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短期集中小説『The Elderly』

『The Elderly ~時空竜と創成竜~』 前篇 第1話 鳳凰の夢

 それはいつの頃からだったか。
 少女は鳳凰ほうおうの夢を見ていた。鳳凰は東方の伝説に謳われる五色に輝く霊鳥である。
“森の西、乾き野サバンナに待ち人あり。二人の男子、二人の女子。竜の瞳で黄昏に我が影を追え”
 夜空を翔ぶ影が告げていた。優雅に音もなく羽ばたく美しい姿はまさに夢幻の風情がある。
“塩の海のほとりに蜃気楼を求めよ。待ち受けるはとき、地のにて見い出されん”
 合とは占星術でいうコンジャンクション、二つの天体が0度に重なる座相アスペクトのことだろう。……だが待ち受けるものとは何か。声は応えた。
“それは見ようとして見られぬもの。掴もうとして掴まれぬもの。ただそのにのみ存在するもの”
 やがて鳳凰ほうおう梧桐ごとうの木に止まった。知性ある瞳がまっすぐに幼い魂を射貫いぬいた。
 最後の声は彼女の心に深く刻まれたが、それは同時にもっとも謎めいて心騒がせるものだった。
「一つの時、二つの約束、三つの言葉。時の子は昏き夜に曙光を見ゆ」

 乾いた平原サバンナを重武装のトラックが走っている。併走する何台もの大型バイクを従えて。
 ドラゴンエンパイア西南部。スパイン湖とヴァーテブラ湖の西に広がるこのあたり、住む人もまばらなこの土地を指す名は無い。それでもドラゴンエンパイア帝国の戦略図区分に拠るならば、この中央沃野セントラルグレートプレーン南部からラリンクス運河を越えた一帯は、二つの湖の名をとって「スパイン=ヴァーテブラ西平原」ということになる。
「はーい、皆さん。おっはよーございまーす!!退屈な旅も間もなく終わりですよー!お疲れ様でしたー!」
 底抜けに明るい声が幌の中に響き渡った。騒々しくがなる・・・エンジンの音さえ物ともしない。
 狭い車内に詰め込まれた荒くれ男たちが一斉に叫びだした。
「るせぇ!少しは黙ってろ!」
「このガキ、放っときゃ四六時中ベラベラベラベラしゃべくりやがって!頭おかしくなりそうだぜ」
「車から放り出しちまえ!このポンコツ予言者!」
 てへ、すみませーんと砂色の短髪をかいたのは少年だ。輝く黒の瞳。歳は8,9歳といった所か。よく日に焼けて快活な笑顔を浮かべる整った顔はこの年齢にしては大人びているが、ひと言でいえば「わんぱく坊主」であり、“予言者”の名から想像されるいかめしい印象からはかけ離れている。
「ダメだ。そいつを無傷でオービットの市場バザールに連れて行くまでが依頼・・だからな」
 一団のリーダーと思われる男が眉根を押さえながら答えた。本音としては皆と同様、巻きにしてこの不毛な荒れ地に放り出してしまいたいらしい。
「ですからー、それはムリなんです。果たせぬってヤツ。お気の毒でーす」
 こいつ!男たちはそれぞれ武器に手をかけた。長旅とこのガキの喋りに煩わされてイラ立ちも頂点なのだ。
「てめぇ……大事な商品・・だからってこらえてきたが、そろそろ口の利き方を教えてやらねぇといけないらしいな。オレたちが何だか知ってるのか」とリーダー。
「ビヒット団の皆さんですね。まぁここにいるのはその下っ端かなぁ。ねぇ、お兄さんたち評判悪いですよー。このあたりから“龍のあぎと”の砂漠まで股に掛けて、密輸以外にも悪いことしまくってるそうじゃないですか。盗みとか詐欺とか脅迫とか暴力とか、ボクみたいなのを誘拐しちゃって身代金稼ぎとか」
 お喋りな予言者の少年は、にこにこ笑いながら物騒な言葉を並べてみせた。
「ほう、少しはわかってる様じゃねぇか、自分の立場が」
「ううん。わかってる・・・・・のはほんの少し先の未来だけ。ここまでの道でも教えてあげたでしょ、悪路や砂嵐の避け方とか……ま、実はその時・・・に遅れるとボクも困るってだけなんだけどね」
 砂色の髪の少年は止める間もあればこそ、座らされていた荷台からするりとトラックの後部へと移動した。幌の向こうは不毛の大地が高速で流れている。
 少年はふと笑顔を消して空を見上げた。陽は中天。空には雲一つ無い。
「来るよ」
 男たちが一斉に笑う。何が来るんだ、危ねぇぞボウズ、自分から落っこちるつもりかよ。怪我するぜぇ。
「いーえ、怪我をするのはあなた達・・・・。だって……」
 くるりと振り向いた少年は幌から覗くサバンナを背に、にっこりと笑った。
「この車、襲撃されますから」
 ズ・ドーン!
 その言葉が終わると同時に、密輸団の重武装トラックは爆発し、跳ね上がった車体が空高く舞い上がった。

 少年は、爆発の寸前に幌の後部から飛び出すと身を縮め、宙返りして着地。受け身と同時に激しく回転して速度と爆風の勢いを殺す。
 すっくと起き上がるまでの身のこなしも鮮やかだった。身体の柔らかさと訓練された身のこなしが板についている。細身の子供らしい体にはこの不毛な平地一帯に生きる民のたくましさが既に備わっているのだ。
 砂色の髪の少年が悠然と服の埃を払っていると、砂塵の銃士デザートガンナーが小型の恐竜ディノドラゴン──急行竜スティルディロフォで駆けつけた。二人とも女性である。
「シベール様、ご無事ですか!」「お怪我は?!」

Illust:成世セイチ

Illust:モレシャン

「ありがと。ジョディ、アンドレア。平気だよ」
 よかった、と二人の女戦士が肩の力を抜く。悪人どもとは目的がまったく逆だが、ヴァーテブラ森の予言者シベールは傷一つつけたくない大事な存在である、という意味で気遣いは同じだ。
「また派手にやってくれたねぇ、ユージンは」
 と少年予言者シベール。砂塵の重砲ユージンは愛銃ヒエルHFR40GDSの一撃だけで、密輸団ビヒットの一味を行動不能にしてしまった。皆、転覆した重武装トラックから這い出し、砂塵の銃士デザートガンナーの追撃を恐れて仲間のバイクで散り散りに逃走を試みるのが精一杯である。
「まぁUはいつもあんな感じですから。わたしたち、予言者様に万が一のことがあっては、と心配で」
 とアンドレア。任務中はコードネームで呼ぶのが常である。
「大丈夫だよ。寸分の狂いもなく予定通り、一撃で賊を壊滅。さすがだね、砂塵の銃士デザートガンナーは。ボクはひょいと飛び降りるだけで良かったんだから」
「恐れ入ります。……少しお休みになりますか、シベール様」とジョディ。
「いいや。それよりボクに会わせたい人たちがいるんでしょ。楽しみ!」
 シベールはにっこり笑い、二人の女戦士は顔を見合わせた。やはりこの方は尋常ならざる人間だ。
「はい。商会・・の方々は後方に待機していますので」「私たちがお送りいたします」
 シベールはジョディの鞍に同乗した。二人のうち彼女の方が身が軽く恐竜ディノドラゴンの負担が少ないからだ。
「飛ばしても1時間はかかるね。ではボクは少し眠らせてもらう」
 そう言うなり、砂色の髪の少年はこくりと眠りに落ちた。どれほど大人びていようと、肉体はやはりまだ幼いもの。疲労していたのだろう。ジョディはそっとその身体を支えながら静かに恐竜ディノドラゴンを促して走り出した。アンドレアも続く。彼女たちの任務は、予言者を合流地点に送り届けるまで終わらないのだ。

「初めまして!アバン、ガデイ、フィリネ。そして“船長”」
 いきなり呼びかけられた三人の少年少女は目を丸くし、後ろに立つ“船長”と呼ばれた男は目礼で応えた。
銀髪プラチナアバン、旧都セイクリッド・アルビオンの古本屋の息子。短剣使い。キミは頭が切れる」
黒髪ブルネットガデイ、旧都一の鍛冶屋の息子。鎚斧ハンマーアックス使い。誠実で実直だけど力任せ」
「そしてフィリネ、ブラーナ唯一の愛弟子。意志が強く面倒見がいい魔女のお姉さん、ボク大好きだよ」
 砂色の髪の少年は次々に三人の手を握ると、よろしく!よろしく!よろしく!と元気よくぶんぶん振った。ひと寝して体力はもう回復したらしい。
「えっと……あの……」とフィリネ。
「ボクはシベール。みんなに会えて光栄だ」
「……弱ったな。何も付け加える自己紹介がない」
 とアバン。物事に動じない彼にしても珍しく毒気を抜かれた風である。
「お、おぅ。……いや、ウワサに聞いてたとおりだわ。ヴァーテブラ森のお喋り予言者」とガデイ。
「大丈夫、慣れるよ。“船長”、風向きは良好だね。オービットの市場バザール方面にひとっ飛び、よろしく!」
 長身の男性は黙って頷くと、ひと足先に操縦室に乗り込んだ。エンジンが起動し、プロペラが回転を始める。
 ここはスパイン=ヴァーテブラ西平原のほぼ中央。
 一同の前、草もまばらな空き地には貨客タイプの飛行船が一隻、発進準備を終えていた。

 飛行船が浮かび上がるや否や、また予言者のお喋りが始まった。
「ね、砂塵の銃士デザートガンナーのみんなともお別れしたんだし、空の上なら呼びかけてもいいでしょ。闇の騎士ドゥーフ、いつこれ・・の操縦覚えたの?」
「旧都に一時帰隊して研修を受けた。慣れれば竜の背と大して変わらん」
 ケテルサンクチュアリの騎士、シャドウパラディンのドゥーフは舵輪を支えながら答えた。
 かつて身に纏っていた甲冑を、砂漠の民様式の黒ずくめの布服に替え、彼の特徴である燃えるような赤い髪もいまはマスクと頭巾で隠されている。
「……すげぇ便利。本当に説明が要らないや」とガデイは感心した。
「いやいや。ボクにわかってる・・・・・のはほんの少し先の未来だけだから」
 予言者シベールは決まり文句を繰り返した。
「それでもすごいです。どうやったらそんなに物知りに?」
 フィリネも素直に感心する。シベールはちょっと得意げに胸を張った。
「君たちのことはずいぶん調べた・・・んだよ。東部の火山帯に突如として現れて以来、ドラゴンエンパイアの諜報機関が総掛かりで監視・護衛するケテルサンクチュアリの子供たち。宝具を通じて過去の秘密を視たキミたちの事はボクら予言者のみならず、いまや国家レベルの関心事なんだよ」
「そこまで知られてるとは……あの宝具は世界究極の秘密の一つじゃなかったのか」とアバン。
「そこは業界のウワサってヤツね。やることが派手なんだもの、キミたちは」
「へぇ、予言者にも業界ってあるんだな」ガデイは妙なところで感心する。
「みんなは騎士ドゥーフがつかず離れず、正体を隠して見守っていたことも知ってたんでしょ」とシベール。
「積極的に隠すつもりもなかった。私が警戒していたのはあの忍者どもに対してだ」ドゥーフは背中で答えた。
「その格好、似合ってるけど鎧とかは残念だったね」
「隊に預けただけだ。旧都に帰れば鎧兜は身に着けることができる。騎士の魂である剣は手元に残せたしな」
 とドゥーフは操縦室の壁に固定してある黒の大剣を顧みた。
「それはよかった。じゃあ次は、この飛行船について聞かせてよ」
 とシベール。口から次々飛び出す先読みと、椅子で足をぶらぶらさせながら喋る子供っぽさの落差が大きい。
「……まぁ、きっかけはちょっとした事で」とガデイ。
「仕事を探していたんだ。セイクリッド・アルビオン旧都に帰るまでの」とアバン。
「お金ならまだ沢山あるから気にしないでって、わたし、言ったんですけれど……」
 と少し不満げなフィリネ。自分のことより、他人が喜ぶ顔を見ることが好きな少女なのだ。
「でも、友達に世話になりっ放しというのは心苦しいことだよ。気持ちは嬉しかったけれど」
「それで、この状況で大人並みに稼げる仕事は何かって考えてさ。ホラ、オレたちってまだ13歳じゃん」
「もうちょっとで14だよ」
「わたし、お先に11歳になりました」
「おめでと!すごく大人っぽいから二人と同じくらいかと思った。あ、ボク、9歳ね」
 ガデイ、アバン、フィリネと楽しげに会話を交わすシベールは、もう完全に昔からの友達のようである。
「とにかく、どうにか僕らの得意を何か活かせないかって。色々やってみたんだ」
「それでさ。その頃ようやく気づいたんだよね。ケンカしながらオレたちに着いてくる忍者達とドゥーフに」
「僕ら子供だけで旅をしても、なぜか万事順調だったのは裏でドゥーフが動いてくれていたからだ。でもなぜ帝国の忍びまで、僕らをしつこく監視しているかが疑問で……」とアバン。
「あの宝具と洞窟の一件だろう。森の予言者の言葉通り、我らがかつて遭遇した出来事はあまりにも現実離れしているが、ある種の“力”を追い求める者たちにとっては何物にも代えがたい魅力をもつ情報なのだ」とドゥーフ。
「はるか古代の出来事を幻視で見せてくれる宝具ね……ボクの“力”とは反対だな」
 と予言者シベールは椅子の背に頬杖をついた。その背後には流れ過ぎ去る雲が見える。
「そう、飛行船のことだったね。仕事を探して皇都をほうぼう歩いていた僕らは、ドゥーフの友人と接触したんだ」とアバン。
「すごく怖い声の兄さん。えーっと……なんだっけ」とガデイ。
「ゲイド。シャドウパラディン第5騎士団副団長、厳罰の騎士ゲイドだ」とドゥーフ。

Illust:士基軽太

「そう、ゲイド!ゲイドあんちゃんだよ。ドゥーフを連れ戻しにきた偉い人。冗談はまったく通じないけど、意外と話せる人なんだよな。同じ旧都生まれってことで話が合って、いっぱいご馳走になっちゃった」
 とガデイ。泣く子も黙るシャドウパラディン副団長をあんちゃん呼ばわりするガデイに、フィリネがくすくす笑う。誰とでも仲良くなれてしまうのはガデイの特技である。
「我々には資金が、ゲイドには皇都在住の高位の竜に個人的な人脈があった。この私が、報告のため旧都セイクリッド・アルビオンに一時帰隊するのと引き換えに、我が友ゲイドの援助を得られたのは大きかった」
 ドゥーフは背中越しに呟いた。多くを語らないがその口ぶりから、ドゥーフの帰郷について、ゲイドとの取引にはそうすんなり・・・・とは行かない事情もあったようである。
「ドラゴンエンパイアの皇都には使われなくなった個人所有の飛行船が多数廃棄されている。もともとは竜の貴族が、他種族と親しむために作られた遊覧用の乗り物だった。竜は苦もなく飛べるが他はそうではない」
「そのオンボロを、オレたちはフィリネちゃんのお金や、馬車とロバまで売り払って買ったわけさ。あの偉そうな貴族竜のおっさんから」とガデイ。
「あら、炎竜伯爵のおじさま、わざわざ状態が良いのを選んで譲ってくださったんじゃありませんでしたか?」
「あいつ、交渉相手が変わったらデレデレしちゃってさ……ったく、竜にモテすぎでしょ、フィリネちゃん」
 ガデイが毒づく。フィリネに惚れ込んだ竜が、侍女長にならないかと熱心に誘った事が気に食わないらしい。
「そんな訳で僕らは第一歩を踏み出した。あの広大な街で、高速運送を担う個人宅配便事業を始めたいという申請に、帝国政府の許可があっさり降りたのは意外だったけど。ドゥーフ、あれにも騎士ゲイドの助力が?」
「いいや。たまたま時流に乗ったということもあるのではないか。当時はちょうど『天輪竜再誕祭』に沸いていたから物流が活性化して、皇都は文字通り猫の手も借りたいほどの盛況だった。子供の手もな」
「それとドラゴンエンパイアの起業資格に年齢制限が無いのが幸いだったよね。どうも軍事大国にはベンチャー気質がなじむらしくて」とガデイ。
「まぁこういうのって、堂々としていたほうが怪しまれないもんだよねー。スパイか盗賊かと疑われてる子たちが、竜貴族のお屋敷の玄関に立って“船を譲ってくれませんか”なんて交渉に行かないでしょ、普通」とシベール。
「そして私は、少し遅れて雇われ“船長”として加わった。正体を隠して」とドゥーフ。
「賢明だねぇ。皇都を公式訪問したゲイドさんと違って、あなたは立場を説明するのが難しいもの」
 とシベールは分別くさく頷いた。外見はあくまで9歳の少年なのがアンバランスである。
「最初はトラブルだらけだったよなぁ。あんた(ドゥーフのこと)の操船も誉められたものじゃなかったし……ただ“飛べない”種族から届け物や送迎の依頼が途切れなかったのは助かった。やっぱりアイデア勝ちだったよな」
「そのうち少しずつお金も貯まって」とフィリネがガデイを捕捉する。
「僕らが怪しい動きをしない、と信用してもらうまで半年以上も頑張って、今はこうしてドラゴンエンパイア国内なら自由に飛び回れるようになったという訳。国境越えは保証の限りではないけれど」とアバン。
「……」
 ドゥーフは少年達の会話を背に黙って聞いていたが、実は今もまだ自分たちを密かに追跡する気配を飛行船の背後にひしひしと感じていた。窓越しの目視はもちろん航行レーダーにも機影一つ見えなかったが、彼らを追う部隊と忍びの者の名については、ゲイドから警告は受けている。
 ──忍獣サイレントクロウ。
 諜報部隊むらくもが動いているというのはアバンの推測通り、国境を越えた任務も視野に入れてだろう。
 軍事国家ドラゴンエンパイアの対応は決して甘くはない。勘ぐるならば、あえて自分たちを泳がせることで宝具の謎や古のブラスター兵装の秘密に迫ろうという意図にもとれる(さらに新旧のブラスター兵装について言えば国家レベル以外でも、先の旧都叛乱未遂事件で表舞台に躍り出た破天の騎士ユースベルク、追放の闇の騎士アリアドネ、β計画技術顧問鎧穿の騎士ムーゲン、さらには異国のブリッツ・インダストリーCEOまでもが絡んでその製法や技術、開発を巡る状況はますます複雑化と混迷の度を深めている)。
 だがシャドウパラディンとしての我が身を振り返れば、だまし合いや極秘作戦はお互い様……とはいえ、これはいずれも背後で楽しげに笑う若者達には教えたくない国際情報戦の裏側である。彼らはかつて孤独かつ謹厳な闇の執行人だったドゥーフにとって掛け替えのない旅の仲間、数少ない心許せる友であったから。

Illust:イシバシヨウスケ

「家族には?」とシベール。
「最近になって、ようやくフィリネからブラーナ経由で手紙をやり取りできるようになったよ。暗号無しでね」「ドゥーフやアバンが注意してくれたけど、調子に乗って最初からいきなり国境を越えてたらきっとあの忍者たちにとっ捕まってたよな。しっかしうちの親父、我が目を疑っただろうな。いきなりドラゴンエンパイア皇都のAFG飛行船商会代表からの挨拶状が届いてさ。よく読めば息子からの便りだなんて……いやその分、事情がわかった後にはムチャクチャ怒られたけどね」とガデイが笑う。
「なるほど。よくわかったよ。ありがと、みんな」
 と予言者シベールは姿勢を正し、立ち上がった。
「ボクには密輸団ビヒットが“ある目的”でボクを誘拐する未来が見えていた。だから砂塵の重砲ユージンと砂塵の銃士デザートガンナーたちに襲撃を行う・・・・・地点を教えて、救出を依頼した。ユージンとビヒット団は宿敵だからね。目的が合致したのさ」
「そしてユージン経由で、僕らにもこの輸送の仕事を依頼した。そうだね、森の予言者」とアバン。
「そう。ボクはで未来をほのめかす霊鳥の言葉も聞いた」
「んー。まだなんだか良くわかんないけど……なんでオレたちに?」とガデイ。
「キミたちでなくてはダメなんだ。死せる修道僧の庵の試練をくぐり抜けたキミ達でなければ」
「?」フィリネは首を傾げた。
「仕事の説明をしよう。これからボクらが目指す砂上の楼閣は、特定の条件でなければ現れず、内部に立ち入ることもできない。夢のお告げが指し示しているのは2人の男子と2人の女子。そして黄昏。つまり昼と夜の間だ」
「ちょっと待って」とアバン。
「2人の男子と2人の女子って」フィリネ。
「数え間違えじゃん?」とガデイ。
「いや。合ってるよ」とシベール。
「だってボク、女の子だもの」
 美少年にしか見えないヴァーテブラ森の少女はにっこり笑い、予言者の言葉に唖然とする一同の中で、背を向けたままの飛行船の“船長”ドゥーフだけが、ふっと低い笑い声を立てた。

 ──その夜。西へ向かうAFG商会貨客飛行船の一室。
「つまりボクはただの“受信機”なんだよ。予言は“近い未来”しか見えないし、見る夢は謎ばっかりだし、その夢や予言が無くなったらただの生意気な子供ガキ。そんなに便利なものじゃない」
 シベールはフィリネから借りたパジャマを着て、客室キャビンのベッドに大の字になっている。
 客室キャビンといってもそれは元々の設計の話であり、いまの飛行船の部屋割りからするとフィリネの個室となっている。ここは机と魔法実験用具が所狭しと並べられている以外はベッドしかないのだが、予言者の少女・・シベールは新しい部屋を用意してもらうことを頑として拒んだのだった。
「でも、あの……わたし、生まれてからこれまで誰かと一緒に寝た記憶が、ほとんどなくて」
 とフィリネ。早くに両親を亡くした彼女は、物心ついた時にはもう魔女の弟子生活が始まっていたのだ。
「すぐ慣れるから。それにこの部屋、すごく立派じゃない。ベッドも広くて清潔だし」
 ホラこっちこっちとベッドを叩いて、少女予言者は同じくパジャマ姿のフィリネを無理矢理横に座らせた。
 シベールの言動は傍若無人とさえいってもいいのに、なぜか腹を立てる者がいないのは(彼女に敵意むきだしの悪人たちを除けば、だが)人柄か、愛嬌のためか、あるいは同性のフィリネでさえちょっとドキッとするほどの美少年振りのためなのかはよくわからない。
「この船って、もともとドラゴンエンパイアの貴族竜が、人間など他の種族のお客さんをもてなすためのものでしたから、設計も調度も豪華なんですって。掃除や洗濯はおば……ブラーナ様から厳しく躾けられていて」
「部屋のこの設備、フィリネの得意は化学だね。……いい匂い。香水作ってる?」
 予言者の少女は小瓶を見つけて嗅ぐと目を細めた。
「調合してます。趣味で始めたら結構人気で、お客さんも増えていて」
「“宝珠洞の囁き”か。じゃ次は、ブラーナおばさんの小屋の近くで広めるとバカ売れするから試してみて」
「シベールはなんでもわかっちゃうんですね」
 ここで会話は始めのシベールの言葉に戻る。
「ホント、便利なものじゃないって。おかげで普通の女の子にはなれずに、森の予言者様として祭られて窮屈ばっかり」
 シベールが森の祠でわがまま放題して大人を右往左往させている光景が浮かんで、フィリネはちょっと笑った。シベールは起き上がるとフィリネに顔を寄せ、声を潜めた。
「真面目な話をしよう、フィリネ。一緒の部屋にしてもらったのは二人だけで話したかったから」
「わたしに?なぜ?」フィリネも察して声を落とす。
「それはキミの右手の人差し指が答え。魔女の印章の指輪だよね、それ。一目でわかったよ」
 フィリネは思わず右手を押さえた。シベールは魔女ではないのに、どうやらこの価値を知っているようだ。
「警戒しなくていい。ボクもほら……誰もが見えているのに気づかない印。キミには見せよう」
 シベールは左手の人差し指にはめた指輪を示した。確かに言われるまでフィリネにも指輪は見えなかった。
「ボクらヴァーテブラ森では代々、異国であるケテルサンクチュアリから予言者を迎えて祀られる。それが一代ずつ、魔力が尽きるまで務めるんだ。だいたい大人になる頃には“視えなくなる”ものだから、そうなるとケテルサンクチュアリの予言者オラクルたちに頼んで同じ力を強く持っている幼い子供──少し先の未来が見えて夢見もできる──を探してもらうんだよ。それでボクは一年前に選ばれた。ボクくらい変わった子は今までいなかったらしいけど」
 シベールは悪戯っぽく笑ったが、至近距離でフィリネを見つめる目は笑っていない。
「それをどうして私に?」
「キミはボクと同じ。外見は子供だけど魂ははるかに年っている」
「……」
「そしてボク同様、キミはまだ誰にも話していない秘密をもっている。見たんだね、あれ・・を」
 思わず息を呑むフィリネの唇を、森の予言者は指を当てて止めた。
「“世界の大きな秘密”を知ってしまった者は、もう普通には過ごせないんだよ。それは未来や夢の導きを感じてしまう、このボクも同じ」
「わたしは……」
「ボクたちは“選ばれた女子”。こうなるのは運命だった。キミだけにしか話せない」
 シベールはフィリネに頬を寄せ、耳元で囁いた。
「これから向かう先にあるものをキミに教えたい。それはヴァーテブラ森の予言者として託された絶対門外不出の秘密。三つの言葉と二つの約束」
それ・・は伝えるのも禁忌タブーなのでは……」
 魔女はそうした“約束”を別な言葉で呼ぶ。それは“呪い”だ。フィリネはぞっと身を震わせた。
「だからキミに覚悟を聞いている。それが一つ目の約束。“汝ら、絶対の秘密を絶対に守るべし”」
 パラドックスだ。秘密は共有した時点で絶対に守られていない。それでもなお絶対を保つには……フィリネはふいに眩暈に襲われた。魔術の本質とはこうした神秘的な“心の状態”にある、と新米魔女も知っていた。
「誓います」
「ボクも誓う。そしてここでキミはボクに教える。死せる修道僧以外に話さないと決めたキミの“秘密”とは何か」
「……」
 フィリネの額に汗がにじむ。頬を寄せ合う二人の少女は今、神聖な誓いで互いを結び合いつつあるのだ。
「大丈夫。ボクを信用して」
 フィリネはなおしばし躊躇して、やがてシベールの耳に囁いた。
「わたしがあの扉の向こうに見たもの。それは……」
 シベールは大きく目を見開いた。
「あの光の宝具・・・・が見せた、それ・・が世界究極の秘密のひとつか。ありがと、フィリネ。さぁ、次は二つ目の約束。“汝ら、互いに血と魂をかけて互いを守ると誓うや”」
「もちろん誓います。魔女のお姉さんに、任せなさい!」
 フィリネの答えは力強く、明快だった。子供だからと軽く見ることはできない。こうした誓いは……友情とは本人たちが思うよりもはるかに強く、長く続くことがあるものだ。時に永遠に。
「ボクも誓うよ。……今どんなに嬉しかったか、キミにはわからないだろう。必ず探してね、ボクを」
 謎めいた言葉と時制のずれにフィリネが引っかかる前に、シベールは注意を引き戻した。
「先に言っておく。三つ目の言葉はボクは発せない。それはキミが紡ぐんだ。答えはボクの言葉の中にある」
「……」
 フィリネは頷いて頭脳をフル回転させていた。すべての言葉がヒントであり罠でもある。
「さぁ、二つ目にして最後の言葉を放とう。……準備はいい?フィリネ」
「もちろんです。シベール様」
 目の前の少女がたった一人で背負ってきた重荷のいくばくかを感じると、砂塵の銃士デザートガンナーたちと同じく、フィリネも自然と敬う言葉になる。
「敬語はやめよう、フィリネ。ボクはキミと本音で付き合いたい。世界究極の秘密を分かつ女の子同士、生涯の友として」
「いいわ、シベール。喜んで」
「では我が友よ。ヴァーテブラ森絶対秘密の言葉をここに明かそう」
 シベールはフィリネの肩を押さえ、見つめ合いながらその言葉を呟いた。
Chronojetクロノジェット

「敵だ!避けて!」
 シベールの叫びが伝声管を震わせた瞬間、既に全員の準備はできていた。
 ドーン!!
 突然、飛行船が揺れた。
 夜間飛行の舵を取っていたのは熟練のドゥーフだ。常に死と隣り合わせの過酷な任務に携わってきたケテルの闇の騎士に、ほんの一瞬であっても油断も隙もある訳がない。結果、これが船を転覆や失速の危険から救った。
 一気に傾いた船体を目にも止まらぬ舵さばきで安定させる。
「総員、艦橋へ!」
 ドゥーフは伝声管に叫んだ。ここから何が起こるかは、シベールのおかげで知っている。もっとも、事の深い真相については予言者と魔女の弟子は口をつぐんでいたものの、手はず・・・はよく打ち合わせてあった。
 ドーン!!ドーン!!
 再び、しかも今度は2度も船が揺れた。
「な、何がぶつかってんの?」「さてな。友好的なヤツでない事だけは確かだろう」
 ドゥーフに問うガデイの声は緊張していた。交替で操縦室に詰めていた彼も突然の衝撃に動じること無く、しっかりと索具を掴んでいる。空の船乗りとして確かな成長の証である。
 そこへバタン、とドアの音を立ててアバンとフィリネ、シベールが操縦室に飛び込んでくる。アバンは油断なく平服のままだが、パジャマの女性陣を見てガデイが目を剥く。
「これが君の言っていた“敵”か?予言者殿」とドゥーフ。
「うん。言葉の解放につられてやっぱり顕れた・・・・・・・。でも、あなたなら振り切れるよね、“船長”」
 とシベール。穏やかな言葉は質問ではなく確認だ。ドゥーフは珍しく心から愉快そうに笑った。予言の限界に気づかされるとともに、守るべき相手からの篤い信頼を感じる。騎士としてもっとも奮い立つ瞬間である。
「この襲撃のあとの未来はまだ確定していないのだな。では、やってみるとしよう……全員、備え!」
 ドゥーフはいきなり舵輪と操縦桿を押し込んだ。船が斜めに急降下して、男性陣と女性陣がそれぞれ窓際に押しつけられ団子状に互いをかばい合う格好になる。
「ぐぐぐ……それにしてもアレ、バードストライクってか?」
 と猛烈なGに窓ガラスに顔を押しつけられながらガデイ。
「……さ、さぁね。“翼あるもの”としか。シベールもフィリネも……教えてくれなかった、よね」
 と同じくGに耐えながらアバン。空暮らしの間に蓄えた知識にもその夜空に溶け込む異形を分類できない。が、その影は速度こそ船には及ばぬものの、襲い来る数は次々と増えていくようだ。
「渓谷ギリギリに飛んでかわす!緊張を解くな!」
 全員の中で一番苦しい体勢での重荷=Gに耐えながら、ドゥーフは踏ん張った。眼下には“龍のあぎと”と呼ばれる平地と砂漠を分かつ山脈が迫っていた。
「振り、切れそう?」とシベール。さすがに息がついていかない。
「なんとかする。……だが、一つ教えてくれ。森の予言者」
「……」
「いきなり実体化した、あれはどこから来た・・・・・・ものか?」
 フィリネの腕の中でかばわれている森の予言者は少しためらい、そして答えた。
「時の外。くうの彼方。そして追いつかれたら……ここでまた夢が終わる」
「!?」
 謎めいたシベールの言葉に三人の少年少女と一人の男は、目を見開いた。

 命を賭けた空の逃走劇。
 その行方はまだ定かではない。

《第2話に続く》

※註.アルファベット、気候区分は地球で使われているものに変換した。※

原案:伊藤彰
世界観設定:中村聡
本文:金子良馬