存在がいるということは上層部にも報告しておきました。今後、もっとも警戒すべき対象として心に刻んでおくべきでありましょう」
「長官にも必ず申し添えておく」
「この程度で済んだのは貴方のお陰。ありがとうございます」
 ペララムは治療を施した指を見ながら、あらためて感謝の意を伝えた。
「当然のことをしたまで。だが」
 翼を閉じた猛禽の騎士は胸を張った。翼状戦具ビットが彼の動きに追随する。
「予言や占いにあれほどの危険が伴うとは寡聞にして知らなかった」
「いいえ。名前を探るだけで、空間を超えて直接攻撃してくるトラップなど例外中の例外です。世界を脅かす何者かがいるとするならば、どうしても知られたくないのでしょう。その名前を。あるいは……」
 ペララムはまだ腑に落ちない様子で、彼女の分身ともいえる占具、紫水晶アメジスト振り子ペンデュラムを見つめている。
「それが顕在化するまで、今は我々の目をらせておきたいのかもしれません。先に、いつの間にか運命力に選ばれた者が『運命者』となったように」
「報告する。脅威が存在するならば警戒し、迎え撃つまで」
「ご武運を。ノーズダイブ・ファルコン」
 隼のロイヤルパラディンは晴天に翼を広げた。その鋭い緑色の目が戦友に向けられ、ほんの少し緩んだようだった。
「貴女も。紡縁の魔法ペララム」
 猛禽の騎士はひと声鳴くと飛び立った。騎士団本部へと。彼を待つ新たな戦いへと。
 見守る予言者に、ノーズダイブ・ファルコンの背中がその覚悟を語っていた。
 この身は、敵陣を貫く一陣の風であればいい、と。



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《今回の一口用語メモ》

予言と占術──天輪聖紀のオラクルシンクタンク
 旧ユナイテッドサンクチュアリの時代から、ドラゴニア大陸北西に位置するこの神聖国家では、予言と占術が重用されてきた。未来を的確に予測し、言葉として紡がれるそれは国家の舵取りには極めて有効な情報であり、ケテルサンクチュアリとなってもその位置づけが変わることはない。

 予言と占いを生業とするオラクルシンクタンクは、神聖科学と魔術の国としての伝統を継ぐケテルサンクチュアリにおいても、国家に強い影響力を持っている。
 オラクルシンクタンクの前身は弐神紀の頃、アマテラスら卓越した予知能力者が集まり、各国の英雄に助言を与えたことに始まり、その歴史は神聖王国ユナイテッドサンクチュアリの成立よりも古い。
 その後、グローバル総合情報コンサルタント企業として最盛期を迎えたオラクルシンクタンクは、聖竜紀に意志ある予言書「ケテルエンジン」を完成。このケテルエンジンを元に予言することで、惑星クレイを度々見舞った侵略や天災などに対する備えとして、また国の内外を問わず未来に対する貴重な助言者としても力を発揮してきた。

 天輪聖紀のオラクルシンクタンクは、古い時代に比べると国外への働きかけは減っている。
 これはケテルサンクチュアリが国家として長く続けてきた閉鎖政策の結果だ。
 その一方で、無神紀(神格メサイアの加護が消滅し、運命力が極限まで減少。ケテルエンジンも機能を停止した「祈り無き時代」)の間もなお、いずれ世界を襲う脅威を警戒し、高位ノーブルたちは新しい予知・予言のシステムの研究を止めなかった。これが運命力が回復し、ケテルエンジンの修復と完全機能回復が進められる天輪聖紀において、再び世界の助言者・予言者集団としてのオラクルシンクタンクの復興に繋がっている。
 なおケテルサンクチュアリの国政において、オラクルシンクタンクは立法を担当している。
 同国の最高決定機関である円卓会議では、各クランの要望に従って立案された法律が採決を経て施行されるが、オラクルシンクタンク自身はごく限られた重要議題を除き、会議を欠席し委任することが多い。
 これは怠慢ではなく、むしろオラクルシンクタンクがケテルサンクチュアリにおける三権分立を尊重する姿勢だと捉えられている。
 最後に、ユナイテッドサンクチュアリからケテルサンクチュアリにかけて、オラクルシンクタンク内での呼称の変化に触れておく。
 旧来、メイガスと呼ばれていた者たちは、女魔術師ソーサレスと呼ばれている。
 予言や占術に通じる彼女たちは前述した意志ある予言書「ケテルエンジン」の機能修復と、同じくケテルエンジンを動力源とする浮遊都市群ケテルギアの飛行機能維持の任に当たっている。
 また、元はオラクルシンクタンク所属の戦闘集団として結成されたバトルシスターもディヴァインシスターと名を変えて地上に降り、郷士ゴールドパラディンと協力して庶民の暮らしと信仰を支えている。


女魔術師ソーサレスについては
 →ユニットストーリー
 012「六角宝珠の女魔術師ヘキサオーブ・ソーサレス」および《今回の一口用語メモ》、
 097「六角宝珠の女魔術師ヘキサオーブ・ソーサレス藍玉あいぎょく”」を参照のこと。

ディヴァインシスターについては
 →ユニットストーリー
  005「ディヴァインシスター ふぁしあーた」および《今回の一口用語メモ》、
  040「ヴェルリーナ・エスペラルイデア(前編)」を参照のこと。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡