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短期集中小説『The Elderly』

『The Elderly ~時空竜と創成竜~』 後篇 第1話 遡上あるいは始源はじまりへの旅

  無風の夜闇。真っ白な雪の尾根を悪魔デーモンが歩いてくる。
 ただの早足のように見えるその歩みだが実は、いかなる登山者あるいは雪上車をも及ばない馬力で新雪を蹴立てて夜の山を踏破しているのだと、観察者側は気がついていただろうか。
 ドラゴンエンパイア新竜骨ネオドラゴボーン山系は“世界の尾根”と呼ばれ、惑星クレイ最大の山岳地である。厳寒と峻厳をもって知られるその山肌を悪魔がたった一人、歩いている。白布を這う蟻のごとく。
「なぜドラゴンに乗ってこないのか」
 とトリクムーンは星空の下、悪魔の頭上に舞うリペルドマリス・ドラゴンを見ながら呟いた。
 トリクムーンは徹底した合理主義者だ。気温、気圧、酸素濃度、強風、積雪や傾斜など足場の悪さからしてもこれほどの標高の雪山に竜の力も借りず、徒歩・無装備で挑む悪魔の挑みなどナンセンスでしかない。
「どのような高みであれ、相手の元までは自らの足で辿り着くというのが彼なりの礼儀なのであろうな。火急の際でなければ私が空間の歪みを使わないのと、おそらく同じ理由ではないか」
 とバヴサーガラも呟く。互いに独り言のようでいながら不思議と会話が成立する二人である。
 ドラゴンエンパイア新竜骨ネオドラゴボーン山系、希望の峰。
 しばし待ち。封焔の巫女が座すその頂きへと遂に辿り着いた悪魔にバヴサーガラは声をかけた。
「希望の峰へようこそ、ディアブロス “暴虐バイオレンス”ブルース」
 ブルース──白髪の悪魔、ギャロウズボールのスタア、惑星クレイ一の喧嘩屋──はバヴサーガラとトリクムーンの目前で足を止めると、無言のまま主従を見下ろす。
 全員無表情の山頂で、悪魔の口を覆うマスクだけが歯を剥き出しにして笑っていた。

「届け物を」と懐に手を入れるブルース。
「悪魔の宅配便か」
 同じ目線まで浮かび上がったトリクムーンが間髪入れずに口を挟んだ。明らかな刺がある。
 思わず火花が散りかける両者の間に、バヴサーガラがすっと割って入る。
「失礼の段、ご容赦願いたい。水晶玉マジックターミナルで話し合った通り、これは貴殿にしか頼めぬ用件だ。我らはケテルのオラクルらによって予言された、助力を必要としているまだ非力なる何者か・・・・・・・・・の為に協力する必要があると思う」
「……」
 ブルースは頷くと、黙ってそれ・・を取り出した。
 真夜中の山頂が一瞬息を詰めたように感じられた。
 虹の魔石。
 ダークステイツに名高い伝説の魔宝竜ドラジュエルドが、ねぐらに抱え込む宝玉である。
「瘴気の塊すなわち運命力の結晶か。それを巡って多くの争いが起き、多くの血が流れた」とトリクムーン。
「さらに言えば、数ある虹の魔石でもこれほど純粋な結晶があったとはこの私でも聞いたことがない。それを持ち出させるとは、いま迫り来ている脅威に対してドラジュエルドの覚悟のほどが偲ばれるな」
 バヴサーガラは現在音信不通になっている古き友の言動から、なにか察する所があるようだった。
「私もあえて触れることは止めておこう。伝わってくる運命力が大きすぎる。……とはいえ、一度は絶望の巫女の名を担った者としては誘惑を感じなくもないが」
 これは冗談だぞ、とバヴサーガラは真顔で向き直ったトリクムーンにわざわざ解説を入れて、苦笑した。
「では受け取らぬと」
 ブルースはそう言いながらも、差し出した手を引っ込めようとはしなかった。
「いいや。受け取り主は他にいる。この時代の者と、おそらくその外・・・にいる誰かであろう。予言者たちのげんを信じればな」
「うまくすれば強い運命力が時を超えて同時に・・・受け渡されるとでもいうのか」とトリクムーン。
「俺はここに行けと言われた」難しい話はさておき、ブルースは約束にあくまで忠実な漢である。
「そう。あの老いぼれ魔宝竜にね」
 バヴサーガラが、先ほどからやたらと悪魔に突っかかるトリクムーンに(今回に限って随分と絡むのですね、と)最近は封焔の巫女と人格が一層、渾然一体となりつつある少女リノリリの一瞥が送られる。
「リノとトリクスタとやりあった件さ。この悪魔は女性や精霊にまで殴りかからずにはいられないらしい」
「ヴェルリーナ(トリクスタ)はもとより、リノもなかなかできるぞ」
 とバヴサーガラ。今でこそ“心友”だが、かつてはギーゼ=エンド湾の真中で命を賭けてせめぎ合った間柄だ。天輪の巫女リノが“か弱い乙女”にはほど遠い人物であることを誰よりも知っている。
「そういう問題じゃない。こんな乱暴者が虹の魔石を持ち歩く資格があるのか疑問だと言っているんだ」
 悪魔デーモンブルースはかつて北都スタジアムで決闘の形を取りながら、リノにだけある秘密を伝えたのであったが、遠くの物事を“見る”ことができるトリクムーンであっても彼らの短い秘話の内容までを知る術はない。
 だがそれよりも、日頃の無感動なトリクムーンをよく知る者ほど、いま彼がリノやトリクスタのために憤慨しているという事実にまず注意を引かれるだろう。
「確かに彼はこの星一番の喧嘩屋だ。すべてに力押しで臨み、怒りを買った者への振る舞いはまさに暴虐バイオレンス」とバヴサーガラ。
「……」
 ブルースは無言だった。この漢は言い訳などしない。ただ黙って背中で語るのだ。
「そしてその力の切っ先が親しき者に向けられたとなれば、腹立たしくも感じよう。当然のことだ、友よ」
「……」
 トリクムーンも沈黙した。バヴサーガラがこうして友と呼びかける存在はリノ、ドラジュエルド、リアノーン、そしてトリクムーンと数えるほどしかいない。
「だが、この男は時に窮する者の願いを聞き、負わなくてもよい務めと責任を幾度も被ってきた。トリクムーン。恐らく我々はまだこの事態の一面をしか見られていない。リノとの一件にも恐らくここで話せぬ理由わけがあるはずなのだ。ここは私の勘を信じてもらえまいか」
 封焔竜たちが聞いたら驚愕したに違いない。バヴサーガラは屈強な封焔竜を率いる武将であり、一国の王に比する政治力と権威、魔力の持ち主だ。臣下に理解を求める必要など無い。命令すれば良いだけなのだから。
「……わかった。悪魔デーモン、僕はどうも口が悪くていけない」
「気にするな。口の悪さなら俺も負けん」
 ブルースは事もなげに答えると、魔石を軽く握った拳を突き出した。(普段はこうしたことには鈍い)トリクムーンも、ブルースの意図を察して小さな拳をこつんと合わせた。どうやら筋さえ通っていれば口喧嘩でもブルースの“拳友”は成立するらしい。
「話を戻そう。つまり魔石を渡すべき相手は今ここにいないということか」とブルース。
「そうだ。このあとすぐに向かう。オラクルからも時間と場所は厳守との要請があった」
「どこへ」
 とブルース。それがどこであっても彼は自らの足で行こうとするのだろう。
「盟約の地。……間もなくその時だ。移動に備えよ」
 封焔の巫女バヴサーガラはすっと顔をあげ天を仰いだ。その時とは。ブルースがかすかに眉をひそめる。
 シュン!
 次の瞬間、空気を切り裂くような鋭い音とともに、三人と一頭の姿は《希望の峰》の山頂から跡形も無く消滅していた。

Illust:三越はるは

 “影”が勇者の身体に突き当たり、打ち据える。
 左腕が……破壊された。
 右脚が……破壊された。
 その瞬間、宇宙そらは彩りを失った。
 十二支刻獣を率いる指揮官がその背に負った青き惑星クレイも。
 目指す先と定めていた若き赤き月ブラントも。
「お願い!死なないで、クロノジェット・ドラゴン!」
 シベール──天輪聖紀ドラゴンエンパイア、ヴァーテブラ森の予言者──の叫びは虚空に吸い込まれた。

「この程度でオレが墜ちるものか!」
 だがクロノジェットは被弾を不敵に笑い飛ばした。
 左腕と右脚。尋常の存在ならば確実に行動不能となる大ダメージである。
 しかし、クロノジェットは身を翻すと赤い月ブラントの表面へと急降下した。
 目指すは──今は誰の目にも明らかな──地表に輝く光の球だ!
 だが、その輝きはまだ弱々しいものだ。なぜならそれはまだ幼生。目を凝らさなければわからないほど微かな、生まれたばかりの“幼い未来”なのだから。これが覚醒を経てどのような存在となるかは知らなかったが、無防備なこの存在を守らなければならない。それが何より重要だという事だけは判っていた。故にクロノジェットは遊星ブラントがその活動を止めてまだ間もないこの時代に、今この時を、この戦いを必死に耐え抜いていた。それは彼が率いる十二支刻獣も同じ。歴史の修復者である彼らにとって、これは惑星クレイにおける至極にして究極の任務である。その確かな予感とギアクロニクルとしての自負があった
 ──!
 クロノジェットは勢いそのままに着地した。追っ手はすぐ背後にまで迫っている。
 異界の敵、虚無の先兵である“翼あるもの”が目指すものとはギアクロニクルの戦士たちとは真反対、つまり「生まれたばかりの最弱の未来」、“幼き未来”の消滅である。いまは1分1秒さえも惜しい。
 隻手隻足での強引な着地によって、地表から爆発のように砂塵が湧き上がり上空高くまで達した。一度舞い上がった砂は空中に充満する。ブラント月の弱い重力のためだが、ちょうど良い目くらましになった。
「間に合ったか」
 クロノジェットは地表に埋もれかけていた光の球に手を差し伸べようとして、自分の腕が失われていることに改めて気づかされた。
「無茶が過ぎるぞ。この戦いはおまえ1人で背負うものではないはずだ」
 その目の前に取り外された・・・・・・左腕が差し出された。
「クロノファング……」
を開け、クロノジェット。これはそのための必要な代価だ」
 地表まで援護に降り立ったクロノファング・タイガーはそれだけ言い残すと再び飛翔し、戦場に復帰した。
「使ってくれ」
 と拒む間もなくクロノビート・バッファローの右脚が、クロノジェットに接合した。
「時の流れとは大いなる意志。これが汝の支えとなるだろう」
 クロノエトス・ジャッカルから渡された杖を、クロノジェットは握りしめた。どれも言葉こそ短いが、これは文字通りの手助け、半身を差し出す助力だ。
 十二支刻獣はギアビーストである。
 その形こそ獣に酷似してはいるものの、本質はギアクロニクル──宇宙や星々の状態に応じて性質を変化させつつ時空を超越する旅人──なのだ。特にこの緊迫した状況下で、己が身体をクロノジェットの一部として差し出すのも決して突飛な対処方法ではなかった。
「おまえ達……」
 4獣合身となったクロノジェットは光の球を抱いてブラントの大地に立ち、上空を守る勇者たちを見上げた。
「その腕は“幼き未来”を抱き、守るために」「その足は高く跳ぶために」「その杖は“幼き未来”を導くための指針に」
 11人の仲間たちは戦いながらクロノジェットにこの場から逃れろ、と促していた。背中は我らが守る、とも。
 戦局は劣勢だった。
 あの“影”または“翼あるもの”と呼ぶべきものは十二支刻獣と同じく、時空間の移動(による先ほどの攻撃のような奇襲)が可能なようだ。という事はこの惑星クレイの軌道上で戦い続けていても勝算は少ない。ここから逃れ、反撃に備える希望があるとするならば……だが、戦いに消耗した今、それは文字通り命がけの試みである。
「超えるしか無い、時を。追ってこられないほど、遠くまで」
 シベールは聞こえないと分かっていながらも呼びかけずにはいられなかった。
「……よし皆、跳ぶぞ!覚悟はいいな」
 オォ!
 頼もしい十二支刻獣のいらえを聞いて、ギアクロニクル クロノジェット・ドラゴンは時の河へ飛び込んだ(時空を超える力と感性を持たないシベールには“飛び込んだ”としか言いようがないものだ)。
 それは奔流を遡上する試みだった。

 ドラゴンエンパイア中西部、オービット塩湖。
 伝承に竜のオービットと謳われるこの湖は、季節によってその顔を変えることでも知られる。
 ひとつは乾期。果てしなく白い塩が広がる平原(ちなみにこの塩はこの地域の特産物だ)。
 もうひとつが雨期における浅く澄んだ水海みずうみ
 その水面は、風が凪いだ晴れの日には磨かれた鏡面のようになり、天地の境をも見失わせる神秘的な惑星クレイ世界にも稀な奇景となる。
 そしていま、この地方は雨期。
 中西部最大の市がたつグランバザールはオービット塩湖の黒い水鏡のほとりで、今宵も商人らが群れ集い、夜は賑やかに更けていく。
 その一角。
 ここだけは酌み交わす杯も酔客の喧噪も無かった。
 市の外れ、古びた神殿の裏にある石造りの小さな倉庫の隅に身を縮めるように潜む一団。明かりは無く、漂う気配は重く、緊張感に満ちていた。
「砂塵の重砲に、むらくもの忍獣、ケテルの黒騎士だと……」
「どれ一つ取っても危険すぎる相手」
「それらに総掛かりで追われることになるとは」
 怯える三人の男は近隣きっての富豪、いずれも良からぬ手段で成り上がったとの評判もある悪徳商人だった。
「俺たちと組んだ時点でこのくらいのリスクは覚悟してただろうに」
 湧き上がる嘆きの声に応じたのは──もしこの場にいたとすれば──ヴァーテブラ森の予言者シベールならばすぐにそれと判ったに違いない。密輸組織ビヒット団の小隊長である。
「そう心配するな。手筈は整ってる……おっと迎えが来たようだ」
 倉庫の前に小型トラックが停まった。運転席には顔を隠した三人の砂漠の民。今回の任務の都合上、あえてヘッドライトは消している。
「取りあえずこいつであんたらを逃がす。豪華客船の旅とはいかないぜ。そこは贅沢言わないでくれよな」
 肥え太った商人たちを荷台に押し込みながら小隊長が言った。こんな金の亡者どもを命からがらの夜逃げにまで追い込むとは。……まぁそんな俺もあの砂塵の重砲ユージンの野郎は怖い。脅しも交渉もハッタリも一切通じない上に、気がつけばいつもこちらが吹き飛ばされて地面に這っている。こんなヤバイ一件からはさっさと縁切りしたいのが本音だ。
「俺たちも目立たないように後に付いていく。方角を決めてくれ」
「南だ」
 商人の代表が答えた。どうやらダークステイツに伝手があるらしいが国境までの道程ははるかに遠い。
 小隊長が荷台を叩いて促すとトラックは静かに走り出した。賑わうバザールの明かりに背を向けて。

「“司祭”様からのご指示は」
「一昨日から無い。まったく途絶えておる」
「ヴァーテブラ森の予言者を捕らえ損ね、一転して我々は追われる身に……どこで間違えたのか」
「“司祭”様は言われた。これは惑星クレイいちの至宝に通じる道だと」
「巨万の富。いや、それを遙かに超える価値があると」
「そうだ。すべての財を投げ打ってでも手にする価値のある、世界を支配する絶対的な力と言われた」
「その鍵となる言葉をくだされたな。時とくうを超える神秘の力を呼び出す神秘の存在」
「そうだ。それこそ時の宝……」
「しっ!迂闊に口にするな。強すぎる力には凶事もつきまとう。警告されたはずだぞ」
「……待て。車が止まったのではないか」
 狭い荷台の中で、ぼそぼそと取り留めも無い話を続けていた三人の商人は顔を上げた。
 確かになりふり構わぬ逃走を続けてきたトラックが、いつの間にか停車している。
 だが、1時間も経過していないここはまだ“竜の顎”に広がる砂漠の真っ只中のはずである。
「おい!」
 商人の一人が、運転席につながる小窓を叩く。反応が無い。覗いてみるとそこにいるはずの三人の姿は消えていた。おそるおそる荷台の後部扉を開けてみた。たちまち砂漠の夜気が身を凍えさせる。
「どうなってる……」
「ドアを閉めていなさい!」
 突然、鋭い声が頭上からかかった。臆病者の商人たちがひっと首をすくめる。
「おとなしくご着席してシートベルトをお締めくださ~い♡」
 続く(こちらは少しとぼけた)声も同じくトラックの屋根から振ってきた。
「命が惜しかったら従って……はい、ちゃんと鍵も閉める」
 落ち着いた、しかし逆らいがたい強さを秘めた声。頭上にいるのはどうやらこの3人のようだ。
 商人たちが抗議することなく指示どおりにしたのは、聞き慣れた──物騒なバザールで用心棒に囲まれていると馴染みとならざるを得ない──銃の装弾を確かめる物々しい音が聞こえたからだ。
「1分。時間合わせるよ!」修道女シスターあまれってぃは2人に呼びかける。
「はい、OK~♡」時計をセットしながら、修道女シスターかっさてっら。
「来た。さすがね」修道女シスターすぷもーねは背後の闇に目を凝らす。
 砂漠の彼方から猛烈な勢いで追いすがってきたのは砂漠仕様に改造されたビヒット団のバギー、大型バイクの一団。だが、すぷもーねが今「さすが」と評したのは密輸団の足の速さや強さのことでは無いらしい。
 その証拠に……。

Illust:nima

Illust:nima

Illust:nima

 ドンッ!ドンッ!
 あまれってぃの榴弾発射機グレネードランチャーが火を噴くと、荒くれ者が奇声をあげながらハコ乗りで爆走していた砂上サンドバギー2台が爆発とともに吹き飛んだ。
 ババ!ババ!ババ!
 かっさてっらのアサルトライフルが片っ端からバイクを蹴散らす。
 パ・パン!パ・パン!
 すぷもーねのハンドガンも(いつも無駄打ちをたしなめる)かっさてっらに倣ったかのように2点射で密輸団を地に叩き伏せてゆく。

「何モンだぁ!おめぇらぁ!!」
 雨霰と降り注ぐ弾丸から身を伏せながら、満身創痍の小隊長が怒鳴る。
「はぁい♡わたしたちは戦う修道……むぐぐ!」
 敵の誰何にあやうく素直に応えそうになるかっさてっらの口を双方から塞ぎながら、あまれってぃとすぷもーねは空中からするすると降りてきたロープのかぎ爪を、手早くトラックに固定する。
 ガチ!ガチ!ガチ!ガチ!
 3人の戦う修道女バトルシスターが空に向かって拳を上げると、低いプロペラの駆動音とともに何かが空を駆け抜けた。
「……あ!こら、待ちやがれ!」
 4点で吊り下げられたトラックは巨大な手に掴まれたようにひょいと持ち上げられ、みるみるうちに西の空へと飛び去ってゆく。その上空に全速力で曳航する飛行船の姿があったことに、密輸団は気がついただろうか。
「追え!」
「させぬ!砂漠にこのオレがいる限りはな!」
 小隊長は……いや今この場にいる密輸団すべてがもっとも聞きたくない声が、雷のように轟いた。
 翼竜ディノドラゴンに乗った翼をもった砂塵の銃士デザートガンナーが低空を滑るように旋回した。
 砂塵の重砲ユージン。この“竜の顎”一帯では知らぬのもとて無い腕利きである。
 続いて砂塵の麗弾ジョディ、砂塵の撃砲アンドレア、砂塵の跳弾ハナーディー、砂塵の猟砲フィラースが続く。それは悪行を積み重ねてきた悪人たちに鉄槌を下ろさんと、翼竜パスアンプテラの翼を駆って到来した殲滅の騎士たちだった。
「おまえ達はここで行き止まりだ」
 こちらにぴたりと狙いを定めたヒエルHFR40GDSの銃口を見て、小隊長は今日こそが厄日だったのだと思い知った。

Illust:眠介

Illust:タダ

Illust:甲壱

「すげー!」「お見事!」「……」
 AFG商会貨客飛行船の操縦室。3人の少年少女は後部の窓に張り付いていた。
 遠ざかる砂漠の一角では、ユージン率いる砂塵の銃士デザートガンナーによって完膚なきまでに叩きのめされる密輸団ビヒットの一群の様子が見える。
 ユージンは優れた戦士であるからこそ、要らぬ暴力は振るわない。
 追い散らされた悪人たちは間もなく確保され(むらくもの忍獣を通じて既に治安当局が動いている)、しかるべき罰を受ける。これでしばらくは一帯の治安も良くなることだろう。
「あ!姐さんたち、お疲れ様っす!」
 操縦室のドアが開かれると、ロープを伝ってきた戦う修道女バトルシスターたち3人が帰投した。
 声をあげて駆け寄ったガデイに、あまれってぃは笑顔でそのおでこ・・・を小突き、かっさてっらはVサインを突き出し、すぷもーねは黙ったまま一瞥をくれた。
「ご苦労」
 これは舵輪を握るドゥーフからのねぎらいである。
「どういたしまして!子供をいじめる悪いヤツには天罰です♡」とかっさてっら。
「こっちも助かったよ。あたしたちもケテル国境までの足が欲しかったし」とあまれってぃ。
「ビヒット団との軋轢も、市の神殿のお勤めに支障をきたしていてそろそろ限界でしたからね」とすぷもーね。
 ここまでの状況としてはこうである。
 ヴァーテブラ森の予言者シベールが砂上に出現した“歯車の楼閣”で姿を消し、帰還した3人から事情を聞いたドゥーフ船長はすぐに砂塵の重砲ユージンと(監視者として追尾してきていたはずの)忍獣サイレントクロウにも接触、さらにとある・・・筋からグランバザールで布教活動をしていたバトルシスターにも援助を求めたのだ。
「話から推測すれば、シベールは時とくうの彼方にいる。闇雲に行方を捜しても実りは無いだろう」
 とドゥーフ。この言葉はフィリネに向けられたもので、ずっと無言だった彼女も顔を上げた。
 シベールを見失ってからの彼女の落ち込みは、傍から見ている方が気の毒になるほどだったのだ。
 フィリネが少し元気を取り戻しかけたのを見て、かっさてっらがよしよし♡頑張ったねと抱きしめる。ガデイが羨ましそうに見たのは、ただの男友達ではそうした方法で慰められないことをたぶん痛感しているからだ。
 ドゥーフが続ける。
「もともとシベールを掠おうと企んだのはにいる連中だ。だがただの商人が(君たちから聞いた)時の宝具の情報を知り、それを奪おうと思いつくだろうか。情報源であり指示役の依頼主、黒幕がいるはずだ」
 操舵と計器から目を離すことなく淡々と話すドゥーフだが、いまは全員が耳を澄まして聴き入っている。
 今回の作戦はある意味、ケテルの黒騎士ドゥーフの独壇場だった。的確な情報収集と迅速な工作活動こそシャドウパラディンである彼の本分だからだ。
 屈強な追っ手が迫っているという噂を流し、たまりかねて密かに市を逃げ出したシベール誘拐犯(実体は下にトラックで吊されている3人の豪商だったわけだが)に、護衛が合流するまでのほんの短い時間を狙って上空から確保する。言葉でいうのは簡単だが、関わった大人たちがいずれもプロフェッショナルだったから実現した離れ業である。
「あのさ、質問。黒幕がいるとしてあいつらがそう簡単に口を割る?」あまれってぃが手を上げる。
「そういう事には誰より適任の人間がいる。あまり顔を見せたがらないヤツだ。特に国外ではな」
 誰のこと?、とアバンとガデイは顔を見合わせる。
「だが私が知る限り誰よりも先のことを察することができ、ひと度やる・・と決めると速い男だ。私が連絡した時にはもう旧都を出る所だった」
 3人のバトルシスターはようやく、あぁと納得した様子になった。残る3人の少年少女にはまだわからない。
「2人の友来たり。一人は疾き翼をもって。いま一人は父祖伝来のつるぎを携えて」
 ドゥーフが謳うように呟くと、はるか西の空に小さな機影が現れ、ぐんぐんと大きくなってきた。
「接近警報!」アバンの叫びをドゥーフが制する。
「心配無用。あれは味方だよ」
 その姿が目前まで迫った時、それは黒い竜と黒ずくめの男だと誰の目にもわかった。
「長くこの時を待っていた。我が友よ」ドゥーフは満足げにつぶやき、
「あっ!ゲイドあんちゃん!」ガデイが叫んだ。
 二人の言葉が聞こえたかのように、深淵の竜アビスドラゴンヴィールレンス・ドラゴンは白い焔を吐き、厳罰の騎士ゲイドは大剣グンデストルップを異国ドラゴンエンパイアの夜空に掲げて見せた。

Illust:saikoro

 ──超銀河基地ヒーローズ・ベースA.E.G.I.S. アイギス”。
 惑星クレイの衛星軌道上を周回するこの宇宙ステーションは、世界を脅かす悪の手からこの宇宙と惑星ほしとそこに暮らす民を護る『銀河英勇ギャラクティックヒーロー』の本部である。
 ボールド・サロスはA.E.G.I.S. の庭園を歩いていた。
 ここは基地の中でも自然と人が集まる場所だった。
 英勇の休息の時は短い。
 色とりどりの花々と土の匂いは、どんな時も人の心を安らがせるものだ。
 特に、常に死線と背中合わせで悪と戦うヒーロー達にとっては。
「ピュアリィ・アグノ」
 サロスは前方から近づくホイーラーを見て声を掛けた。
ほーると・はろしゅボールド・サロス
 ピュアリィ・アグノの見かけは立ち歩きもできず、活舌も整っていないほんの幼児だ。だが立派な銀河英勇ギャラクティックヒーローであることは、サロスでなくとも、四輪車ホイーラーの周囲に巡らされた強力な障壁バリアを見るだけで理解するだろう。
『今日は一緒だね。よろしく』幼きアグノはテレパシーに切り替えた。
「こちらこそ。あの星の上では君が頼りだ、アグノ」
『まかせて。こんな面白い組み合わせ、めったに見られないよ。楽しみ!』
 サロスは首を軽く傾げた。アグノの思念は、そのあまりにも強力な察知能力のために(加えて自分だけが分かっていることを省いて喋るのは子供の特徴でもある)、同僚であってもその場では理解しがたい事が多い。
『じゃあ、準備お願いね。ボクはもう少し星を眺めてから行くから……あ、そうそう』
「?」
 幼きアグノは知性に輝く瞳を同僚に向けた。
『覚えておいて、サロス。“物事にはふさわしい時ふわしい場所ふさわしい状況がある”。これから行われることは、こことは別の・・・・・・時とくうでも大きな意味を持つものなんだ。だからケテルのオラクルたちは詳細な場所と時間、参加メンバーまで厳密に指定してきたのさ』
「……わかった」
 アグノの言葉はいつも以上に謎めいていたが、サロスはいつも通り幼子の言葉を胸に深く刻んでおいた。
「ひゃあ(じゃあ)、またあとで」
 アグノが肉声でそう言い残すと、四輪車ホイーラーは特に操作したようには見えなかったが、音も無く庭園の一番窓際まで進んでいく。
 ボールド・サロスはふっと微笑すると、客人を迎えるため転送室へと踵を返した。
 A.E.G.I.S. の庭園に沈黙が降りた。
 移動用四輪車ホイーラーに乗った幼児と花畑。幼きアグノの周りには蝶も舞っている。
 人工重力などの設備のおかげもあって環境も地上とほぼ変わりない。 
 サロスならずとも思わず和んでしまう光景だろう。
 目の前に広大な宇宙と、そして地上では見られないほど鮮明な天体が浮かんでいることを除けば。
『……そこにいるんだね』

Illust:まるえ

 アグノはブラント月──いまは微かな赤みを帯びたクレイ第2の月──を指さしていた。
「間もなくだよ、……」
 銀河英勇ギャラクティックヒーローピュアリィ・アグノはある名前を呟いた。誰もが知っているのに現代では唱えるものとていない失われた名前。時が来るまでは聞かれてはいけない、秘するべき名前だった。
 少なくとも今はまだ。
 

第2話に続く
原案:伊藤彰
世界観設定:中村聡
本文:金子良馬