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Unit
短編小説「ユニットストーリー」
154 宿命決戦第4話「守護の宿命者 オールデン」
ケテルサンクチュアリ
種族 ヒューマン

Illust:増田幹生


 リグレイン号は今、沈みかけていた。
 常にわたし達の周囲を覆ってきたあの不気味な雨雲も今、激しい攻撃を受けて薄れ、揺らいでいる。
「船長!退艦命令を!」
 わたしが船長室の扉を開けると、ゾルガ──禁忌の運命者ゾルガ・ネイダール──は長い杖を肩に掛け、ラム酒の瓶を片手に何か物思いにふけっているようだった。節足動物を思わせる下半身が床でうねっている。
「あぁ。皆、逃げろ。もうおしまいだ」
「じゃあ、さっさとあんたもここから逃げて!」
 叫びながら、私は背後から襲ってきた波を被ってよろめいた。幸運にもまた直撃は避けられたようだった。
「早く!ゾルガ!」
「いいや、俺はこの船を降りない」
「ちょっと!あんた酔っ払ってるの?!バカ言ってないで、逃げるのよ!やり直しはできるわ、何度でも!」
「勝敗は決まったんだ。あとはこの俺の首を差し出せばこれ以上、誰も責められないさ」
「わたしは嫌よ!こんなの認めない!」
「僕を一人にさせてくれ、ヘンドリーナ。よく頑張ったな」
 ゾルガは酒瓶を床に放ると微笑んで敬礼を決めた。それはかつて海賊王に憧れた人間の少年の仕草だった。
 わたしはそんな船長をじっと睨みつけて……そして震える手をあげて返礼した。
 激しい振動。船長室にも浸水が始まっている。
「ありがとう!じゃあね、船長!」
 わたし継承の乙女ヘンドリーナはわざと明るい声で叫ぶと、水兵帽を下げて顔を隠し、敵に降伏の意思を示すために靴音をたてて一気に甲板へと駆け戻った。


Illust:三好載克


「ロイヤルパラディン第1騎士団『クラウドナイツ』オールデンであります。我がケテルサンクチュアリ国を代表しましてゾルガ船長、ヘンドリーナ副長にご挨拶申し上げます」
 双剣を下げ、まばゆく煌めく白銀の鎧に包まれた礼装の騎士は、わたしたちに敬礼すると流暢な口上と挨拶を述べた。この人といい、ユースベルクさんといい、わたしが会ったケテルの騎士は皆、“騎士”といえばこうでなくては、という見本みたいな人ばかりだ。これは厳しい訓練と規律のおかげなのだろう。
「ゾルガだ。よしなに。オールデン将軍」
 で。我らが船長といえばまぁこちらは慇懃無礼いんぎんぶれいの見本として帆柱にガンガン打ちつけてやりたいくらいイヤミな口調だった。こちらは育ちの悪さがにじみ出ている。ちなみに今は2本足・・・だ。
「失礼ながら自分の現在の階級は将軍ではありません。あれはあくまで戦時の特例でありまして。今は騎士団対外調整部所属の一小官となります」
「これはまたとんでもない韜晦とうかいだ。実態は『外交武官の隠れ蓑をまとった予備役司令官』だろう」
「……」オールデンさんは微笑したまま無言だった。
「そして僕が聞くところ、君はバスティオンの右腕と目されているとか」
「恐縮でありますが所詮、噂は噂かと。しかしさすがの地獄耳でありますね」
 また引き締まった笑みを浮かべるオールデンさん。天上の鎧のためだけでなく、わたしでも分かるくらいの力強いオーラをまとっていてキラキラしている。素敵。若いはずなのにムチャクチャ大人。そして正当派の美男子。これ、絶対モテるよね。
「で、ここは検疫所というわけか」
 ぷっとわたしは思わず噴きだしてしまって、慌ててゾルガを睨んだ。わたしたちは疫病神?!船に棲みついてるネズミか?!こんな時にちょっと面白いこと言ってんじゃない!澄ました美人副長の威厳が台無しよ!まぁ確かに幽霊船に魔物満載して世界の海をうろついてる輩としては神聖国ではうとまれても仕方がないけど……。
 でも意外だったことに、この失礼極まりない幽霊ゴースト船長の発言を、オールデンさんはまたふっと笑っただけで受け流した。そしてまた真面目に回答してくれる。
「ご安心を。ここアルビオン港迎賓館は、海から我が国を訪れる賓客をおもてなしする場としては最上との評価をいただいております」
 こうしてみるとオールデンさんの穏やかな物腰と丁寧で淀みのない受け答えは、騎士や外交官というよりもまるで超高級ホテルのコンシェルジュといった所だ。



 あ。説明がまだだった。
 今わたしとゾルガがいるのはケテルサンクチュアリ東部最大の港町アルビオンポート・アルビオン
 世界中の富が船荷として集められ、ここから天空の都ケテルギアへと送られる北極海貿易の一大拠点だ。
 そして今、わたしたちがいるのは迎賓館という言葉どおり、豪奢で壮麗な建物の応接室。内装もケテルサンクチュアリを表す、白、青、黄の穏やかな色調で整えられている。
 アルビオンの港にはリグレイン号で何度か訪れているけど、いつもなら船員クルーのみんなは港に着くなりホテルや酒場に入り浸り、わたしは支部があるネオネクタール商館に報告のため顔を出す(リグレイン号の活動とゾルガの近況について根掘り葉掘り聞かれるのがすごく面倒くさい。これも大事な仕事なんだけど)のがルーティンだ。だから今回は確かに、ここまでの移動手段・・・・も含めてゾルガが皮肉を言いたくなるほど特別な待遇だった。
「さて堅い挨拶はここまで。どうぞお掛けになってください」
 オールデンさんはわたしたちがテーブルに着くのを待ってから座った。
 既にお茶と、わたしの前にはなんとお菓子も並べられていた。それも海の上では絶対お目にかかれない作りたての可愛いお菓子たちが……これもオールデンさんの気遣いなの?だったらもっと絶賛しちゃう、ケテルの騎士最高っ!
「ご覧の通り、副長がお菓子まっしぐらなのでたち男同士で話しといこう、外交武官。いや……」
 僕から俺へ。ゾルガの口調の変化は凄絶なものがあり、わたしは思わずレイヤーケーキのイチゴを取り落としそうになった。
「守護の宿命者オールデン」
 一方、内心はどうあれケテルの騎士オールデンの自制心も大したものだった。まったく表情が変わらない。
「お見通しというわけだな。禁忌の運命者ゾルガ・ネイダール」
 こちらも口調が変わった。ここからは大人の時間。仕事の顔だ。よってわたしも騎士の尊称つきで呼ぶことにする。
「宿命者って……」
 言いかけたわたしに、ゾルガがいいから食ってろと目で制するので、ムッとしたけど黙った。
 いいよ。副長は黙って美味しく食ってやる。これたぶん天空都市ケテルギアの名店自慢の逸品だけど、絶対分けてやんないからね!
「君が宿命者とはね。僕も驚いたよ」ほう、ここでまた僕に戻りますか。
「自分もなぜ小官がと困惑はしたが、騎士の誓いと務めに背くことなく、この力を極めてみようと考えている」
 ゾルガは持ち込んだラム酒の瓶を取り出し、オールデンさんに向かって「飲むか」とジェスチャーしてみせた。騎士は申し訳なさそうに首を振る。こんな謹厳実直な人が勤務中だもの、当たり前だ。
誠実なるhonestオールデン、謹厳なるgraveオールデン」
 ゾルガは歌うように言いながら酒瓶をあおった。もう!みっともない真似やめなよ船長。迎賓館に酒の持ち込みなんて下品な海賊みたいじゃない……あ、似たようなもんか。
「だが馬鹿正直honest重っ苦しいgraveヤツとも読み替えられるな」あー、また失礼な。
「認める。俺はその通りの人間だ。権謀術数けんぼうじゅっすうなど性に合わん」あらら、こちらも俺?
「で、どうしてもやるのか」とゾルガ。
 なんのこと?最後の生クリームをうっとりしながら賞味していたわたしは、ようやくここでハッとした。
 男達の間には見えない火花が散っているようだった。
「そちら次第だ。貴様が野望を捨てねば俺としてもやらざるを得ない」
の野望?なんのことかな、バスティオンの右腕くん」もう!だからケンカ売るの止めなって。
「では君の右腕・・に聞いてみよう。ヘンドリーナ副長」
 は、はいっ!
 いきなり名指しされたわたしは香り高い紅茶にせ返りそうになった。
「何でしょうか、騎士サーオールデン」
「オールデンでいい。正直な所、我々ケテルサンクチュアリ国は、ゾルガ船長が例の野望・・・・を捨てていないとみて非常に警戒しているのだ。もっとも身近に接している貴女から見てどう思われるか」
 うーん。わたしは思わず唸ってしまった。これは契約の守秘義務条項に触れちゃうかなぁ。
「もちろん、言える範囲で結構だ」
 と騎士オールデン。忠誠心が高く自分の仕事にも厳しいけれど、公平で思いやりもある。ゾルガが陰々滅々とした海の曇天なら、この人の清廉潔白はまるで平原の澄んだ青空みたいに眩しい。いいね。こんな騎士が右腕だから、バスティオンさんは安心して外交や国防の現場を任せられるんだろうな。
 わたしはそっぽを向くゾルガをちらっと見て、そして決めた。
「ゾルガ船長が日常的に行っている、生と死の境界に挑む邪悪な実験を止めることはたぶん誰にもできません」
 お、我ながらきちんと論理的に説明できてる。いいぞ、わたし。さて、機密に触れないようにうまく伝えるには……。
「それは彼の本質ですから。ただ、お尋ねの“ゾルガの野望”についてはわたしも危惧してるんです、オールデンさん。彼は現代の幽霊ゴーストですけど、心は過去に海賊として生きた人間ヒューマンのものです」
 ふむ、と騎士オールデンは腕組みをして、ふん、とゾルガが鼻を鳴らした。
「ゾルガ船長。リグレイン号を沖に留めて、あなたたちだけを招いたのは他でもない。我が国の最高意志決定機関、円卓会議から要請があったからだ。君が危険人物では無いという証明がない限り、この先の入国は認められない」
 そう。わたしたちは停船命令を受けたリグレイン号から、この港まで天上騎士団クラウドナイツの護衛つきで送られてきた。空中輸送籠カーゴは無音で高速、空飛ぶ馬車といった趣があるオシャレな乗り物で、ちょっとお姫様気分が味わえた。天衛竜ウェッジエフルーエンス・ドラゴンなど屈強な竜の騎士たちに周りを囲まれての、容疑者護送みたいなものものしい雰囲気さえ無ければね。
「見ろ。やはり検疫ではないか」ゾルガは挑発するが、
「いいや、正当な入国審査だ」騎士オールデンはまったく揺るがない。
「副長は気を遣っているようだが私は、恩人である憧れの人を蘇生させたいという望みは隠すつもりもないし、止めるつもりもまったく無い。それはバスティオンも知っているはず」
「伺っている。俺が思うにあの方は、友を思う気持ちが入ることで法の刃が鈍ることを憂慮したのだと思う」
 ゾルガが、友という言葉に嬉しそうに微笑んだのをわたしは見逃さなかった。
 バスティオン長官、そして海賊王ナイトミストとゾルガ。こうした男同士の絆とその深さを理解するのは、バイオロイドとしてわたしの女性型電脳が苦手とする領域だ。
「ではやはり戦いは避けられんな、宿命者よ」
「そういうことになるか、運命者よ」
 オールデンが立ちあがるとゾルガも立ちあがり……っていつの間にか、下半身がまたゾルガ・ネイダールの節足動物みたいなのになっているし?!
「開始は明日払暁。日の出と共に我が艦隊と騎士団で迎え撃つ」と騎士オールデン。
「やってみるがいい。この港にリグレイン号が接岸したら我らの勝ちだ。それでいいな」
「異論は無い。突破はさせず、沈めてみせる」
「では、お手並み拝見」
 ゾルガがうねうねと身を翻したので、わたしはオールデンさんに急いでお礼を言った。
「ご馳走様でした!お菓子どれも美味しかったです、オールデンさん」
「ネオネクタールの最優秀エージェントにしてあの・・ドン・グリードンの舌も虜にした君に、そう言ってもらえるとケテルの菓匠も喜ぶよ。ではまた戦場で」
 敬礼する騎士オールデンは宣戦布告の後でさえ爽やかで公平な好青年だった。

Illust:Moopic


 ドーン!
 朝焼けの空の下、水柱とともにわたしたちの正面に迫っていたフリゲート艦の舳先が真っ二つに切り裂かれた。
 水底で大鋏をかざす深冥の海鋏──リグレイン号の新顔でまたまた怪奇な外見のゴーストだ──の姿が目に浮かぶようだった。
「ケテル先遣隊フリゲート、撃沈いち!」
 リグレイン号を包む陰鬱な雨雲ごしに(これってとても便利で外からは船の姿を隠してくれるんだけど、内側から外は普通に見えるのだ)、望遠鏡の向こうに集中していたわたしは叫んだ。
「針路、東南東。取舵!」
 ゾルガが操舵輪を回すと、船体は海面を滑るように──リグレイン号は水面すれすれを飛行しているからね──針路を変えて、わたしは傾いた甲板を右舷から船尾へと走った。今日はパンツスタイルなので動きやすい。
 今朝の海戦に備えてわたしが選んだテーマは水兵。同じストイケイアのアクアフォース海軍服とは違うデザイン(あちらは白い士官服のイメージだよね)。セーラー服に帽子も丸い水兵帽セーラーハット、色も黒と青で決めてみた。
「追ってくるか?」とゾルガ。
「先遣隊の船団は停止。追っ手無し!あっちは救助活動に忙しいみたいよ」
 砕けた船体から脱出したケテルの騎士が、天上騎士によって救出されてゆくのを確認して、ホッとする。やはりいつものグランブルーの不死者海賊どもと違って、戦果をそのまま喜ぶことはできない。まして今回、攻撃の合図トリガーはわたしが出したのだ。
「ぐずぐずするな!船首へ回れ、ヘンドリーナ!」
 ゾルガはお見通しのようで発破をかけられてしまった。
「アイ・サー!」
 わたしは振り返って船首までの長い距離を駆けた。
 憎まれ口を叩いている暇はない。今は海戦の真っ只中。真剣勝負なのだ。

 昨日、アルビオン迎賓館で宿命者と運命者が決めたとおり、沖から湾に侵入したリグレイン号の前に海軍の先遣艦隊が現れ、戦闘に突入した。
 相手はケテルサンクチュアリ海軍東部軍のほぼ全兵力。こちらはたった一隻の空飛ぶ幽霊船。
 これは弱い者いじめではない。
 それだけゾルガとわたしが操るリグレイン号を海戦の超ベテランと知って、総動員しないと潰せないと評価しているのだ。数の上では圧倒的不利だろうと、海の女としてこれほど燃える状況はなかった。
 それでも不意打ちではなく、接敵する直前に、
「我ラ騎士ノ務メニ基ヅキ大悪ヲ討ツモノナリ。汝ラノ健闘ヲ祈ル」
 とわざわざ無電で伝えてくるあたり、さすがは騎士の国だった。
 ちなみにうちの船長に関する限り、世界の平和のために討つべき大悪党と評価されているのは、全くその通りなので副長としても異論はない。
 緒戦は圧倒したように見えるかもしれないけれど、実はこれが結構、薄氷の勝利だったんだ。
 ケテル海軍の軍艦の外見はただのフリゲート級帆船だけど、その速度はタービン駆動の最新戦艦並み、雨霰あめあられと降り注ぐ矢も射手は凄腕の騎士、しかも神聖魔術で祝福・強化されているのでこちらの不死の船員には極めて厄介な攻撃なのだ。
 でも、古くて新しいold but newは別にケテルサンクチュアリだけの特徴じゃない。
 リグレイン号は、水中に潜ませていたゴースト部隊でケテルのフリゲート艦を難破させることに成功した。
 つまりは奇襲ってこと。
 この連動に、通信が困難になる水中でも指示を正確に伝えられるストイケイアの最新技術を使っているのだ。

Illust:NOMISAKI


「前方、敵船団による防衛線!1時、10時方向!」
 海の上の視界というのはみんなが思っているより広くて狭い・・・・・。ケテル海軍の第二、第三艦隊は、先遣隊を避けた先をさらに港から遠ざけるように、巧みに配置されていた。
 舳先で楽しげに双剣を素振りしている女性士官を、わたしの望遠鏡は捉えていた。戦旗にはラシオネールと記してあったので、あれが船か騎士どちらかの名前なのだろう。
「まー、綺麗な単縦陣が二枚も。まるで定置網ね。これ・・ってオールデンさん?」
「だろうな。若いがやり手だ。海のこともよく勉強しているようだ」
 陣形が騎士オールデンの考案だとしたら凄いよね、という最後は独り言のつもりだったんだけど、はるか離れた位置にいるゾルガはちゃんと聞いていた。地獄耳め。
「強行突破できると思う?」
 わたしは舵取り場のゾルガに向かって歩き出した。
 こちらにはまだ艦載機にあたるドラゴンの火力や、潜水艦にあたる水竜の“雷撃”も温存している。
「いや。たちがそう考える事こそ敵の思う壺だろう。ここからは機動戦で行く。北北東、岬に向かって転進し、引きつける」
 なるほど。逃げたと見せて敵をおびき寄せ、沖で一気に叩くわけね。どうせ単艦vsものすごい多数の戦いなんだもの、わざわざ港の前に張り巡らされた狭い罠の中に突っ込んでいくより、足が速く僚艦もいないこちらの自由を活かして戦場を広く使ったほうが有利。賢明な戦場機動だ。
「マストに登れ!ヘンドリーナ」
はいはい。仰せの通りにアイ・アイ・サー
 わたしはぼやきながらリグレイン号のマストに登り始めた。より広い視界は確保できるけど、さっきみたいな陣頭指揮は難しくなる。あと、この船の見張り台ってボロくて危ないんだよね。でも仕方ないか。

Illust:ナブランジャ


 ──ギュン!
 左舷から威嚇の大弓を放ってきた騎士竜は、天束竜コンバージェンス・ドラゴンだった。
 なぜ知っているかというと射つ前に名乗りをあげてきたからだ。
 つくづくケテルの騎士は律儀というか、古武士気質というか。
 ちなみに騎士コンバージェンスの矢はゾルガの巧みな回避運動でかわすことができ、その針路変更に満足したのか、天束竜は艦隊へと戻っていった。
「ゾルガ、追っ手をうまく引き寄せてる!もう少し東へ寄って岬を背にして仕掛けましょ!」
 船長はわかってると手を挙げた。
 いま私たちの左舷には湾の出口に向かって開けた北極海があり、そこにケテル第二艦隊と第三艦隊が併走していた。こちらの速い船足に釣られて艦列が長く伸び始めている。これなら突破をしかけるにも攪乱させるのも自在にできそうだ。いい兆候だった。
「見てなさい。絶対、きりきり舞いさせてそのスキに港に着いてみせるから!」
 わたしのボルテージは最高潮だ。
 念のために言っておくと海戦が好きなわけではない。ケンカを売られない限り、わたしは平和主義なのだ。
 確かにゾルガは悪だ。
 リグレイン号にまつわる恐怖の伝説(だいぶ盛られたデマだけど)のせいで寄港して歓迎されることもない。
 でも、わたしたちまでひとまとめに極悪人扱いされて上陸できないのでは商売にならないし、ネオネクタールのエージェント(つまりわたし)がケテルサンクチュアリの入国審査で閉め出されたなんて事になったら、国際問題だ。それだけは避けたい。
 !
 拳を握って決意を新たにしていたわたしは、岬をかすめるコースを指示して転進のタイミングを伝えようと振り返り、それ・・を見つけてしまった。
「しまった!」
 岬の先端、影になっている向こうから今までに倍する艦隊が現れた。
 おそらくこれこそが主力、第一艦隊なのだった。
 そして旗艦らしき戦艦から飛び立った天上騎士クラウドナイトの編隊。
 その先陣を飛ぶ煌めく双剣の騎士こそ、
 守護の宿命者オールデンだった。

Illust:三好載克


 その後の戦況は一方的だった。
 東のオールデン第一艦隊、西の第二、第三艦隊に挟まれた空飛ぶ幽霊船フライングゴーストシップリグレイン号は北、そして北北西と針路を変えながら蛇行したけれど、天上騎士たちにを押さえられて動きの自由を奪われ、降り注ぐ矢に船が破壊され、竜たちが押し返され、フリゲート艦から放たれる(おそらく神聖科学の)砲弾を避けようと不死の船員が甲板で右往左往するのを、わたしは見張り台から空しく見守った。
 わたしが副長としてできる事はもう、一つしかなかった。
 いつの間にか舵取り場から姿を消し、指揮から降りていたゾルガに降伏を勧めるべく、わたしはマストを降り始めた。

 ──そして、ここで話は冒頭に戻る。
 わたしが船長室から甲板に出た時、砲撃も矢も、天上騎士たちによる掃討も止んでいた。
 船の周囲は、それこそ海面すら見えないほどのケテル軍艦で埋め尽くされ、完全に抵抗を封じられている。
 そしてリグレイン号を覆う雨雲は拭われて、夏の午後の日差しが降り注いでいた。不死者の船員たちも皆、船倉に逃げてくれてるといいけど。やっぱり幽霊ゴーストさんたちに直射日光はキツイよね。
「……」
 さて。船が無抵抗で停止している以上、あとは降伏するだけなのだが、周りの船にあふれかえるケテルの騎士たちの注視を浴びて、水兵姿のわたしは独り、途方に暮れてしまった。
「ヘンドリーナ副長」
 呼びかける声とともに正面に降りてきたのはオールデンと3人の騎士だった。
 私は水兵帽を取って敬礼した。
騎士サーオールデン。我々の負けです。降伏します。でもどうか船員たちクルーには寛大な……」
「逮捕はしないし咎めもないよ、ヘンドリーナ副長。安心して欲しい」
 進み出たオールデンさんはわたしの両手をとって、こう言った。
「君たちの健闘を讃えたい。素晴らしい操艦と戦術だった。感服した。さすがはグランブルーの海賊が恐れるたった一隻の船だ。君たちの闘志が我が兵すべてに最高の力を引き出させてくれた」
「そんな……あ、そちらの被害は大丈夫ですか?」
 思わず敵の心配をしてしまった。ちなみにこちらのドラゴンさん達や船の無事(ケガや破損はしているけれど)はもちろん確認している。わたしは副長なのだ。
「ケガ人で済んでいる。ご配慮痛み入る」
「そろそろ、うちの副長から手を放してもらおうかな」
 イヤミな声にわたしは慌てて手を引っ込めた。ちょっと美男子にデレデレしてたのを見透かされたか。
「ゾルガ船長」
「これで私は出入り禁止決定か」
「それは返答次第だ」
 近づいてきたゾルガは節足動物の足を不快げに蠢かせた。
「返答とは」
「《在るべき未来》だ。ゾルガ船長、ここで未来を選んで欲しい」
「未来?未来の何をだ」
 わたしは二人に挟まれて、そのやり取りを眺めるしかなかった。
「あなたは運命者。強い運命力の持ち主だ、ゾルガ船長。そして自分、オールデンは宿命者。勝利したことで、さらに身に余る運命力を負うことになる」
「それで?滅ぼすか、この俺を」
「逆だ。あなたと船を助け、我が国との関係をそのままにする代わりに、ひとつ願いをきいてほしい」
「今日の勝利者が、僕に願いね」
 ゾルガは皮肉に肩をすくめた。対する騎士オールデンはあくまで真剣だった。
「宿命者の力を与えた者が誰であれ、どのような意図があったとしても、この俺の心まで曲げることはできない。代わること無く我がケテルサンクチュアリの守護の剣で在り続ける。俺はそう誓ったのだ。あなたはこの戦いであえて最後まで抵抗を続けずに、負けを被った。船と彼女、船員クルーを守るためだろう」
「……」
「だから永遠にとは言わん。今は海賊王復活というあなたの野望の矛先を収め、新たに出現したこの『宿命者』という現象を観測し、我々と共に真相を探る手伝いをしてほしい」
「無償で」皮肉なゾルガの口調は質問ではなく確認だった。
「あぁ。報酬は期待できないだろうと思う。不満ならバスティオン様と直接交渉してみてはどうか」
「会ってくれるのか、バスティオンは」
「すべてあなたの返答次第と言った」
「なら、いいよ。協力する。ひさびさにたっぷり海賊気分も味わえたしね」
 ゾルガは少年の声音で明るくあっさりと承諾した。わたしは少しつんのめりそうになったが耐えた。
「バスティオンのためなら一肌脱ぐさ」
 ゾルガはまたどこからかラム酒の瓶を取り出した。
「祝い酒といこう。今度は断るなよ、オールデン。君たちが大穴開けた船長室で、アルビオン港迎賓館にも劣らぬもてなしをしてやる」
 ざわめく側近をオールデンさんは笑って諫めると、こちらに頷いてみせた。
「副長もご一緒いただけるなら。彼女は勇者だ。ぜひ同席してもらいたい」
 だろうね、とゾルガは陰鬱に口を歪めると長い杖を甲板についた。ほんの少しよろめいたみたいだけれど、すぐにしゃん・・・となったのでお節介はやめておいた。疲労か悪酔いか。ひさびさに“海賊”やれたからって張り切りすぎよ、まったく!どちらにしてもわたしが幽霊ゴーストの具合を心配しても仕方がない。念のため、あとでレザエル医師せんせいに連絡してみようか。
「ただし船の修理はしてもらうからな、オールデン将軍・・
「それは手配しよう、ゾルガ船長」
 船長室に向かって歩き出す二人。
 わたしは呆気にとられた様子の近習と周囲の騎士さんたちに一礼すると、船倉に向かって走り出した。
 とって置きの良いおつまみがある。
 船長の趣味と実益(実験材料)をかねて世界中の知られざる珍味を収集し貯蔵しているリグレイン号は、実は酒飲みにとってどこよりも魅力的な船なのだ。
 さあ、戦友の男同士と世話焼き副長がテーブルを囲む宴の始まりだ。



※注.graveなどの英単語は、地球の似た言葉(同じ単語だが複数の意味を持つ)に変換した。艦種としてのフリゲートもまた地球の酷似している帆船の等級/種別を借りている。※


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《今回の一口用語メモ》

ケテルサンクチュアリと海戦、軍港

 ケテルサンクチュアリにおいて国土の防衛を担っているのは、かつて神聖王国ユナイテッドサンクチュアリであった頃から、一貫して「騎士」である。
 惑星クレイの騎士といえばその活躍の舞台は地上、そして特にケテルサンクチュアリの騎士といえば、それに空が加わる。しかし国家とその防衛という観点からすると、惑星クレイには陸と空以外にも忘れてはならない、もうひとつの領域がある。
 それが「海」。
 今回は我が、冠頂く我が神聖国ケテルサンクチュアリにおける海の防衛について解説する。

 まずは海軍力について。
 ケテルサンクチュアリ防衛の要はすでに述べた通り、騎士による陸軍力と空軍力だ。
 そして海の防衛は海軍と各騎士団の沿岸警備隊が担当する。だが、旗艦を除く大型船舶はほとんどが輸送艦や補給艦であり、主力はフリゲート艦(魔法で防御力と速力を強化された快速軍船)でありその規模も決して大きくはない。
 これにはケテルサンクチュアリがおかれている地政学な立場が影響している。

 地図で見ると国境の三方は海。
 実はケテルサンクチュアリは海に囲まれた国家なのだ。
 それなのに何故、海軍力が比較的小規模なのに国境と海域の安全が堅く守られているのか。
 一つには前述の陸・空軍力の充実。実際、今回のケテルサンクチュアリ海軍東部軍とリグレイン号の海戦でも、航空戦力である天上騎士隊クラウドナイツが制空権を握ったことが勝因となっている。
 二つ目として北部の海が、凍結する面積の多い、凍えるブリザードが吹き荒れる北極海であること。特に北東部は不凍港であるアルビオン港を除けば、大型の軍船が寄せられる港が機能しない気候となっている。これは海軍には不利だが、同時にケテルサンクチュアリに外部から攻め入ろうとした場合、天然の要害にもなるのだ。
 三つ目が、この北の荒れ海という要害によって、敵が攻め入るのを南東つまりサンクチュアリ平原に限定できることから、陸空の兵力と警戒を一方に集中できることである。実際、龍樹侵攻の際にも攻め手は南方の陸地からであり、ケテルサンクチュアリ軍は対龍樹絶対防御陣「天壌てんじょう陣形」を敷いて、攻勢をしのぎきった。



 最後に。
 今回、守護の宿命者オールデン率いるケテルサンクチュアリ海軍と、禁忌の運命者 ゾルガ・ネイダールが操る空飛ぶ幽霊船フライングゴーストシップリグレイン号との間で行われた海戦は、神聖国側の勝利と国内で報じられ民衆を大いに沸かせたが、そもそもこの争いもリグレイン号側に侵略の意志があった訳では無く、結果としてゾルガ船長が敗北を喫し神聖国騎士団に負かされたことで(龍樹侵攻の際に裏切り者の汚名を着せられた)ケテルサンクチュアリに対するみそぎともなった上に、彼ゾルガの問題行動に対する牽制にもなったと評価することができる。

 一説には、この海戦を企図したのがバスティオン防衛省長官であるともいわれている。
 もしその噂が本当ならば、宿命者オールデンの力と使い処、海軍の練度を高める貴重な機会としての模擬戦闘、国内にくすぶるゾルガへの不審の目と(それでも裏ルートに通じる彼には引き続き頼らざるを得ないという)政治的な問題、またゾルガ個人の野望に釘を刺すこと、それらすべてを同時に対策し解決に導いたバスティオン長官の手腕は称賛されるべきであると、諜報活動に携わり国同士の駆け引きに接することが多い私としては考えている。

シャドウパラディン第5騎士団副団長/水晶玉マジックターミナルケテルサンクチュアリ国チャンネル事務長
厳罰の騎士ゲイド 拝

地上生まれの天上騎士オールデンについては
 →ユニットストーリー004「豪儀の天剣 オールデン」
  ユニットストーリー015「天翔竜 プライドフル・ドラゴン」
  ユニットストーリー066「ユースベルク“反抗黎騎・疾風”」
  ユニットストーリー072 世界樹篇「天輪鳳竜 ニルヴァーナ・ジーヴァ(前編)」「天輪鳳竜 ニルヴァーナ・ジーヴァ(後編)」
  ユニットストーリー112「天壌を繋ぐ剣 オールデン」
を参照のこと。

またオールデンの近習たちについても
 →ユニットストーリー112「天壌を繋ぐ剣 オールデン」
を参照のこと。

オールデンとバスティオンについては
 →ユニットストーリー072「天輪鳳竜 ニルヴァーナ・ジーヴァ(後編)」を参照のこと。

ゾルガの野望、七海覇王しちかいはおうナイトミストの復活とバスティオンとの因縁については
 →ユニットストーリー113「万民の剣 バスティオン・アコード」を参照のこと。

ゾルガとヘンドリーナについては
 →ユニットストーリー008「継承の乙女 ヘンドリーナ」
  ユニットストーリー009「ハイドロリックラム・ドラゴン」
  ユニットストーリー054「混濁の瘴気」
  ユニットストーリー087「戯弄の降霊術師 ゾルガ・マスクス」
  ユニットストーリー097「六角宝珠の女魔術師 “藍玉”」
  ユニットストーリー125「禍啜り」
  ユニットストーリー134「禁忌の運命者 ゾルガ・ネイダール」
  ユニットストーリー136「 禁忌の運命者 ゾルガ・ネイダール II 《零の虚》」を参照のこと。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡