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小説

Novel
クレイ群雄譚(クロスエピック)

第3章 光さす墓碑

作:鷹羽知  原作:伊藤彰  監修:中村聡

第3章 1話 墜落

 言われるまでロロワは忘れていた。
 いや、心のどこかではわかっていたのかもしれない。
 わかっていたからこそ、あえて見ないようにしていたのかもしれない。
 そう——
 ロロワは知っていたはずだ。
 一度決めたなら、どれほど困難な壁が立ちはだかろうと、ラディリナはやり通すことを。

 それはタマユラの体調が無事に回復したのを見届けたあとのことだ。
「——で、」
 保健室から出たラディリナは力強く一言。
「あいつはどこ?」
 ひくり、とロロワの口角が震えた。
「……あいつって?」
「ケイオスよ。言ったじゃない、“生きてここから出さない”って」
 思わず目を剥いた。
「本気だったの?!」
「私はいつだって本気よ」
「だろうけど! 暴力は良くない、ここはリリカルモナステリオなんだよ」
「そうね。あなたは中庭の方を探して、私は噴水広場の方を」
 聞いちゃいない。
「で、見つけたら報告」
 ラディリナは肩に乗った植物プラントをトントンと指先で叩く。

Illust:山崎太郎

 植物プラントはリリミララミとの戦闘によってダウンしてしまったが、ロロワのそばで過ごすことですっかり回復していた。
 ラディリナに懐いたらしく「任せてくれ」と言うように蔓をグッとこぶしにする。
 ロロワの意思なんかお構いなし。反抗期だろうか。
「ラディ、もう時間も無いから止めよう。ね?」
 もちろんラディリナがロロワの制止を聞いてくれるはずがない。
 さっと身を翻し、まるで火が野を渡っていくような速さで駆けていってしまった。
「あー、もう……」
 文化祭が終わり、すでに3日が経っている。
 リリカルモナステリオの現在の停泊地はケテルサンクチュアリ南部のリップモだ。

 文化祭への一般参加者はとっくに空鯨から降りており、生徒以外の人気はなくなっている。
 ケテルサンクチュアリへの最終便は間もなくの出航で、これを逃すとあと5日はリリカルモナステリオに滞在しなくてはいけない。
 これ以上学園のお世話になるわけにはいかないが、さすがはリリカルモナステリオというべきか、市街地にある宿はどこも高かった。
 じゃあ野宿で、というのも難しい。リリカルモナステリオはストイケイアの森林地帯とは違うのだ。
 ヴェルストラやタマユラが私的に所持している飛行艇に乗せてもらうという手もあるが、そこまでお世話になるのは気が引ける。
 船が出るまで一時間足らず。
 ラディリナはケイオスを見つけられず諦めてくれるだろうか、それとも——
『グサツ! ザクッ!』
『わぁ、ラディ少女に斬られてしまった-!』
『ブシャーッ!』
 血みどろの修羅場が脳裏をよぎり、ロロワはぶるっと身体を震わせた。
 このままただ手をこまねいているわけにはいかない。先にケイオスを見つけ、ラディリナが見つけられないところに隠してしまわなくては。
「よ、よし!」
 ロロワは廊下から芝の生い繁る中庭へと降り立ち、膝を突いた。
 目を瞑り、あたりの草木に呼びかける。
(みんな、僕に“目”を貸してくれ——)
 トゥーリの街でエバを退けてから、クロノスコマンド・ドラゴンの声は聞こえなくなってしまっていた。
 ロロワの身に残されたのは、世界樹の力とかすかな直感だけ。正確な予知を行うことはできないが、殺人ワイヤーからラディリナを救ったように、命に関わる“予感”だけは残っている。
 力の残滓を感じるたび、ロロワはクロノスコマンド・ドラゴンのことを思い出し、かの英雄を助けなくてはという想いを新たにするが、そのための手がかりは僅かだった。
 彼が何者かによって囚われているということ、ロロワに想いを託したということ——
 煌結晶を手に入れることができれば、その力によって状況を打破できるのではと期待したが、トロフィーはミチュとノクノに微笑んだ。
 フェスを諦めた自分の選択に後悔はないが、気がかりは解決されないまま残り続けていた。
(——いけない)
 そちらに向きそうになる思考を、かぶりを振って散らす。
 今このとき儚く散りそうになっている命は、クロノスコマンド・ドラゴンではなくケイオスだ。
 ロロワは眉頭に皺を寄せ、瞑った瞼にぎゅっと力を込めた。
 彼がすでに鯨から降りているのならば問題ない。逃げ切れる。
 もう降りていますように、降りていますように!
 しかし——切なる祈りは大体叶わないのだった。
「わっ!」
 背後で突然爆ぜる男の声。
「ワァッ!」
 驚いたロロワが前に転げそうになりつつ振り返ると、胡散臭い格好のデーモンがロロワに向かい両手を広げていた。
 ケイオス、憎たらしいほどの上機嫌である。
「やぁ、ロロワ少年! あぁ、リリカルモナステリオここにいる間はロロワ少女かな?」
「~~~~っ」
 いた。
 絶望に侵されたロロワは、立ち上がる元気もなく腕で顔を覆ってしまった。
 もう終わりだ。
 いや——まだ諦めたくない!
「ミカニさんはどこにっ?」
 震える足を鼓舞して立ち上がり、あたりを見渡す。
「ミカ? ミカはさっきから姿が見えないけど……お花でも摘んでるんじゃないかな?」
 トイレに行っトイレ! ってね。
 優雅にオヤジギャグをかますケイオスと反対に、ロロワはわずかな希望が潰えていくのを感じていた。
 ミカニの守護があれば最悪命だけでも守れるが、ケイオス一人では風の前の蝋燭よりも儚い。
 ロロワはのんびりと構えるケイオスの肩をぐいぐいと押した。
「逃げてください、ラディがあなたを探しています」
「もしや……」
 ケイオスはハッと息を呑み、迫真の表情で口元を押さえる。
「それは確定ファンサというやつかな」
「じゃなくて!」
 もし命だけは助かったとしても、ラディリナのことだ、鯨から中吊りにして鳥の餌ぐらいにはするだろう。
 ロロワはもたもたするケイオスの背中を押しながら身を隠せるような場所を探す。
 教室に勝手に入るのはダメだ、噴水の中に突っ込むのもマズい。
 ケイオスはのほほんと微笑んでいる。
「それにしてもブルーム・フェスの結果は残念だったね。私はロロワ少年たちがファイナル・ステージで踊ることを一等楽しみにしていたんだよ」
「ははは、ありがとうございます……」
 乾いた笑いが出た。
 それどころではないからだ。
 男性用トレイに隠す? 
 悪くない案だが、リリカルモナステリオで男性用トイレは女性用に比べて圧倒的に少ない。ここから向かったとして、どれぐらいかかるだろうか。
 5分、10分……間に合うか?
 脳をフル回転させているロロワの心も知らず、ケイオスはふわふわと歩いている。
「それにしても、君たちがアイドルになりたかっただなんて知らなかったよ」
「僕はアイドルになりたかったわけじゃなくて……あぁ、でもラディはなる気だったかも。ケイオスさん、とりあえずあっち行きましょう! 急いで」
「ふむ、ロロワ少年の目的は別にあったと。理由を当ててみせよう!」
 ケイオスは指を一本ピンと立てた。
「アイドルの少女たちと戯れたかった」
「違います」
 かなり強めの否定が出た。
「イケてるドレスを着たかった」
「違います」
「目立ちたがり」
「違います」
「うっかり迷い込んだ」
「違います」
「フェスの優勝賞品である煌結晶を狙っていた」
 振り返る。
 顔色を変えたロロワと反対に、ケイオスは人好きのする笑みを浮かべたままだ。
 ブルーム・フェスの優勝者に与えられるトロフィーが煌結晶である、ということはロロワたちの仮説だった。
 ミチュたちの“望み”が叶えられた状況からそれは確定したが、ブルーム・フェスの発足に関わったというケイオスはどこまで知っているのだろう。
「けれど得られなかったんだね。時間も、金銭も、努力も、すべて無駄になってしまった。ブルーム・フェスへの道は、二度と君たちには開かれない」
 弦月のように目を細め、ケイオスはロロワを見下ろしている。
 戸惑うロロワの姿が瞳に映っていた。
「——可哀そうに」
「え……?」
 不意に、走馬灯のようによぎったのは死の淵で聞いた声だ。
 泥濘の底から立ちのぼるもの。
 男のようで、女のようで、ただ音を組み合わせただけの弦楽器のようにも聞こえる、それ。
(……違う、そんなはずがない)
 あれは往生際が生み出した夢うつつであって、高熱で見る幻影のような物だ。現実の出来事や人々とは関係がない。
 理性は冷静にそう判断するのに、“直感”がそれを否定しない。
 と、ケイオスは校内に設置された柱時計に視線をやり「おっと!」と声をあげた。
「そろそろ私は行くよ。じゃあね、ロロワ少年」
 ケイオスはロロワの耳元に唇を寄せる。細い舌がひらめいて、鼓膜をとろりと舐めるように囁いた。
「——また会おう」
 ケイオスはひらりと手を振ってロロワに背を向け、すぐそばにある回廊の角を曲がっていってしまった。
 ロロワはとっさにケイオスを追ったが、回廊を曲がると、男の姿はもうどこにもなかった。
 それはまるで煙をふっと吹き消したかのよう。
 心が空になったように立ち尽くしていると、バタバタバタと足音がして、険しい顔つきのラディリナが逆方向の回廊から姿を現した。
「ロロワ、あいつ居た?!」
「うぅん……」
「クソ、逃げられた!」
 ラディリナは強烈な舌打ちをする。
 そのとき、宙を飛び交う無人機から案内音声が聞こえてきた。
『ケテルサンクチュアリ、リップモ行き、最終便が出航します。お乗りの方はお急ぎください』
 飛行艇の離着陸場はどれだけ急いでも15分はかかる。
 素早く気持ちを切り替えたラディリナは、頬を張るように鋭く声をあげた。
「行くわよ!」
「うん!」

 空鯨でいうところの右ひれ側の端に離着陸場はあった。
 コンクリートで舗装され広く開けた場所に、乗客を待つ飛行艇たちがとまっている。
 ロロワたちがリリカルモナステリオに着いた時には多数の飛行艇が行き交い混雑していたが、今はその数もぐっと減っていた。
 見るからに最新技術の粋といった佇まいのプライベートジェットはヴェルストラのものだろうか。その隣にとまっているド派手でかぶいた色合いの物は……タマユラのものか。
 VIP扱いの二機からやや離れたところに、リップモ行きの飛行艇はあった。 
 ずんぐりとした機体の左右に主翼がついており、そこに扇風機の羽を思わせるタービンがついている。煤けたブリキのような色あいで、VIP二機と比べれば見劣りするが文句を言ってはいられない。
 慌てて離着陸場を駆け抜け目的の飛行艇に近づくと、ちょうどタラップが上がっていくところだった。
「乗るわよ!」
 ラディリナは地面から浮いたタラップに飛び乗って、振り返り手を差し出す。
「ロロワ!」
 わずかに遅れたロロワがその手を掴み返すと、ぐいっと引き上げられた。
 タラップの端に足がかかり、どうにか乗り込む。そのまま慌ててタラップを駆け上がり、飛行艇に転がり込んだ。
 甲板で胸を上下させ、ロロワは絶え絶えな息を吐く。
「セ、セーフ……」
 あとちょっと遅れていたらリリカルモナステリオに取り残されるところだった。
 タラップが収納され、猛烈なエンジン音と共に飛行艇が滑走路の上を走りだす。
 ロロワが欄干から身を乗り出すと、飛行艇がふわりと離陸した。その先でリリカルモナステリオを覆う透明なドームが開き、飛行艇は空へと進んでいく。
 あぁ、これでもう本当におしまいなんだ。
 リリカルモナステリオに滞在していたのはわずか1週間ほどだというのに、郷愁感にも似た寂しさがロロワの胸に去来した。
 リリカルモナステリオの文化祭に参加すること自体、とんでもない倍率をくぐり抜けなければならない。
 リリカルモナステリオ内で催されるライブは少なく、当然プラチナチケットで、当分ここを訪れることはないだろう。
「……ミチュさんとノクノさんに次会えるのはいつになるんだろう」
 ロロワがぼそりと呟くと、ラディリナとモモッケはフンと鼻を鳴らして笑った。
 そっくりの表情だ。
「会えなくたっていいじゃない。テレビ、動画配信、彼女たちの活躍を見る手立てはいくらだってある。だって、ミチュとノクノはアイドルなんだから!」
「そうだね」
 つられてロロワも笑う。 
 ラディリナの言うとおりだ。
 ミチュとノクノは素敵なアイドルで、ロロワのちっぽけな寂しさなんて吹き飛ばしてしまうほど、これから世界中に笑顔を届けてくれるに違いなかった。
 感傷的なロロワに対してラディリナは切り替えが早い。髪を風になびかせながら欄干に肘をつき、考え込むような目をしている。
「とりあえず、ケテルサンクチュアリに降りて煌結晶の情報集めをしましょう」 
「ラディはトゥーリに来る前はどうやって情報を集めてたの?」
「噂頼りに手当たり次第って感じよ。現地に行かないとわからないことも多いし、まずは足を動かさなきゃ」
「うわ、大変だ」
 惑星クレイはあまりにも広い。思わず気が遠くなってしまい、ロロワは一旦考えるのをやめる。
 本日晴天、陽光は燦燦と降り注いでいる。
 とそのとき強く風が吹き、雲が晴れ、500メートルほど離れた空に黒い飛行艇が飛んでいることに気づいた。
 艶消しの物々しい機体には、トビウオのヒレを思わせるシャープな翼がついており、ずんぐりとしたこちらに比べ洗練されている。照明は鬼火のように蒼く光っているが、船内の様子はわからなかった 。
 リリカルモナステリオに滞在していた誰かの個人的な持ち物だろうか。
 注視していると、黒鉄のドアが開いて甲板に男が出てきた。きっちりとした白い服に、凍りつくほど冷ややかなアイスブルーの瞳の彼は——
「あ、ミカニさん」
 考え込んでいたラディリナは顔を跳ね上げる。
ケイオスあいつはいる?!」
 ロロワは目を凝らし、首を横に振った。
 どうやらあちらはケイオスの船らしいが、出てきたのはミカニだけだ。
 ラディリナはチッと鋭く舌打ちした。
「なんでミカニだけ……どうせあの男ケイオスのことよ、“ラディ少女とロロワ少年を煽ってきてくれ! うんと憎たらしくね!”とでも命じたんでしょう」
「さすがにそれは……いや、ちょっとありえるかも」
「でしょう。ロロワ、何か作ってちょうだい。木の実とか、重さがあって投げやすいものがいいわね」
「ぶつけるつもり?!」
「当たらなくたっていいのよ。おととい来やがれは行動で示さないと」
「うーん、それなら……」
 すでに飛行艇はリリカルモナステリオを離れ、遥か下には青い海が見えている。あちらの飛行艇から距離もあるため、まかり間違ってもミカニに当たることはないだろう。
 渋々こぶしサイズの木の実を作ってラディリナに渡した。
 木の実を手にしたラディリナは、握りを念入りに確認したのち、大きく振りかぶって投擲した。
 惚れ惚れするほど美しい軌道の遠投である。
「ナ、ナイッピー」
 しかしやはり距離が遠すぎる。
 やがて木の実は高度を落とし、ゆっくり海へと落ちて行った。二投目も同じく。ラディリナは血が滲むほど唇を嚙みしめている。
「悔しい!」
「ドンマイ」
 で、結局ミカニは何をしに来たのだろうか?
 視力のいいロロワが砂粒ほどになったミカニへと目を凝らすと、その口がぱくぱくと動いているのが見えた。
 何か伝言を残そうとしているのだろうか?
 ロロワは眉頭に皺を寄せ、さらに目を凝らして、彼がただ言葉を作っているわけではないことに気づいた。
「……何か歌ってる?」
「はぁ? あの冷血エイリアンが歌なんて……」
 耳のいいラディリナはじっと耳を澄まし、ひょいと片眉を上げる。
「——本当じゃない」
 注意深く聴き取ったラディリナが、その歌を口にする。
 
『悪を許さぬ正義の心
 ガルガ・ガルガ・ガルガティア……』

 感情などないかのようなミカニと、コミカルな歌詞が酷くミスマッチだった。
 けれどロロワから見えているミカニの口の動きとも一致し、そう歌っていることは間違いない。
「ガルガティアって何か知ってる?」
 ロロワが訊ねると、
「ブラントゲートで人気だったアクションドラマよ。だいぶ古いけど。正義の“超次元ロボ・ガルガティア”が悪いエイリアンを倒す話で、これは主題歌ね」
 アイドルといい、ラディリナは案外サブカルチャーに詳しい。
「で、なんでそれをミカニさんが?」
「好きなんじゃないの? でもクッッッソ似合わないわね」
「言っちゃった」
「思うでしょ」
「正直、めちゃくちゃ思う」
 ミカニがドラマの主題歌を歌っていることはわかったが、結局何を伝えたいのかは不明なままである。
 フェスで頑張った二人を見送るために——でないことだけは確かだ。

『世界を救う正義の弾丸 
 ガルガ・ガルガ・ガルガティア』

 歌を口ずさみながらミカニがホルダーから銃を抜く。
 ロロワは異変に気がついた。
 銃口からグリップにかけて禍々しいオーラが発生し、ミカニの腕に向かい、まるで千切られたミミズの断末魔のように纏わりついている。
 それはまるで、無数の怨嗟が形を成したかのように赤黒い。
 ミカニ、ミカニ、お前を許さない、許さない、許さない——
 遠目にも異様なオーラを帯びた銃をミカニは構える。
「こっちを撃つ気だ!」
「はぁ?! 聞こえてたわけ? 沸点低っ。あぁいう取り澄ましてるやつが一番キレると何するかわからないのよ」
「ラディ、謝って!」
「あんたもでしょ!」
「ごめんなさーい!」
 しかしミカニはロロワたちの飛行艇を狙ったまま銃を下ろさない。
「……いや、違う」
 彼がまっすぐに狙っているのは飛行艇でもラディリナでもない。
 ロロワだ。
 雲の流れる遥かな空を越え、ロロワとミカニの視線が交錯する。
 奥底から湧きおこるように、感情のないミカニの瞳にわずか色が射した気がした。それは彼のものとは思えないほど、鮮やかな緑色の炎——
 驚きにより、ロロワはとっさに身動きするのが遅れてしまった。
 銃口から赤黒い銃弾が放たれ、発砲音が追いつくよりも先に、飛行艇の甲板と欄干を粉砕し、ロロワの胸を貫いた。
「がっ……!」
 痛みを知覚するよりも先に、身体ごと背後に吹き飛ばされる。
 壁に叩きつけられた。
 息つく間さえなく、ミカニは次弾をロロワに向かって狙い定めている。

『悪を許さぬ正義の心
 ガルガ・ガルガ・ガルガティア』

 次に貫かれるのは頭だ。
 目も、鼻も、脳も、まとめて一撃のもと粉砕されロロワは絶命する。
 そう直感は働くのに、身体が追いつかない。

「——ロロワッ!」

 ラディリナが目前に飛び出してきて、ロロワを庇い抱き留める。そのまま横様に勢いをつけて甲板に倒れた。
 怨嗟の充溢する銃弾が迫る。
 轟音、閃光。
 絶望的な破壊により五感のすべてが埋め尽くされる。死による消失がすぐそこにある。
 それでもロロワは一筋の希望を手繰り、砕け落ちていく甲板を蹴った。
 その先は空、ラディリナと共に為すすべなく投げ出される。

 ここはリリカルモナステリオ、空飛ぶ鯨で天を征くアイドルたちの国。
 その遥か下には、残酷なほど青い海がどこまでも広がっていた。