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短期集中小説『The Elderly』

『The Elderly ~時空竜と創成竜~』 前篇 第2話 砂上の楼閣

十二はときと方位を統べる神秘の数である。
“時空の制御”はかつて、ギアクロニクルの秘法であった。
十二の勇士を率いたの偉大な指導者が、世を救うすべとして封印を解くまでは。
──大賢者ストイケイア

 2人の男子と2人の女子を降下ポイントに残して、AFG商会の貨客飛行船は空に舞い上がった。“船長”のドゥーフはこのまま上空からの監視と援護にあたることになっている。
 落日。オービット塩湖のほとり。グランバザールを見下ろす砂丘の上。
 砂丘といっても、北にある街に向かって下るその高さは500mほどもある見晴らしの良いこの高台は、東方向にあるはずの目的地を探すためと万が一密輸団ビヒットの待ち伏せを受けた場合の備えでもある。
 一陣の風が吹き抜けた。
 砂塵に向かい凜々しく立つ4人は、いずれも砂漠に適した完全装備。
 顔まで隠したその外見は一見、砂塵の銃士デザートガンナーを思わせるが、彼ら彼女らが腰や背に下げている得物は短剣、鎚斧ハンマーアックス、魔法の粉袋そして短い棒のような物──これは持ち主の予言者の少女シベールによれば「鉄筆」だそうだが──である。
 背後には縦に重なる双月の輝き(注.従来の惑星クレイの月とかつて遊星ブラントだった第2の月のこと。双子月とも)
「くぅー!ボク、一度やってみたかったんだ、こういうの!」
 とシベール。森育ちの少女予言者にとっては決死の冒険に臨む緊張よりも、月の砂漠に格好良く登場した事にはしゃぐ気持ちが勝つらしい。少なくとも表面上は。
「あれ、喉元過ぎればってヤツ?」
「でも捲けて良かったよ。あのまま消えてくれたのならいいんだけどね……結局正体はわからずじまいだし」
 顔を見合わせ苦笑いするガデイとアバンとは別に、フィリネはあくまで硬い表情を崩さずに一同を東の方に促した。フィリネにはここまでに要した一泊の間、秘密の言葉が解放されたことに反応したらしいあの“翼あるもの”の出現で、シベールが抱える秘密と今回の真の任務の重さを痛感している。

 “翼あるもの”の襲撃を受けた一行は、ドゥーフの巧みな操艦で危機を回避していた。
 充分な距離まで引き離すと“翼あるもの”はかき消すように姿を消したが、念のため山陰に着地して機影を警戒すること一昼夜。
 完全に安全と確信してから、飛行船はシベールが指し示す砂漠のとある・・・地点に降下したのだった。

「わたしたちが向かうべきはあのオアシスのバザールではなく、東に出現するという幻の塔なのね?シベール」
 歩き出しながらフィリネが尋ねる。
「そう。ボクが夢で聞いたのは、竜の目オービット、つまりこの湖で蜃気楼を探せということだった」
「蜃気楼って昼間に出る物じゃないのか」とガデイ。
「街の灯りが夜に蜃気楼になってみえることもあるらしいけどね。その夢のお告げはなにかの符丁、暗号なのかな。ただの蜃気楼、空に浮かぶ街や海の上空に現れる船のことじゃないように思うけど」とアバン。
「鋭いね。ドラゴンエンパイア東方の伝説に曰く、蜃気楼とはドラゴンが吐く息から生まれる塔楼だと言われている。ボクが視た鳳凰は夜の空を飛んでいた。鳳凰は神格ニルヴァーナの化身のひとつとも伝えられるから、わざわざ太陽の神格が夜空を飛ぶイメージで現れたのには意味がある。さらにビヒット団はボクを湖のバザールに連れて行こうとしていた。そこへ黄昏にニルヴァーナ=太陽の影を追えと告げられたのなら、陽が沈む反対方向、つまり夕方になってから湖の周りを市場バザールよりも東に向かって歩いて行けばいいはずだ」
「へぇ……」ガデイはただ口を開けて聞いていた。
「夢見って言うのは、こんな感じに夢のあちこちに散りばめられたヒントを探り、推測することなのさ」
「すごいね。後で色々教えてよ」とアバン。
 シベールは、いいけど。仕事としてはいつまでも続けたいものじゃないね、と自嘲ぎみに肩をすくめた。
「でもさ。歩いていかなきゃダメ?空から探した方が早いんじゃない」とガデイは口を尖らせるが
「ダメだね。蜃気楼は地上で見られるものだから。君、理科の授業も寝てたんだね」アバンは即答した。
「正解!」シベールは片目をつむって見せた。
「長い旅になりそう」
 フィリネは誰にともなく呟いた。働き者の魔女の弟子である。あてどなく歩き続ける労を惜しんだのではない。何となく心に湧き上がってきた不安が口をついて出たのだ。

Illust:三好載克

「君自らお出ましとは……感謝する、U。あの“翼あるもの”を見た後では特に心強い」
 空電まじりの通信を、ユージンは砂地の陰に寝転がりながら、上空の依頼人ドゥーフからの通信を受けていた。昼間、陽差しを受けて焼けるように暑かった砂漠は、夕方のここから夜に向かって急激に気温が下がり始める。
「仕事だ。礼など要らんよ」
「それでも言わせて欲しい。あれ・・は皆、大事な友人なのだから。引き受けてくれると頼もしい」
「受け取っておこう。が、あの子達の感じだとオレが来るまでもなかったかもな。大人よりしっかりしている」
 砂塵の重砲ユージンの隻眼は愛銃から水筒、少ない荷物、いまはまどろんでいる翼竜ディノドラゴンを見渡した。
「いいや。肝心なところで油断はしたくない。さすがのむらくもの忍者も単騎ではあの敵と数には対応しきれず、一時とはいえ戦線離脱に追い込まれた。だからこそ一騎当千のあんたがいてくれれば安心だ」
「オレは高いぞ、D」
「幸い、我が商会の資金は潤沢だ」
 ユージンは低く笑った。
「最近の闇の騎士シャドウパラディンは会社経営までこなすのか。では出番まで休ませてもらおう」
「ああ。最後にもうひとつ」
「……」
「森の予言者を誘拐し、市場バザールでの引き渡しを企む勢力があるとすれば、黒幕は誰だろうか。心当たりは?」
「ビヒット団の裏側にいるのは私腹を肥やす悪徳商人たち。だがこれはダークステイツから密輸される違法獣イレギュラー貿易が狙いの個人経営者だ。予言者に関わる宝などといったものに関心はないだろう。お前たちのようにドラゴンエンパイアの隠密が追尾しているような者に仕掛けるなどリスクが大きすぎるし、そもそもヤツらに古の力も知恵も利用することはできない」
「それでは……」
「ずる賢い魔法使い、強欲な領主、堕落した賢者、その他の“宝具の力”を我が手にせんとする名も知らぬ大勢。この方面はそっち・・・が詳しいと思うがな。怪しい動きがないか、改めて情報筋に当たってみれば良いだろう」
「感謝する」
「いや。それ・・に関してはオレも無関係ではいられん。この砂漠と“竜の顎”一帯をを侵さんとする者には」
 ユージンは布一枚だけを大柄な身体に引き寄せると目を閉じ、速やかな眠りに落ちていった。ただひと言を残して。
「何か動きがあれば呼べ。いつでも」

 砂の海を逍遙と、双月照らす光の下に。
 ガデイは幻想的な夜の風景に詩情をかきたてられたのか、一行の先頭に立って次の押韻を探している。
 アバンは殿しんがりを務めながら、手をつないで歩む女子2人の様子をなんとは無しに見つめていた。
「(なぜいつも僕らなんだろう)」
 その問いは故郷を離れてからこのかた1年あまり、彼アバンが繰り返してきたものだった。
 13歳。もうすぐ1つ年を取るとしても14。少し前の自分に、近い将来おまえは異国ドラゴンエンパイアの地で貨客飛行船を使った商売を始める、などと言っても絶対に信じなかっただろう。時間というのは……。
「時間は大河のようだ。それは過去から未来に向かって流れている。この宇宙に生きる者にとっての鉄則」
 いきなり聞こえたシベールの声に、アバンは驚いて足を止めた。
「キミたちはその数少ない例外」
「ほんの一時、宝具に触れて古代の幻視を見ただけだよ。特別でも、望んだわけでもない」
 アバンはついさっきまで巡らせていた思考をそのまま言葉にした。立ち止まった一行の中心で、シベールは静かに首を振る。
「望んでなれるものでもないよ。ボクらはそれ・・にいつも思いがけずに出会う──邂逅する運命なんだ」
「それで?このまま朝まで、ずーっと歩き続ければ、いつかその運命のカイコウってのに会えるのかなぁ」
 と少々くたびれた様子のガデイ。彼が広げた手の先には2つの月に照らされた夜の砂の海が広がっている。
「そうだよ、ガデイ。今、ここ・・でね」
 シベールに降り注ぐ月光が弱く、赤みを帯びてきたことに、フィリネは誰よりも早く気がついていた。
「見てご覧。いま天に二つの月が並び重なる」
 鉄筆が示す空、一同の真上で今まさに二つの月が重なろうとしていた。手前がブラント月である。
「双月食ね」
 とフィリネ。魔女もまた星の運行に関わりが深い仕事だ。2つの月を持つ惑星クレイでは月食の機会が多い。月に惑星クレイの影が落ちるものが“月食”と“ブラント月食”。月同士が重なるものは“双月食”と呼ばれる。
「二つの月が“合”、つまり地上に向けて垂直に一直線となっている。残る夢のお告げの条件はだ」
“塩の海のほとりに蜃気楼を求めよ。待ち受けるはとき、地のにて見い出されん”
 シベールは鳳凰のお告げを言葉にして繰り返した。
「北極か南極。あるいは天の極のことかな。“南極直上小惑星帯”みたいな」
「確かにそれも“極”だね、アバン。ところがボクには別の見方もできる。古代からヴァーテブラ森の予言者は時空の乱れをこうして計ってきた」
 シベールは鉄筆を持ち上げて、離した。
「あれ?」
 ガデイが声を上げたのも無理はない。普通に落ちるはずの金属の棒が、宙に浮いたまま静止したのである。その先がくるりと回って上空を指した。
「これは魔法?」フィリネは目を丸くする。
「いや、重力異常だよ。フィリネは始めて見るよね。他と違う重力バランスが生じるという事はこの近くで強いエネルギーが生まれているということ。そして重力は時空間を超えて作用する力だ。惑星クレイの地上でその力が結集し、ひずんで・・・・いる場所をボクらは地の極、そこに発生する点を時空間の“穴”と呼んでいる」
 アバンとガデイが思わず顔を見合わせたのを、シベールは見逃さなかった。
「そう。二人はケテルの旧都にできた“穴”を通り抜けたんでしょ。ボクらの森にもそうした時空の小さな“穴”ができて、村人が行方不明になったりするんだ。ヴァーテブラ森が不思議の森と呼ばれること、ボクら歴代の予言者が“極”の発生の予報と警告も務めとしてきたこと……」
 シベールは鉄筆から上空に視線をあげた。
「それがボクがこの“合”に呼ばれた理由だ。来たよ。見てご覧。これが“一つの時”」
 三人は息を呑んだ。
 突然、空中から生じた塔楼──大質量の構造物──が降ってきていた。通常の建物で言うと6階建て以上はありそうなその塔に目を奪われるのは、その大きさだけではない。その表面のすべてが大小さまざまな無数の歯車にびっしりと覆われ、しかもそれぞれが回転し続けてるのだ。
「な、なんだぁ、こりゃ!?」とガデイ。
「着地するよ。避けて」とシベールが促す。
 後退った一同の前に、砂塵を捲き上げながら塔が地上に降り立った・・・・・
『アバン、聞こえるか』
 上空の飛行船からの通信だった。
「聞こえます。上からもこの塔が見えますか?ドゥーフ」
『塔?何のことだ?私には砂煙しか見えないが』
 アバンはシベールと目配せして、頷いた。地上に見えて空中からは見えないもの。なるほど、これこそが……

「「蜃気楼だ」」
「蜃気楼はドラゴンが吐く息から生まれる塔楼だって?」
 手を伸ばしてシベール、フィリネを段の高いきざはしに引き上げながら、ガデイは問うた。
「伝説ではね。入ってみよう」
 とシベールは一つしかない扉を指した。扉といっても“回っていない歯車”がどうもそれ・・らしいというものだったが。
「僕が先に入る。ドゥーフ、何かあった時は援護頼みます」
『了解。低空で待機する。くれぐれも気をつけてな』
 アバンは通信機に呼びかけ、扉に手をかけるとそれは苦もなく外側に開いた。中からは白い光が漏れ出す。
「ちょ、少しは警戒しろよ」「何を?」「罠とか、待ち伏せとか」「それは無いだろう」「いや待てって!」
「罠は無いんじゃない。ボクたちを拒むのならそもそも扉も開かないと思うし」
 もみ合うガデイとアバンに、真面目な顔でシベールが指摘した。
「ほらね」アバンはさっさと扉をくぐり抜けた。
「ったく、いつもこの調子だもんな。大胆なんだか何なんだか、頭いいのに肝心なときに無鉄砲なんだよな」
 やれやれと首を振りながら、鎚斧ハンマーアックスを構えたガデイも続く。
「美術館?」
 最後に中に踏み込んだフィリネのひと言が一同の感想でもあった。
 歯車の集合体である外壁と対称的に、柔らかな白い光で満たされた内部は滑らかな壁の円筒、がらんどう・・・・・である。
 床に円形に並べられた12体の動物を象った石像以外は。
「子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥」
「なにそれ?」
 とガデイ。その視線の先には人型のドラゴンの像が立っており、台には辰と記されている。
「十二支。東方の伝説に伝わる12の獣ですね」とフィリネ。
 さすが魔女のお姉さん、とシベールが片目を瞑り、すぐに思索へと戻る。
「ここまではいつも・・・夢で見ている」とシベール。
 アバンが何かに引っかかった様子で、森の予言者を振り返る。
「……実はみんなに嘘をついてた。ごめん。ボクはずっと“円環の夢”の中にいる」
「“円環の夢”?」とアバン。
「夢とも現実ともつかない夢のこと。ボクはもう何度もビヒット団に誘拐され、助けられて、キミたちに出会っている。そして……ある言葉を解放して“翼あるもの”に襲われて逃げ、砂漠の東、双月の“合”でこの塔に遭い、内部へと入る。その繰り返しを何度も、何度も」
「じゃ全てわかっていた?」フィリネは息を呑んだ。
「全部じゃないし、結果はいつも違う。それと感情は夢が始まるごとにクリアされるから、何回でも感動する。毎度キミたちと出会う喜びがある」
 少し決まりが悪そうにシベールが言い訳をする。フィリネと昨夜触れ合った真心まで疑われたくはない。
「ただ、いつもの夢ではどうやっても最後はここで終わり。扉はいつの間にか消えて、ボクはなんとかここに辿り着いた目的と求める何かを思い出そうとする。でもいつもできないまま、やがて時間が来てこの塔は消滅する」
「消滅……」
 ガデイがイヤな予感を抑えきれずに振り返ると、案の定、扉は綺麗さっぱり消えていた。
 逃げ道が塞がれるってどっかの洞窟でもあったよなぁ、と言いかけたガデイをアバンが目で止めた。
「その後は?」
「最初に戻る。ボクが目を覚ますとさらわれたトラックの中。砂塵の銃士デザートガンナーの襲撃地点を待っている」
「つまりこれ自体がシベールの夢?じゃあシベールが見た霊鳥の夢は夢の中の夢?こうして居るオレたちも誰かの夢だっていうの?でもどこが最初?夢から醒めたら……オレたちも消える!?」
 ガデイは傍目からわかる程にパニックになりかけていた。さすがに気の毒に思ったのか、幼なじみの背中を叩いてなだめたアバンは予言者に向き直った。
「まとめよう、シベール。君はループする夢の中にいて、この塔に来て謎が解けないまま元に戻ることを繰り返している。何回も。毎回違う流れで」
 シベールはうんと頷いた。いつも元気でやんちゃな少女予言者が今は年相応、9歳の女の子にしか見えない。
「ここではやがて塔が消滅する以外、何も起こらない?」
「うん。起こらない」
「君はさっき、“ここに辿り着いた目的と求める何かを思い出そうとする。でも、いつもできない”と言ったね」
 アバンは周囲の石像を見渡しながら独りごちた。ある考えがまとまりつつある。
「でも僕らは抜け出す手掛かりをもう知っている。僕らの誰かが」
「どうして?」
「シベール、君は“この会話”も夢で見たかな?」
「あ……」急に周囲の彩りが、感触が鮮やかになったようだった。
「醒めない夢の中で夢から醒める手掛かりを得ることはできない。もしそれができたのならそれはもう現実だ」
 またしてもパラドックスだ。シベールは急に眩暈を覚えたようにふらつき、フィリネが素早くその身を支え、床に横たえる。
「目を閉じて。深く息を吸って……無理に動かないで」
 フィリネは介抱しながら、アバンに目で尋ねる。
「この塔にあるもの、旅の目的。それを明かす鍵。フィリネ、君はそれ・・を知っているね」
「……」
 アバンはいつも正しいことを言い当てる。しかしフィリネはためらった。シベールはあの事を絶対門外不出の秘密と言っていたはずだ。その代償はシベール自身にこれ以上還ることはないのだろうか。
 フィリネの手が握られた。シベールの黒い瞳が見つめていた。この夢の……いや現実そのものの、永遠の時の円環に捕らわれているシベールには状況を打開する言葉は紡げない。確かにそう聞いた。戒律の誓約の下に未来視の力を得ている予言者はその力故に自ら戒律の外に出ることはできない。この矛盾パラドックスこそがシベールが陥った円環の正体だ。
「フィリネちゃん!」ガデイの声にフィリネは顔をあげた。
「言っちゃって」
 ガデイはホラ言っちゃえ言っちゃえと熱心にジェスチャーを繰り返している。
 全員の運命がかかっている瞬間なのに、フィリネは思わず微笑んでしまう。二人は本当にいい友達、いい仲間だ。たとえ死の淵を覗きこんだとしても、アバンとガデイはそんな二人のままなのだろうと信じられる。

『それはキミが紡ぐんだ。答えはボクの言葉の中にある』

 シベールはあの夜に、囁いた。
 おそらく絶対秘密、シベールが口に出来ない二つ目の言葉とはこの塔の中にあるものの名だ。……考えろ。

『キミたちでなくてはダメなんだ』

 なぜ私たちが?そう、私たちが同行を求められた理由。他の子供、いや大人でさえ解けない私と私たちの秘密。この塔の特徴、歯車が刻むもの。ここにある一つの“時”とは……。

『光の宝具が持ち去られたぞ!我ら闇の騎士の名誉に賭けて行方を捜すのだ!!』

 アバンとガデイが闇の騎士の間でそれ・・に触れた時、ドゥーフはそう叫んだと聞いた。世界究極の秘密、その一つとは……。
「“時の宝具”です。たぶん、わたしたちがいつか邂逅したのと同じような秘宝」
 はぁっ、シベールが大きく息をついた。呪縛はついに解かれたのだ。
「ありがとう、フィリネ。ガデイ、アバン。もう大丈夫。後のことはボクが受けとめる」
 戒律から自由になった森の予言者はすっくと立ち上がった。シベールにはもう迷いの欠片もない。
「ボクらの人数2+2=4は実体化を示す数字。すでに一つの時、二つの約束のもと、三つの言葉は解き放たれた。十二支は時刻と方位の表象でもある。いま時刻は午後6時くらい」
「フィリネ、タイガーの前に行って」フィリネは虎の像の前に寄った。
「目印に使われた方角は塩湖と市場バザール。ここからだと北北西と西北西。つまり亥と戌」
 シベールはアバンを犬、ガデイを猪の前に進ませ、自らは辰に向かい塔の床の中心に立った。
「で、これからどうする?何も起こらないけど……」とガデイ。
「配置はこれ以外考えられない」
「ねぇ、アバンとガデイはどうやって光の宝具を手に入れたの?」とフィリネ。
「旧都セイクリッド・アルビオンの地下、シャドウパラディンの騎士の間で」
「空中に現れたんだよ。光の球がね」
「つまり“時の宝具”もここに現れる?」とフィリネ。
 霊鳥・鳳凰は確かこう言ったのだった。シベールはその言葉を繰り返した。
「“それは見ようとして見られぬもの。掴もうとして掴まれぬもの。ただそのにのみ存在するもの”」
「まるで謎々だなぁ」とガデイ。
「謎じゃない、これはボクの絶対門外不出の秘密……つまり……」シベールは顎に手を当てて考え込む。
「他人の耳にも目にも入らないという事だね。予言者一門の君以外には、シベール」とアバン。
「そしてボク以外、手にも入れられない……わかった。みんな像に向かって手を当てて。こっち見ちゃダメだよ!」
 シベールはさっそく振り向きかけたガデイに釘を刺した。
 全員が背を向けたことを確かめて、シベールは天に片手を差し伸べた。
 その先が左手の人差し指と“見えない”秘密の指輪であることを、本人とフィリネだけは知っていた。
「掴んだ!ありがとう、みんな。ボクが受け継いだ名は、ヴァーテブラ森最後の予言者シベール」
 !!
 突如まばゆい光と音のない衝撃が背を打って、三人は振り向いた。
 そこにお喋りで陽気で快活で、でも誰よりも大人びていた少女予言者の姿はすでになかった。
 乾いた音をたてて床に落ちた、彼女愛用の鉄筆だけを残して。

 ──宇宙そらの戦いが見える。
 眼下には赤い星、天上には青く輝く惑星。
「ここは……」
 シベールは──思考した瞬間に、彼女はこれがフィリネを通じて聞いていた“宝具”の幻視だと気がついた。
 ついさっきまで歯車の塔楼の中で感じていた、身体の感触は、ない。
 ただ“目”だけの存在になったかのように、辺りを見渡し、そして感じることができた。
 そもそもここは宇宙空間だ。シベールにも、ここが自分のような地上の生物が生存できない場所であることがわかった。不思議と、昨夜はフィリネにすがりつく程に感じていた不安も今は綺麗さっぱり忘れていた。
 視点が移動する。
 これも聞いていた通りだ。“宝具”は見せたいものを“視せる”のである。
 視界いっぱいに先に見た赤い星が広がる。
 背後の青い星は惑星クレイだ。シベールの思考はそれの正体に思い当たった。
 母なる星とは不思議なものだ。もしシベールが何の知識も持っていなかったとしても、海と陸が広がるこの星を見間違えることはなかっただろう。
 すると一方、この荒寥とした大地が広がる星は……ブラント月。いや、違うだろう。シベールが毎夜見上げる天輪聖紀の空のブラントはもっと穏やかなうす赤の月だ。それにこの赤黒い星にはかすかだが邪気の残滓、まだ冷え切らぬ溶岩のような危険な気配がうっすらと漂っている。
 ──!
 赤い星の表面に閃光が散った。
 ──! !!
「爆発?いやあれは……」
 シベールが見たい、と念じると視界はぐんと星の地表、その集団に寄った。
『クロノファング!』
 指揮官の号令が希薄な星間物質を震わせると、赤い虎型のギアビーストが先陣を切って宇宙そらを切り裂いた。それがクロノファング・タイガーと呼ばれる勇者であることを、シベールはなぜか知っていた。
『バッファロー!サーペント!モンキー!』
 中堅が戦線を支えるクロノビート・バッファロー、クロノスピン・サーペント、クロノクロウ・モンキーもいずれも勇猛な時の戦士である。彼らが散開すると撃墜された敵が余剰エネルギーを宇宙にまき散らした。
『後衛!我らが指揮官をお守りせよ』
 クロノファングの指示が飛ぶと、クロノチャージ・ユニコーン、クロノエトス・ジャッカル、クロノダッシュ・ペッカリーが横一列に並び、本陣の守りについた。
『オレには構うな。ハムスター!負傷者を癒やせ』
 救護兵クロノセラピー・ハムスターが駆けつける。
『奮い立て、十二支刻の勇者たち!この戦い、最後の一兵となっても我らで支えるぞ!いまようやく顕れた遊星ブラントに灯るかそけき希望のもとに!』
 指揮官の言葉は力強く宇宙に轟いた。
 激戦は続いていた。もちろん我らが時の護り手たちは誰も一騎当千だ。どんな敵にも後れは取るまい。
 だが、敵の数はあまりにも多い。
 敵?そうだ。これら十二支刻獣たち──太古の昔に伝承からも失われたこの名前も今のシベールには使い慣れた言葉のように反射的に思い浮かんだ──が戦っている相手は何者なのか。
 シベールは目をこらす。
 だが、せめぎ合い鍔迫り合いする閃光やエネルギーが衝突する空間のゆらぎまで見ることができても、肝心の敵の姿をはっきりと確認することができない。無から次々現れる闇より暗い敵……その印象を敢えて人間が感知できる形として表すならば……あの“翼あるもの”だ!
「そうだ。見えるはずもない。ヤツらの姿は宇宙の闇よりも暗いのだから」
 知らずにそう呟いた後、言葉では表現しきれない宇宙的な敵の強大さと禍々しさにシベールは今はあるはずのない身を震わせた。
『我ら、クロノジェットChronojetの名の下に!』十二支刻獣のときの声。
 あぁ。
 シベールの思念が今度は、歓喜に震えた。
 これこそが、何処とも知れぬ今ここ・・こそが森に伝えられてきた絶対秘密がたどり着く先だった。
 クロノジェットChronojetとは、十二支刻獣の長であり勇猛な指揮官、時の外、くうの彼方で戦う勇者の名である。
「「……危ない!」」
 それ・・に気づいて、シベールとクロノジェットは同時に声を発した。
 目では見えない闇の塊のような“影”の群れが、十二支刻獣の軍団を迂回して赤い星の地表に迫っていた。
 守らなければ、あれ・・を!
 その瞬間、シベールの思考は指揮官クロノジェットの思いに、限りなく近づいていた。実在のクロノジェットに思念で幻視するシベールが干渉するなど、あり得ない事態だったが。
 十二支刻獣の誰よりも速く、誰よりも正しい位置……星の地表にうっすらと輝くそれ・・をかばうように、クロノジェットは瞬間移動した。
『──!!』
 バリアーの展開が、間に合わない。
 “影”が勇者の身体に突き当たり、打ち据える。
 左腕が……破壊された。
 右脚が……破壊された。
 存在を危うくするほどの甚大な被害。だが、それでもクロノジェットは苦鳴をあげることをしない。彼は勇者だ。そして彼が命と魂をかけて守ると誓ったものが、今ここ・・にあるのだから。
 シベールは……幻視だけの存在でありながら、何一つ手を貸せない、自分がこの光景になにも関与できないことは知りつつも、宙を漂うその凄絶な姿に思わず叫ばずにはいられなかった。
「お願い!死なないで、クロノジェット・ドラゴン!」

Illust:三越はるは
『The Elderly ~時空竜と創成竜~ 前篇』了

※註.単位(m)、アルファベットは地球で使われているものに変換した。※

注.天の極
:地軸と天球が交わる点を天の極と呼ぶが、特に南極から地軸の傾き上の天の極にかけて分布する南極直上小惑星帯は、惑星クレイの南半球では古より空の目印とされ、南極大陸の地下に棲むグラビディアンが隕石弾の材料とすることでも知られている。

原案:伊藤彰
世界観設定:中村聡
本文:金子良馬