ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」

Illust:イコール
清逸なる高貴の庭園/ケテルサンクチュアリ標準時06:00
慎ましやかなノックの音。
応答を待ってから執務室の扉を開けると、部屋の主はもう席に着いて仕事を始めていた。
「おはようございます。ご主人様」
「おはよう。SA東地区からの依頼についてだけど」
人材派遣サービス会社Bel-Fiore CEO フィオレッタ・ブロデイウェズは、テーブルライトの下で顔も上げない。一方の侍女長マイアも視線をまっすぐ窓に向けたままだった。
「案件S005ですね。この後、出動いたします」
きびきびと答えるマイア。引き締まった表情と伸びた背筋、長い黒髪、鍛えあげられたプロポーションが、白と黒の制服を引き立たせている。彼女は完璧な侍女だった。
「作戦チーム4名派遣、承認します。指揮はあなた?」「はい。ご主人様」「確かに、天上政府高官の極秘訪問ともなれば侍女長自ら警護してさしあげるべきよね」「御意にございます」「無事に到着したらすぐ戻って。あなたにしか頼めない仕事が山積みなのよ」「承知いたしました」「ピネッセに現場は任せられるでしょう」「はい。彼女は優秀です」「よろしい。では取りかかって」
主人の言葉に、侍女長は恭しく一礼して答えた。
「ご主人様の命に従うのが、侍女の務めでございますので」
マイアは退出した。入室からただの一度も表情を変えることなく。
沈黙。
ようやく朝日が射し込んできた執務室で、フィオレッタはタッチペンの手を止めると小さくため息をついた。
清逸なる高貴の庭園/ケテルサンクチュアリ標準時22:00
慎ましやかなノックの音。暫し静寂の時を待って、マイアは執務室の扉を開けた。
「失礼いたします。完了案件のご報告に」「……」
彼女の主は椅子にもたれて目を閉じていた。
マイアは扉を閉めて近づくと、机上のタブレットをそっと収め、絹のオフィスストールを優しくフィオレッタの肩にかけた。この間、もし他に人がいたとしても気配をまったく感じることはなかっただろう。
「何もかも完璧なのね。相変わらず」「起こしてしまいましたか」
フィオレッタに見上げられていることに気がついたマイアは、彼女の主人としばし見つめ合った。
「煤がついてる」
Bel-Fiore CEOである女主人は、侍女長の襟についた汚れをハンカチで拭う。
「おやめください。お手が汚れます」「レポートは読んだ。これは火の中からお客様を助けた時のものでしょう」「はい。大事なお洋服を、申し訳ございません」「何を言うの、これこそ名誉の汚れよ。想定以上にハードな案件になったわね、ご苦労様」「恐れ入ります。しかし……」
マイアが止めようとする手を、フィオレッタは握り、そして離さなかった。互いに合わせた視線もまた。
「あなたたちの働きのおかげで、Bel-Fioreは順風満帆。依頼は今も殺到している」「勿体なきお言葉。お家のために、何よりのことでございます」「家事一般だけでなく、時には命を張って人を守り抜く仕事。毎日、朝から夜遅くまで」「どれもやりがいのある任務です。皆様に喜んでいただけるのが私たちの誇り。特にご主人様に」
「ええ、これが私の望み。そしてそれは叶った。いつも、こうしてあなたが側にいてくれる。でも……」
無二の親友の手は今日も硬く冷たい。それは汗して働く者の手だった。
小さい頃から、彼女はこうしてマイアの手を取ったものだ。楽しい時、悲しい時、そして寂しい時に……。
「ねぇマイア。あなたはこれで良かったのね。本当に」
「はい」
マイアは迷いなく答え、フィオレッタの温かな手を優しく握り返した。
「ご主人様の幸せこそが私の幸せ。それに私は知っています。こうして朝も夜もなく私たちを案じ、心を配ってくださっていることを。マイアはいつもあなたのお側にいます。そして」
「いつまでも、ね。……困った人。距離を置きながら、そうやって私を泣かせるのだから」
さあ、もう少しお休みになって。
マイアがフィオレッタの服を丁寧に整え直すと、ようやく2人は机を挟んだ主従に戻った。
「夕食は……取られておりませんね。では消化に良いお夜食を拵えてまいります」「業務報告はその後で」「御意にございます」「どこまでも完璧ね。あなたって人は」「恐れ入ります」「……でも全部終わったらもう休んで。いい?これは私の命令よ」
沈黙。続くマイアの返事は柔らかいものだった。
「はい」
いま部屋の向こう側で扉が閉まる寸前、マイアが微笑んだのが、フィオレッタには見なくてもわかった。
そしていつものセリフ、でもそれは皆の前とは違う顔だ。
彼女たち2人は長い付き合い、もっとも古き友なのだから。
「ご主人様の命に従うのが、侍女の務めでございますので」
了
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<ユニット紹介>
Bel-Fiore マイア
20歳女性、人間。瞳は鮮やかなオレンジ色。
Bel-Fioreの証である花飾りは、髪につけられた黒いユリ。
携えているのはブロデイウェズ武具工房でも100年に一度の出来と言われる名刀であり、本来は同家の子息令嬢に贈られるものを、マイアが誓う終身の忠誠に報いて授与されている。
文武両道に優れ、誰よりも献身的に働くブロデイウェズ家の侍女長。
侍女たち全員の能力を見極め、任務に応じて適材適所に配置。失敗を責めず、成功と成長を褒める。そのプロフェッショナリズムと内に秘めた優しさから全員に姉のように慕われている。
ケテルの地上の都セイクリッド・アルビオン生まれ。
幼い頃に両親を亡くし、ブロデイウェズ家が運営する孤児院、そしてブロデイウェズ家当主(フィオレッタの父親)が理事を務める寄宿学校で育てられた。
そのためマイア自身がブロデイウェズ家に深い恩義と忠義の心を抱いており、卒業時、騎士団から届いた推薦入団の誘いも断って、侍女として仕える道を選んだ。
マイアの決断にはもう一つ、そして最大の理由がある。
それは当主の娘である人材派遣サービス会社Bel-FioreのCEO、フィオレッタ・ブロデイウェズ。この「ご主人様」という呼び方には、マイアのフィオレッタに対する想いの全てが込められている。
同い年のフィオレッタとは、マイアが孤児院に入ってからすぐに知り合い(幼い時分のフィオレッタはお転婆で、しばしば屋敷を抜け出しては同年代の子供がいるブロデイウェズの孤児院へと遊びに出かけていたのだ)、二人は瞬く間に、生まれも立場も超えた友となった。
そして文武に優れた才能を示していたマイアは寄宿学校への進学を認められ、フィオレッタと寮の同部屋で学生時代を送る。これは、フィオレッタを幼馴染として主人として友として心から慕うマイアを、(武器商人の娘として身の危険も少なくはなかったので)将来の後継者であるフィオレッタの護衛として側につける利点をブロデイウェズ家が認め、任命したという事実を意味していた。
《惑星クレイ ワールドガイド&参考ユニットストーリー》
人材派遣サービス会社Bel-Fiore
ブロデイウェズ家は古くから続く武器商人であり名家だが、企業としてのBel-Fioreは、当主の娘フィオレッタが興した新しい組織である。
「ブロデイウェズ家の武具をつけた乙女たちによる(プロモーションも兼ねた)万能人材派遣サービス」。
フィオレッタは会社を立ち上げるために、ケテルサンクチュアリ指折りの名門である寄宿学校の在学中に経営学の学位も修め、両親や一族に対するプレゼンテーションにも挑んでいる。彼女にはかなり早い段階からこの構想があったようだ。
その結果、Bel-Fioreは成功をおさめ、今ではブロデイウェズのブランドイメージまでを引き上げる、無くてはならない存在として日夜、活躍している。フィオレッタはその敏腕を世間と一族に証明してみせた。
ただ一つ言い添えるとすれば、フィオレッタがBel-Fioreを興したのには、心友マイアの才能を存分に活かしつつ、彼女と共に在れる場を作るという真意があったこと。
それは両親はもちろん侍女たちも知らない、主従2人だけの秘密なのだ。
ちなみに、愛と平和と芸術を世界に広める学園都市リリカルモナステリオには、マイアとフィオレッタのように少女時代に生活を共にすることで、出身や立場を超えて固い絆で結ばれる間柄を指す「寮友」という言葉がある。
→ユニットストーリー022「Earnescorrectリーダー クラリッサ」
ユニットストーリー155 宿命決戦第5話「至高の宿命者 リシアフェール」
ユニットストーリー217 特別編「リリカルモナステリオのクリスマス」
を参照のこと。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡