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クレイ群雄譚(クロスエピック)

第4章 歌が聴こえる

作:鷹羽知  原作:伊藤彰  監修:中村聡

第4章 4話 英雄の街

 寒冷な雪原地帯に存在する各ドームとは異なり、その街には防雪防寒を主目的とする円蓋状シールドは存在しなかった。
 摩天楼スカイスクレーパーとはよく言ったもので、天を摩するような高層ビルが無数に立ち並んでいる。
 ビルの壁面は黒い酸性雨によってタールを垂らしたように薄汚れ、そこに『常夜無双』『幸運保障』などと書かれた怪しいネオン看板がビカビカと光っている。
 地上では、自動車が排気ガスを垂れ流しながら渋滞を起こし、ひっきりなしにクラクションを鳴らしている。そのあいだを縫ってバイクが走り、渋滞に捕まったドライバーたちに双頭コブラの串焼きを売り捌く。
 空を見上げれば、巨大な液晶ビジョンを下げた飛行船が悠々と飛び交っている。液晶ビジョンには『超次元ロボ・ガルガティア!』の文字と極彩色のアニメーション。
 陰鬱なダークステイツとは全く異なる、一種異様な熱気が街中に満ちていた。
 ロロワは白いセダンの後部座席に座り、その迫力に圧倒されていた。するとわずかな車間を練り歩く双頭コブラ売りの少女と目が合った。少女はにっこりと微笑み、串焼きを差し出してくる。
「違います違います!」
 ロロワは慌てて首と手を横に振った。
 同じく後部座席に座っているラディリナは、ドラゴンエンパイアの山間部に生まれもあり都市への馴染みがないのだろう。
 助手席で大きな身体を縮めているモモッケと同じく、いつもよりも子どもっぽい表情で摩天楼を見上げていた。
 『おのぼりさん』丸出しの三人に対し、運転席のヒッコリーは無線機を口元に当て、どこかと連絡を取りあっていた。
「本部へ、こちらヒッコリー。これより市民と共に“ダストル・メンテナンス”に向かいます。はい、完了次第再度連絡いたします。では」
 ピッ。
 通信を切り、ヒッコリーは座席越しにロロワたちへと振りかえった。
「最近どうもあちこちの信号機がイカれちまってな。で、この渋滞だ。街中大弱りだが、大道芸の連中だけは大儲けしてるって話さ」
 ヒッコリーはフロントガラスを指でコンコンと叩く。
 ロロワとラディリナがそちらに目をやると、車間のわずかなスペースに現れた大道芸人たちがジャグリングを披露していた。ドライバーたちから銅貨を投げられると、逆立ちで華麗にキャッチする。
 車がのろのろ動き始めると、芸人たちは慌てて次の場所へと移動していった。
「着くまでしばらくかかるが辛抱してくれよ。だが“ダストル・メンテナンス”のダストルはラジコンから宇宙船まで、機械と名のつくものは全部直す最強の整備士! 烏くんの通信機も直る!」
 ヒッコリーは暑苦しく叫び、ぐっと拳を作る。そのあいだに前の車両が進んでおり、後ろからパッパー! とクラクションを鳴らされた。
「おぉっと! いけないいけない、本官としたことがッ」
 ヒッコリーは慌ててハンドルを握り、アクセルを踏んだ。のろのろと進み、また車が停まる。真横を、ピザのイラストのついた三輪スクーターが駆け抜けていく。
「こんなに栄えた街、初めてです」
 ロロワは感嘆混じりに言った。
 ケテルサンクチュアリの南の領都ポルディームも栄えていたが、ここと比べればのどかな雰囲気だった。
「そうだろう、そうだろう! ここは“魔術と科学の街”リーアだからな!」
「……魔術と科学の街?」
 ラディリナは訝りながら問い返す。
「あぁそうだ。ここいらは元々ダークステイツだったんだが、無神紀のゴタゴタでブラントゲートになってな。それでダークステイツの魔法とブラントゲートの科学が“混じった”のさ」
「あぁ、そうだったんですね」
 胸に引っかかっていた疑問が解決し、ロロワは軽く手を打った。
 ダークステイツの前身である『ダークゾーン』。
 ロロワの記憶が確かなら、3000年前は大陸の南端まですべてダークゾーンであり、スターゲートとの国境は海にあった。
 南下すればダークステイツを越えブラントゲートに入れるというモーダリオンの指示を受けた時(どうして地続きの場所にブラントゲートが?)と疑問に思ったが、なるほど、3000年のあいだに国境が変化していたのなら納得がいく。
「だからこの街じゃ、あっちの辻でサキュバスがウインクして、こっちの辻でエイリアンがダンスする。良いとこも悪いとこも、みーんな混ぜこぜってわけさ」
 ヒッコリーが説明をしているあいだにも、はす向かいの空をスカイフィッシュめいた謎の飛行生命体がふよふよと泳いでいった。
「だが街が栄えれば栄えるほど、厄介なやつらもやってくるのが世の常だ。外宇宙から甘い汁を啜りに違法エイリアン共がわんさわんさとやってくる。それをとっちめてギッタンギタンにノすのが本官、白服の男ホワイトマンってわけだ!」
 ヒッコリーはドンッと胸を叩く。また後ろからパーッとクラクションを鳴らされ「おっと!」とハンドルを握り直す。
 ラディリナはサイド・ウィンドウに肘をつき、しげしげとヒッコリーを見た。
「……都市伝説だと思ってたわ。ブラントゲートに潜み、違法入国のエイリアンたちと戦う男たち——“白服の男ホワイトマン”」
「都市伝説だって? ところがどっこい、ここにいる!」
「いちいち大声出さないで、聞こえてるから。で、その白服の男ホワイトマンのあんたと、あの冷血エイリアンが知り合いなのはどうして?」
 ロロワもそれは気になっていた。
 ヒッコリーは特に後ろめたいことや隠し立ても無いようで、さらりと答える。
「ミカニは元々、本官の同僚だったのさ。だが突然辞めちまってな。あの通り生きる気力が無さそうだろう? 生きていて良かった良かった!」
「良くないわよ。殺されそうになったって言ってるでしょう」
「ダハハハハハ!」
「ダハハハじゃないわよ!」
ラディリナは後ろから座席を蹴りつけ、ヒッコリーはさらにダハハハと笑う。
 そうこうしているうちに、渋滞がスムーズに動き始めた。5分ほどでヒッコリーは車を路肩に停め、「あっちだ」と裏路地を指し示す。
 目的の店は、入り組んだ薄暗い路地の先にあった。
 金メッキの剥がれた真鍮看板には『ダストル・メンテナンス』と記されている。
 ヒッコリーはドアを開け、床が震えるほどの大音量で叫んだ。
「おやじぃ、邪魔するぜッ!」
 小さな店内には、リサイクル品と思われる通信機や液晶モニター、何に使うのか見当もつかない機器の数々が所狭しと並べられていた。
 床も壁も古くさく、裸電球の灯りは頼りない。しかし並べられた機械類はピカピカで、埃ひとつさえ被っていなかった。
「そんな大声出さんでもえぇっちゅうの」
 しゃがれた声がして、店の奥から老人が出てきた。偏屈そうな目を半眼にして、カウンターの上で腕を組む。
「で、今日はなんだい。銃を壊したか、それとも腕がもげたか。オメェのおつむは直せないよ、お気の毒様」
「違ぇよ! 今日の客は本官じゃねぇ、こっちだ」
 ロロワの肩の上で監視烏モニタリング・レイブンがガァと鳴き、羽ばたいてカウンターに舞い降りた。
「通信機を修理して欲しいんです。突然連絡が取れなくなってしまって」
 と、ロロワは補足する。
 ダストル老人は眼鏡のつるを指で押し上げながら前のめりになった。
「なんだこりゃ。見ない型だ。ブラントゲートうちのじゃねぇな。ダークステイツでもない」
「ケテルサンクチュアリのものだと思います」
「そうかい。ちょっと借りてもいいかね」
 ダストル老人は監視烏に声をかけ、通信機を手に取った。
 そうして工具でしばらく弄っていたが、やがてゆっくりと首を横に振った。 
「駄目だ。見た目は単純だが、中身はえらく複雑だ。どっかのスパイの秘密道具かと思ったよ」
 まさしくスパイの秘密道具に違いない。ロロワはごまかすために「そうなんですね」と神妙な顔を作る。
 ダストル老人は分解した外装ケースを元の形に戻し、布でキュッと吹き上げてから監視烏の首に戻した。
「壊れているようには見えんがね」
モーダリオンあっちの通信機がぶっ壊れてる可能性もありそうね。負傷してたみたいだし」
 ラディリナは肩を竦め、監視烏もこくこくと頷いた。自分が乱暴に扱ったわけではない、と言いたげな仕草だった。
 ヒッコリーはカウンターにドスンと両手を突いて、深々と頭を下げた。
「ありがとな。オヤジに直せないなら、この街の誰にも直せはしねぇよ。修理代はいくらだ?」
「金だぁ? やめてくれよ。お前はこの街のヒーローだ!」
 老爺はヒッコリーの肩を豪快にバシンと叩き、すぐに手を抑えて「痛ぇな!」と叫んだ。
 店から出たラディリナは、ふんと鼻を鳴らした。
「いいわ。モーダリオンと連絡が取れなくても大きな支障はないでしょう」
「だといいけど」
 とはいえ、モーダリオンが持つ情報はロロワたちが持っているそれよりも遙かに多い。
 目下の敵であるケイオスの正体がわからない今、モーダリオンに頼る以外の方法で情報を集めなくてはいけないが、とっさに方法は出てこない。ラディリナの威勢はやや虚勢も混じっていた。
 やや途方に暮れているロロワ達に、ヒッコリーはお決まりの拳突き上げポーズを取った。
「では本官はパトロールに戻る。また縁があれば会おう!」
「ありがとうございました、ヒッコリーさん」
 ロロワは丁寧に頭を下げた。
 はじめロロワたちを警戒していたヒッコリーだが、ミカニの話題をきっかけに『問題なし』という結論に至ったらしく、通信機の故障を知って、修理店まで案内してくれたのだ。
「残念なことにスリは珍しくない街だ。財布は服の内ポケットに入れて、何か起きても困らないように複数箇所に分散させておくように。では!」
 ヒッコリーは颯爽と身を翻し、路肩の車に向かって歩きだす。しかし二、三歩行ってすぐに振りかえり、拳突き上げポーズを取った。
「食事を取るなら、大通りに面した店がおすすめだ。裏に行くと何本足の肉が出てくるかわからないぞ。では!」
 ヒッコリーは身を翻し、振りかえり、ふたたび拳突き上げポーズ。
「日が沈んだらすぐに宿に帰るんだぞ、夜は悪いやつがウヨウヨしている!」
 ラディリナが髪を振り乱して叫び返す。
「あーもう、子どもじゃないってのよ。行け!」
「庶民の生活を守るのも本官の任務だからな!」
 そう言って決めポーズの左右を組み替える。
「夜は冷えるからちゃんと肩まで布団をかぶって」
「行・け!」
 ラディリナはヒッコリーに駆け寄って、その向こう脛を蹴っ飛ばした。ガインッ、と重い音がする。
「~~~っ! 硬いのよ!」
「ダハハハハハ!」
「ダハハハじゃない!」
 そのやり取りを、ロロワは中途半端な笑いを浮かべて見守っていた。
 数時間を共に過ごしただけだが、ヒッコリーという白服の男ホワイトマンが正義漢であることは疑いようもなかった。
 しかし、ヒッコリーは正義漢だが、大きな図体と大きな声と大げさな身振りのせいで “熱血”というよりも“暑苦しい”という印象だ。ラディリナなら“鬱陶しい”と容赦なくこき下ろすだろう。
 感情のないミカニに、もし正反対の存在がいたならヒッコリーになるだろうか、とふと思う。二人が同僚として任務にあたっているところは想像できそうにない。
 ロロワが淡い苦笑を浮かべた、そのときだった。
「キャアアッ!」
 あたりに悲鳴が響き渡る。
 弾かれたように視線をあげれば、街路に面した食料品店グローサリーから、目出し帽を被った男が飛び出してきた。
 路肩には大型バイクが停まっており、フルフェイスヘルメットの男がエンジンを吹かして待っている。
 目出し帽の男はシート後部に飛び乗った。
 ブゥン!
 重いエンジン音をあげて発進し、あっという間に遠ざかっていく。
「コッテコテの強盗ね」
 ラディリナはコキリと肩を鳴らした。
「行きましょうモモッケ!」
 ラディリナが傍らのモモッケに顔を向けると、その視線を遮るように横からずずいと手が伸びてくる。
 ヒッコリーだ。
 ラディリナを制止して、大仰に首を横に振った。
「ここは本官に任せろ!」
「この渋滞で? 車で追いつけるわけないでしょ!」
 表通りの交通量はいまだ多く、腹立ちまぎれのクラクションが響いている。渋滞に巻き込まれてしまう車で追うよりも、空を飛び翔るモモッケの方が有利だ。
 そうこうしているうちに強盗バイクは見えなくなってしまった。
「心配ご無用! ——追尾トラッキングモード起動!」
 ヒッコリーは妙に芝居がかった台詞を叫ぶ。
 と、踵が火花を散らして変形し、小型ジェットエンジンが姿を現した。
白服の男ホワイトマンヒッコリーィィィ、発進ッ!」
 タービンが猛烈に回転する。ジェットエンジンからゴウッ、と煙が噴き出し、ヒッコリーは一気に加速した。
「わっ!」
 強烈な煙に巻き込まれ、ロロワは手で顔を覆いたたらを踏んだ。
 目を開けたときには、ヒッコリーの背中は遙か先にあった。
 氷上を滑るように男は駆けていく。渋滞のわずかな隙間を抜け、壁に飛び移り、電灯から跳躍し、軽やかな身のこなしで走る、走る、走る。
 あっという間にヒッコリーは強盗たちに迫る。
 その華麗な追跡劇に、人々は家の窓から、車のフロントガラスから、低空飛行艇から顔を出して叫んだ。
白服の男ホワイトマンヒッコリーだ!」 
「頑張れヒッコリー!」
「俺たちのヒーロー!」
 鳴り止まない声援に、ヒッコリーも勇ましい笑みで応える。
「本官に任せなさい! ——追尾トラッキングバズーカモード起動!」
 内蔵モーターが唸りをあげる。その背中から青い光が生まれ、翼のように広がった。
 ジェットエンジンの足が、地面を強烈に蹴りあげる。
「とうっ!」
 まさにヒーロー。
 勇壮に空を翔けるヒッコリーの姿に、子どもたちは歓声をあげる。
 バイクの上で覆面の男は振り返り、猛スピードで追るヒッコリーを睨んだ。
「ちっ、白服の男ホワイトマンか」
「おいどうする、まずいぞ!」
 運転席の男は焦ったように首を振り、その拍子にヘルメットが外れた。地面でバウンドし、パァンッ、というけたたましい音が響く。
 顔が露わになった。
 真っ赤な目が四つ、鼻はなく口は一つ、ラッパのような耳が左右に突き出している。惑星クレイのどの種族の特徴にも当てはまらない容貌——エイリアンだった。
 空を飛ぶヒッコリーの目元に、青い電子回路が浮かびあがる。
「ピピピ、照会完了! 貴様、指名手配番号NH14569だな? 観念してお縄につけィ!」
「ハッ、言われて捕まるバカがどこにいンだよ!」
 もう一人の覆面男はあざ笑い、自分も覆面を剥ぎ取った。
 トンボのような複眼がメタリックにギラギラと輝いている。こちらもどこかの惑星からやってきたエイリアンだ。
「クソでも喰らえ!」
 叫ぶと同時に、複眼エイリアンは背負っていたロケットランチャーをぶっ放した。
 発射筒から飛び出したロケット弾は、灰色の煙を引きながら空を駆け、ヒッコリーの脳天を狙う。
「無駄だッ!」
 大絶叫し、ヒッコリーは太もものガンホルダーから銃を抜いた。
 ミカニが使っていたものと同じ大型拳銃。銃口をロケット弾へと向ける。
「ウルトラショーット!」
 バキュンッ! 白いマズルフラッシュが炸裂する。
 銃弾は正確にロケット弾を撃ち抜いた。
 ドォォォンッ!
 空中で木っ端みじんに爆散する。
「ちくしょう!」
 複眼エイリアンは吐き捨て、お次にサブマシンガンを取り出した。まともに照準も合わせないまま、ヒッコリーに向かって引き金を引く。
 バララララ!
 フルオート連射、幾十もの銃弾がヒッコリーへと疾駆する。
「効くものか! 防御プロテクトモード発動!」
 瞬間、ヒッコリーの前面に青い防御シールドが発生。銃弾は弾かれ、黒い雨粒のように落ちていく。
「くそっ」
 弾切れだ。複眼エイリアンは弾倉を引っこ抜き、次弾を込めようとする。
 しかしヒッコリーは許さない。
「さぁこれで終わりだ。偉大なるガルガティアの名にかけて、本官はすべての悪をやっつける!」
 ヒッコリーの手のなかで、大型拳銃が魔力を帯びていく。あたりが白い光に染まるほどの強烈な力。
「ヒッコリー・ハイパーショット!」
 炸裂バースト
 白閃光が宙を裂く。
 銃弾は狙い違わず強盗たちが乗るバイクの後輪を撃ち抜いた。男たちはバイクごと吹き飛び、街灯に激突。そのままうつぶせに倒れ伏す。
「ぐ、ぐぅ……」
 四つ目エイリアンは呻いたのを最後に動かなくなった。
 しかし複眼のエイリアンは口から垂れる体液もそのままに、前を睨みつけて立ち上がる。
「諦めて投降しろ! お前に逃げ場はない」
 ヒッコリーはジェットエンジンをぼうぼう鳴らして高度を落とす。しかし複眼エイリアンはつんのめりながら歩道を逃げていく。
 なんという不運だろう。ちょうどそこに裏路地から幼い少女が駆けてきた。複眼エイリアンの足にぶつかってドテッとひっくり返る。
 ニヤァッ……
 複眼エイリアンが嗤う。
 少女を羽交い締めにして、首筋にナイフを突きつけた。
「キャーッ!」
「おい白服の男ホワイトマン、銃を捨てろ! 子どもがどうなっても良いっていうのか?」
「くっ……」
 ヒッコリーは為すすべなく銃を捨て、複眼エイリアンを睨みつけた。
「一般人を巻き込むとは卑劣な手を使う……お前達の望みは何だ。なぜ違法にこの星を脅かす!」
 ゲェーヒッヒ!
 複眼エイリアンは勝ち誇り、下卑た笑い声をあげた。
「馬鹿な質問だな。俺たちはヨソサマ星からやってきた、ヨソサマ星人なんだよ!」
「ヨソサマ星……まさか……惑星の住人のほとんどが悪党で、他の惑星を侵略することのみを生きがいにするという、あのヨソサマ星か?」
「ゲヒヒ、知ってるじゃねぇか! そう、ヨソサマ星じゃ、どれだけ悪いことをしたかで“格”が決まる! 白服の男ホワイトマンのヒッコリーを倒せば俺の悪名も轟くってわけだ。ここから勢力を広げ、この惑星を乗っ取ってやる」
 複眼エイリアンはロケットランチャーを構え、ヒッコリーに照準を合わせた。
「手前ェの弱点は——その賢い脳みそだ!」
 今度こそ狙い違わず、ロケット弾はヒッコリーの頭に直撃した。
「ぐわぁーっ!」
 ヒッコリーは吹き飛び、仰向けに倒れた。
 勝利を確信した複眼エイリアンは少女を突き飛ばし、つかつかとヒッコリーに歩み寄る。勢いよく頭を踏みつけた。
「ゲェヒッヒ! 天下のヒッコリーもここまでだ。これからはヨソサマ星がこの星の主となる!」
 勝ち鬨の声に、市民たちは不安そうに身を寄せ合っている。
 邪悪で知られるヨソサマ星のエイリアンに乗っ取られてしまったらどうなってしまうのだろう……揺れる瞳はそう語っていた。
 複眼エイリアンに踏みつけにされながら、それでもヒッコリーは声をあげる。
「……正義、は……」
 胸のランプは今にも消えてしまいそうなほどか細く点滅している。
「ハハハ、聞こえねぇな!」
「……正義は悪に決して、屈しないっ……!」
 それはまるで不屈の心が燃え上がるかのよう。
 消え入りそうだった赤いランプは、心臓が脈打つように瞬き、光を増していく。
 ファンファンファンファン——
 サイレンのような音が鳴り響き、まばゆい光があたりを照らす。
「な、なに——?!」
 力を取り戻したヒッコリーは複眼エイリアンを撥ねのけ、立ち上がる。 
 右手を天に掲げて仁王立ちした。
「ヒッコリー・正義ジャスティスモード起動!」
 声に応じ、地面に打ち捨てられた銃が空へと舞いあがる。
 ガチャン、ガチャンガチャンッ!
 変形しながらヒッコリーの手に収まった。
「覚悟しろ、悪のヨソサマ星人! 限界突破ブレイクザリミットアルティメット・ショーット!」
 ヒッコリーは引き金を絞る。
 太陽にすら負けない強烈な光が放たれる。
 爆裂一閃フラッシュ
 狙い違わず複眼エイリアンを撃ち抜いた。
「ぐわぁ——っ!」
 複眼エイリアンは吹っ飛んだ。
 四つ目エイリアンの上に落ち「ぐえっ」とカエルが潰れたような呻き声をあげる。
「くっ……やはりヒッコリーには敵わなかったか……ガクリ」
 意識を失ったのだろう。身体から力が抜け、そのまま動かなくなった。
 そこにウーウーと警報を鳴らしパトカーがやってくる。エイリアンたちは警官たちに叩き起こされ、手錠をかけられ、そのまま連行されていった。
 警官の一人が「ありがとうございます」と頭を下げる。
「本官は白服の男ホワイトマン、当然のことをしたまでだ!」
 ヒッコリーは拳を突き出すお決まりのポーズで応えた。
 周囲で、ヒッコリーを讃える観衆たちの声が爆発する。
「ヒッコリー!」
「ヒッコリー!」
「俺達のヒーロー!」
「ヒッコリー、サインちょうだい!」
「俺にもサインをくれよ!」
 まるで銀幕スターでもやってきたかのような熱狂だ。
「もちろんだ! おっと、押し合わないで順番に並んでくれよな」
 ヒッコリーはマジックペンを取り出し、限界まで腰を屈め、色紙やら携帯端末やらにサインをしていく。その間にも観衆はどんどん集まってきて、人だかりはさらに大きくなっていく。
 そこにロロワとラディリナはようやく追いついた。
「はぁ、はぁ……」
「ずいぶん人気みたいね」
 ラディリナは皮肉っぽく言って人だかりを見回した。
「ダハハハハ! まぁな!」
 もちろん皮肉がヒッコリーに効くはずもなく、男は照れたように頭を掻いた。
 と、そこにかすかな声がかかった。
「あ、あの……ヒッコリーさん、わたしにもサインもらえますか?」
 ついさっき人質に取られ、ヒッコリーに助けられた少女だった。
 種族は人間ヒューマン、年齢は7、8歳頃。ネイビーのワンピース姿で、胸に大きなぬいぐるみを抱きしめている。
「もちろんだ! どこにサインをすればいい?」
「えっと、えーっと……」
 サインをするのにちょうどいいものを探して、少女はあたりをきょろきょろ見回した。しかしぬいぐるみの他に持ち物はなく、ネイビーの服はマジックペンでサインするのに適さない。
 どうするのだろうとロロワが見守っていると、少女はぬいぐるみをヒッコリーに差し出した。
「じゃあ、ここにお願いします!」
 少女が示したのはぬいぐるみ本体ではなく、ぬいぐるみの首に巻かれたリボンだった。張りのある幅広サテンは、サインをするのにぴったりだ。
「よし、任せろ」
 ヒッコリーはぬいぐるみを受け取って、ぬいぐるみの顔にかかっていたリボンを整えた。するとリボンに隠れていたぬいぐるみの顔が現れる。
 ロロワのいるところから、淡いイエローのボディと耳のようなふたつの角が見えた。
「えっ?」
 ぽかん、とロロワは口をあけた。
 和やかな空気を遮る、素っ頓狂な声が溢れ出す。
「えっ、えぇぇぇっ?!」
「なに、うるさいわね」
 ラディリナが肘でロロワの腕を突いた。
 しかしロロワは驚きに打たれ、肘鉄を食らっていることにすら気づかなかった。
 少女の差し出したぬいぐるみ。ずいぶんデフォルメされていたが、その形には見覚えがあった。

「……クロノスコマンド・ドラゴン……さん?」

——そう。
 信じられないことに、ぬいぐるみはクロノスコマンド・ドラゴンに酷似していた。
 ロロワに力を分けあたえ、その後消息が掴めなくなった彼に。 
 ロロワは勢い込んでヒッコリーに詰め寄った。
「どうしてクロノスコマンド・ドラゴンさんのぬいぐるみがここにあるんですか?」
 ラディリナは「ロロワってぬいぐるみとか好きなタイプだった?」とズレたことを言っている。
 ヒッコリーはリボンにペンを走らせながら答えた。
「クロノ……なんだって? いや、このぬいぐるみは“ストーンドラゴン”だ。クロノなんたらじゃない」
「そんなはずは……」
 もちろんぬいぐるみとして愛らしくなるように、かなりのデフォルメはなされている。しかし歯車ギアのついた錫杖や、古代遺跡を思わせる無機質なラインの翼は見間違えようもない。
 しかしヒッコリーは首を横に振り、少女はきょとんとしている。
 それでも諦められなかった。クロノスコマンド・ドラゴンの行方を知る手がかりになるかもしれないのだから。
「教えてください。そのストーンドラゴンっていうのは何なんですか?」
「ちょっと待ってくれよ。……よし、できた」
 リボンにサインを済ませたヒッコリーは、少女にぬいぐるみを返した。やっぱり何度見てもクロノスコマンド・ドラゴンにしか見えない。
 少女は花が咲いたように笑い、ぺこりと一つお辞儀をして去って行った。
「ストーンドラゴンってのは、この街のマスコットキャラクターだな。ほら見てみろ、あれ」
 ヒッコリーは道に通りがかった移動販売車を指さした。
 カラフルなひさしの下には、キーホルダーや小物入れなど、いかにもな『お土産』が売られている。そこに描かれているのはすべてクロノスコマンド・ドラゴンだった。
 デフォルメが効いた可愛いデザイン以外にも、リアルな頭身のイラストを用いたTシャツもある。それを見て、ロロワはさらに“クロノスコマンド・ドラゴンで間違いない”という思いを強くした。
「どうしてこのドラゴンが街のマスコットキャラクターに?」
 助けられた恩で贔屓目に見ても、子どもにウケる見た目ではない。
 実際、ラディリナは“ストーンドラゴングッズ”を一瞥して「可愛くはないわね」と容赦なく評している。
「ダハハ、そう言うなよ。ストーンドラゴンはこの街の守り神みたいなもんなんだ」
「守り神……それ、詳しく教えてもらえますか?」
「おうよ。耳をかっぽじってよーく聞け」

——それは3000年前のこと。
 世界からは神の加護が失われ、暗黒の無神紀が訪れていた。
 人々は力を失い、希望が見えない日々が続く。
 しかし暗黒地方のある一帯には、かすかながらはっきりと力——運命力の気配があった。
 何が起こっているというのだろう?
 人々が力の在処を辿ると、森のなかに朽ちかけた遺跡があった。
 そこには巨大な石の蛇に巻きつかれるようにして、一体のドラゴンが石化した状態で封印されていた。運命力はそこから漏れ出していたのだ。
 人々はそれを“ストーンドラゴン”と呼び、その力によって栄えたのが、魔法と科学が混じり合う都市、リーアというわけだ。
 ストーンドラゴンのおかげでリーアの発展がある。
 ありがとうストーンドラゴン、フォーエバーストーンドラゴン——

「ってなわけで、ストーンドラゴンはこの街のマスコットになったのさ。まぁ街に伝わるおとぎ話だな」
 ヒッコリーは移動販売車にかかっていたストーンドラゴン柄のTシャツを取り、ロロワの身体に当てた。
「うん、超イケてる」
 ふざけるヒッコリーとは反対に、ロロワの顔は真剣そのものだった。
「遺跡の場所はわかりますか? ストーンドラゴンのところに行きたいんです」
 クロノスコマンド・ドラゴンはケイオスに囚われている。ということは、封印が解けたらケイオスにとって都合が悪いことが起こるに違いない。
 そこにケイオスを倒す鍵があるのなら、行ってみる価値はある。
 勇み立つロロワに対し、ヒッコリーの反応は鈍かった。
「おとぎ噺だぞ? 遺跡がどこにあるのか、本官だって知らないぜ。力を悪用されないように隠されてるって話もある」
「……僕はわかるかもしれない」
 口元に指の背を当てて、ロロワは俯きがちに考え込んだ。
 自分とクロノスコマンド・ドラゴンの間には、受け取った力による繋がりがある。迷宮で糸を辿って出口に辿り着くように、力の気配を辿っていけばクロノスコマンド・ドラゴンが眠る遺跡に辿りにつけるのではないだろうか?
 しかし突然奮い立ちはじめたロロワの様子に、ヒッコリーは怪しいものを感じたらしい。ロロワの頭を掴んで声のトーンを落とす。
「お前はなんでストーンドラゴンのところに行きたいんだ。盗掘だったりしねぇよな?」
「まさか! ドラゴンさんは僕の恩人なんです」
「へぇ。3000年前のドラゴンだぞ? ロロワくんは見かけによらず長生きしてんだなぁ」
「えぇと……まぁ、はい」
 説明すると長くなるので、ロロワは曖昧に笑う。
 ヒッコリーは腕組みをして空を睨んだ。
「恩人か……なら会いたいよな……じゃ、今からいっちょ行ってみるか!」
「いや、あんたついてこなくて良いわよ」
 横から突っ込みを入れたのはラディリナだ。
「私たちだけで行くわ。機動力ならモモッケで充分」
「なんだとうっ?」
 ヒッコリーはもう一方の手でラディリナの頭を掴んだ。わしわしと撫でる。
「勝手に遺跡に入って許されるわきゃないだろう。本官がいなかったら“コレ”だぞ」
 ヒッコリーは二人の頭を離し、両手を突き出して『お縄』のポーズを取った。遠くでパトカーのサイレンが聞こえている。
「……バレなきゃいいのよ」
「んんー? 何か言ったか?」
 ヒッコリーは手錠を指先でクルクルと回した。ラディリナは低く唸り、近くの照明柱を蹴っ飛ばした。
 そこに、ちょうど自動操縦の白セダンがやってきた。ヒッコリーはフロントドアを開け、陽気に手をあげる。
「よし、さっそく出発だ。さぁ乗った乗った!」
 しぶしぶ車に乗り込んでシートベルトを締めながら、ラディリナは運転席のヒッコリーに目を向けた。
「あなた、なんで私たちの世話を焼くわけ?」
 タダほど高いものは無く、見返りを求めない善意には何か裏があるに違いない。
 ラディリナの目には不信感がはっきりと現れていた。
 ヒッコリーはダハハハハと笑い、パパッと軽くクラクションを鳴らして答えた。

「本官はヒーローだからな!」

——宇宙を越えた遙か先に、理想郷があると信じる人々がいる。
 隣の芝が青いのはいつの世も変わらない。ここでないどこかに、きっと素晴らしい世界が待っているに違いない。そう信じずには生きていられない人々がいる。
 そう、ここにも。
 惑星クレイに向かう宇宙船には、エイリアンたちがみっちりと詰まっていた。
 あちらでは無数の目玉を持つゼリー状のエイリアンは床で溶け、こちらではキャタピラのような足のエイリアンが絶え間なくキュルキュルと呻いている。
 積載過重を越えていることは明らかだが、彼らもこの旅に人生を賭けている。険悪な雰囲気は漂うものの、決定的な暴力沙汰に発展することはなかった。
 もちろん正規の手続きを踏んで移動している者ばかりではない。惑星クレイに着いたあとは厳しい身辺チェックがあり、母星での犯罪歴があれば星に送り返されてしまう。
 それでも非合法な手段で惑星クレイに入国しようとする輩は後を絶たなかった。船内でも、怪しげな雰囲気をぷんぷんさせたエイリアンが目についたが、誰ひとり指摘するものはいない。
 食事は6時間ごとに1度、“夜”にあたる時間は電灯が落ちる。それを幾十も繰り返せば惑星クレイに着く。長い長い、退屈な時間の連続。
 まともに身体を動かすことさえ出来ない船内で重要になってくるのは、いかにして“暇を潰すか”ということだった。“暇を潰す”と言うと聞こえが悪いが“正気を保つ”と言い換えてもいい。
 くしゃくしゃになった新聞を何往復も読む者、金属製のパズルをカチャカチャと組む者、紙に何かを書きつけている者。
 そのなかで、一人の少年が壁にもたれて座っていた。手元には液晶端末があり、少年は感情のない瞳で眺めている。
 タップする。黒い画面が切り替わり、映像が流れ始める。
 極彩色のオープニング映像があり、本編へ。怪人が現れ、人々を脅かす。そこに現れ颯爽と助ける主人公。人々は主人公に問いかける。
『どうしてあなたは私たちを助けてくれるの?』
 主人公は答える。
 毎度恒例になった決め台詞だった。

「……当然だろう、俺はヒーローだからさ」
 
 少年——ミカニはヒーローの台詞に重ね、小さな声で呟く。
 10年前、彼が“白服の男ホワイトマン”になる前のことだった。